スーパーの鮮魚売り場に並ぶ魚の種類は、実は日本の海が育む魚のごく一部にすぎません。網にかかっても、大きさが不揃いだったり、名前が知られていなかったり、調理が難しかったりという理由で、値がつかず捨てられてしまう魚が数多くあります。一方で、日本人の魚を食べる量はこの20年で半分近くまで落ち込み、漁業の担い手も減り続けています。海の恵みは減っているのに、その恵みを十分に生かしきれていない——これが今の日本の水産業が抱える矛盾です。
この課題に、回転寿司チェーンという意外な立場から正面から向き合ってきたのが「くら寿司」です。定置網にかかった魚を種類や大きさを問わず丸ごと買い取る「一船買い」、市場に出回りにくい低利用魚の商品化、魚の骨やアラまで使い切る「さかな100%プロジェクト」。2010年から続くこれらの取り組みは、漁業者の収入を安定させながら、限りある海の資源を無駄なく生かす仕組みとして注目を集めています。
この記事では、くら寿司の「漁業創生への取り組み」を、日本の水産資源が置かれた状況という大きな文脈のなかで読み解きます。企業の広報的な美談としてではなく、外食産業が水産資源の持続可能性にどう貢献しうるのか、そして一人ひとりの消費者が食卓から何を選べるのかを、具体的な数字と事例から一緒に考えていきましょう。
この記事で学べること
- 日本の水産資源減少と「魚食離れ」という二重の危機の実像
- 「未利用魚・低利用魚」が生まれる仕組みと、その活用が資源保全につながる理由
- くら寿司の「一船買い」がなぜ漁業者の収入安定を支えるのか
- 天然魚プロジェクト・さかな100%・くらの逸品といった施策の全体像
- 「地魚地食」を掲げる国産天然魚エコシステムの循環構造
- 消費者として食卓から持続可能な漁業を支える具体的な方法
日本の海が直面する二重の危機——減る資源と、離れる食卓
くら寿司の取り組みを理解するには、まず日本の水産業が置かれている厳しい現実を知る必要があります。私たちの食卓を支えてきた「魚の国」日本は、いま資源と消費の両面で静かな危機に直面しています。この危機の構造をつかむことで、なぜ一企業が「一船買い」のような一見遠回りに見える仕組みに挑むのかが見えてきます。
漁業生産量はピーク時の約3割に
水産庁の統計によると、日本の漁業・養殖業の生産量は1984年(昭和59年)に1,282万トンでピークを迎えました。しかしその後、各国が排他的経済水域(EEZ)を設定して遠洋漁場から撤退を迫られたこと、マイワシの資源変動、漁場環境の悪化などが重なり、2022年には約392万トンとピーク時の約3割にまで落ち込みました。海に囲まれた国でありながら、私たちが海から得られる恵みは、この40年で大きく縮小したのです。
背景には気候変動による海水温の上昇も無関係ではありません。海の温まりが魚の分布や回遊のルートを変え、これまで獲れていた魚が獲れなくなる現象が各地で報告されています。サンマ、スルメイカ、サケといった、かつて食卓になじみ深かった魚の不漁が続いているのも、こうした環境変化と資源状況の両方が絡み合った結果です。海水温上昇と漁業の関係については、海水温上昇と漁業への影響の記事で詳しく解説しています。
水産庁は資源状況を把握するため、資源評価の対象魚種を2021年度に119魚種から192魚種へと大幅に拡大しました。科学的なデータに基づいて漁獲可能量を管理する仕組みも段階的に強化されています。資源は再生可能なものであり、適切に管理すれば永続的に利用できる——この前提に立てば、いま必要なのは「獲る量を減らす」だけでなく「獲った魚を無駄なく生かす」発想であることが見えてきます。

20年で半減した「魚食」
資源が減る一方で、日本人が魚を食べる量そのものも急速に減っています。食用魚介類の1人1年当たり消費量は、2001年度の40.2kgをピークに減少を続け、2022年度には22.0kgと、過去最低を記録しました。ピーク時からほぼ半減した計算です。2011年度には初めて肉類の消費量が魚介類を上回り、その差はいまも開き続けています。
