日本の海岸線には、砂浜の内側に沿うようにクロマツの林が続く場所が数多くある。海岸林(海岸防災林)と呼ばれるこの森は、防風林・砂防林・魚つき林など複数の役割を一体で担う保安林で、内陸の集落や農地を潮風・飛砂・津波の脅威から守り続けてきた。2011年の東日本大震災では、この森の限界と底力の両方が突きつけられ、その後10年以上にわたる再生事業を通じて、海岸防災林のあり方そのものが見直されることになった。
海岸林の主役であるクロマツは、真水に乏しく塩分を含んだ砂地という、多くの樹木が生育できない環境に適応した数少ない樹種だ。菌根菌との共生によって痩せた土壌からも養分を吸収し、潮風に運ばれる塩分やしぶきにも耐える。江戸時代から各地の海辺の集落は、この木を密に植えて人工の森をつくり、飛砂や塩害から田畑と暮らしを守ってきた。全国各地に残る「白砂青松」と呼ばれる景観は、観光資源である以前に、幾世代にもわたる防災インフラの蓄積でもある。
本記事では、海岸林が持つ4つの機能の仕組み、クロマツが選ばれる理由、震災で約3,700ヘクタールが失われた海岸防災林の被害と再生の歩み、そして陸前高田・高田松原に象徴される復興の物語を、林野庁など公的機関の一次情報にもとづいて解説する。日常では見過ごされがちなこの森が、実は精緻な設計思想のもとに造成・維持されてきたことを知ってほしい。
この記事で学べること
- 海岸林が果たす飛砂防止・防風・塩害防備・津波高潮減災という4つの機能の仕組み
- クロマツが海岸林に選ばれる生物学的な理由(耐潮性・貧栄養適応・成長速度)
- 砂丘造成から密植までの海岸林づくりの伝統的な工程
- 東日本大震災による海岸防災林の被害規模と、国が進めた再生事業
- 高田松原と「奇跡の一本松」が伝える歴史と教訓
- 盛土・林帯幅・広葉樹混植など進化する現代の海岸防災林づくり
海岸林とは何か——飛砂・潮風・津波から暮らしを守る多機能な森
海岸林は、森林法にもとづく保安林のうち「潮害防備保安林」「防風保安林」「飛砂防備保安林」などに指定された森林の通称で、林野庁が所管する治山事業の対象になっている。日本の海岸線の多くは砂浜や砂丘地形で、内陸に向かって強い潮風と飛砂が吹きつける。この環境で暮らしと農地を守るため、先人たちは何世代もかけて海岸に森をつくり、育ててきた。堤防やコンクリート構造物のように短期間で完成する施設とは異なり、海岸林は植栽から機能を発揮するまでに数十年単位の時間を要する「育てる防災インフラ」である点が大きな特徴だ。
保安林制度における位置づけ
林野庁によると、保安林はその指定目的ごとに17種類に分類され、海岸林に関係するものだけでも潮害防備・防風・飛砂防備・防潮(高潮・津波)など複数の種類がある。多くの海岸林は一つの森林が複数の指定目的を同時に満たしており、砂浜側から見ると「防潮」、内陸側から見ると「防風」や「飛砂防備」という具合に、位置と役割が重なり合っている。保安林に指定された森林では、立木の伐採や土地の形質変更に許可が必要になるなど利用が制限される一方、公的な治山事業として整備・維持の対象になる。私有地であっても保安林指定を受けている場合が多く、所有者・自治体・国が役割を分担しながら管理している。
海岸林が発達しているのは、太平洋側の砂浜海岸だけではない。冬季に強い季節風が吹きつける日本海側でも、飛砂と防風を目的とした松林が古くから整備されてきた。地形や卓越風向によって求められる機能の比重は地域ごとに異なるものの、いずれの地域でも「暮らしと農地の背後に森を置く」という基本構造は共通している。砂丘が発達した砂丘地帯では飛砂防止の役割がとりわけ重視され、リアス海岸のように入り江が入り組んだ地形では、狭い平地に密集する集落を潮風から守る防風・塩害防備の役割が強く求められてきた。
