スーパーの魚売り場で、パッケージの隅に付いた小さな青いラベルに気づいたことはないだろうか。魚のかたちをかたどったそのマークは、MSC「海のエコラベル」。「この魚は、海の資源を枯らさないように獲られたものですよ」という証だ。緑色のよく似たマークもある。こちらはASCラベルで、環境や地域社会に配慮して養殖された水産物の証である。
この2つのラベルを、日本でいち早く、しかも大量に売り場へ並べてきたのがイオンだ。プライベートブランド「トップバリュ」を通じて、イオンは認証水産物を最大23魚種48品目(執筆時点のトップバリュ公表値)という国内最大級のラインナップまで広げている。きっかけは2006年。まだ「サステナブルシーフード」という言葉すら一般的でなかった時代に、イオンは会社としてこの取り組みを始めることを決断した。
この記事では、なぜ世界の海がいま「認証」を必要とするほど追い込まれているのか、MSCとASCという2つのラベルが何を保証しているのか、そしてイオンが調達の仕組みそのものをどう変え、消費者が売り場で自然と持続可能な魚を選べるようにしてきたのかを、一次情報の数字とともに丁寧にたどっていく。青いラベルの向こうにある、海と食卓の未来の話だ。
この記事で学べること
- MSC認証は「天然」、ASC認証は「養殖」の持続可能性を保証する“車の両輪”であること
- イオンが2006年にアジアの小売業として初めてMSC認証商品を発売し、調達方針を根本から変えてきた歴史
- 「持続可能な調達2020年目標」とCoC認証100%が、売り場に認証魚を並べる土台になっていること
- 青いラベルを選ぶという消費者の小さな行動が、漁業・養殖の現場を変える市場の力になる仕組み
- 認証水産物が抱える価格・認知度・供給の課題と、それでも広げる意味
なぜ今「認証水産物」が必要なのか—世界の海が抱える危機
この記事のポイント
- 世界の水産資源の約37.7%が過剰漁獲状態にあり、割合は年々悪化している(FAO 2024)
- MSCは天然、ASCは養殖の持続可能性を保証する“海のエコラベル”
- イオンは2006年にアジア初でMSC認証商品を発売し、最大23魚種48品目(執筆時点の公表値)まで拡大
- 2017年の「持続可能な調達方針」とCoC認証が、売り場に認証魚を並べる土台
- 消費者がラベルを選ぶ行動が、漁業・養殖の現場を変える市場の力になる
「魚は海にいくらでもいる」——そんな感覚は、もう過去のものになりつつある。国連食糧農業機関(FAO)が発表した『世界漁業・養殖業白書2024(SOFIA 2024)』によれば、科学的に評価された世界の海洋水産資源のうち、生物学的に持続可能とはいえない「過剰漁獲」状態にある資源の割合は37.7%に達した。この数字は前回調査の35.4%からさらに悪化しており、数十年にわたって続く「獲りすぎ」の傾向が止まっていないことを示している。
見方を変えれば、漁獲量ベースでは全体の約76.9%(2021年)が持続可能な資源から獲られている、という前向きな数字もある。しかしそれは、資源量の多い一部の魚種が全体を押し上げているためで、「資源そのものの数」で見れば4割近くが黄信号ということだ。魚は再生可能な資源だが、獲るスピードが再生のスピードを上回れば、あっという間に枯れてしまう。いわしやまぐろのように、漁獲圧や海洋環境の変化に応じて資源量が大きく揺れ動く魚もあり、「今年たくさん獲れたから来年も安心」という保証はどこにもない。
資源が減る原因は乱獲だけではない。地球温暖化にともなう海水温の上昇は、魚の分布そのものを変えつつある。これまで獲れていた海域で魚が獲れなくなり、代わりに別の魚が北上してくる——そうした変化が世界中の漁場で起きている。海の温暖化と漁業の関係については、海水温上昇と海流の変化の記事でも詳しく解説している。資源管理と気候変動という二つの圧力が重なることで、水産資源をめぐる状況はいっそう複雑になっている。

「獲る漁業」だけでは支えきれない—養殖の時代へ
