港に水揚げされながら、値がつかず、名前も知られないまま食用の流通から外れていく魚たちがいます。「未利用魚(みりようぎょ)」と呼ばれる魚です。味は決して劣らないのに、サイズが不ぞろいだったり、漁獲量がまとまらなかったり、さばくのに手間がかかったりという理由だけで、多くが養殖魚のえさや肥料に回され、時にはそのまま海へ戻されます。食べられるのに食べられていない——これはまさに、海で起きているフードロスです。
一方で、この「もったいない魚」を宝の山ととらえ、給食・加工品・ふるさと納税といった新しい出口へつなげる動きが全国で広がっています。横浜市は日本最大規模となる約20万食の給食で未利用魚を使い、福岡発のスタートアップは200種を超える魚を商品化しました。捨てられていた魚に値がつけば、漁業者の収入が増え、フードロスも減る。売り手・買い手・地球の「三方よし」が同時に成り立つのです。
この記事では、未利用魚がなぜ生まれるのかという基本から、意外においしい魚種の魅力、給食・加工品・ふるさと納税それぞれの実例、そして海水温上昇や磯焼けとの意外なつながりまでをたどります。読み終えるころには、スーパーの見慣れない魚や『おまかせ鮮魚セット』が、少し違って見えているはずです。
この記事で学べること
- 「未利用魚」とは何か、なぜ市場に出回らず捨てられがちなのかを具体例で理解できる
- アイゴ・エソ・ニザダイ・ウツボなど、知名度は低いが実はおいしい魚とその味わいを知る
- 学校給食・加工品・ふるさと納税という3つの出口が、どう需要を生み出しているかがわかる
- 未利用魚の活用がフードロス削減と漁業者の収入増の両方につながる仕組みを説明できる
- 海水温上昇・磯焼けと未利用魚の関係、そして『食べて守る』という発想を理解する
- 消費者として明日から未利用魚を食卓に取り入れる具体的な方法がわかる
未利用魚とは何か——「もったいない魚」が生まれる理由
未利用魚とは、水産庁の説明を借りれば「水産物の流通過程において、魚体のサイズがふぞろいであったり、漁獲量が少なくロットがまとまらないなどの理由から、非食用に回されたり、低い価格でしか評価されない魚」を指します。食べられないから捨てられるのではなく、売りにくいから流通に乗らない——ここが未利用魚問題の核心です。似た言葉に「低利用魚」があり、ごく安値でしか取引されない魚を含めて幅広く語られることもあります。厳密な線引きはなく、同じ魚でも水揚げされる港や季節、その日の相場によって『未利用』にも『高級魚』にもなり得るのが実情です。
たとえば、ある産地では雑魚として扱われる魚が、別の地域では郷土料理の主役として親しまれていることも珍しくありません。未利用魚とは絶対的な分類ではなく、あくまで『いま・ここの市場で評価されていない』という相対的な状態を表す言葉なのです。この相対性こそが、活用の余地が大きいことの裏返しでもあります。評価の枠組みを変えれば、同じ魚が一気に価値を持ち始めます。
水産庁は古くからこの問題を意識してきました。2009年(平成21年)度の水産白書では『未利用魚の活用〜MOTTAINAI〜』が特集として取り上げられ、限りある水産資源を無駄なく使い切る重要性が説かれています。日本語の『もったいない』が世界共通語になったように、未利用魚の活用は資源を大切にする日本の食文化と本来とても相性のよいテーマなのです。
魚が「未利用」になる理由は一つではありません。多くの要因が重なって、おいしい魚が市場の外へ押し出されていきます。代表的なものを整理してみましょう。
サイズや形が「規格」に合わない
スーパーや飲食店は、切り身や一尾売りにしやすい一定サイズの魚を好みます。小さすぎる魚は骨や内臓の処理に手間がかかり、大きすぎる魚は保存場所を取り、鮮度を保ったまま売り切るのが難しい。こうした規格外の魚は、味とは無関係に値がつきにくくなります。
量がまとまらない・混獲される
狙った魚に混じって網に入る「混獲魚(こんかくぎょ)」は、種類がばらばらで一度に数が揃いません。市場は同じ魚を箱単位(ロット)でまとめて競りにかけるため、少量ずつしか獲れない魚は取引の土俵に乗りにくいのです。地域でしか揚がらない魚が全国流通しにくいのも同じ理由です。
