約800万トン
毎年海に流れ込むプラスチックごみの推計量(世界全体)
3000万足超
2020年末までにParley素材で製造されたシューズ
11本
UltraBOOST Parley 1足に使われる回収ペットボトルの本数

足元のスニーカーが、かつて海辺に打ち上げられていたペットボトルだったとしたら――。スポーツ用品大手のアディダスと、海洋環境NPOのParley for the Oceans(パーレイ・フォー・ジ・オーシャンズ)は、2015年からその『もしも』を現実に変えてきた。海岸や沿岸で回収したプラスチックごみを高性能な再生ポリエステル糸に変え、ランニングシューズやサッカーのユニフォームへ生まれ変わらせる取り組みだ。

この協働は、単なる素材リサイクルの話にとどまらない。世界中のランナーを巻き込むキャンペーンや、国連の舞台でのお披露目を通じて、海洋プラスチック問題そのものを世界に可視化した。一方で、およそ10年の歩みの末に2024年で提携が終わった事実は、『企業のサステナビリティとは何か』という難しい問いも私たちに残している。

この記事では、環境省やアディダス、Parleyの公式情報をもとに、取り組みの仕組みと成果、そして光と影の両面をたどっていく。海洋メディア『海LAB』らしく、数字と事実に基づいて、冷静に、しかし希望を失わずに見つめてみたい。

この記事で学べること

  • 海洋プラスチック問題の規模と『2050年に魚より多くなる』という試算の意味
  • 海岸のごみが再生素材Parley Ocean Plasticに生まれ変わる工程
  • Parleyの行動指針『AIR(Avoid・Intercept・Redesign)』の考え方
  • コンセプトシューズから3000万足規模の量産までのスケールアップ
  • グリーンウォッシュ批判と2024年の提携終了が投げかけた問い
  • 企業事例から私たち消費者が持ち帰れる視点

そもそも海洋プラスチック問題とは何か

アディダスとParleyの取り組みを理解するには、まず『なぜ海のプラスチックが問題なのか』を押さえておく必要がある。私たちが日常で使うレジ袋やペットボトル、食品トレーは、正しく処理されなければ川を伝って海へと流れ込む。いったん海に出たプラスチックは自然にはほとんど分解されず、数百年単位で漂い続けると考えられている。

環境省の白書によれば、世界全体では毎年およそ800万トンものプラスチックごみが海洋に流出していると試算されている。これはジャンボジェット機に換算すれば膨大な数に相当する量で、しかも毎年積み上がっていく。プラスチックが海の中でどのように微細化し、生き物へ取り込まれていくのかは、海のプラスチックはなぜ分解されないのかでも詳しく解説している。

『2050年には魚より多くなる』という試算

海洋プラスチックを語るとき、しばしば引用されるのが『このまま対策を取らなければ、2050年には海洋中のプラスチックごみの重量が魚の重量を超える』という予測だ。これはイギリスのエレン・マッカーサー財団が2016年の世界経済フォーラム年次総会に合わせて発表した報告書に基づくもので、環境省など日本の公的機関もこの数字を引用して警鐘を鳴らしている。

もちろんこれはあくまで一定の前提を置いた試算であり、『必ずそうなる』という確定した未来ではない。だが、現状のペースで排出が続けば海の姿が大きく変わりかねない、という危機感を端的に伝える数字として広く共有されてきた。

覚えておきたい数字

  • 海への流出量:世界で年間およそ800万トン(推計)
  • 分解のしにくさ:多くのプラスチックは自然界で数百年残るとされる
  • 2050年試算:対策がなければ重量ベースで魚を上回る可能性

細かく砕けた『マイクロプラスチック』の脅威

海に出たプラスチックは、波や紫外線によって少しずつ砕け、5ミリメートル以下の『マイクロプラスチック』になる。目に見えにくいこの微粒子は、プランクトンから魚、そして食卓へと食物連鎖をさかのぼって運ばれる可能性が指摘されている。人の体や生態系への影響については、マイクロプラスチックと私たちの健康で整理している。

さらに、漁業で使われたまま海に残された網やロープ――いわゆる『ゴーストギア(幽霊漁具)』も、海洋プラスチックの大きな割合を占める。海の生き物が絡まって命を落とす原因にもなっており、この問題は海をさまようゴーストギアで扱っている。アディダスとParleyの初期のコンセプトシューズには、実はこの違法漁網からつくった糸も使われていた。