こうしたなかで存在感を増しているのが養殖業だ。SOFIA 2024は、2022年に世界の養殖生産量が初めて天然の漁獲(海面漁業)を上回ったと報告した。世界の漁業・養殖生産は合計で年間2億2,320万トンに達し、増え続ける人口の食を支える柱として、養殖はもはや欠かせない存在になっている。だが養殖もまた、餌となる小魚の乱獲、抗生物質の乱用、マングローブ林の伐採といった環境負荷を伴いうる。「天然だから安心」「養殖だから環境に悪い」という単純な二分法では、もう海の問題は語れない。
たとえば、えびの養殖のために東南アジアのマングローブ林が大規模に伐採され、沿岸の生態系や防災機能が失われた例は世界的に知られている。餌の問題も深刻で、養殖魚1kgを育てるために天然の小魚を数kg使うような魚種もあり、それでは「天然資源を守るために養殖する」という目的が本末転倒になりかねない。だからこそ、養殖にも「どう育てられたか」を問う物差しが必要になる。それが後述するASC認証だ。天然も養殖も、それぞれに持続可能性を担保する仕組みがあって初めて、私たちは安心して魚を食べ続けられる。
日本の食卓でも進む「魚離れ」という別の危機
一方、日本国内に目を向けると、逆方向の課題が横たわっている。水産庁の『水産白書』によれば、日本人一人当たりの魚介類消費量は2023年度で年間21.4kg。ピークだった2001年度の40.2kgから、20年余りでほぼ半減した。価格の高さ、調理の手間、後片づけの大変さなどから、家庭の食卓で魚が選ばれにくくなっているのだ。海の資源は危機的なのに、消費者の魚への関心は薄れていく——このねじれた状況こそ、企業が「選びやすい持続可能な魚」を売り場に用意する意味を大きくしている。魚を取り巻く環境の変化については、海水温上昇と漁業への影響の記事もあわせて読んでほしい。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 過剰漁獲状態にある世界の水産資源 | 37.7% | FAO SOFIA 2024 |
| 持続可能な資源からの漁獲量シェア(2021年) | 76.9% | FAO SOFIA 2024 |
| 世界の漁業・養殖生産量(2022年) | 2億2,320万トン | FAO SOFIA 2024 |
| 日本人一人当たり魚介類消費量(2023年度) | 21.4kg | 水産庁 水産白書 |

用語ミニ解説:サステナブルシーフード
水産資源の枯渇や環境破壊を招かないよう配慮して獲られた天然魚、あるいは環境・社会に配慮して育てられた養殖魚のこと。その代表的な“証明書”がMSC認証(天然)とASC認証(養殖)だ。「10年後、20年後も魚を食べ続けられる海」を守るためのキーワードとして、小売や外食の現場で急速に広まっている。
MSCとASC—2つの「海のエコラベル」は何を保証しているのか
イオンの取り組みを理解するうえで欠かせないのが、MSCとASCという2つの認証の中身だ。どちらも国際的な非営利組織が運営する第三者認証で、名前は似ているが「天然」と「養殖」という決定的な違いがある。この2つは、持続可能な水産物を支える“車の両輪”のような関係にある。
MSC認証—「天然」の持続可能な漁業の証
MSCは「Marine Stewardship Council(海洋管理協議会)」の略。1997年に設立された国際的な非営利団体で、そのラベルは通称「海のエコラベル」と呼ばれる。MSC認証は、天然の水産物を対象とし、(1)資源が獲りすぎになっていないか、(2)漁業が生態系に与える影響を抑えているか、(3)適切な管理の仕組みが機能しているか、という3つの原則で漁業を審査する。この基準を満たした漁業で獲られた魚だけが、青いMSCラベルを付けて売られる資格を得る。
重要なのは、これが漁業者の自己申告ではなく、独立した第三者の審査機関による評価だという点だ。審査では、対象となる魚の資源量が科学的なデータにもとづいて十分な水準にあるか、その漁が海底環境や混獲される他の生きもの(ウミガメや海鳥など)に過度な影響を与えていないか、そして万が一資源が減ったときに漁を制限できる管理体制があるかが、細かくチェックされる。認証は一度取れば終わりではなく、定期的な監査で維持され、基準を満たさなくなれば停止されることもある。この厳しさが、ラベルの信頼を支えている。