知名度が低い・下処理が難しい
名前を知られていない魚は、買い手も調理法をイメージできず手が伸びません。さらに、皮が硬い、小骨が多い、内臓に独特のにおいがあるといった扱いの難しさが加わると、「おいしいのに売れない」状態が固定化します。後述するアイゴやウツボは、まさにこのパターンの代表です。
- サイズが小さすぎる/大きすぎる(規格外)
- 漁獲量が少なくロットがまとまらない
- 他の魚と一緒に獲れる混獲魚である
- 知名度が低く売り先・レシピが確立していない
- 小骨・硬い皮・内臓のにおいなど下処理に手間がかかる
- 鮮度が落ちやすく遠方まで運びにくい

ここがポイント
- 未利用魚は「まずい魚」ではなく「売りにくい魚」
- サイズ・量・知名度・下処理の手間が主な原因
- 同じ魚でも、水揚げされる港や季節によって扱いが変わる
『未利用』は固定ではなく変えられる
ここで強調したいのは、未利用魚は運命づけられた分類ではないということです。かつては見向きもされなかった魚が、ある料理人の工夫や一つのヒット商品をきっかけに一気に評価を高めた例は数多くあります。逆に、昔はよく食べられていた魚が流通の効率化のなかで姿を消し、いつのまにか未利用魚になってしまったケースもあります。つまり『何が利用され、何が捨てられるか』は、私たちの選択と工夫でいくらでも書き換えられるのです。
つまり未利用魚は、自然界の問題ではなく人間の流通の仕組みが生み出した『すき間』です。だからこそ、給食・加工・ふるさと納税といった新しい出口を用意すれば、そのすき間は埋められます。海の資源をどう賢く使うかという視点は、海水温上昇と漁業の変化を考えるうえでも欠かせません。次の章では、この『すき間』が実際どれほどの規模なのかを、数字で確かめていきます。
どれくらい捨てられているのか——数字で見る未利用魚とフードロス
「もったいない」を実感するには、規模を知るのが近道です。ただし、未利用魚は定義があいまいで、統計に表れにくい存在でもあります。世界と日本、それぞれで手がかりになる数字を見ていきましょう。
世界では漁獲の3割超が利用されないことも
国連食糧農業機関(FAO)は、漁業・養殖で得られた水産物のおよそ35%が、漁獲から流通・消費にいたる過程のどこかで失われたり捨てられたりしている(フードロス&廃棄)と推計しています。『獲れた魚のおよそ3尾に1尾は食卓に届かない』計算です。狙いと違う魚が網に入る混獲や、海上での投棄(世界平均で漁獲量の1割前後と推計)はその一部で、水揚げ後の加工・流通・消費段階でのロスも積み重なった数字です。世界の漁業が抱える構造的なロスであり、日本もその例外ではありません。
日本の「見えにくい」ロス
日本近海を含む北西太平洋海域の漁獲廃棄率は約9%と推計され、これをもとに国内で年間30万トン規模の漁獲が捨てられている可能性を指摘する試算もあります。数字には幅がありますが、確かなのは正確な全体像が把握しきれていないほど、未利用魚が日常的に発生しているという事実です。陸のフードロスが可視化されつつある一方で、海のロスはまだ見えにくいのが現状です。
なぜ未利用魚は数えにくいのでしょうか。理由の一つは、それが『市場に出なかった魚』だからです。市場を通らない魚は取引記録に残らず、統計の網からこぼれます。混獲されてその場で海へ戻された魚、値がつかず加工原料や飼料に回された魚、船上で選別されて陸に揚がらなかった魚——これらを全国規模で正確に集計する仕組みは、まだ十分に整っていません。見えないからこそ対策が遅れるという、フードロス問題に共通の難しさがここにもあります。
『安く売れる』も広い意味ではロス
廃棄されなくても、本来の価値よりずっと安く飼料や肥料に回される魚は少なくありません。これも社会全体で見れば大きな機会損失です。食用にすれば人の食卓を豊かにし、漁業者により多くの収入をもたらせたはずの魚が、二束三文で扱われている——未利用魚問題を考えるときは、『完全な廃棄』だけでなく、この『安売りによる価値の目減り』も含めて捉える必要があります。だからこそ、付加価値をつけて『売れる魚』に変える取り組みが重要になるのです。