海面を漂う色とりどりのマイクロプラスチックの粒子
波と紫外線で砕けたマイクロプラスチックは、食物連鎖を通じて広がっていく。

日本も『当事者』である

海洋プラスチックは遠い国の問題ではない。UNEP(国連環境計画)の報告などでは、日本は容器包装プラスチックの一人当たり廃棄量が世界でも多い国のひとつとして整理されてきた。こうした背景もあり、日本では2022年4月に『プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(プラスチック資源循環促進法)』が施行され、使い捨てプラスチック製品の削減が事業者に求められるようになった。

つまり私たち一人ひとりが排出者であり、同時に解決の担い手でもある。企業が主導するアディダス×Parleyのような取り組みは、その大きな流れの中で『回収したごみを価値ある製品に変える』という一つの答えを示そうとしたものだった。

なぜプラスチックはこれほど厄介なのか

プラスチックが海洋ごみの中でとりわけ問題視されるのには、いくつかの理由がある。第一に、軽くて水に浮きやすいため、風や海流に乗って地球規模で拡散する。太平洋には海流によってごみが集まる『太平洋ごみベルト』と呼ばれる海域が存在し、日本の海岸にも遠く離れた国からのごみが漂着する。ごみがどのように海を巡るのかは、海水温と海流のしくみとも深く関わっている。

第二に、プラスチックは石油からつくられる人工物であり、微生物が分解に必要とする酵素をほとんど持っていない。木や紙が数か月から数年で土に還るのに対し、ペットボトルは数百年、釣り糸に至っては600年以上も残るとされる。つまり、今この瞬間に海へ流れ出た一片のプラスチックは、私たちの子や孫の代を超えて海に漂い続ける可能性が高い。

第三に、プラスチックは有害な化学物質を吸着しやすい性質を持つ。海を漂ううちに、周囲の水に含まれる有機汚染物質を表面に濃縮し、それを飲み込んだ生き物の体内へ運んでしまう。つまり海洋プラスチックは、単なる『ごみ』の問題であると同時に、化学物質による汚染の運び手にもなりうるのだ。こうした複合的なやっかいさが、世界中の企業や研究者を対策へと駆り立てている。

アディダスとParleyの出会い――2015年、国連での宣言

Parley for the Oceansは、ドイツ出身のデザイナー、シリル・グッチ(Cyrill Gutsch)が2012年に立ち上げた海洋環境保護のネットワークだ。クリエイターや企業、研究者、行政をつなぎ、海の美しさと危うさへの意識を高めながら、破壊を食い止めるプロジェクトに協働で取り組むことを掲げている。

そのParleyとアディダスが正式にパートナーシップを結んだのは2015年4月20日のこと。アディダスは創業メンバーとしてParleyの啓発・教育活動を支え、後述する行動指針『AIR』に基づく海洋プラスチック・プログラムに参画することを表明した。

『待つのをやめよう』――コンセプトシューズの衝撃

協働の象徴となったのが、2015年に国連本部でお披露目された1足のコンセプトシューズだ。アッパー(甲の部分)には、海から回収したプラスチックと、違法操業で捨てられた漁網から紡いだ糸が編み込まれていた。『業界の待ちのゲームを止める』というメッセージとともに、これは海のごみが高性能スポーツシューズになりうることを世界に示す宣言だった。

私たちはプラスチックを敵ではなく、デザインの失敗だと捉えている。だからこそ、素材そのものを設計し直すことができる。

― シリル・グッチ(Parley for the Oceans 創設者)の思想より
国連の演台に置かれた、青い再生糸で編まれたコンセプトスニーカー
海のごみから生まれたコンセプトシューズは、国連の舞台で世界へ問いを投げかけた。

行動指針『AIR』――Avoid・Intercept・Redesign

Parleyの活動の背骨にあるのが、頭文字をとった『AIR(エア)』という3段構えの戦略だ。プラスチック問題に対して、単に回収して再利用するだけでは追いつかないという認識から生まれた考え方で、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のパートナーシップにも登録されている。