ASC認証—「養殖」の環境・社会配慮の証
一方のASCは「Aquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)」の略で、対象は養殖の水産物だ。ASC認証は7つの原則にもとづき、養殖場が環境と地域社会に与える負荷を厳しくチェックする。具体的には、法令の遵守、自然生息地や生物多様性の保全、野生個体群への影響回避、水資源と水質の保全、餌の責任ある調達、抗生物質や化学物質の適正管理、そして労働環境や地域社会への責任——といった項目だ。養殖につきものの水質汚染や抗生物質の問題に、正面から向き合う仕組みといえる。
- 国および地域の法律・規制の遵守
- 自然生息地、地域の生物多様性および生態系の保全
- 野生個体群の多様性の維持(養殖魚の脱走や病気の拡散を防ぐ)
- 水資源および水質の保全(排水による汚染を抑える)
- 飼料およびその他の資源の責任ある利用
- 適切な魚病管理と、抗生物質・化学物質の責任ある使用
- 地域社会への責任と、働く人の適切な労働環境
養殖の排水は、栄養塩を過剰に含むと沿岸で赤潮を引き起こす原因にもなる。富栄養化と赤潮のメカニズムは赤潮と富栄養化の記事で詳しく扱っているが、ASC認証はまさにこうした水質への影響を抑えることを求めている。「養殖魚を選ぶなら緑のラベルを」という習慣が広がれば、それは巡り巡って沿岸の海を守ることにもつながっていく。

| 項目 | MSC認証 | ASC認証 |
|---|---|---|
| 対象 | 天然の水産物(漁業) | 養殖の水産物 |
| 運営団体 | 海洋管理協議会(MSC) | 水産養殖管理協議会(ASC) |
| ラベルの通称 | 海のエコラベル(青) | ASCラベル(緑) |
| 主な審査の視点 | 資源量・生態系への影響・管理体制 | 水質・餌・薬品・生物多様性・労働環境など7原則 |
「船からお皿まで」をつなぐCoC認証
しかし、いくら漁業や養殖場が認証を取っても、それだけでは消費者の手元まで「持続可能な魚」は届かない。加工・流通の過程で、認証を受けた魚と受けていない魚が混ざってしまえば、ラベルの信頼性は崩れてしまうからだ。そこで重要になるのがCoC認証(Chain of Custody=加工流通過程の管理認証)だ。CoC認証は、水揚げから加工、流通、そして店頭に並ぶまでの各段階で、認証水産物が非認証のものと混ざらず、確実にトレーサビリティ(追跡可能性)が保たれていることを保証する。「船からお皿の上まで」認証の鎖(チェーン)が途切れないことこそ、青いラベルの信頼を支える生命線なのだ。
つまり、私たちが売り場で見る一枚のラベルの裏側には、三段構えの認証が積み重なっている。まず、その魚を獲る漁業(または養殖場)がMSC/ASCの基準を満たしていること。次に、その魚を扱う加工業者や流通業者、そして小売店が、CoC認証によって非認証品との混同を防いでいること。この二つがそろって初めて、消費者は「これは確かに持続可能な魚だ」と信頼できる。ラベルは単なるマークではなく、海から食卓までの長い旅路すべてを保証する“通し券”なのだ。世界では、この青いラベルの付いた水産物の市場が年々拡大しており、消費者の信頼がそのまま制度を育てる原動力になっている。
日本での認知度はまだ道半ば
MSCジャパンが2024年に発表した世界23カ国の消費者調査では、日本におけるMSC「海のエコラベル」の認知度は22%。前回から7ポイント上昇したものの、世界平均の約50%と比べるとまだ大きく水をあけられている。ラベルの存在を知り、その意味を理解する人を増やすことが、持続可能な水産物を広げる次の課題だ。
イオンとトップバリュ—2006年から続くサステナブルシーフードの挑戦
認証の仕組みがわかったところで、いよいよイオンの取り組みを見ていこう。特筆すべきは、その始まりの早さだ。イオンがMSC認証商品を初めて発売したのは2006年。まだ日本で「サステナブルシーフード」という言葉がほとんど知られていなかった時代に、アジアの小売業として初めて認証水産物の販売に踏み切った。最初の商品はたらこ・明太子・鮭だった。