水産庁の調査では、消費者の多くは「魚は体に良い」「おいしい」と認識しているにもかかわらず、価格の高さ、調理の手間、さばき方や調理法を知らないことなどが、魚を選ばない理由に挙がっています。魚の魅力そのものが失われたというより、暮らしと魚との距離が広がってしまったのです。共働き世帯の増加でゆっくり調理する時間が減ったこと、生ごみやにおいを避けたい心理、そして肉に比べて食べ方の情報が少ないことも、この距離を広げてきました。
世界に目を向けると状況は対照的です。健康志向の高まりを背景に、世界全体では食用魚介類の消費量はむしろ増加傾向にあり、とりわけアジア・オセアニア地域では生活水準の向上とともに需要が伸びています。魚食文化の本家であるはずの日本だけが魚から遠ざかっているという、皮肉な構図が生まれているのです。国内の需要が縮めば、そのぶん国産の魚は行き場を失い、価格は下がり、漁業者はさらに追い込まれます。
「二重の危機」を整理すると
- 供給側:資源減少・漁業者の高齢化と減少で、獲れる魚も担い手も減っている
- 需要側:魚食離れで消費が半減し、魚を売る市場そのものが縮小している
- この2つが同時に進むと、地方の漁業は経済的に立ち行かなくなり、地域の食文化ごと失われる恐れがある
漁業者を襲う「値がつかない」問題
この二重の危機のなかで、漁業者を直接苦しめているのが「せっかく獲れても値がつかない」という問題です。定置網には人気の魚だけでなく、味は良いのに知名度が低い魚、サイズが規格外の魚、加工が難しい魚などが数多くかかります。これらは市場でごく安値でしか取引されず、時には海に戻されたり廃棄されたりします。獲る労力は同じでも収入につながらない——この構造が、漁業を「割に合わない仕事」にしてしまっているのです。人気魚だけを狙えば特定資源への負荷が高まり、かといって多様な魚を獲っても値がつかない。この行き詰まりこそが、資源保全と漁業経営の両方を蝕む根本の問題であり、くら寿司が挑もうとした核心でもあります。
「未利用魚・低利用魚」とは何か——もったいない海の恵み
くら寿司の取り組みの核心にあるのが、この「未利用魚・低利用魚」の活用です。聞き慣れない言葉かもしれませんが、これを理解することが、なぜ「一船買い」が資源保全につながるのかを読み解く鍵になります。
「食べられるのに使われない魚」たち
未利用魚とは、まったく食べられない魚のことではありません。おいしく食べられるにもかかわらず、市場に出回りにくかったり、十分に活用されていなかったりする魚の総称です。利用度がやや高いものを低利用魚と呼び分けることもありますが、境界は厳密ではありません。水産庁は、魚体のサイズが不揃いであったり、漁獲量が少なくロット(まとまった量)が組めなかったりする魚を、非食用に回されたり低い価格でしか評価されない魚として説明しています。
- サイズが規格外:小さすぎる・大きすぎるなど、流通の規格に合わない
- 漁獲量が少ない:ロットがまとまらず、市場流通に乗せにくい
- 知名度が低い:消費者になじみがなく、食べ方が知られていない
- 見た目や扱いにくさ:外見が地味、骨が多い、鮮度落ちが早いなど
- インフラの問題:産地に冷凍・冷蔵・加工の設備が整っていない

どれくらいの魚が「もったいない」状態なのか
国連食糧農業機関(FAO)の「世界漁業・養殖業白書(SOFIA)」などによれば、世界で漁獲される水産物のうち相当量が、海に戻されたり廃棄されたりして食用に十分活用されていないと指摘されています。日本でも、産地によっては水揚げのかなりの割合が値のつきにくい魚として扱われるとされ、活用の余地は大きいと考えられています。数字には調査により幅がありますが、「食べられる海の恵みが、仕組みの都合で捨てられている」という構図は共通しています。
未利用魚の活用が「資源保全」になる理由
同じ1回の漁でも、獲った魚を無駄なく価値に変えられれば、漁業者はより少ない漁獲量でも生計を立てられます。つまり未利用魚の活用は、限られた資源を「量」ではなく「価値」で生かす発想であり、乱獲に頼らない持続可能な漁業への転換を後押しします。フードロス削減と資源保全が同時に進むのです。
「知られていない」だけで価値は変わる