頭文字意味具体的な行動
Avoid避けるそもそも新しいプラスチックの使用を減らし、代替素材を選ぶ
Intercept回収する海に到達する前に、海岸や沿岸でごみを集めて再資源化する
Redesign設計し直すバージンプラスチックに頼らない製品や仕組みを発明する
Parleyの行動指針『AIR』。回収(Intercept)だけでなく、削減(Avoid)と再設計(Redesign)を同時に進めるのが特徴。

重要なのは、3つのうち最も本質的なのは実は『Avoid(避ける)』と『Redesign(設計し直す)』だという点だ。回収は問題が起きた後の対処であり、それだけでは蛇口を開けたまま床の水を拭き続けるようなもの。アディダス×Parleyのシューズは目立つ『Intercept』の成果だが、その背後にはそもそもプラスチックに依存しないものづくりへという長期の視線があった。

この考え方は、後にアディダスが打ち出す循環戦略の土台にもなった。同社は素材を『リサイクルする(Recycled)』『繰り返し使える形に設計する(Circular)』『自然に還る素材へ移行する(Regenerative)』という3つのループで捉え、段階的により根本的な解決へ進もうとした。Parleyとの協働は、その第一歩である『リサイクル』を世界に強く印象づける役割を担ったといえる。

なぜスポーツブランドが海に取り組むのか

そもそも、スニーカーやユニフォームをつくる企業が、なぜ海洋環境という一見遠いテーマに深く関わったのだろうか。背景には、スポーツウェアの多くがポリエステル、すなわち石油由来のプラスチック繊維でできているという事実がある。ランニングシャツもサッカーのユニフォームも、素材をたどればプラスチックだ。つまりアディダスにとって海洋プラスチックは、他人事ではなく自分たちの原材料そのものの問題だった。

だからこそ、ごみを原料に変える取り組みは、環境貢献であると同時に事業の未来を守る戦略でもあった。世界的なスポーツブランドが持つ発信力とデザイン力を海洋問題に振り向けたことで、それまで環境活動に関心の薄かった若い層にもメッセージが届いた。理念とビジネスが交わる地点に、この協働は成立していた。

この協働の位置づけ

  • 2012年:シリル・グッチがParley for the Oceansを設立
  • 2015年4月:アディダスが創業メンバーとして正式に提携
  • 2015年:国連でコンセプトシューズをお披露目
  • 指針は『AIR(Avoid・Intercept・Redesign)』の3本柱

海辺のごみが糸になるまで――Parley Ocean Plasticの仕組み

では、海岸に落ちていたプラスチックは、どのようにしてスニーカーの素材へと変わるのだろうか。この再生素材は『Parley Ocean Plastic(パーレイ・オーシャン・プラスチック)』と呼ばれ、バージン(新品)のプラスチックに劣らない性能を持つ高機能ポリエステル糸として仕上げられる。

回収の現場――モルディブ、スリランカ、ドミニカ共和国

Parleyの素材のもとになるプラスチックは、主にモルディブ、スリランカ、ドミニカ共和国などの沿岸地域で集められる。地域のコミュニティや清掃ネットワークと連携し、海岸や浜辺、そして海に流れ込む前の沿岸部でペットボトルなどを回収するのが基本だ。島国モルディブは観光地であると同時にごみ処理インフラが限られており、Parleyの介入(Intercept)が特に意味を持つ場所とされる。

熱帯の島の海岸で回収袋にプラスチックごみを集める人々
モルディブなどの沿岸で、地域コミュニティと連携して行われる回収活動。

選別から糸へ――再資源化の工程

集められたプラスチックは、認証を受けたリサイクルパートナーの手に渡り、いくつもの工程を経て糸へと生まれ変わる。おおまかな流れは次の通りだ。

  1. 回収:海岸・沿岸でプラスチックごみ(主にペットボトル)を集める
  2. 洗浄・選別:汚れを落とし、素材の種類ごとに分ける
  3. フレーク化:細かく砕いてチップ状(フレーク)にする
  4. ペレット化:溶かして小さな粒(ペレット)に加工する
  5. 紡糸:ペレットから高機能ポリエステル糸を紡ぐ
  6. 製品化:糸を編み込み、シューズやウェアのアッパーなどに仕立てる