「資源が枯渇する時代が来る」という危機感から
当時から、世界の水産資源には陰りが見え始めていた。このままでは魚が獲れなくなる時代が来るのではないか——そうした危機感のもと、イオンは一過性のキャンペーンではなく、会社としての意思決定として認証商品の取り扱いを始めた。2014年にはアジアの小売業として初めてASC認証商品も発売し、天然と養殖の両輪で持続可能な水産物をそろえる体制を整えていく。
先進的な取り組みには、地道な苦労がつきものだった。2006年当時、日本には認証水産物を扱う加工・流通の仕組みそのものがほとんど存在しなかった。認証を取った魚を仕入れられる漁業も少なく、加工工場にCoC認証を取得してもらうところから始めなければならない。認知度も低く、「なぜわざわざ高いお金と手間をかけてまで」という声もあっただろう。それでも取り組みを続けられたのは、目先の売上ではなく「10年後、20年後も魚を売り続けられる会社であるために」という長期の視点があったからだ。

年間500万パックのヒット商品が生まれた
取り組みが大きく前進したのは2017年だ。イオンはトップバリュから、アジア初となるMSC認証の塩さばを発売した。持続可能性という「正しさ」だけでなく、日常的に食卓に上る定番の魚を、手に取りやすい価格でそろえたことが功を奏し、この塩さばは年間約500万パックを売り上げる大ヒット商品となった。「サステナブルだから買う」のではなく「おいしくて手頃だから買ったら、たまたまサステナブルだった」——この自然な入り口こそ、認証水産物を一部の意識の高い層から一般家庭へ広げる決定打になった。
| 年 | イオンの主な動き |
|---|---|
| 2006年 | アジアの小売業として初めてMSC認証商品を発売(たらこ・明太子・鮭) |
| 2014年 | アジアの小売業として初めてASC認証商品を発売 |
| 2017年 | アジア初のMSC認証さばを発売、年間約500万パックのヒットに |
| 2017年4月 | 「イオン持続可能な調達方針」と「持続可能な調達2020年目標」を策定 |
| 2020年 | ASC認証かんぱち(養殖)を約600店舗で発売 |
| 現在(執筆時点) | MSC・ASC認証水産物を最大23魚種48品目まで拡大(国内最大級。品揃えは漁獲・供給状況により変動) |
こうした積み重ねの結果、イオンは執筆時点の公表値で、MSC・ASCの両認証で最大23魚種48品目という国内最大級の品揃えを実現している。さば、びんちょうまぐろ、紅鮭、ししゃも、たらこ、明太子、かんぱち、わかめ、えび、ムール貝——売り場をよく見れば、認証ラベルの付いた商品が思いのほか多いことに気づくはずだ。海の生きものが直面する状況については、日本の海の生物多様性の記事も参考になる。
10年後、20年後も魚が食べられるように、サステナブルシーフードを推進しています。その証である「MSC」「ASC」認証商品を、ぜひ店頭で見つけてみてください。
― イオン(トップバリュ)
この20年近い歩みは、他の小売業や食品メーカーにも影響を与えてきた。2018年時点ではイオンの認証商品は29魚種53品目にまで広がった実績もある(認証水産物の品揃えは漁獲量や供給状況により年ごとに変動するため、執筆時点の公表値である最大23魚種48品目とは基準時点が異なる)。外食チェーンや他のスーパー、生協なども認証水産物の取り扱いを始めるなど、日本全体でサステナブルシーフードの裾野が広がっている。先行して市場を切り拓いた企業の存在が、後に続くプレイヤーにとっての道しるべになる——イオンの事例は、その典型的なパターンを示している。
「持続可能な調達方針」—調達を根っこから変える宣言
個々のヒット商品の裏側には、企業としての明確な方針がある。イオンは2017年4月、「イオン持続可能な調達方針」を策定した。これは、単に認証商品を「増やす」という話ではなく、調達(仕入れ)の考え方そのものを持続可能性を軸に組み替えるという宣言だった。
「持続可能な調達2020年目標」の中身