海岸林が果たす4つの機能
海岸林が担う代表的な機能は、次の4つに整理できる。
- 飛砂防止:林冠と根で砂丘を固定し、風で舞い上がった砂が内陸の集落や畑に流入するのを防ぐ
- 防風:樹木の枝葉と幹が風のエネルギーを分散・減衰させ、内陸側の風速を弱める
- 塩害(潮害)防備:林冠が海水の微粒子(風送塩)を捕捉し、農作物や生活環境への塩分付着を軽減する
- 津波・高潮の減災:樹幹が波のエネルギーを吸収し、到達時間を遅らせ、漂流物を捕捉する

この4つの機能は独立しているのではなく、互いに補い合う関係にある。たとえば林冠が密になって防風効果が高まれば、風で舞い上がる飛砂の量そのものが減り、結果として飛砂防止の負担も軽くなる。逆に飛砂が林床に堆積し続けると根の呼吸が妨げられ、木の勢いが衰えて防風機能が落ちるという悪循環も起こりうる。海岸林の管理者は、この相互作用を踏まえながら間伐や下刈りのタイミングを調整している。
一方で、海岸林の維持には継続的な手入れが欠かせない。近年は海岸侵食によって前浜が痩せ、林の土台となる砂丘が失われつつある地域や、松原への車両の乗り入れ・ゴミの漂着や不法投棄・踏み荒らしによって若木の更新が妨げられている地域もあり、地元自治体やボランティア団体による巡回・清掃・補植活動が各地で行われている。海岸林は一度造成すれば完成するものではなく、周辺環境の変化に合わせて手を入れ続けなければ機能が徐々に低下してしまう、生きたインフラなのである。
ただし、海岸林が持つ津波への効果には明確な限界がある。林野庁や研究機関の分析では、海岸林は津波を完全に止める「防潮堤」ではなく、エネルギーを減衰させ到達時間を遅らせる「時間を稼ぐ森」と位置づけられている。この点は東日本大震災の教訓として後述する。
海岸林の効果は、風速や飛砂量を測定する現地観測や、模型を使った実験、さらにはコンピューターによるシミュレーションを通じて検証が重ねられてきた。林帯の幅や樹木の密度、樹高が異なれば、内陸側での風速低減効果や飛砂の到達距離も変わってくるため、こうした知見は新たな海岸林を設計する際の基礎データとして活用されている。長年にわたる観測の蓄積があってはじめて、海岸林は経験則だけでなく科学的な裏づけを持つ防災施設として扱われるようになった。
海岸林はまた、防災機能だけでなく生態系のうえでも役割を担っている。林床や林縁は、内陸の森林とも海の生態系とも異なる独特の環境をつくり、砂地に適応した植物や昆虫、鳥類などの生息場所になっている。加えて海に面した森林は「魚つき林」として、養分の供給や日陰の形成を通じて沿岸の漁業資源を支える機能を持つとされ、古くから漁業者自身が海岸林の保全に関わってきた地域も少なくない。
なぜクロマツなのか——過酷な環境に適応した樹種の秘密
潮風・塩分・貧栄養に耐える仕組み
クロマツ(Pinus thunbergii)は日本の海岸に自生するマツ科の常緑針葉樹で、潮風や砂地という過酷な環境に強い樹種として古くから海岸林づくりに使われてきた。根には菌根菌と呼ばれる菌類が共生しており、養分の乏しい砂地からもリン酸などの栄養を効率よく吸収できる。厚いクチクラ層に覆われた葉は塩分やしぶきによる乾燥ストレスに耐え、潮風が直接当たり続ける海側の最前線でも生育できる数少ない樹種だ。近縁のアカマツが内陸の山地に多く分布するのに対し、クロマツは沿岸部に特化して分布を広げてきたとされ、この違いが海岸林での使い分けの背景になっている。
クロマツの根は、地表近くに広く張る側根と、地中深くまで伸びる直根を併せ持つとされ、これが強風による転倒への抵抗力と、砂地の乾燥に対する耐性の両方を支えている。砂丘という不安定な地盤の上で育つ木にとって、根の張り方は防風・防砂機能そのものを左右する要素であり、密植によって互いの根が絡み合うことで、単木では得られない安定性を林全体として獲得していると考えられている。