この再生ポリエステルは、石油から新たに作るバージンポリエステルに比べて、製造時の水やエネルギー、化学物質の使用を抑えられるとされる。ごみを減らしながら、資源の消費も抑える――循環型経済(サーキュラーエコノミー)の考え方を体現した素材だといえる。

選別されたプラスチックフレークと、そこから紡がれた白い糸のクローズアップ
砕かれたフレークから、真新しい糸へ。地道な工程を経て、ごみは高機能素材に生まれ変わる。

ただし、この工程は決して魔法ではない。回収したプラスチックには汚れや異物、複数の素材が混ざったものが多く含まれ、糸にできる品質のものを取り出すには手間とコストがかかる。だからこそ『認証を受けたリサイクルパートナー』という管理された供給網が重要になる。誰が、どこで、どのように回収し、どんな基準で選別したのか――そのトレーサビリティ(追跡可能性)こそが、この素材の価値と信頼を支える生命線なのだ。

1足に『11本』のペットボトル

代表モデルのUltraBOOST Parleyでは、靴ひも・かかとの裏地・インソールのカバーなどに再生素材が使われ、1足あたりおよそ11本の回収ペットボトル相当が生かされている。100万足を作れば、少なくとも1100万本のボトルが新たな命を得る計算になる。

『Ocean Plastic』という言葉の正確な意味

ここで一つ、正確に押さえておきたい点がある。『Ocean Plastic(海洋プラスチック)』という言葉から、海の底や沖合から引き上げたごみを想像しがちだが、実際に使われているのは主に海に到達する前の海岸・沿岸で回収されたプラスチックだ。英語では『ocean-bound plastic(海に向かうプラスチック)』とも呼ばれる。アディダス自身も、海に達する前に海岸や沿岸コミュニティで回収したものだと説明している。

これは決してごまかしではなく、むしろ理にかなっている。いったん外洋に出て砕けてしまったプラスチックを回収するのは技術的にも極めて難しい。海に流れ込む『手前』で食い止めるほうが、効率も効果も高いからだ。ただし、この言葉のニュアンスは後半で触れる批判とも関わってくるため、頭の片隅に置いておきたい。

もう一つ見逃せないのは、回収活動が現地の人々の暮らしを支える側面だ。モルディブのような島国では、集めたプラスチックを買い取る仕組みが整うことで、地域住民に新たな収入源が生まれる。ごみが『やっかいもの』から『お金になる資源』へと意味を変えれば、放置されずに集められるようになる。環境保全と地域経済がかみ合ったとき、回収は初めて持続可能な営みになる。海の問題は、決して環境だけの問題ではなく、そこに暮らす人々の問題でもあるのだ。

コンセプトから量産へ――3000万足へのスケールアップ

2015年のコンセプトシューズは大きな話題を呼んだが、本当の勝負は『1点物のショーピースを、実際に買える量産品にできるか』だった。理念だけでは海は救えない。スケール(規模)を伴って初めて、回収されるごみの量も意味を持ってくる。

2016年、初の市販モデルが登場

2016年11月、アディダスはParley Ocean Plasticを使った初の高性能スポーツ製品を発表した。その中心が、ランニングシューズ『UltraBOOST Uncaged Parley』だ。11月15日に発売された最初のドロップはわずか7,000足の限定だったが、アディダスは2017年末までに100万足を作るという野心的な目標を掲げた。

青と白のグラデーションが美しいParley仕様のランニングシューズ
2016年発売のUltraBOOST Uncaged Parley。海のごみが実際に買える製品になった瞬間だった。

生産数は『桁』で伸びていった

その後の生産数の伸びは、まさに桁違いだった。単なる話題づくりで終わらず、年を追うごとに規模を拡大していったことがこの取り組みの特筆すべき点だ。

Parley素材で製造したシューズ(累計・目安)
2017年約100万足
2018年約500万足
2019年約1100万足
2020年(計画)約1500万足規模
2020年末まで(累計)3000万足超
アディダスがParley Ocean Plasticで製造したシューズの推移。年々スケールが拡大した。数値は各種公表値に基づく目安。

報道によれば、アディダスはParley素材のスニーカーを100万足以上販売した実績を早い段階で公表し、2020年末までには累計3000万足を超えるシューズがこの素材で作られたとされる。1足あたり11本のボトル換算で考えれば、途方もない数のプラスチックが回収・再利用されたことになる。