この方針とセットで掲げられたのが「持続可能な調達2020年目標」だ。水産物については、大きく2つの野心的な目標が示された。ひとつは、イオンの連結対象である総合スーパーとスーパーマーケットで、MSC・ASCのCoC認証取得率を100%にすること。もうひとつは、主力商品の全魚種で、サステナビリティの裏付けのあるプライベートブランド商品を展開することだ。
「調達方針」を持つことがなぜ重要か
- 個々の担当者の善意ではなく、会社全体のルールとして持続可能性を組み込める
- 取引先(漁業者・養殖業者・加工業者)に対して、認証取得を促す明確なシグナルになる
- 「どこまでやるか」の到達点を数値目標で示すことで、進捗を検証できる
- 一過性のキャンペーンで終わらせず、長期の仕組みとして定着させられる

全店でCoC認証を取得するという土台づくり
この目標のなかで、地味だが決定的に重要なのがCoC認証100%の部分だ。前述のとおり、CoC認証は加工・流通の過程で認証水産物が非認証のものと混ざらないことを保証する仕組み。イオンは、MSC・ASC認証ラベルの付いた水産物を加工する全店舗でCoC認証を取得している。つまり、店頭のバックヤードで魚を切り分けたりパック詰めしたりする段階まで、認証の鎖を切らさない体制を築いたということだ。これがあるからこそ、消費者は「このラベルは本物だ」と信頼して手に取れる。
全国に何百とある店舗のすべてでCoC認証を取得・維持するのは、想像以上に大変な仕事だ。各店舗の担当者が、認証魚を扱う手順を守り、非認証の魚と混ざらないよう記録をつけ、定期的な監査を受ける。この地道な現場のオペレーションがあってこそ、「船からお皿まで」の鎖はつながる。派手さはないが、こうした裏方の仕組みづくりこそが、認証水産物を「特別なイベント」ではなく「毎日の売り場」に定着させる決め手になった。
2020年までに、総合スーパーとスーパーマーケットでMSC・ASCのCoC認証取得率を100%にする——調達方針は、単なる理念ではなく、期限と数値を伴う約束として掲げられた。
― イオン持続可能な調達2020年目標(要約)

こうした調達改革は、水産物にとどまらない大きな流れの一部でもある。イオンは物流や事業活動全体でも環境負荷の低減に取り組んでおり、海運分野の脱炭素の動きはアンモニア燃料と船の脱炭素の記事で詳しく扱っている。調達方針とは、こうした個別の取り組みをバラバラにせず、「持続可能性」という一本の軸で束ねるための背骨のようなものだといえる。
売り場で選べる仕組みづくり—消費者に届くまでの工夫
どれだけ立派な方針を掲げても、最後に魚を手に取るのは売り場に立つ消費者だ。イオンの取り組みが評価されるのは、「持続可能な魚を、特別なものではなく“ふつうの選択肢”として売り場に置いた」点にある。ここでは、消費者に届くまでの具体的な工夫を見ていこう。
定番商品を認証に置き換える
イオンの戦略の核心は、認証水産物を「特設コーナーの珍しい商品」にしないことだ。さば、鮭、まぐろ、ししゃも、たらこといった、家庭で日常的に食べる定番の魚をそのまま認証品に置き換えていく。消費者はサステナビリティを意識しなくても、いつもの魚を買うだけで結果的に持続可能な選択をしていることになる。「がんばらなくても、自然と持続可能」——この設計が、意識の高い層に頼らない普及を可能にした。
この発想は、行動経済学でいう「デフォルト(初期設定)の力」に通じる。人は、わざわざ努力して特別な選択をするより、目の前にある“ふつうの選択肢”を選びやすい。だとすれば、その“ふつう”を持続可能なものに置き換えてしまえばいい。売り場に並ぶ定番の魚が最初から認証品であれば、消費者は意識しなくても持続可能な選択をする。「意識の高い一部の人ががんばる」モデルには限界があるが、「誰もが無意識に選べる」仕組みなら、社会全体を動かせる。イオンの取り組みが評価される最大の理由は、この設計思想にある。

手に取りやすい価格帯で並べる