| 視点 | 手がかりとなる数字 | 出典・注記 |
|---|---|---|
| 世界の水産物 | 約35%が供給網全体で失われる(ロス・廃棄) | FAO 食品ロス関連推計ほか |
| 北西太平洋海域 | 漁獲廃棄率 約9% | 海域別推計値 |
| 横浜市の給食 | 約20万食で未利用魚を提供(2023年) | 横浜市プレスリリース |
| 加工品ブランド | 累計131トンのフードロス削減(2023年時点) | ベンナーズ(フィシュル)発表 |

陸のフードロスと比べてみると
日本の食品ロスは年間およそ数百万トン規模とされ、社会問題として広く知られるようになりました。海の未利用魚は統計に表れにくいぶん注目されてきませんでしたが、『食べられるのに使われていない』という本質は同じです。食品ロス全体を減らす取り組みの一部として、海にも目を向ける必要があります。
限りある水産資源をめぐる状況は年々厳しくなっています。世界的な人口増加で魚の需要は高まる一方、乱獲や環境変化で資源には余裕がありません。日本の漁獲量も長期的に減少傾向にあります。そんな時代に、獲れているのに使われていない魚がこれだけあるという事実は、大きな『伸びしろ』でもあります。新たに獲る量を増やさずとも、いま捨てている魚を活かすだけで、食卓に届く海の恵みは増やせるのです。
ロスの背景には、魚を大量・均質に扱う近代的な流通の効率化があります。効率を追うほど「すき間」からこぼれる魚が増える——この構造は、使われなくなった漁具が海に残るゴーストギア(幽霊漁具)の問題とも通じ合います。無駄なく獲り、無駄なく使う発想が、いま海の現場で求められています。次章からは、その『すき間』を埋める具体的な出口を、事例とともに見ていきましょう。
意外においしい——代表的な未利用魚とその魅力
未利用魚のイメージを一新するには、実際に食べてみるのがいちばんです。ここでは、知名度は低くても料理次第でぐっとおいしくなる代表的な魚を紹介します。多くは『見た目』や『手間』が理由で敬遠されてきただけで、味には定評があります。
アイゴ——磯の香りと鯛のような旨み
アイゴは海藻を食べて育つため内臓に独特のにおいがあり、ひれに毒棘を持つことから扱いを敬遠されがちです。しかし、水揚げ後すぐに内臓を取り除けば、身は鯛を思わせる強い旨みを持ち、刺身や漬けにすると絶品といわれます。処理のひと手間さえ越えれば、上質な白身魚に化ける魚です。
エソ——かまぼこの高級原料
細長く鋭い歯を持つエソは見た目のインパクトが強く、小骨も多いため一般には敬遠されます。ところが身はクセがなく上品な白身で、実は高級かまぼこやすり身の原料として珍重されてきました。すり身にすれば骨の問題は解消し、はんぺんやつみれとしておいしくいただけます。
ニザダイ・ウツボ——手間の先にあるごちそう
ニザダイ(サンノジ)は皮が硬く内臓ににおいがあるものの、旬の脂がのった白身は和風の味つけと好相性。ウツボは小骨が多くさばきにくい半面、高たんぱくでコラーゲンが豊富、唐揚げやタタキが珍味として親しまれます。いずれも下処理という壁の向こうにごちそうが待っているタイプの魚です。ソウダガツオのように血合いが多く傷みやすい魚も、なまり節やだしにすれば無駄なく使い切れます。
こうして並べてみると、未利用魚が敬遠される理由には一定のパターンがあることに気づきます。『内臓や血合いのにおい』『小骨や硬い皮の扱いにくさ』『見た目のインパクト』——いずれも鮮度管理・下処理・加工・調理法の工夫で乗り越えられるものばかりです。裏を返せば、これらのハードルさえクリアすれば、未利用魚は栄養豊富で価格も手ごろな、家計にも体にもうれしい食材になります。実際、青魚を中心に未利用魚には良質なたんぱく質やDHA・EPAを豊富に含むものが多く、健康志向の観点からも見直されています。
| 魚種 | 未利用になりやすい理由 | おすすめの食べ方 |
|---|---|---|
| アイゴ | 内臓のにおい・毒棘・処理の手間 | 刺身、漬け、煮付け |
| エソ | 見た目・小骨の多さ | すり身、かまぼこ、つみれ |
| ニザダイ | 皮が硬い・内臓のにおい | 煮付け、照り焼き、鍋 |
