⚡ 30秒でわかる答え

  • 風力補助推進は、貨物船に現代の帆を付けて風の力で推進力の一部をまかない、燃料を減らす技術です。
  • 実船では、松風丸で1日最大17%・1航海平均5〜8%、Pyxis Oceanで平均約3トン/日の節減が各社から発表されています。
  • 効果は航路と風況で大きく変わり、新燃料や電動化など他の対策と組み合わせて使うのが現実的です。
2050年頃
IMOが掲げる国際海運の温室効果ガス排出ゼロの目標
最大17%
松風丸で確認された1日あたりの燃料節減(商船三井発表)
約3t/日
Pyxis Oceanの6か月試験での平均燃料節減(Cargill発表)

貨物船の甲板に巨大な帆が立つ――そんな光景が、いま現実になりつつあります。風力補助推進は、エンジンを残したまま風の力で燃料を減らす、国際海運の脱炭素の一手です。

国際海運は世界の温室効果ガスの約3%を占め、IMOは2050年頃までの排出ゼロを掲げています。新燃料の供給が整うまでの間も、既存船に後付けできる省エネ技術への期待が高まっています。

この記事では、仕組みと4つの方式、商船三井やCargillの公表実績、導入の課題までを、一次情報にもとづいて整理します。

この記事で学べること

  • 国際海運の脱炭素目標と風力補助推進の位置づけ
  • 風から推進力を取り出すしくみ
  • 硬翼帆・ローター・吸引式帆・カイトの違い
  • 松風丸とPyxis Oceanの公表された実績
  • 導入の課題と、他の脱炭素策との組み合わせ

なぜ今、貨物船に「帆」が戻ってきたのか

世界の貿易量の約8割は、海運が運んでいるといわれます。その船の多くは重油などの化石燃料で走るため、国際海運は世界の温室効果ガス排出の約3%を占める大きな排出源です。電気自動車のように「電池に置き換える」ことが難しい大型外航船では、燃料そのものを変える方法と、燃料の使用量を減らす方法を組み合わせる必要があります。

そこで注目されているのが、風力補助推進(Wind-Assisted Propulsion System、略してWAPS)です。エンジンを残したまま、風の力で推進力の一部をまかない、燃料の消費を減らします。昔の帆船に戻るのではなく、現代の貨物船にハイテクの「帆」を足すイメージです。

国際海運の脱炭素目標が背景にある

国際海事機関(IMO)は2023年7月、温室効果ガス削減戦略を改定しました。国土交通省の資料によると、2050年頃までに国際海運の排出をゼロにすることを目標とし、2030年までに輸送量あたりのCO2排出を2008年比で40%削減、2030年までにゼロエミッション燃料等の使用割合を5〜10%とするなどの中間目標も示されています。

  • 2030年:輸送量あたりCO2排出を2008年比40%削減(効率目標)
  • 2030年:温室効果ガス排出を2008年比で20〜30%削減(目安)
  • 2040年:同70〜80%削減(目安)
  • 2050年頃:温室効果ガス排出ゼロ

新燃料(アンモニア、水素、メタノールなど)は供給網の整備に時間がかかります。一方、風力補助推進は今ある船にも後付けでき、どの燃料を使う船でも燃料消費を減らせるのが強みです。アンモニア燃料など次世代燃料の動向は、関連記事「海運の脱炭素とアンモニア燃料」も参考になります。

「使う燃料を減らす」ことの価値

新燃料は高価になりやすく、船が使う燃料が少なければ、その分だけ燃料費と排出量の両方が減ります。風力補助推進は「燃料の切り替え」と競合するものではなく、切り替え後の高い燃料を節約する手段としても期待されています。

海を進む大型貨物船に、巨大な帆と回転する円筒が取り付けられている想像図
風力補助推進は、エンジンを残したまま風の力で燃料を減らす

この章のポイント

  • 国際海運は世界の温室効果ガスの約3%を占める
  • IMOは2050年頃の排出ゼロを掲げている
  • 風力補助推進は既存船にも後付けできる

風力補助推進のしくみ:風から推進力を取り出す

風力補助推進の基本は、船の上に立てた構造物で風を受け、前に進む力(推力)を生み出すことです。ただし昔の帆船のように「風に押される」だけではありません。現代の装置は、飛行機の翼と同じ揚力を利用します。