認証水産物は、審査や管理のコストがかかるぶん、一般に価格が高くなりがちだ。だがイオンはプライベートブランドのスケールメリットを生かし、定番の認証魚を手頃な価格帯でそろえてきた。たとえば2025年8月に約380店舗で拡大販売されたMSC認証商品は、びんちょうまぐろの刺身、樺太ししゃも、減塩たらこ・明太子、塩紅鮭など最大6品目で、価格は本体198円〜398円ほど。「サステナブルは高い」という先入観を崩すことも、普及には欠かせない要素だ。
プライベートブランドという業態も、この価格実現を後押ししている。トップバリュはイオン自身が企画・調達し、大量に販売するため、認証取得や管理にかかるコストを大きなスケールで吸収できる。少量しか売れない特別な商品では認証コストが価格に重くのしかかるが、何百万パックも売れる定番商品なら、一パックあたりの上乗せはわずかで済む。「たくさん売れるから安くできる、安いからさらに売れる」——この好循環をつくり出せることこそ、大手小売がサステナブルシーフードを牽引できる強みだ。
| 商品例(MSC認証) | 内容 | 本体価格帯 |
|---|---|---|
| びんちょうまぐろ(解凍)刺身用 | 100gあたり | 198円〜 |
| 樺太ししゃも | 8尾 | 298円前後 |
| 減塩たらこ/減塩辛子明太子(一口カット) | 各100g | 398円前後 |
| 塩紅鮭(甘塩味) | 100gあたり | 298円〜 |
「見つけやすさ」と「伝える工夫」
イオンは店頭POPやSNS、特設ページなどを通じて、青いラベル・緑のラベルの意味を消費者に伝える工夫も重ねている。ラベルの認知度が22%にとどまる現状では、「並べるだけ」では選ばれない。なぜこのマークが大切なのかを、押しつけがましくなく伝えていくことが、認証水産物を“わかって選ぶ”行動へとつなげていく。魚を無駄なく食べ切る視点は、水産物のフードロスの記事もあわせて読むと理解が深まる。
教育の現場との連携も広がっている。学校給食にMSC認証の魚が使われたり、子ども向けにサステナブルシーフードを学ぶ機会が設けられたりと、「食べることを通じて海を学ぶ」取り組みが各地で芽生えている。売り場で親が青いラベルを手に取り、その理由を子どもに話す——そんな日常のやり取りの積み重ねが、認知度という数字を少しずつ押し上げ、やがて「魚を選ぶときにラベルを見るのはあたりまえ」という文化を育てていく。仕組みを整えることと、意味を伝えること。その両輪がそろって、はじめて認証水産物は本当の意味で社会に根づいていく。
売り場で認証魚を選ぶコツ
- 青い魚のマーク=MSC(天然)、緑のマーク=ASC(養殖)と覚える
- さば・鮭・まぐろ・ししゃもなど、定番の魚から探すと見つけやすい
- 特設コーナーだけでなく、通常の鮮魚・冷凍・加工品の棚もチェック
- 価格は思ったより手頃。まずは1品、いつもの魚を認証品に替えてみる
認証水産物が抱える課題—認知度・価格・供給のジレンマ
ここまでイオンの取り組みを前向きに紹介してきたが、認証水産物には乗り越えるべき課題も多い。良い面だけを見て「これで海は守られる」と結論づけるのは早計だ。冷静に、残る壁を確認しておこう。
課題1:低い認知度と「意味が伝わらない」問題
最大の壁は、やはり認知度の低さだ。MSCラベルを「見たことがある」人は日本で約22%(MSCジャパン2024年調査)。しかも、そのラベルがサステナビリティや認証に関わるものだと意味まで理解している人は、認知者のなかでも4割程度にとどまる。人口全体で見れば「意味まで分かっている人」は1割にも満たない計算だ。ラベルがそこにあっても、意味が伝わらなければ、価格が少し高いだけで選ばれない魚になってしまう。教育・啓発の地道な積み重ねが欠かせない。
課題2:コストと供給量の制約
認証を取得・維持するには審査費用や管理の手間がかかり、その分がコストに反映される。また、そもそも認証を取得している漁業・養殖場の数には限りがあり、消費者の需要が増えても供給が追いつかない魚種もある。需要と供給、価格と品質のバランスをどう取るかは、小売単独では解決しきれない構造的な課題だ。