| ウツボ | 小骨が多くさばきにくい | 唐揚げ、タタキ、鍋 |
| ソウダガツオ | 血合いが多く傷みやすい | なまり節、だし、角煮 |

『まずい魚』という誤解
アイゴやエソが安く扱われてきたのは味のせいではなく、においや小骨、見た目、さばきにくさといった『流通と調理のハードル』が原因です。プロの下処理や加工技術が加われば、これらの魚は十分に主役を張れます。未利用魚の活用とは、この誤解を一つずつ解いていく作業でもあります。
旬を知れば、おいしさは変わる
未利用魚をおいしく食べるうえで欠かせないのが『旬』と『鮮度』の意識です。多くの未利用魚は鮮度が落ちやすく、水揚げ後すぐに適切な処理をするかどうかで味が大きく変わります。産地で朝獲れの魚を即日処理すれば臭みは出にくく、脂ののった旬の時期に食べれば高級魚にも引けを取りません。逆にいえば、これまで『まずい』とされてきた評価の多くは、鮮度や処理のタイミングを外した状態で食べた結果でもあるのです。
近年は、こうした魚の特性を熟知した料理人や産地の加工業者が、下処理や熟成、味つけのノウハウを積み上げてきました。プロの手が入ることで、家庭では扱いにくかった魚も安心して楽しめる商品になります。『おいしく食べる技術』が広まることこそ、未利用魚活用のもう一つのエンジンなのです。
さらに近年は、海水温の上昇で本来その海域にいなかった南方系の魚が増え、『獲れるけれど売り先がない』新しい未利用魚が生まれています。この変化は、海洋熱波(マリンヒートウェーブ)による日本近海の異変とも密接に関わっています。獲れる魚の顔ぶれが変わっていく時代だからこそ、新顔の魚をおいしく食べる力が、これまで以上に問われています。
学校給食で広がる未利用魚——横浜市20万食の挑戦
未利用魚に安定した『出口』を与える取り組みとして、いま注目されているのが学校給食です。まとまった量を継続的に消費でき、子どもたちへの食育にもつながる——給食は未利用魚と相性のよい舞台なのです。
日本最大規模、約20万食のさば料理
2023年1月、横浜市は横浜市中央卸売市場・横浜市教育委員会・よこはま学校給食財団が連携し、市立小学校等339校・約20万食という日本最大規模で未利用魚を使った給食を実施しました。献立は未利用のさばを使った「さばの甘酢あんかけ」。4つのブロックに分けて計4回提供され、多くの子どもが同じ日に未利用魚を口にしました。
この取り組みが優れているのは、料理を出すだけで終わらせなかった点です。市場と教育委員会が未利用魚を解説する動画を制作し、給食に合わせて授業で視聴。総合学習や社会科の中で、なぜ食べられる魚が捨てられるのか、漁業とはどんな仕事かを子ども自身が考える機会をつくりました。
なぜ給食が『出口』として優れているのか
- まとまった量を計画的に消費でき、漁業者に安定した需要を約束できる
- つみれ・そぼろ・あんかけなど加工すれば、小骨や見た目の課題を解決できる
- 食育とセットにでき、次世代の魚食習慣とフードロス意識を育てられる
- 地元産の魚を使えば、地域の漁業と食文化への理解も深まる

横浜市の例は特別大規模ですが、全国各地の小中学校でも、未利用魚をハンバーグやそぼろ、つみれに加工して提供する動きが広がっています。共通するメッセージは「どの魚にも命と価値がある」。給食を通じて、子どもたちは魚食の楽しさとフードロスの問題を同時に学びます。魚が苦手な子でも、骨のないそぼろや食べやすい味つけなら箸が進み、そこから魚食への興味が芽生えることも少なくありません。
給食で使うための工夫と課題
とはいえ、未利用魚を給食に取り入れるのは簡単ではありません。給食は献立を事前に決めて大量に調理する必要があるため、『いつ・どんな魚が・どれだけ獲れるか読めない』という未利用魚の性質と、そもそも相性が悪い面があります。そこで多くの現場では、獲れた魚をいったんすり身やフィレに加工・冷凍してから使うことで、供給の不安定さを吸収しています。魚種を特定せず『白身魚のフライ』のように献立を組む工夫も有効です。
- 供給が不安定 → すり身・フィレに加工し冷凍してストックする
- 小骨が危険 → 骨取り加工やつみれ・そぼろにして安全性を確保する