シューズだけではなかった

取り組みはランニングシューズにとどまらなかった。レアル・マドリードやバイエルン・ミュンヘンといった有名サッカークラブのユニフォームにもParley素材が採用され、スポーツの最前線で海のごみ由来の素材がプレーを支える光景が生まれた。アパレル全般へと展開が広がったことで、消費者が日常的にこの素材に触れる機会も増えていった。

『量産できる』ことの本当の意味

ここで立ち止まって考えたいのは、なぜ生産数の拡大がこれほど重要なのか、ということだ。実験室で1足だけ美しいサステナブルシューズを作ることは、実はそれほど難しくない。本当に難しいのは、性能・価格・供給の安定を保ちながら、世界中の店頭に何百万足も並べることだ。品質にばらつきのある回収素材を、市販品として通用するレベルで安定供給する――この壁を越えられなければ、環境素材は永遠に『高価な話題づくり』のまま終わってしまう。

アディダスがParley素材を数千万足のスケールへ押し上げたことは、リサイクル素材が『特別なもの』から『当たり前の選択肢』へと近づいた証でもあった。一つの企業が大量に採用すれば、素材の調達網や加工技術が育ち、他の企業も追随しやすくなる。市場全体を動かすという意味で、量産化そのものが一つの環境貢献だったといえる。

スケールが持つ副次的な効果

  • 回収・加工のインフラが整い、素材の安定供給が進む
  • コストが下がり、他ブランドも再生素材を採用しやすくなる
  • 消費者が日常的に触れることで、環境意識が自然に広がる
  • 『環境配慮=我慢』ではなく『欲しいから買う』への転換が起きる

この章のポイント

  • 2016年に初の市販モデルUltraBOOST Uncaged Parleyが登場(初回7,000足)
  • 2017年100万足→2019年1100万足と、生産を桁違いに拡大
  • 2020年末までに累計3000万足超を製造
  • サッカーユニフォームなどアパレルにも展開が拡大

『Run for the Oceans』――走ることで海を守るムーブメント

アディダス×Parleyの取り組みが優れていたのは、製品を売るだけでなく、消費者を当事者として巻き込む仕掛けを用意した点にある。その代表が、世界規模のランニングキャンペーン『Run for the Oceans(ラン・フォー・ジ・オーシャンズ)』だ。

走った距離が寄付につながる

Run for the Oceansは、スポーツの力と仲間の力を使って海洋プラスチック問題への意識を高めるための、グローバルなランニングムーブメントだ。参加者がアプリなどを通じて走った距離を記録すると、その距離に応じてアディダスがParleyの海洋プラスチック・プログラムへ寄付を行う仕組みになっていた。走ること自体が、海を守るアクションになる――というわかりやすい設計だ。

早朝の海沿いの遊歩道を走る多様なランナーたち
走った距離が寄付になる『Run for the Oceans』。個人の行動を海の保全につなげた。

このキャンペーンでは累計で1000万キロメートルを超える距離が記録された年もあり、世界中のランナーが海のために足を動かした。1キロメートルにつき1米ドルを寄付し、上限を設けるといった形で運用された年もある。金額の大小以上に、自分の運動が海とつながっているという実感を多くの人に与えたことに意味があった。

『意識を変える』ことこそ最大の成果かもしれない

回収されたプラスチックの量や寄付額は、地球全体の海洋プラごみから見ればごく一部にすぎない。それでも、スポーツという誰もが親しめる入り口から海洋問題に触れた人の数は計り知れない。海洋保護の取り組みは、こうした一般の関心の高まりに支えられて前に進む。海の生態系を守る枠組みについては、海洋保護区(MPA)とは何かもあわせて読んでほしい。

環境問題を伝えるとき、深刻な現状をただ突きつけるだけでは、人はしばしば無力感に沈んでしまう。『どうせ自分ひとりが何をしても変わらない』という諦めだ。Run for the Oceansが巧みだったのは、その無力感を行動可能な希望へと変換した点にある。走るという誰にでもできる行為を、海の保全という大きな物語につなげることで、参加者は『自分も解決の一部だ』という感覚を得られた。この心理的な転換こそ、啓発キャンペーンが持つ最大の力だといえる。