興味深いのは、未利用魚の多くが「味の問題」ではなく「認知と流通の問題」で低く評価されているという点です。たとえばシイラは、ハワイでは「マヒマヒ」として高級食材に位置づけられますが、日本では地域によって扱いに大きな差があります。呼び名やブランド、調理法の提案一つで、同じ魚の価値は大きく変わります。ここに、加工力と商品開発力を持つ外食企業が介入する余地があるのです。
捨てられる魚が海に与える負荷
未利用魚を活用する意義は、フードロス削減や漁業者支援だけにとどまりません。網にかかった魚を選別して海に戻す「投棄(ディスカード)」は、多くの場合すでに死んでいたり弱っていたりするため、資源をただ失うことにつながります。せっかく命を奪った魚を無駄にせず食卓へ届けることは、漁業という営みそのものの倫理性を高め、海の恵みへの敬意を取り戻すことでもあります。「もったいない(MOTTAINAI)」という日本語が世界の環境運動で共有されているように、未利用魚の活用は日本らしい価値観に根ざした資源保全の実践といえます。

くら寿司「一船買い」——定置網を丸ごと買い取る仕組み
くら寿司の漁業創生を象徴するのが、2015年に始まった「一船買い」です。名前だけ聞くと豪快な買い付けのようですが、その本質は漁業者のリスクを企業が引き受ける、きわめて実務的な仕組みにあります。
「種類も大きさも問わず、一定価格で全部買う」
一船買いとは、定置網にかかった国産天然魚を、種類や大きさを問わず、あらかじめ決めた一定の価格でまとめて買い取る年間契約のことです。人気の魚だけを選んで買うのではなく、名前の知られていない魚も、サイズの不揃いな魚も、加工の難しい魚も含めて丸ごと引き受けます。漁業者にとっては、その日網に何がかかるか分からなくても、収入の見通しが立つ——この「予測可能性」こそが最大の価値です。
従来の市場取引では、水揚げされた魚は競りにかけられ、人気のない魚は安値に沈むか買い手がつきません。豊漁でも価格が暴落すれば手取りは増えず、天候不順で不漁なら収入は途絶えます。一船買いは、この価格変動と売れ残りのリスクを企業側が引き受けることで、漁業経営を安定させる狙いを持っています。収入の予測が立てば、漁業者は無理な数を追わずに済み、次世代への技術継承や設備投資といった長期的な計画も立てやすくなります。
漁業の担い手不足は年々深刻さを増しています。不安定で先の見えない収入は、若い世代が漁業を職業として選びにくくする大きな要因です。安定した買い手の存在は、単にその年の売上を支えるだけでなく、「この仕事なら続けられる」という展望を生み、地域の漁業そのものの持続可能性を底支えします。一船買いが「漁業創生」と呼ばれるのは、目先の取引にとどまらず、担い手を含めた漁業の未来を育てる意図があるからです。

産地の漁協と築く信頼のパートナーシップ
こうした取り組みは、産地の漁協との深い信頼関係の上に成り立っています。一船買いは2015年4月、福井県の鷹巣(たかす)漁港での定置網漁船との年間契約から始まり、その後、愛媛県の魚島や香川県の小田漁港など全国の産地へと広がってきました。企業が一方的に買い叩くのではなく、産地と価値観を共有しながら魚を扱う姿勢が、漁師・漁協・企業の持続的な関係を支えています。
くら寿司はこうした取り組みを全国に広げ、2022年時点で全国116か所の漁港・漁協と直接取引を行っていると公表しています。産地との直接のつながりは、鮮度や履歴の見える化にも寄与し、消費者にとっての安心にもつながります。市場を経由せず産地と直接やり取りすることで、中間コストを抑えつつ、その価値をより多く漁業者へ還元できる余地も生まれます。地域の水産業を面で支えるこの姿勢は、東日本大震災からの水産業の再生を追った三陸の水産業復興の事例とも通じるものがあります。産地と実需者が顔の見える関係を結ぶことは、災害や不漁といった逆風のなかでも地域の漁業を支える力になります。
一船買いが生む3つの効果
- 漁業者:収入が安定し、獲れた魚がすべて価値になることで経営の見通しが立つ
- 資源:安値の魚も価値化されるため、量を追う乱獲への圧力が下がる