成長の速さと材としての利用
クロマツは比較的短い年数で樹高を伸ばすため、植栽してから林として機能し始めるまでの期間が短く、早期に防風・飛砂防止の効果を発揮しやすい。かつては松材が建築材や燃料としても利用され、海岸集落の暮らしと一体の存在だった。松葉や落ち枝は燃料として集められ、樹脂は松脂として利用されるなど、防災機能だけでなく生活資源としての側面も持っていた。現在では建材としての利用は減ったものの、松原の景観そのものが観光資源となり、地域のアイデンティティを支える存在になっている。
静岡県の三保松原、佐賀県唐津市の虹の松原、福井県敦賀市の気比松原は「日本三大松原」として広く知られ、いずれも長い年月をかけて地域の人々が守り育ててきたクロマツ林だ。これらの松原は観光名所であると同時に、今も潮風や飛砂から後背地の集落・農地を守る現役の海岸林として機能しており、防災と景観・文化財としての価値が両立してきた点が、日本の海岸林の大きな特徴といえる。
三保松原は世界文化遺産「富士山」の構成資産の一つにも登録されており、富士山と松原、駿河湾を組み合わせた景観は古くから多くの絵画や文学作品にも描かれてきた。虹の松原は玄界灘に面した約4.5キロメートル・約216ヘクタールにわたる松林として知られ、気比松原は敦賀湾に面し、日本海側の海岸林の代表例として位置づけられている。いずれも共通しているのは、防風・防砂という実用的な機能を出発点としながら、その景観が地域の誇りへと育っていった点である。

こうした特性から、クロマツは全国の海岸林で今も主要な樹種であり続けている。一方で後述するように、単一樹種で構成される林は病害虫のリスクを抱えており、近年は樹種構成そのものを見直す動きも進んでいる。
クロマツの苗づくりも、海岸林の質を左右する重要な工程だ。採取した種子を苗畑で育て、数年かけて植栽できる大きさまで育成したうえで現地に移植する。地域ごとに気候や土壌条件が異なるため、可能な限りその地域で育った系統の種苗を使う「地域性種苗」の考え方が重視されており、遠方から持ち込んだ苗よりも、その土地の環境に適応した個体の方が定着率が高いとされている。
海岸林はどうやって作られるのか——砂丘造成から密植まで
前浜の保全と人工砂丘の造成
クロマツといえども、砂が絶えず移動する場所では根を張ることができない。そこで海岸林づくりは、まず海側に「前浜」と呼ばれる砂浜を保全し、その内陸側に静砂垣(せいさがき)と呼ばれる柵を設けて飛砂を捕捉し、人工的に砂丘を築くところから始まる。砂の移動が落ち着いてはじめて、クロマツなど耐潮性の樹種を植栽する。この砂丘は「前砂丘」と呼ばれ、林の根が育つための土台であると同時に、海からの風と飛砂を最初に受け止める緩衝帯としての役割も果たす。
静砂垣には、竹や木の枝を編んだものから、近年は耐久性のある資材を使ったものまでさまざまな種類がある。風上側に垣根を設けることで、その風下側に砂が堆積しやすくなる仕組みを利用しており、垣根の位置や高さを段階的に移動させながら砂丘を望む高さまで育てていく。この工程は一朝一夕には終わらず、地域や地形によっては砂丘の造成だけで数年から十数年を要することもある。
密植という知恵
海岸林では、通常の山林の植林よりもはるかに密にクロマツを植える。1ヘクタールあたり約1万本という植栽本数は、一般的な山地造林の約3倍にあたる。密に植えることで若木同士が互いに風を防ぎ合いながら育ち、林冠が早く閉じて防風・飛砂防止の効果を発揮しやすくなる。植栽の初期段階では、風当たりの強い海側に補助的な樹種を混ぜて風よけとし、その陰でクロマツの主林を育てる工法がとられることもある。成長とともに間引き(間伐)を行い、最終的に適正な密度の林へと育てていく。