- コストや調達 → 市場・漁協・加工業者・自治体が連携して仕組み化する
- 子どもの食べやすさ → 甘酢あんかけ・ハンバーグなど親しみやすい味に
こうした課題を一つずつ解決した先に、横浜市のような大規模実施があります。裏を返せば、給食で使える体制が整うことは、その地域に未利用魚を安定的に加工・供給できるインフラが育つことを意味します。給食は食育の場であると同時に、地域の水産加工力を底上げする起点にもなるのです。
給食×未利用魚の相乗効果
- 漁業者:まとまった需要で収入が安定する
- 自治体:地産地消と食育を同時に進められる
- 子ども:おいしさとサステナビリティを体で学ぶ
こうした地域ぐるみの取り組みは、干潟や藻場を守る沿岸環境の保全と同じく、『地元の海を自分ごととして考える』文化を育てます。給食は未利用魚活用の入り口であり、次世代への海洋教育でもあるのです。
加工品とブランド化——付加価値で「売れる魚」に変える
未利用魚の最大の弱点である『下処理の手間』と『知名度の低さ』を、加工とブランディングで乗り越える——これがビジネスとしての未利用魚活用の王道です。骨を取り、味をつけ、物語を添えれば、安値の雑魚が『買いたい商品』に変わります。
サブスクで需要をつくる——フィシュルの事例
福岡発のスタートアップ、株式会社ベンナーズが手がける未利用魚のサブスクリプション「フィシュル」は、規格外として扱われてきた魚を骨取り・味つけ済みのミールパックにして届けます。カルパッチョ、漬け、西京焼きなど手軽に食べられる商品が並び、これまでに使用した魚種は累計200種を突破しました。2023年12月時点で会員数は2.5万人規模に達し、累計131トンのフードロス削減につなげたと発表しています。
同社は『食の三方よし』を掲げ、消費者が「魚の切り身とは思えない」と驚くようなユニークな味づくりや、料理動画を使った発信で若い世代の魚離れにも挑んでいます。2022年に日経トレンディの地方発ヒット大賞、2023年には日本サブスク大賞のブロンズ賞を受けるなど、評価も高まりました。
地域の加工会社が生む新しい仕事
同社の成功が示すのは、未利用魚の弱点だった『調理の手間』を徹底的に取り除けば、忙しい現代人にとってむしろ魅力的な便利食材になるという逆転の発想です。骨がなく、味がついていて、解凍すればすぐ食べられる——この手軽さが、魚離れが進んだ層にも刺さりました。未利用魚を『安いから買う』のではなく『便利でおいしいから買う』商品へと位置づけ直した点に、ブランド化の本質があります。
大手だけでなく、地域の水産加工会社と漁業者が組む例もあります。茨城県の波崎地区では、小型で未利用とされてきたイワシやサバを地元の加工会社が製品化し、魚の価値が上がり地域に新たな雇用が生まれました。地元の魚を地元で加工することは、フードロス削減と地域経済の活性化を同時に実現します。魚を『獲る』だけでなく『加工して価値を高める』機能を地域が持つことは、水産業が生き残るうえで欠かせない条件になりつつあります。

『すり身』という古くて新しい解
加工の王道が、かまぼこやつみれに使われるすり身です。エソのように小骨が多い魚も、すり身にすれば骨は問題になりません。日本が古くから培ってきた練り物文化は、そのまま未利用魚活用の技術基盤でもあります。伝統的な知恵と現代のブランディングが結びつくことで、可能性はさらに広がります。
| アプローチ | 解決する課題 | 代表的な形 |
|---|---|---|
| 骨取り・味つけパック | 下処理の手間・調理の不安 | ミールキット、サブスク |
| すり身・練り物 | 小骨・見た目の問題 | かまぼこ、つみれ、はんぺん |
| 地域加工品 | 知名度・販路の不足 | 干物、缶詰、レトルト |
| ブランド化・物語化 | 『雑魚』のイメージ | ネーミング、ストーリー発信 |
干物や缶詰、レトルトといった保存食に加工する道もあります。保存性が高まれば、鮮度が落ちやすいという未利用魚の弱点は一気に強みへ変わり、遠方への出荷や長期の在庫が可能になります。使われずに捨てられていた資源から缶詰やだしパックといったロングセラー商品が生まれれば、地域には安定した収益源が育ちます。加工とは、時間と距離の制約を外して未利用魚の可能性を広げる技術でもあるのです。