- 企業:他社が扱わない多様な魚を安定調達でき、メニューの独自性が高まる
「買い取る」だけでは終わらない
ただし、丸ごと買い取っただけでは、扱いにくい魚は宝の持ち腐れになりかねません。だからこそくら寿司は、買い取った魚を確実に商品へと変える加工・商品開発の体制を同時に築いてきました。大阪府貝塚市の加工センターでは、多種多様な魚を一匹ずつ手作業でさばき、鮮度を保ったまま各地の店舗へ送り出す仕組みが整えられています。買い取る力と、それを商品に変える力の両方があって初めて、一船買いは成立します。
次章で見るように、一船買いは単体の施策ではなく、天然魚を余さず生かす一連のプロジェクト群の入り口です。獲る・育てる・使い切る・価値を高めるという各段階が連動することで、丸ごと買い取った魚のすべてが、最後まで無駄なく価値に変えられていきます。
天然魚プロジェクトの進化——魚育・さかな100%・くらの逸品
くら寿司の漁業創生は、2010年に始まった「天然魚プロジェクト」を土台に、段階的に進化してきました。獲る・育てる・使い切る・価値を高める——それぞれの段階を担う施策が積み重なり、一つのエコシステムを形づくっています。ここでは主要な柱を順に見ていきます。
① 一船買い(2015年〜):入り口としての天然魚調達
前章で見た一船買いは、天然魚プロジェクト全体の入り口にあたります。多様な魚を安定的に確保することが、後段の商品開発や資源活用のすべての前提になります。くら寿司はこの調達を支えるため、大阪府貝塚市に大規模な加工センター(貝塚センター)を整備し、多種多様な魚をさばき、商品化できる体制を築いてきました。
② 天然魚 魚育(うおいく)プロジェクト(2019年〜):小さな魚を育てる
「魚育プロジェクト」は、定置網にかかった小さな未成魚をすぐに商品化するのではなく、いったん育ててから活用する取り組みです。まだ食用に適さないサイズの魚を成長させることで、資源を無駄にせず、より価値の高い状態で提供できます。獲りすぎを避けながら資源を生かす、天然と養殖の中間のような発想が特徴です。小さな魚をその場で捨ててしまえば命も資源も失われますが、育てて活かせば、一匹あたりの価値も、海全体の資源効率も高まります。天然の恵みを土台にしながら、人の手で少しだけ後押しする——この考え方は、養殖と天然の良いところを組み合わせる新しい水産のかたちを示しています。

③ さかな100%プロジェクト(2018年〜):骨もアラも使い切る
「さかな100%プロジェクト」は、大手回転寿司チェーンとして先駆的に始まった取り組みで、天然魚の骨やアラなど、通常は捨てられる部位を養殖魚の飼料の一部として活用し、獲れた魚を余すことなく生かすものです。人間が食べる部分だけでなく、食べられない部位まで循環に組み込むことで、一匹の魚から得られる価値を最大化します。飼料化された魚粉を使って育てた米(魚粉活用米)を提供するなど、循環の応用も進められてきました。
食べ残しや端材を捨てずに資源として回すこの発想は、漁具の再生利用など水産業のあちこちで広がりつつある循環型のものづくりと共通します。使い終わった漁網を新たな製品に生まれ変わらせる取り組みは、漁網リサイクルの記事でも紹介しています。
④ くらの逸品シリーズ(2023年〜):地域の魚をブランド化
「くらの逸品シリーズ」は、地域で獲れた魚を地域の顧客に提供する、いわば産地の物語ごと味わってもらう試みです。知られていなかった魚に光を当て、丁寧な加工と提案によって価値を高めることで、これまで安値だった魚が漁業者への還元につながります。低利用魚を「安いから使う」のではなく「価値ある食材として使う」という姿勢が、この段階の核心です。
この4つの柱は、それぞれ独立した施策ではなく、一匹の魚をめぐって連続しています。一船買いで丸ごと確保した魚のうち、まだ小さいものは魚育で育て、食用部位は逸品として価値を高めて提供し、骨やアラはさかな100%で飼料へと回す。入り口から出口まで、魚の一部たりとも無駄にしない設計になっているのです。個々の善行を足し合わせたのではなく、最初から「魚を丸ごと生かす」という一貫した思想のもとに組み立てられている点が、この取り組みの完成度を高めています。