| 工程 | 内容 |
|---|---|
| ①前浜の保全 | 海側の砂浜を維持し、波と風のエネルギーを最初に受け止める |
| ②静砂垣の設置 | 柵で飛砂を捕捉し、砂の移動を抑える |
| ③人工砂丘の造成 | 飛砂を積もらせ、林の土台となる砂丘を形成する |
| ④クロマツの密植 | 1ha当たり約1万本を目安に植栽し、早期の林冠形成を図る |
| ⑤保育・間伐 | 成長に応じて間引きを行い、健全な林へ育てる |
植栽後の数年間は、雑草に苗木が覆われて日照不足になったり、飛砂に埋もれたりするリスクが高く、下刈りや砂の除去といった保育作業が欠かせない。この時期の管理を怠ると、それまでの造成の努力が水泡に帰しかねないため、多くの地域で継続的な巡回・手入れの体制が組まれてきた。
この一連の工程は数年で完結するものではなく、林が防災機能を十分に発揮するまでには数十年単位の年月がかかる。江戸期から続く各地の松原の多くは、こうした地道な造成と保育を何世代にもわたって積み重ねた成果であり、一度失われると同じ姿を取り戻すのに長い時間を要することを、東日本大震災は改めて示すことになった。
現代の海岸林整備でも、この「時間のかかるインフラ」という性格は変わっていない。植栽から林として十分な密度・樹高に育つまでには数十年単位の時間が必要であり、短期的な成果だけを求めると質の低い林になりかねない。長期的な視点に立った計画と、世代を超えた維持管理の体制づくりが、海岸林づくりには欠かせない。
東日本大震災と海岸防災林——津波が明らかにした限界と教訓
被害の規模
2011年の東日本大震災に伴う津波は、青森県から千葉県にかけての太平洋沿岸に広がっていた海岸防災林に甚大な被害を与えた。被害面積は合計で約3,700ヘクタールにのぼり、なかでも宮城県は1,753ヘクタールと最も大きな被害を受けた。津波は林冠を越える高さで押し寄せ、多くのクロマツが根返りや流失によって失われた。仙台湾沿岸のように広い砂浜と平坦な後背地を持つ地域ほど津波の遡上距離が長くなり、海岸林の被害も広範囲に及んだ。
被害を受けたのは樹木そのものだけではない。林の土台となっていた砂丘が津波によって削られたり、逆に土砂で埋没したりした地域もあり、地形そのものが大きく変化した箇所では、以前と同じ場所に同じ工法で植林することが難しいケースもあった。このため震災後の再生事業では、被災前の姿を単純になぞるのではなく、現地の地形調査からやり直す必要に迫られた地域も少なくなかった。
被災した海岸防災林の復旧にあたっては、林野庁東北森林管理局の仙台森林管理署に2011年10月、専門の復旧対策室が設置され、地域住民や専門家の意見を聞きながら、被災状況の調査から設計・施工までを一貫して担う体制が組まれた。対象となった約164キロメートルの海岸防災林のうち、2021年3月末までに約145キロメートルで植栽が完了しており、事業は現在も継続的なモニタリングと保育の段階に移りつつある。
なぜ津波を止めきれなかったのか
研究機関の分析によれば、海岸林の津波への効果は林帯の幅や樹木の根の張り方に大きく左右される。林帯幅が狭い、あるいは砂丘の基盤が浅く根が十分に張れていなかった箇所では津波の流体力に耐えきれず倒伏・流失した木が多かった一方、林帯幅が広く根系が発達していた区間では内陸側での流速や漂流物量が減じられた例も報告されている。想定を超える規模の津波に対して、既存の海岸林の設計はそもそも想定していなかったという指摘もあり、震災前の海岸防災林は主に「日常的な高潮・強風・飛砂」への備えとして整備されてきた側面が強かった。