『三方よし』とは
売り手(漁業者・加工業者)、買い手(消費者)、そして世間・地球——この三者すべてが得をする状態を指す近江商人由来の考え方です。未利用魚の活用は、漁業者に収入を、消費者においしさと手軽さを、地球にフードロス削減をもたらすため、まさに現代版の三方よしとして語られます。多くの取り組みがこの言葉を合言葉にしているのは、未利用魚活用が『誰かの犠牲の上に成り立つ我慢』ではなく、関わる全員に利益をもたらす前向きな事業だからです。
ふるさと納税と産地直送——漁業者の収入を直接支える仕組み
加工品と並ぶもう一つの有力な出口が、ふるさと納税と産地直送(D2C)です。中間流通を通さず、獲った漁業者から食べたい人へ直接届けるこの仕組みは、未利用魚と非常に相性がよいのです。
『おまかせ鮮魚セット』という発想
ふるさと納税の返礼品には、「何が届くかはお楽しみ」の鮮魚おまかせセットが数多く登場しています。神奈川県横須賀市では漁師直送の朝どれ鮮魚セット(3kg前後)が、鹿児島県肝付町では下処理済みの地魚ボックス(約1kg)が用意され、いずれも未利用魚・低利用魚を含みます。魚種を固定しないからこそ、その日獲れた多様な魚を無駄なく届けられるのです。
受け取る側にとっては、普段スーパーで出会えない珍しい魚と料理に挑戦できる楽しみがあります。『何が届くかわからない』という一見の欠点が、そのまま魅力になる——これが未利用魚と産直の妙です。定期便(サブスク型)にすれば、季節ごとの海の恵みを継続的に味わえます。
漁業者にとっての意味
- 市場では値がつかない魚に、直接の買い手と価格がつく
- 中間マージンが減り、漁業者の手取りが増えやすい
- 自治体の返礼品になることで、地域と漁業のPRにもなる
- 獲れた魚を選別せずまとめて出せるため、選別の手間とロスが減る

産直・ふるさと納税の強み
- 少量・多品種でも『おまかせ』ならまとめて出荷できる
- 漁業者に直接の収入と価格決定力が生まれる
- 消費者は珍しい魚との出会いと食の冒険を楽しめる
続けるための課題——『届け方』の設計
産地直送にも乗り越えるべき壁があります。多品種を少量ずつ、鮮度を保ったまま個人宅へ届けるには、丁寧な下処理・梱包・冷蔵配送が欠かせず、手間とコストがかかります。また『何が届くかわからない』楽しさは、裏を返せば調理に不慣れな人には少しハードルが高いという面も持ちます。そこで多くの事業者は、簡単なさばき方の説明やレシピを同封したり、下処理済みで届けたりと、受け取る側に寄り添う工夫を重ねています。
定期便(サブスク型)にすれば、漁業者は毎月の出荷量を見通しやすくなり、消費者も『季節ごとに海の便りが届く』という体験を継続的に楽しめます。単発の返礼品にとどまらず、産地とファンが長く付き合う関係を築けるかどうか——ここが、未利用魚の産直を一過性のブームで終わらせないための分かれ目になります。
海の恵みを地域の力に変えるこうした仕組みは、災害からの沿岸地域の復興を支える手段としても注目されています。獲れた魚を一尾も無駄にしない産直は、漁村の暮らしそのものを支える柱になり得るのです。
海水温上昇・磯焼けと未利用魚——『食べて守る』という発想
未利用魚の活用は、フードロスや漁業者支援だけの話ではありません。海の環境保全とも深くつながっています。鍵になるのが、海水温の上昇と『磯焼け』という現象です。
磯焼けと藻食魚
磯焼けとは、沿岸の岩場に広がっていた海藻の森(藻場)が消失し、岩肌がむき出しになる『海の砂漠化』です。原因の一つが、海藻を食べるアイゴやイスズミ、ニザダイなどの藻食魚による食害。海水温が高い状態が続くとこれらの魚が活発化・北上し、藻場を食べ尽くしてしまうのです。奇しくも、これらの魚の多くは未利用魚でもあります。