教育と啓発――次の世代へ

Parleyは学校や地域と連携した教育プログラムにも力を入れてきた。子どもたちが実際に海岸清掃を体験し、集めたごみが何に生まれ変わるのかを学ぶ。こうした体験は、統計の数字よりもはるかに深く記憶に刻まれる。海洋リテラシー(海に関する基礎的な理解)を育てることは、長い目で見れば、どんな製品開発よりも持続的な効果を持つかもしれない。海LABが目指す学びの姿とも重なる考え方だ。

私たちも今日からできること

  • マイボトル・マイバッグを使い、使い捨てプラスチックを減らす(Avoid)
  • 海岸清掃やビーチクリーンのイベントに参加してみる(Intercept)
  • リサイクル素材や再生素材を使った製品を選んでみる(Redesign)
  • SNSなどで海洋プラスチック問題を身近な人と共有する

Primeblue・Primegreenと、アディダス全体の脱プラ目標

Parleyとの協働は象徴的なプロジェクトだったが、アディダスはそれと並行して、企業全体でリサイクル素材へ移行する大きな目標を掲げていた。個別の話題づくりを超えて、事業の標準を変えようとした点が重要だ。

2つの再生素材ブランド

アディダスは、100%リサイクルポリエステルを使う2つの素材技術『PRIMEBLUE(プライムブルー)』と『PRIMEGREEN(プライムグリーン)』を打ち出した。両者の違いを整理すると次のようになる。

素材ブランドポリエステルの由来特徴
PRIMEBLUEParley Ocean Plasticを含む海岸・沿岸由来の回収プラスチック海洋プラスチック問題と直結した素材
PRIMEGREEN使用済みペットボトルなどのリサイクル原料海洋以外も含む幅広い再生ポリエステル
PRIMEBLUEはParley由来の海洋プラスチックを含み、PRIMEGREENはより広くリサイクル原料を使う。いずれも100%リサイクルポリエステル。
リサイクルポリエステルの糸巻きが青と緑に並ぶ工場的なイメージ
100%リサイクルポリエステルを使うPRIMEBLUEとPRIMEGREEN。事業全体の素材転換を象徴する。

『2024年までに全製品で再生ポリエステルへ』

アディダスは環境目標として、まず『2020年までに製品に使うポリエステルの50%以上をリサイクル素材にする』というマイルストーンを掲げ、これを達成した。さらに2024年までに、可能な限りすべての製品でバージンポリエステルの使用をやめ、再生ポリエステルに切り替えるという目標を打ち出した。

加えて、2017年比で2030年までに自社の二酸化炭素排出量を30%削減するという気候目標も掲げるなど、ファッション業界全体の脱炭素・脱プラの流れをリードする姿勢を見せた。素材のリサイクルは、海洋プラスチックだけでなく気候変動対策とも地続きだ。海水温の上昇が海の生き物にどう影響するかは、海の温暖化と漁業の未来で扱っている。

『象徴』から『標準』へ――役割の違い

ここで、Parley Ocean PlasticとPRIMEGREENの関係を整理しておくと、この協働の位置づけがより立体的に見えてくる。海洋由来のParley素材は、量としては全体のごく一部にすぎない。回収できる海岸プラスチックの量には限りがあるからだ。一方、使用済みペットボトル全般を原料とするPRIMEGREENは、はるかに大量に安定して調達できる。

つまりParley素材が担ったのは『量』ではなく『象徴』の役割だった。海のごみがシューズになるという分かりやすく強い物語で世間の関心を集め、その注目をてこに、企業全体をリサイクル素材へ移行させる。派手な旗艦プロジェクトが世論を動かし、地味だが大量の標準素材が実際の環境負荷を下げる――この役割分担を理解すると、なぜ後にParley素材の『影響の限定性』が提携終了の理由に挙げられたのかも見えてくる。

アディダスの主な環境目標(当時の公表内容)

  • 2020年:製品のポリエステルの50%以上を再生素材に(達成)
  • 2024年:可能な限り全製品で再生ポリエステルへ切り替え
  • 2030年:CO2排出量を2017年比で30%削減
  • PRIMEBLUE/PRIMEGREENは100%リサイクルポリエステルを使用