とくに日本の沿岸漁業は、小規模な漁業者が多く、認証取得のための費用や書類作成の負担が重くのしかかりやすい。世界的に見ても、MSC・ASC認証を取得できているのは大規模で管理体制の整った漁業・養殖が中心で、資源管理が本当に必要な小規模漁業ほど認証のハードルが高いという皮肉な構図もある。認証を「取れる人だけの仕組み」で終わらせず、小規模な現場が段階的に持続可能性を高めていけるよう支援する取り組み(漁業改善プロジェクトなど)も、あわせて広げていく必要がある。

課題3:「認証さえあればよい」わけではない
認証は万能ではない、という視点も重要だ。認証の基準や審査の厳しさには制度ごとに差があり、認証があるからといって環境負荷がゼロになるわけではない。企業が「認証商品を売っている」ことを免罪符のように使い、実態を伴わない環境アピール(グリーンウォッシュ)に陥る危険もある。だからこそ、認証を「ゴール」ではなく「出発点」ととらえ、漁業・養殖の現場を継続的に改善していく姿勢が問われる。海の環境問題は認証だけで解決するものではなく、ゴーストギア(漁具の海洋ごみ)や海洋保護区など、多面的な取り組みと組み合わせて初めて効果を発揮する。
こうした課題は、決してイオンだけの問題ではない。むしろ、先頭を走る企業だからこそ最初にぶつかる壁であり、それを一つずつ乗り越えていくことが、後に続く業界全体の道を広げることにつながる。大切なのは、批判を避けて取り組みを縮めることではなく、課題を正直に認めながら前へ進み続けることだ。認知度が低いなら伝え方を工夫し、供給が足りないなら生産者を支援し、認証の限界があるならより良い基準づくりに関わっていく——完璧を待つのではなく、不完全なまま始めて改善し続ける。それこそが、複雑な海の問題に向き合う現実的な姿勢だといえる。
「ラベルがあるから安心」で思考を止めない
認証ラベルは、消費者が持続可能な選択をするための強力な道しるべだ。しかし、それが唯一の正解でも完璧な保証でもない。ラベルをきっかけに、その魚がどこでどう獲られ・育てられたのかに関心を持つこと。認証という仕組み自体をより良くしていくこと。その両方があって初めて、青いラベルは本当の意味を持つ。
私たちにできること—「青いラベル」から始まる海への一票
難しい話が続いたが、消費者にできることはとてもシンプルだ。買い物のときに、青いラベル(MSC)や緑のラベル(ASC)の付いた魚を選ぶ。ただそれだけで、私たちは持続可能な漁業・養殖に「一票」を投じることになる。
買い物は、海への「投票」だ
スーパーは、売れる商品を増やし、売れない商品を減らす。だから、認証水産物が売れれば売れるほど、小売は認証魚の品揃えを増やし、その調達のために漁業者や養殖業者へ認証取得を働きかける。消費者一人ひとりの選択は小さくても、それが積み重なれば、遠い海の漁のあり方を変える市場の力になる。イオンの塩さばが年間500万パック売れた事実は、まさにその力の証明だ。あなたの一票が、10年後、20年後も魚を食べられる海をつくる。
「自分ひとりが選んでも変わらない」と思うかもしれない。だが、市場とは無数の小さな選択の集積だ。ある魚が売れ残れば、店はその仕入れをやめる。ある魚が飛ぶように売れれば、店は必死に仕入れを増やす。私たちがレジで青いラベルを選ぶたびに、その情報は売上データとなって流通の川をさかのぼり、最終的に「どんな魚を、どう獲るか」という漁の現場の判断に影響していく。選挙の一票が政治を変えるように、買い物の一票が海を変える。しかも買い物は、選挙とちがって毎日投票できるのだ。

今日からできる5つのアクション
- 魚を買うとき、パッケージに青いMSCラベル・緑のASCラベルがないか探してみる
- 定番のさば・鮭・まぐろから、まず1品を認証品に替えてみる
- 家族や友人に「このマークどういう意味か知ってる?」と話題にしてみる
- 買った魚は無駄なく食べ切り、フードロスを出さない工夫をする
- 認証だけに頼らず、旬の魚や地元の魚を知ることで海への関心を広げる
海全体を守る取り組みとつなげて考える
持続可能な魚を選ぶことは、海を守る大きなパズルの一片だ。海はいま、水温上昇や酸性化、生態系の変化など、複合的な圧力にさらされている。海洋熱波が生態系に与える影響は海洋熱波と日本近海の記事で、二枚貝や海藻が炭素を蓄える働きはブルーカーボン生態系の記事で、豊かな海を育む干潟の役割は干潟の保全の記事で扱っている。認証水産物を選ぶ習慣を入り口に、海全体への関心を少しずつ広げていってほしい。