施策が連動することの意味
もし一船買いだけを行えば、扱いにくい魚が余ってしまいます。さかな100%だけでは、そもそも多様な魚を確保できません。魚育がなければ、小さな魚を活かせません。4つの柱が噛み合うことで初めて、獲れた魚のすべてが最後まで価値になる循環が完成します。部分ではなく全体で設計されていることが、この仕組みの強さです。
| 施策 | 開始 | ねらい |
|---|---|---|
| 天然魚プロジェクト | 2010年 | 国産天然魚を積極的に取り扱う基盤づくり |
| さかな100%プロジェクト | 2018年 | 骨・アラを飼料化し魚を丸ごと使い切る |
| 一船買い | 2015年 | 定置網の魚を丸ごと買い取り漁業者を支援 |
| 魚育プロジェクト | 2019年 | 未成魚を育てて資源を無駄なく活用 |
| くらの逸品シリーズ | 2023年 | 地域の魚をブランド化し価値を高める |
「地魚地食」と国産天然魚エコシステム——地域を潤す循環
個々の施策を貫くコンセプトが「地魚地食(じざかなちしょく)」です。地元で獲れた魚を、地元の消費者が食べる。当たり前のようでいて、全国流通が当たり前になった現代の水産業では、意外に難しくなっていた循環です。
地産地消を魚で実現する
くら寿司が掲げる「国産天然魚エコシステム」は、地域で獲れた魚を、地域の店舗で、地域の顧客に提供する循環を核としています。長距離輸送を減らし、鮮度の高い状態で地元の魚を味わってもらうことは、輸送に伴う環境負荷の抑制にもつながります。さらに、その売上が地域の漁業者へと還元されることで、地域経済そのものを潤す構造を目指しています。
この循環を支えるため、くら寿司は物流網を全国およそ22のエリアに分けて再設計し、産地から近い店舗へ効率よく魚を届ける仕組みづくりを進めているとされます。中央市場を経由して全国一律に配る従来型から、地域完結型へと物流の発想を転換している点が特徴です。魚は鮮度が命であり、産地から食卓までの距離と時間が短いほど、おいしさも、輸送のエネルギー効率も有利になります。地域ごとに加工と物流の拠点を整えることは一朝一夕にはいかない地道な投資ですが、この基盤があってこそ「地元の魚を地元で」という循環が現実のものになります。

多様性を守ることが、豊かさを守る
くら寿司は、現在扱う約30種の天然魚を将来的に約130種(約4倍)へ広げることを目標に掲げてきました。特定の人気魚に需要が集中すると、その魚だけが乱獲される危険が高まります。逆に、多様な魚を消費に回すことは、特定資源への負荷を分散させ、海の生き物の多様性を守ることにもつながります。日本の海の豊かな生物多様性については、日本の海洋生物多様性の記事もあわせてご覧ください。
エコシステムが「三方よし」になる理由
- 漁業者よし:多様な魚が安定的に売れ、収入が地域に還元される
- 消費者よし:鮮度の高い地元の魚を、手ごろに楽しめる
- 海よし:需要が多様な魚種に分散し、特定資源への集中を避けられる
外食チェーンだからできるスケール
こうした循環を全国規模で回せるのは、多くの店舗と安定した需要を持つ外食チェーンならではの強みです。個々の漁業者や小規模事業者が単独で取り組むには限界がある「量」と「継続性」を、企業のスケールが補います。裏を返せば、外食産業がどんな魚を選び、どう調達するかは、日本の海の未来に対して大きな影響力を持つということでもあります。
SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」との接続
こうした取り組みは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標14「海の豊かさを守ろう」と直接結びついています。目標14は、過剰漁業を終わらせ、海洋資源を持続可能な形で利用することを掲げています。企業が本業を通じて資源の持続可能性に貢献し、同時に収益も上げる——こうした「本業型のSDGs」は、寄付や社会貢献活動とは異なり、事業が続く限り効果も続くという強みを持ちます。だからこそ、一時的なキャンペーンではなく、10年以上にわたって続けられてきたことに意味があります。