光と影――グリーンウォッシュ批判と2024年の提携終了

ここまで成果を中心に見てきたが、企業事例を正しく学ぶには、批判や限界にも目を向ける必要がある。アディダス×Parleyの物語は、2024年をもって提携終了という形で一区切りを迎えた。その背景には、いくつかの見過ごせない論点があった。

『海のごみ』というイメージへの疑問

第一の批判は、『Ocean Plastic』という言葉とマーケティングのギャップだ。前述の通り、実際に使われるのは主に海に達する前の沿岸で回収されたプラスチックであり、外洋から引き上げた本物の海洋ごみではない。専門家の中には『現時点で、大規模に本当の海洋プラスチックをリサイクルすることは事実上不可能だ』と指摘する声もある。にもかかわらず、広告で海や海岸の映像を多用することで、消費者に海そのものを掃除しているという印象を与えていないか、という批判である。

きらめく海の広告イメージと、現実の沿岸回収作業を対比した構図
美しい海のイメージと、実際の沿岸回収現場。両者のギャップがグリーンウォッシュ批判の核心だった。

サプライチェーンと『効果の大きさ』への疑問

第二に、報道による調査では、アディダス製品に使われた海洋プラスチックの相当部分が、実はParleyの回収網ではなく、アディダスが独自に管理する別の供給網から来ていたのではないか、という指摘がなされた。もしそうであれば、Parleyと一緒に海のごみを集めているという物語の一部が揺らぐことになる。

第三に、リサイクルそのものの限界もある。ペットボトルをいったんシューズ用の繊維に変えると、その後さらにリサイクルするのは難しく、製品寿命の最後には埋め立てや焼却に回らざるを得ないケースが多い。つまり、これは無限に循環する仕組みというより、もう一度だけ使い延ばす仕組みに近い。また、ポリエステル製の衣類やシューズは洗濯や使用の過程で微細な繊維(マイクロファイバー)を放出し、それ自体が新たなマイクロプラスチックの発生源になりうるという課題も残る。

そして最も根本的な批判は、こうした取り組みが『大量に作り、大量に売る』というビジネスの根幹を問い直すものではない、という点だ。どれだけ再生素材を使っても、毎年膨大な数の新しいシューズが世界中で生産・消費され続ける限り、環境負荷の総量が劇的に減るわけではない。リサイクルは、作りすぎ・買いすぎという構造そのものへの答えにはなっていない。AIR戦略が本来最重視した『Avoid(そもそも減らす)』が、ビジネスとは相性が悪く、後回しにされがちだという指摘は重い。

現時点で、そして大規模には、『リサイクルされた海洋プラスチック』などというものは存在しない。

― 海洋プラスチック回収に取り組む専門家の指摘より

2024年、提携は更新されなかった

こうした流れの中で、アディダスは2024年末で満了する契約を更新せず、およそ10年に及んだParleyとの協働に区切りをつけた。報道では、サプライチェーンの不透明さやグリーンウォッシュへの懸念に加え、アディダスがParley製品を自社の広範なサステナブル製品群の中では影響が限定的と位置づけたことが理由として挙げられている。実際、2024年の一部ユニフォームは、それ以前と異なり海洋プラスチックを使わずに作られた。

この事例が投げかける問い

  • 『海のごみ由来』という言葉が、実態より大きな印象を与えていないか
  • 回収(Intercept)ばかりが注目され、削減(Avoid)が後回しになっていないか
  • リサイクルは免罪符ではなく、あくまで対症療法の一つにすぎない
  • 企業の物語は、独立した検証(第三者の目)とセットで評価する必要がある

誤解してほしくないのは、提携終了は『この取り組みが無意味だった』ことを意味しないという点だ。海洋プラスチック問題を世界的な関心事に押し上げ、大量生産の現場でリサイクル素材を実用化してみせた功績は大きい。同時に、その光の裏にある課題を直視することが、次のより良い挑戦につながる。深海にまで達したごみの実態は、深海に沈むごみでも報告している。

まとめ――一つの企業事例から、海のために持ち帰れること

アディダスとParley for the Oceansの協働は、2015年の国連での宣言に始まり、3000万足を超えるシューズという具体的な成果を生み、そして2024年に静かに一区切りを迎えた。その約10年は、『企業は海のために本当に何ができるのか』という問いに対する、壮大な社会実験だったといえる。