そして、この取り組みは大人だけのものではない。トップバリュが掲げる「豊かな海の恵みを子どもの未来に」という言葉が示すように、これは次の世代へ何を残すかという問いでもある。今日の食卓で青いラベルの魚を選ぶ親の姿を見て育った子どもは、やがて自分の食卓でも自然とその選択をするようになるだろう。持続可能な選択を「特別なこと」ではなく「あたりまえの習慣」として次の世代に手渡していくこと。それこそが、10年後、20年後、そしてもっと先の未来まで、私たちが豊かな海の恵みを分かち合い続けるための、いちばん確実な方法なのかもしれない。
次の買い物で、青いラベルを探してみよう
- 近くのスーパーの魚売り場で、認証ラベルの付いた商品を1つ見つける
- そのラベルがMSC(天然)かASC(養殖)か、色と形で見分けてみる
- 気に入ったら次も選ぶ。あなたの継続が、売り場の品揃えを変えていく
まとめ—売り場から海を変える、静かで確かな一歩

世界の水産資源の約4割が過剰漁獲状態にあり、日本では魚離れが進む。この二重の危機のなかで、イオンは2006年から認証水産物という「わかりやすい持続可能な選択肢」を売り場に用意し続けてきた。MSCとASCという2つのラベル、それを支えるCoC認証と調達方針、そして手頃な価格の定番商品——そのすべてが、消費者が特別にがんばらなくても持続可能な魚を選べる仕組みをかたちづくっている。
課題はまだ多い。認知度は22%にとどまり、コストや供給の壁もある。認証は万能ではなく、出発点にすぎない。それでも、最大23魚種48品目(執筆時点の公表値)という国内最大級の品揃えと、年間500万パックのヒット商品が示すのは、「正しさ」と「おいしさ・手頃さ」を両立させれば、持続可能な選択は一部の人のものではなく、みんなの日常になりうるということだ。売り場から海を変える。その静かで確かな一歩は、次にあなたがレジへ運ぶ一パックから始まる。
この記事のまとめ
- 世界の水産資源の約37.7%が過剰漁獲状態。日本では一人当たり魚介類消費量が20年で半減した
- MSCは天然、ASCは養殖の持続可能性を保証する“海のエコラベル”。CoC認証が加工・流通の信頼を支える
- イオンは2006年にアジア初でMSC認証商品を発売し、最大23魚種48品目(執筆時点の公表値)まで拡大した国内最大級の品揃え
- 2017年の「持続可能な調達方針」とCoC認証100%が、認証魚を売り場に並べる土台になっている
- 定番の魚を手頃な価格で並べることで、消費者が“自然と”持続可能な選択をできる仕組みを実現
- 認知度・コスト・供給の課題は残るが、消費者が青いラベルを選ぶ行動が海を変える市場の力になる
参考文献・出典
- 国連食糧農業機関(FAO) – The State of World Fisheries and Aquaculture 2024(SOFIA 2024・世界漁業・養殖業白書)
- 水産庁 – 令和6年度 水産白書(水産物消費・魚介類消費量の推移)
- Marine Stewardship Council(MSCジャパン) – MSC「海のエコラベル」とMSC認証の概要
- ASC Japan(水産養殖管理協議会) – ASC認証の7原則とCoC認証について
- MSCジャパン プレスリリース – 世界23カ国で消費者調査を実施 MSC「海のエコラベル」の日本での認知度が22%に上昇(2024年)
- イオン(トップバリュ) – MSC/ASC 環境への取り組み・サステナブルシーフード
- イオン株式会社 – イオン持続可能な調達方針・持続可能な調達2020年目標(プレスリリース)
- 環境省 – 環境ラベル等データベース(MSC「海のエコラベル」・ASCラベル)
- WWFジャパン – 海を守るマーク—養殖水産物の認証制度ASCについて
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