回転寿司を選ぶときの視点
- その店が国産天然魚をどう調達しているかに関心を持つ
- 見慣れない魚や『本日の地魚』のメニューを積極的に選んでみる
- 資源や産地に配慮した取り組みを掲げる店を、応援する気持ちで利用する
くら天然魚市場と「さかなの日」——食卓を魚へ引き戻す
どれだけ良い魚を確保しても、食べてくれる人がいなければ循環は回りません。くら寿司の取り組みが単なる調達の工夫にとどまらないのは、需要側、つまり「魚食離れ」そのものにも働きかけている点です。
低利用魚が集まる「くら天然魚市場」
大阪府貝塚市に設けられた「くら天然魚市場」は、鮮魚店や海鮮焼きの屋台などを備えた施設で、隣接する加工センターと連携しています。ここには一船買いで集まった60種類以上の魚が日替わりで並び、一般には市場に出回りにくい低利用魚も購入できます。回転寿司の店舗では扱いきれない魚を消費者に直接届ける受け皿として、エコシステムの出口の役割を果たしています。
こうした場は、消費者が「見たことのない魚」と出会い、その食べ方や魅力を知るきっかけになります。魚食離れの一因が「知らない・さばけない・食べ方がわからない」ことにあるとすれば、実際に手に取れる場の存在は、知識と体験のギャップを埋める意味を持ちます。店頭で調理法を提案したり、下処理を済ませた状態で販売したりする工夫は、忙しい現代の暮らしのなかでも魚を選びやすくする実践的な後押しになります。回転寿司の一皿として味わった魚を、今度は自宅の食卓で楽しむ——そうした循環が生まれれば、魚食の裾野は着実に広がっていきます。

毎月「さかなの日」で魚食を後押し
「さかなの日(毎月3〜7日)」は、水産庁が官民協働で制定し、2022年11月に始動した取り組みです。くら寿司もこれに賛同・連携し、天然魚をより身近に感じてもらう機会をつくってきました。企業のこうした取り組みは、社会全体で魚食文化を守ろうとする流れと呼応しています。イベントやメニュー提案を通じて、魚を食べる習慣を暮らしに取り戻そうという地道な働きかけです。
環境省にも評価された取り組み
くら寿司の一連の漁業創生の取り組みは、環境省が主催する「グッドライフアワード」で表彰されるなど、社会的にも評価されてきました。企業の売上向上と、資源保全・地域貢献という社会的価値を両立させたモデルとして注目されています。ただし、こうした評価はゴールではなく、継続と拡大があってこそ意味を持ちます。表彰は取り組みの正しさを社会が認めた証であると同時に、他の企業や産地が同様の挑戦に踏み出すための道しるべにもなります。
重要なのは、こうした需要側の働きかけが「押しつけ」ではなく「発見の楽しさ」として設計されている点です。知らなかった魚と出会い、その食べ方を知り、実際においしいと感じる。この一連の体験が、消費者を魚食へと自然に引き戻します。環境や資源のために我慢して魚を食べるのではなく、魚を楽しむこと自体が結果的に海を守る——この前向きな構造こそ、取り組みを長く続けられる原動力になっています。
需要側への働きかけがなぜ重要か
供給側の努力だけでは、魚食離れで縮む市場を止められません。多様な魚と出会える場をつくり、食べ方を提案し、魚を食べる日を習慣づける——こうした需要創出は、漁業者の努力を「売れる」という形で報いるために不可欠です。作って終わりではなく、食べてもらうまでを設計する点に、この取り組みの完成度があります。
広がる未利用魚活用と、持続可能な調達の潮流
くら寿司の取り組みは突出した事例ですが、決して孤立した動きではありません。未利用魚の活用や持続可能な水産物調達は、いま外食・小売・食品加工の各分野で確実に広がりつつあります。この大きな潮流のなかに位置づけることで、一企業の事例が持つ意味がより立体的に見えてきます。
外食・流通に広がる未利用魚の活用