真後ろの風より「横風」が得意

翼に風が当たると、風の流れに直角の向きに揚力が生まれます。船に対して横から風を受けると、この揚力の一部が前向きの力になります。このため、風力補助推進は真後ろからの追い風よりも、斜め前から横にかけての風で効果を出しやすいとされます。

見かけの風が決め手になる

船は自分でも進むため、乗っている人が感じる風(見かけの風)は、実際の風と船の速度が合成されたものになります。航路上の風の向きと強さによって効果は大きく変わるため、どの海域を走るかが削減率を左右します。

要素効果への影響
風の強さ強いほど推力が増えるが、強すぎる場合は装置を畳むなど安全対応が必要
風向き横風〜斜め前からの風で効果を出しやすい
船速船が速いほど見かけの風が前寄りになり、条件が変わる
航路偏西風や貿易風など、安定した風が吹く海域ほど有利
風力補助推進の効果を左右する主な要素

エンジンの負荷を下げる仕組み

風で得た推力の分だけ、エンジンが出すべき力が減ります。その結果、燃料の消費が減り、CO2や大気汚染物質の排出も下がります。風が弱い日は効果が小さく、風が合う日は大きいという変動のある省エネであることを前提に、航路計画と組み合わせて使います。

主な4つの方式:硬翼帆・ローター・吸引式・カイト

風力補助推進には複数の方式があり、船の大きさ、甲板の空き、航路、荷役方法によって向き不向きがあります。業界団体の資料などでは、おおむね次の4種類に整理されます。

硬翼帆(ウイングセイル)

飛行機の翼のような硬い構造の帆を立てる方式です。商船三井の「ウインドチャレンジャー」や、Cargillが採用したBAR Technologiesの「WindWings」がこの仲間です。風向きに合わせて角度を変え、強風時や港では倒したり縮めたりできる設計が特徴です。

ローターセイル(フレットナー・ローター)

甲板に立てた円筒を回転させ、風が当たったときに生じる力(マグヌス効果)で推力を得る方式です。船の高さに比べて小型にできるため、比較的導入例が多い方式とされています。ノルウェーやフィンランドの企業などが製品化しています。

吸引式帆(サクションセイル)

楕円形の柱の表面から空気を吸い込み、翼まわりの流れを制御して揚力を高める方式です。可動部が少なく、全体の高さを抑えやすい点が利点とされます。

カイト(巨大な凧)

船の前方から高い空へ凧を揚げ、高い高度で安定した強い風を捉える方式です。甲板上の構造物が小さくて済む一方、揚げ降ろしの運用が課題になります。

方式特徴向いている船のイメージ
硬翼帆大きな推力。倒したり縮めたりできる設計が多いばら積み船、LNG船、タンカーなど
ローターセイル構造が比較的コンパクト。導入実績が多いタンカー、ロールオン・ロールオフ船、貨物船
吸引式帆可動部が少なく、高さを抑えやすい高さ制限のある航路を通る船など
カイト甲板への設置物が小さい。運用に工夫が必要甲板の空きが少ない船
風力補助推進の主な方式(一般的な整理)
この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

どれが最適かは船と航路しだい

  • 決まった「正解」はなく、船型・航路・荷役で選ばれる
  • 橋の下をくぐる、クレーンを使うなどの制約は方式選びに影響する
  • 複数方式を組み合わせる船も検討されている

実船で何が分かってきたか:代表的な事例

風力補助推進は実験段階を過ぎ、実際の外航船で効果が確認され始めています。ここでは公表されている代表的な事例を、各社が発表した数値として整理します。第三者による独立検証ではない点には注意してください。