この教訓から、海岸防災林は津波を完全に「防ぐ」のではなく、エネルギーを弱め、到達時間を遅らせ、避難の時間を稼ぐ施設として再定義されることになった。あわせて、海岸林単体で津波に対抗するのではなく、防潮堤・避難路・土地利用規制などと組み合わせて被害を減らす「多重防御」という考え方が、その後の海岸防災林の再生事業全体を貫く方針として採用されている。

海岸防災林の役割の再定義
- 津波を完全に止める構造物ではなく、エネルギーを減衰させ避難時間を稼ぐ「粘り強い」施設として位置づけ直された
- 堤防など他の防災施設と組み合わせる「多重防御」の一部として整備が進められている
宮城県などの被災自治体では、震災直後から治山施設としての海岸防潮堤・海岸防災林の復旧状況を継続的に取りまとめて公表しており、被害面積や復旧の進捗を定点的に確認できるようになっている。こうした情報公開は、住民が復興の進み具合を把握し、行政と情報を共有しながら再生事業を進めるうえでも重要な役割を果たしてきた。
高田松原と「奇跡の一本松」——歴史をつなぐ再生の物語
江戸時代からの松原の歴史
岩手県陸前高田市の高田松原は、江戸時代の1667年から1673年にかけて、地元の豪商・菅野杢之助が仙台藩の協力を得て約6,200本のクロマツを植えたことに始まる海岸林で、高田・気仙川流域を潮害と飛砂から守るために造成された。その後の植林で規模を広げ、震災前には約2kmの砂浜に約7万本のマツが茂る「白砂青松」の景勝地として親しまれ、日本百景の一つにも数えられるなど、防災林でありながら地域の観光・文化の象徴でもあった。
松原はまた、地域の暮らしとも深く結びついていた。防風・防潮の機能を果たしながら、夏には海水浴客でにぎわう観光地として、また地元の子どもたちが遊び育つ身近な自然として、世代を超えて親しまれてきた。江戸時代の植林から震災までの340年あまり、松原は幾度も台風や高潮に耐えながら、地域の生活基盤の一部であり続けてきたのである。
奇跡の一本松が伝えるもの
2011年の津波はこの松原をほぼ壊滅させ、7万本のうち内陸側に立っていた1本だけが立ち残った。この木は「奇跡の一本松」として全国的な復興のシンボルとなったが、津波による塩水の冠水で根が傷み、2012年5月に枯死が確認された。陸前高田市はこの木を保存処理のうえモニュメントとして現地に残し、震災の記憶と復興への願いを後世に伝える震災遺構として位置づけている。一本の松が生き残り、そして力尽きるまでの経過は、海岸林が津波にどこまで耐えうるのかという問いを、多くの人にとって具体的なイメージで示すことになった。
4万本植樹による松原再生
高田松原では震災後、津波の教訓を踏まえた盛土・造成のうえで新たな植樹が進められ、目標とされた4万本の植樹が2021年5月に完了した。かつての姿そのままではなく、より強い基盤を備えた海岸林として再生が図られている。植樹には地元住民や全国からのボランティア、企業の支援も加わり、単なる公共事業としてだけでなく、震災の記憶を次世代に手渡す共同作業としての性格も持つ取り組みとなった。
再生後の高田松原周辺には、震災遺構である「奇跡の一本松」に加えて、津波の高さを伝える施設や復興のあゆみを紹介する道の駅なども整備され、防災学習と観光を兼ねたエリアとして位置づけられている。こうした震災遺構をめぐる観光や語り部活動については、海を活かした復興観光の記事でも紹介している。
進化する海岸防災林づくり——盛土・林帯幅・多重防御
盛土造成による根系の健全化