近年は、未利用魚を専門に扱うオンライン販売サービスや、学校給食・社員食堂での活用、居酒屋チェーンでの産地直送メニューなど、多様な形で未利用魚が使われ始めています。共通するのは、これまで値のつかなかった魚に「食べ方」と「販路」を用意することで価値を生み出すという発想です。加工技術やブランディング、物流の工夫が組み合わさることで、もったいなかった魚が食卓へと届くようになっています。とりわけ学校給食での活用は、子どもたちが地元の海の恵みを知り、多様な魚に親しむ食育の機会にもなります。幼いころに味わった魚の記憶は、将来の魚食習慣を育てる種になります。未利用魚の活用は、目の前のフードロスを減らすだけでなく、次の世代の食文化を耕す取り組みでもあるのです。
- 専門EC・宅配:未利用魚を詰め合わせて家庭に届け、食べ方も提案する
- 給食・社員食堂:安定した需要を背景に、地域の低利用魚を継続活用
- 加工品開発:練り物・フライ・だしなど、扱いにくい魚を商品化
- 飲食チェーン:産地と直接つながり、日替わりで地魚を提供
認証と「見える化」という別のアプローチ
持続可能な調達には、未利用魚活用とは別のアプローチもあります。代表的なのが、MSC(海洋管理協議会)やASC(水産養殖管理協議会)といった認証制度です。資源に配慮して獲られた・育てられた水産物であることを第三者が認証し、消費者が売り場で選べるようにする「見える化」の仕組みです。パッケージに付いた青いラベルを目印にすれば、専門知識がなくても持続可能な選択ができます。多くの外食・小売企業が、こうした認証水産物の取り扱いを段階的に増やしています。
「未利用魚を生かす」アプローチと「認証で見える化する」アプローチは、対立するものではなく補い合う関係にあります。前者は捨てられていた資源に価値を与え、後者は資源に配慮した漁業そのものを支えます。くら寿司のような産地直結型のモデルと、認証制度による国際的な基準づくりが両輪で進むことで、日本の水産物調達は少しずつ持続可能な方向へと動いています。企業ごとに得意な手法は異なりますが、目指す方向は共通しているのです。

海の環境そのものを守る取り組みとの接続
持続可能な漁業は、魚の獲り方や売り方だけで完結するものではありません。魚が育つ海の環境そのものを守ることも同じく重要です。栄養バランスの崩れが引き起こす赤潮と富栄養化や、二酸化炭素を吸収し漁場を育むブルーカーボン生態系の保全は、豊かな漁業の土台を支えます。魚を賢く食べることと、海の環境を守ることは、地続きの課題なのです。
「安全・安心」への向き合い方
国産水産物をめぐっては、東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水の海洋放出以降、安全性への関心や一部で風評の影響が議論されてきました。この点については、国や関係機関が海水や水産物の放射性物質を継続的にモニタリングし、その結果を公表しています。科学的なモニタリングデータに基づいて事実を確認し、産地や事業者の説明にも耳を傾けながら、冷静に判断することが大切です。産地と直接つながり、履歴を明確にする調達のあり方は、こうした場面で消費者が根拠をもって安心を得るための助けにもなります。感情や噂ではなく、公表されたデータという共通の土台に立って判断する姿勢が、産地を不当な風評から守り、努力する漁業者を支えることにもつながります。

まとめ:食卓から支える、持続可能な漁業
くら寿司の漁業創生の取り組みは、「資源が減り、消費も減る」という日本の海の二重の危機に、外食企業という立場から正面から向き合うものでした。定置網の魚を丸ごと買い取る一船買い、市場に出回りにくい低利用魚の商品化、骨やアラまで使い切るさかな100%、地域内で価値を循環させる地魚地食。これらは別々の善行ではなく、漁業者・消費者・海の三方を同時に支える一つのシステムとして設計されています。
「賢く食べる」ことが最大の資源保全になる
重要なのは、これが我慢や自己犠牲の話ではないということです。多様な魚をおいしく食べ、漁業者の努力に正当な対価が支払われ、その結果として海の資源が守られる——持続可能な漁業とは、豊かさを未来へ引き継ぐための前向きな仕組みです。企業がその舞台を整え、消費者がそこで魚を選ぶ。この両輪がそろって初めて、循環は回り始めます。くら寿司の事例が示すのは、資源保全と経済活動は対立するものではなく、設計次第で両立できるという希望です。