商船三井「松風丸」:日本発の硬翼帆

商船三井が開発したウインドチャレンジャーを世界で初めて搭載した石炭輸送船「松風丸」は、2022年10月に完成し、東北電力向けの石炭輸送に就航しました。商船三井の発表では、2024年5月時点で1日あたり最大17%の燃料節減、1航海平均では5〜8%の効果を確認したとされています。詳しい仕組みは「商船三井ウインドチャレンジャー」で解説しています。

さらに商船三井は2025年9月、帆を4基搭載するLNG運搬船の基本設計について、ロイド船級協会から承認を得たと発表しました。同社は、1航海あたり最大30%、年間で15〜20%の燃費削減を見込んでいます。これは実測ではなく設計上の見込み値です。

Cargill「Pyxis Ocean」:2基のWindWingsを後付け

穀物などを扱う商社Cargillは、2017年建造のカムサマックス型ばら積み船「Pyxis Ocean」に、BAR Technologiesの硬翼帆WindWingsを2基後付けしました。約6か月の試験では、平均で1日あたり約3トンの燃料節減(約14%)が報告され、コンピューター解析による予測と整合したとされています。開けた海で好条件が重なった際には、1日11トンの節減と、燃料の採掘から燃焼までを含む排出量でみて37%の削減が報告されました。

同社は、新造船に3基を載せた場合に化石燃料の使用を約30%減らせる可能性があると見込んでいます。これもあくまで試算です。

大型ばら積み船の甲板に2基の硬翼帆が立つ様子
後付けの硬翼帆を載せたばら積み船のイメージ

普及の現状:70隻超から100隻超へ

国際風力推進協会(IWSA)の発表を報じた記事によると、2025年6月時点で風力補助推進を備えた船は約70隻、発注済みが約130隻とされました。その後の報道では、風力推進を搭載済み、または搭載準備済みの船は100隻を超えたとされています。ただし、数え方が異なる数字なので、単純に比較はできません。方式別では、ローターセイルと吸引式帆が多数を占めると報じられています。

航路選びが効果を決める:ウェザールーティングとの組み合わせ

風力補助推進の効果は、同じ装置でも航路と出発時刻で大きく変わります。そこで、気象・海象の予報をもとに最も効率のよい航路を選ぶウェザールーティングとの組み合わせが重視されています。

風を「探して走る」という発想

従来の最適航路は、距離と時間、波の影響を小さくすることが中心でした。風力補助推進を持つ船では、風を味方にできる針路も評価に加わります。多少遠回りでも、燃料が減る航路が選ばれる場合があります。

データと運航者の経験

実船の計測データが増えるほど、風向・風速ごとの推力を予測しやすくなります。Cargillの試験でも、計測値が事前の解析と近かったと報告されており、予測と実測の差を縮めることが導入判断の材料になります。

  • 気象予報を使った出港前の航路計画
  • 航海中の風況に合わせた帆の角度の調整
  • 強風時の安全な格納・縮小
  • 航海データの蓄積と次の航海への反映

導入の壁:効果と課題を正直に見る

風力補助推進は有望ですが、万能ではありません。導入を考える船主や荷主が実際に直面する課題を整理します。

効果は「平均」で見る必要がある

「最大17%」「最大30%」といった数字は、条件が良い日や設計上の最大値です。実際の航海では風が弱い日もあれば、向かい風の日もあります。評価では1年を通した平均の削減率が重要で、商船三井が松風丸で示した「1航海平均5〜8%」のような数字のほうが、実態に近い目安になります。

甲板スペースと荷役との両立

帆やローターは甲板に大きな構造物を立てます。ばら積み船では荷役用のクレーンやハッチカバーの動線と干渉しやすく、橋の下を通る航路では高さ制限もあります。このため、倒す・縮める・移動するといった機構や、設置位置の工夫が欠かせません。

コストと投資回収

装置の価格は方式や船の大きさで異なり、公表情報は限られます。燃料価格が高い、あるいは排出規制による負担が大きいほど投資回収は早くなります。IMOが検討する国際的な燃料基準や課金制度が整えば、燃料を減らす技術の価値が高まると見られています。

  • 効果が航路と風に左右される
  • 甲板での設置場所と荷役との調整が必要
  • 船体構造や安定性の再検討(後付けの場合)
  • 運航者の習熟と、風況を読む航海計画の支援
  • 導入実績の少なさによる、金融・保険面の不確実性