東日本大震災後、林野庁は海岸防災林の再生にあたって盛土等による生育基盤の造成を重視する方針を示した。津波で被災した多くの林では、地下水位が高く根が十分に深く張れていなかったことが倒伏の一因とされたため、盛土によって排水性を高め、根が健全に成長できる基盤をつくったうえで植栽する手法が標準化された。盛土には、津波堆積土や復興事業で発生した土砂を有効活用する取り組みも各地で行われ、災害廃棄物の処理と海岸林再生を同時に進める工夫もなされている。
盛土の高さや形状は、対象とする津波・高潮の規模、背後にある土地利用の状況、既存の防潮堤の高さなどを踏まえて地域ごとに設計される。単に土を盛るだけでなく、盛土の中に排水層を設けたり、締め固めの方法を工夫したりすることで、根が深く伸びやすい安定した地盤をつくることが重視されている。
林帯幅を広げる設計思想
林野庁の分析では、林帯幅を広くとるほどより規模の大きな津波に対して波力を減殺する効果が期待でき、内陸側に立つ樹木への波力も弱まるため、生き残る木が増え、林全体としての粘り強さも高まるとされる。仙台湾沿岸をはじめとする再生事業では、防潮堤・道路・海岸防災林を組み合わせた「多重防御」の考え方のもとで、林帯幅の確保が設計の柱の一つになっている。具体的には、海側から防潮堤、緩衝帯としての盛土と砂丘、そして幅の広いクロマツ林という順に配置し、それぞれの施設が異なる規模の災害に段階的に対応する構成が採用されている。堤防や避難計画と組み合わせたグリーンインフラの考え方は、高潮・沿岸浸水への適応策の記事でも詳しく解説している。

こうした設計の見直しは、東北の被災地だけにとどまらない。南海トラフ地震など将来の巨大地震・津波が想定される太平洋沿岸の各地でも、既存の海岸防災林の林帯幅や盛土の状況を点検し、必要に応じて補強・再造成を行う動きが広がっている。海岸林は一度整備すれば終わりではなく、地震や台風のたびに状態を確認し、手を入れ続けることで機能を維持する「生きたインフラ」であることが、震災後の各地の取り組みからも読み取れる。
再生事業には長い年月と多くの人手・資金が必要になるため、事業の進捗を地域住民に分かりやすく伝えることも重要な課題とされている。植栽から林として機能するまでの過程を写真や見学会で共有し、地域の合意形成を図りながら進めることが、事業の持続性を支えている。
また、再生された海岸防災林は完成後も定期的なモニタリングの対象となる。植栽木の活着率や成長の状況、盛土の沈下や侵食の有無などを継続的に確認し、必要に応じて補植や土工の手直しを行うことで、設計どおりの防災機能が発揮される林へと育て上げていく体制が各地の管理者によって整えられている。
マツ材線虫病との闘いと、これからの海岸林
マツクイムシ被害と抵抗性クロマツ
海岸林が直面するもう一つの課題が、マツノザイセンチュウ(松材線虫)とマツノマダラカミキリによる「マツ材線虫病」、いわゆるマツクイムシ被害だ。マツノマダラカミキリが線虫を運んで健全な松に感染させ、感染した木は水分の通り道がふさがれて短期間で枯死することもあり、全国の海岸林で被害が続いている。対策として、被害に強い性質を持つ個体を選び出し種苗として増やす「抵抗性クロマツ」の選抜・増殖と植栽が各地で進められているほか、被害木の早期発見・伐倒駆除や薬剤散布による予防も組み合わせて行われている。
抵抗性クロマツの開発には長い年月がかかる。各地の試験林で被害を受けにくい個体を選抜し、その種子や挿し木から苗を増やして再度試験を行うというサイクルを繰り返しながら、より抵抗性の高い系統を育成していく。防災機能を維持しながら病害虫リスクにも強い林へと少しずつ置き換えていく、息の長い取り組みだ。
広葉樹混植による多様性の確保