藻場は、多くの魚介類の産卵・生育の場であり、二酸化炭素を吸収・貯留するブルーカーボン生態系としても重要です。その藻場が磯焼けで失われれば、沿岸漁業も気候変動対策も打撃を受けます。だからこそ、藻場を食べてしまう魚を『獲って食べる』ことが、そのまま藻場を守る対策になるという発想が生まれます。実際、各地では磯焼け対策としてアイゴやイスズミなどの藻食魚を刺し網で捕獲する取り組みが行われており、その魚を廃棄せず食用として活かせれば、環境保全とフードロス削減が一つの行動で両立します。
水産庁も『磯焼け対策ガイドライン』を策定し、藻食魚の除去や藻場の再生を各地の実情に合わせて進めるよう促しています。捕獲した魚をただ処分するのではなく、地域の食材やふるさと納税の返礼品として売り出せば、対策を続けるための資金や担い手も生まれます。『守るためのコスト』を『稼げる資源』に変える——ここに、未利用魚と環境保全を結びつける大きな意義があります。
温暖化が生む『新しい未利用魚』
海水温の上昇は、これまでその海域にいなかった南方系の魚を連れてきます。獲れても売り先や調理法が確立していないため、こうした魚は新たな未利用魚になりがちです。海の生態系が長期にわたって作り替えられていく様子は、巨大な高水温域『ブロブ』などの海洋熱波がもたらす生態系の長期変化とも重なります(気候変動と日本近海の異変そのものについては海洋熱波のメカニズムもあわせてご覧ください)。

『食べれば解決』ではないことに注意
藻食魚を食べることは磯焼け対策の有効な一手ですが、それだけで問題が解決するわけではありません。磯焼けは海水温上昇・栄養塩の変化・ウニの食害など複数の要因が絡む複雑な現象です。魚を食べる取り組みは、藻場の再生や海藻の移植、海洋環境全体の保全と組み合わせてこそ効果を発揮します。
サンゴ礁の白化のように、海の生態系は水温のわずかな変化に敏感に反応します。サンゴの白化のメカニズムと同じく、磯焼けもまた、温暖化が沿岸の生態系のバランスを崩していく象徴的な現象です。藻場という『海の森』が失われれば、そこを住みかにしていた魚介類も減り、漁業の土台そのものが揺らぎます。未利用魚を食べる取り組みは、こうした連鎖に人の手でブレーキをかける試みでもあるのです。
『厄介者を資源に変える』という発想は、気候変動時代の海との付き合い方そのものです。未利用魚を食べることは、フードロス削減にとどまらず、変わりゆく海の生態系に人間がどう関わるかという問いに答える行動でもあります。獲れるものが変わったなら、食べ方も変える——その柔軟さこそが、これからの豊かな海を守る鍵になります。
私たちにできること——未利用魚を食卓に迎える
ここまで、給食・加工品・ふるさと納税という『出口』を見てきました。では、消費者である私たちは、日々の暮らしの中で未利用魚とどう関われるでしょうか。難しいことはありません。今日からできる小さな選択が、海のフードロスを確実に減らします。
大切なのは、身構えすぎないことです。『サステナブルのために我慢して食べる』のではなく、『安くておいしくて珍しい魚を楽しむ』という素直な動機で十分です。結果としてフードロスが減り、漁業者が潤い、海が守られる——未利用魚の魅力は、こうした前向きな理由で無理なく続けられるところにあります。まずは気軽に、食の冒険を楽しむ気持ちで一歩を踏み出してみましょう。
買うとき・選ぶとき
- スーパーや鮮魚店で見慣れない魚を見つけたら、まず一度買ってみる
- 『おまかせ鮮魚セット』や未利用魚のサブスク・ふるさと納税を試す
- 地元の港や直売所で、その日獲れた地魚を選ぶ
- 切り身だけでなく、一尾売りや加工品にも目を向ける
食べるとき・広めるとき
- 下処理が不安なら、骨取り済みの加工品やすり身から始める
- 刺身・煮付け・唐揚げなど、魚に合った調理法を店員やレシピで確認する
- おいしかった魚は写真やSNSで発信し、『名前を知られる』手助けをする
- 子どもと一緒に食べ、なぜこの魚が未利用なのかを話題にする

今日からできる3アクション
- 次の買い物で、名前を知らない魚を一つ選んでみる
- 未利用魚のふるさと納税・サブスクを一度体験する
- 食べた魚のおいしさを、家族や友人・SNSにシェアする