もちろん、一つの企業の取り組みだけで日本の海の危機が解決するわけではありません。国による資源管理の強化、産地での加工・物流インフラの整備、認証制度の普及、そして何より消費者一人ひとりの意識——さまざまな主体の努力が重なって初めて、持続可能な漁業は現実になります。くら寿司の「漁業創生」は、その大きなパズルの一つの、しかし力強いピースです。同じ発想を持つ企業や産地が増えていけば、日本の海はもう一度、豊かな恵みを未来へ手渡せる海になるはずです。
私たちが食卓からできること
- 知らない魚を選んでみる:見慣れない地魚や低利用魚を、機会があれば試す
- 旬と産地を意識する:その時期・その地域の魚を選び、多様な需要をつくる
- 丸ごと使う:家庭でもアラや骨をだしに使うなど、魚を無駄なく味わう
- 取り組みを応援する:資源に配慮した企業や産地の商品を意識して選ぶ
- 正しい情報で判断する:産地の安全性は公的なモニタリングデータで確認する
この記事のまとめ
- 日本の漁業生産量はピーク(1984年)の約3割、魚介消費量は約22kgと半減し、供給と需要の両面で危機にある
- 「未利用魚・低利用魚」は食べられるのに使われない魚で、その活用はフードロス削減と資源保全を同時に進める
- くら寿司は2010年からの天然魚プロジェクトを土台に、一船買い・魚育・さかな100%・くらの逸品を展開してきた
- 全国116か所(2022年時点)の漁港と結ぶ「地魚地食」の国産天然魚エコシステムは、漁業者・消費者・海の三方を潤す循環を目指す
- 未利用魚活用と認証による見える化は、持続可能な調達を支える両輪であり、外食・流通に広がりつつある
- 消費者は「多様な魚を賢く食べる」ことで、食卓から持続可能な漁業を支えられる
くら寿司の一船買いや未利用魚の活用が教えてくれるのは、「どう獲るか」だけでなく「どう食べ、どう届けるか」もまた、海を守る力になるという視点です。漁業者だけの努力でも、企業だけの工夫でもなく、獲る人・売る人・食べる人がそれぞれの立場でつながることで、限りある海の恵みは初めて未来へと引き継がれていきます。持続可能な漁業は遠い理念ではなく、日々の食卓の選択の積み重ねのなかに宿っているのです。
次に回転寿司や鮮魚売り場で見慣れない魚に出会ったら、その一皿・一切れの向こうに、網を上げる漁業者と、それを支えようとする仕組みがあることを思い出してみてください。名前を知らない魚をひとつ試してみること、旬の地魚を選んでみること——その小さな一歩が、漁業者の努力に報い、多様な海の生き物を守り、日本の豊かな魚食文化を次の世代へ手渡す力になります。あなたが魚を選ぶという行動は、日本の海の未来を形づくる、確かな一票なのです。
参考文献・出典
- くら寿司株式会社 – 漁業創生への取り組み(一船買い・天然魚プロジェクト・くら天然魚市場)
- くら寿司株式会社 – さかな100%への取り組み
- 水産庁 – 水産白書 特集ページ「水産物を食べる、魚介類の消費について」
- 水産庁 – 水産白書 特集ページ「海の中の状況、水産資源について」
- 環境省 – グッドライフアワード 受賞取組紹介(くら寿司の漁業創生の取り組み)
- 一般社団法人 大日本水産会 魚食普及推進センター – 未利用魚・低利用魚とは? 海の資源を上手に食べよう!
- 水産庁 – 水産白書トピックス「未利用魚の活用 〜MOTTAINAI〜」
- nippon.com – 1人当たり年間魚介消費量、過去最低に―薄れる魚食文化
- 笹川平和財団 海洋政策研究所 – Ocean Newsletter「日本の魚食の将来 〜魚離れをめぐって〜」
- FAO(国連食糧農業機関) – The State of World Fisheries and Aquaculture(世界漁業・養殖業白書)
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