数字を見るときの注意

  • 「最大」と「平均」は別物
  • メーカーや船主の発表値は、独立した検証ではない場合がある
  • 同じ装置でも航路が変われば効果は変わる

海の環境にとってのメリットと残る論点

風力補助推進は、CO2の削減だけでなく、海洋環境の面でも期待されています。

大気汚染物質と海洋酸性化への間接効果

燃料の使用量が減れば、CO2に加えて硫黄酸化物や窒素酸化物、粒子状物質の排出も減ります。CO2は海に溶け込んで海洋酸性化の一因にもなるため、排出削減は海の生き物を守ることにもつながります。海洋酸性化の影響は、関連記事「海洋の炭素吸収はいつまで続くか」も参考になります。

騒音や生態系への影響は研究途上

帆が船の推進に使う力を一部肩代わりすることで、エンジンやプロペラの負荷が下がります。理屈の上では水中騒音が下がる可能性もありますが、実船での系統的な評価は十分に進んでいない分野です。鳥類との衝突や景観への影響など、設置後に検討すべき論点も残っています。

ほかの脱炭素策との組み合わせ

船の脱炭素は、一つの技術で完結しません。次のように役割が分かれています。

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この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している
港に停泊する帆付き貨物船と風力発電の風車が並ぶ風景
海の風は、発電にも船の推進にも使われる

日本の動きと、これからの見通し

日本では、商船三井をはじめとする海運会社や造船会社が、硬翼帆やローターセイルの搭載を進めています。日本の造船・海運は世界有数の規模があり、風力補助推進は技術と運航ノウハウの両面で強みを活かせる分野と考えられています。

洋上風力との関係

日本の沖合では洋上風力発電の導入が進んでいます。海の風を電気にする洋上風力と、海の風を推進力にする風力補助推進は、同じ資源を別の形で使う取り組みです。洋上風力については「日本の洋上風力発電」で詳しく紹介しています。

漁船や小型船への広がり

風力補助推進は外航船の話題が中心ですが、考え方は漁船にも応用できる可能性があります。ただし船の大きさや操業方法が異なるため、課題は別になります。漁船の低炭素化は「低炭素型の漁船」も参考になります。

2030年に向けて見ておきたいこと

  • IMOが検討する、燃料の温室効果ガス強度に応じた国際ルールの動き
  • 風力補助推進を備えた新造船の発注数
  • 実船データの蓄積と、第三者による効果検証
  • 方式ごとの標準化と、保険・金融の整備

風力補助推進が世界の排出を一気に減らすわけではありません。しかし、使う燃料の量を地道に減らす現実的な手段として、他の対策と並んで広がっていくと見られています。

私たちにできること

  • 身の回りの輸入品が、船でどう運ばれているかに関心を持つ
  • 海運会社や荷主の脱炭素の取り組みの発表を確認する
  • 海運の脱炭素に関する公的資料を読み、数字の意味を確かめる

まとめ

  • 風力補助推進は、風の力で船の燃料を減らす技術
  • 方式は硬翼帆・ローター・吸引式帆・カイトなど
  • 実船では平均数%〜十数%の削減が報告されている
  • 効果は航路と風況しだい。万能ではなく他の対策と組み合わせて使う

参考文献・出典

  1. 国土交通省 IMO温室効果ガス削減戦略(MEPC80)に関する発表 – 2050年頃のGHG排出ゼロ、2030年の中間目標
  2. 国土交通省 海事局 – 国際海運の脱炭素に関する政策
  3. 国際海事機関(IMO) 温室効果ガス削減 – IMOの気候変動対策
  4. 商船三井 – ウインドチャレンジャー、松風丸の実績発表
  5. Cargill 公式サイト – Pyxis Ocean・WindWingsの試験結果
  6. BAR Technologies – WindWingsの開発企業
  7. International Windship Association (IWSA) – 風力推進船の導入状況
  8. UNCTAD Review of Maritime Transport – 国際海運の貿易量と排出

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