とりわけ効果が大きいのが、食べた魚の感想を発信することです。未利用魚の最大の壁は『知名度の低さ』でした。あなたが『この魚、こんなにおいしかった』と一言伝えるだけで、その魚の名前は少しずつ知られ、次に手に取る人が増えます。SNSや口コミは、広告費をかけずに魚の価値を押し上げる力を持っています。おいしさを語ることは、未利用魚にとって最良の応援なのです。
一人の『買ってみよう』は小さくても、それが積み重なれば市場は動きます。需要が生まれれば漁業者は魚を選別せずに出荷でき、加工業者は新商品を作り、自治体は返礼品を用意する。消費者の選択こそが、未利用魚を『利用される魚』に変える最初のスイッチなのです。給食も加工品もふるさと納税も、突き詰めれば『食べたい人がいる』という需要から始まります。その需要をつくるのは、ほかならぬ私たち一人ひとりの箸先です。
まとめ——『もったいない魚』は、海と暮らしの未来を映す鏡
未利用魚は、味が劣る魚ではありません。サイズ・量・知名度・下処理の手間という『流通のすき間』からこぼれ落ちた、食べておいしい魚たちです。世界では漁獲の3割前後が利用されずに失われるとされ、そのロスは陸の食品ロスと同じく、私たちが向き合うべき課題です。
しかし出口はすでに開かれ始めています。横浜市の約20万食の給食、200種を超える魚を商品化した加工品ブランド、そして『おまかせ』を魅力に変えるふるさと納税と産直。これらは、フードロス削減・漁業者の収入増・食育・環境保全を同時に前へ進める『三方よし』の実践です。海水温上昇で増える魚を『食べて守る』という発想も、そこに加わります。
共通しているのは、どれも『捨てる』を『活かす』へと発想を切り替えている点です。魚が売れないのは味のせいではなく、流通・加工・情報のすき間のせいでした。ならば、そのすき間を埋める工夫を重ねればいい——給食は安定した需要を、加工は手軽さと保存性を、産直は生産者と消費者の直接のつながりを提供し、それぞれが未利用魚の弱点を一つずつ解いてきました。特別な技術や大きな予算がなくても、視点を変えるだけで始められる取り組みが、すでに全国に広がっているのです。
そして、その輪を大きくする最後のピースが、食べる私たちです。誰かが食べたいと思うから需要が生まれ、需要があるから漁業者は魚を活かし、加工業者は商品を磨き、自治体は仕組みを整える。未利用魚をめぐる好循環の起点は、いつも消費者の一皿にあります。海のフードロスを減らす道は、遠い誰かの仕事ではなく、私たちの食卓のすぐそばに続いているのです。
この記事のまとめ
- 未利用魚は『まずい魚』ではなく、サイズ・量・知名度・手間の理由で流通しない『売りにくい魚』
- 世界では漁獲の約30〜35%が利用されないとされ、海のフードロスは見えにくいが大きい
- アイゴ・エソ・ニザダイなど、下処理や加工の壁を越えれば十分おいしい
- 給食・加工品・ふるさと納税という3つの出口が需要を生み、漁業者の収入とロス削減を両立させる
- 海水温上昇・磯焼けとも関わり、『食べて守る』ことが環境保全にもつながる
- 消費者の『まず一度買ってみる』が、未利用魚を『利用される魚』に変える最初の一歩
海の資源をどう使い、どう守るか。未利用魚をめぐる小さな選択は、その大きな問いへの入り口です。次に魚売り場で見慣れない名前に出会ったら、ぜひ手に取ってみてください。あなたの一皿が、海のフードロスを減らし、漁師の笑顔をつくり、そして海の未来を少しだけ明るくします。
参考文献・出典
- 水産庁 – 水産白書(各年度)——未利用魚の定義・水産業の動向
- 水産庁 – 平成21年度水産白書 特集『未利用魚の活用〜MOTTAINAI〜』
- 水産庁 – 磯焼け対策ガイドライン——藻場の保全と藻食魚対策
- 横浜市 – 日本最大規模(約20万食)の小学校給食で未利用魚を活用(2023年)
- 国立環境研究所 環境展望台 – 日本最大規模の小学校給食に『未利用魚』活用
- 大日本水産会 魚食普及推進センター – 未利用魚・低利用魚とは? 海の資源を上手に食べよう
- 三菱総合研究所(MRI) – 『未利用魚』活用に向けたアプローチ 外食実証からの考察
- 株式会社ベンナーズ – 未利用魚サブスク『フィシュル』のリブランディングと実績
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