成果と限界を、両方セットで学ぶ

この事例からは、二つのことを同時に学べる。一つは、大企業が本気になれば、回収したごみを実際の量産品に変え、何千万人もの消費者を海洋問題に振り向かせられるという可能性。もう一つは、どんなに立派な取り組みでも、言葉の使い方や供給網の透明性、リサイクルの根本的な限界から目をそらせば、信頼を失いかねないという教訓だ。

海の再生には、回収した素材で作られたスニーカーも、微生物によるプラスチック分解のような新技術も、そして一人ひとりの小さな選択も、すべてが必要だ。プラスチックを分解する生き物をめぐる研究は海のプラスチックはなぜ分解されないのかで、豊かな海を守る仕組みは海洋保護区(MPA)とは何かで、それぞれ続きを追える。

『買い物は投票』という視点

私たち消費者にできる最も身近なアクションは、日々の買い物を通じて意思表示をすることだ。よく『買い物は投票』と言われる。どんな素材で、どんな姿勢でつくられた商品を選ぶかは、企業に対する静かな一票になる。リサイクル素材の製品を選ぶことも、逆に本当に必要なものだけを長く大切に使うことも、どちらも立派な一票だ。

ただし、この記事で見てきたように、企業の環境アピールをうのみにせず、その中身を見極める目も欠かせない。『海洋プラスチック使用』という言葉一つとっても、それが何を意味し、どれだけの効果があるのかは製品によって大きく異なる。心地よい物語に流されず、事実を確かめる姿勢――それが、賢い消費者であると同時に、海の未来にとって最も頼もしい味方になる。

一歩を踏み出すために

アディダス×Parleyの10年は終わったが、海洋プラスチックとの闘いは続いている。世界各地で新しい素材、新しい回収技術、新しいビジネスモデルが生まれ続けている。完璧な解決策はまだない。それでも、失敗や批判を含めて先行事例から学び、少しずつ前へ進むことはできる。この記事が、あなたにとって海を身近に感じ、自分にできる一歩を考えるきっかけになれば嬉しい。

澄んだ青い海と、その手前に置かれた再生素材のスニーカーが調和する希望的な風景
海のために私たちができることは一つではない。小さな選択の積み重ねが、豊かな海へとつながっていく。

この記事のまとめ

  • 海には毎年およそ800万トンのプラスチックが流入し、2050年には魚より多くなるとの試算もある
  • アディダスとParleyは2015年に提携し、海岸で回収したプラを再生素材Parley Ocean Plasticに変えた
  • 行動指針は『AIR(Avoid・Intercept・Redesign)』。回収だけでなく削減と再設計を重視
  • 2020年末までに累計3000万足超を製造。Run for the Oceansで消費者も巻き込んだ
  • 一方でグリーンウォッシュ批判や供給網の不透明さが指摘され、2024年に提携は終了した
  • 成果と限界を両方学び、私たち自身もAvoid・Intercept・Redesignを実践することが大切

足元のスニーカーが海とつながっていると気づいたとき、海はぐっと身近になる。企業の挑戦を応援しつつ、その中身を冷静に見極める目を持つこと。それこそが、次の10年の海を守る第一歩になるはずだ。

参考文献・出典

  1. 環境省 – 令和2年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(海洋プラスチックごみ汚染・生物多様性の損失)
  2. 環境省 – 令和元年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(プラスチックを取り巻く国内外の状況と国際動向)
  3. 国連 経済社会局(UN DESA) – Parley AIR Strategy: Avoid.Intercept.Redesign(SDGsパートナーシップ登録)
  4. adidas Group – adidas and Parley for the Oceans stop the industry's waiting game(提携発表プレスリリース)
  5. adidas Group – adidas reiterates commitment to the Oceans(2016年サステナビリティ進捗レポート)
  6. Parley for the Oceans – Ocean Plastic – How it Works(素材化プロセスの公式解説)
  7. Parley for the Oceans – Adidas x Parley(協働の公式ページ)
  8. WWFジャパン – 海洋プラスチック問題について
  9. Sporting Goods Intelligence – Adidas ends partnership with Parley for the Oceans(2024年提携終了の報道)
  10. Wikipedia – Adidas Parley(協働の経緯と生産数の概観)

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