マツの単一林はマツ材線虫病が広がると一気に機能を失うリスクがあるため、近年の海岸防災林づくりでは、クロマツを主体としながらもタブノキやシャリンバイなど耐潮性のある広葉樹を混植し、樹種構成を多様化する「多機能多様性海岸防災林」の考え方が広がっている。単一樹種への依存を減らし、病害虫や気象害に対する林全体の粘り強さを高める狙いがある。広葉樹は根の張り方や落葉のタイミングがクロマツと異なるため、林床の環境が多様になり、結果として生物多様性の面でもプラスに働くと考えられている。
広葉樹の混植は、防災機能と生態系の両面で長期的な利点があると期待される一方、クロマツに比べて潮風や砂地への耐性で劣る種もあるため、どの樹種をどの位置に、どの程度の割合で植えるかは、地域の気象条件や地形を踏まえて慎重に検討されている。単純にクロマツを置き換えるのではなく、適材適所で組み合わせる設計が模索されている。
こうした樹種の多様化は、病害虫対策だけでなく、気候変動にともなう台風の強大化や降雨パターンの変化といった、将来の環境変化への備えという側面も持つ。特定の樹種だけに依存しない林づくりは、想定しきれないリスクに対する一種の保険として、長期的な海岸林の安定性を高めると考えられている。

私たちにできること——海岸林を支える市民参加
植樹ボランティアと企業CSR
海岸防災林の再生は、行政だけでなく市民や企業の参加によっても支えられている。震災後の海岸林再生では、全国の市民ボランティアや企業のCSR活動として、苗木の育成・植樹・下刈りなどに参加する取り組みが各地で継続されている。植栽後の松は数年間、下草刈りや潮風で運ばれるゴミの除去といった保育作業を欠かすと十分に育たないため、単発の植樹イベントだけでなく、継続的な手入れに関わる活動も重要な役割を果たしている。
遠方から一度だけ植樹に訪れるボランティアと、地元で継続的に手入れを担う住民や団体とでは、求められる役割が異なる。単発の植樹イベントは活動への関心を広げるきっかけとして重要だが、その後何年にもわたる下刈りや見回りを支えるのは、多くの場合、地域に根ざした団体や自治会である。持続可能な海岸林づくりには、この両方の担い手をどう組み合わせ、長く続く体制にしていくかという視点が欠かせない。
こうした活動は、被災地の海岸林再生にとどまらず、全国各地の松原で高齢化した地元管理者の手が回らなくなった作業を補う形でも広がりつつある。企業にとっては社会貢献活動の一環であると同時に、社員が防災や環境について学ぶ機会にもなっており、行政・NPO・企業・地域住民が連携する仕組みが各地で模索されている。
子ども向けの環境教育の一環として、地元の小中学校が近隣の海岸林で植樹や観察を行う例も各地で見られる。幼いころに自分の手で苗を植えた経験は、成長後にその森を「自分たちの海岸林」として意識するきっかけにもなり、長期的な担い手の育成という観点からも重要な取り組みとされている。
海岸林を訪ねる、知る
海岸林は普段何気なく通り過ぎてしまう存在だが、その足元には長い歳月をかけた造成の歴史と、震災を経て磨かれた防災設計が積み重なっている。高田松原や仙台湾沿岸などの再生地を訪ね、案内板や資料館で歩みを知ることも、海岸林への理解を深める一歩になる。サンゴ礁が果たす天然の防波堤としての役割と合わせて知ることで、海と陸の境界を守る自然の仕組みへの理解がより立体的になるはずだ。海岸林は、防災施設であると同時に地域の景観と暮らしの記憶を宿す森でもある。次に海辺を訪れる機会があれば、砂浜の内側に広がる松林にも、少しだけ目を向けてみてほしい。
海岸林について知り、関わる方法
- 地域の海岸防災林の再生事業やボランティア募集を、都道府県の森林部局や公益社団法人国土緑化推進機構などの情報で確認する
- 陸前高田市の高田松原など震災遺構を訪ね、歴史と教訓を学ぶ
- 海岸林の看板や案内板で、指定されている保安林の種類や整備の経緯を確認してみる
参考文献・出典
- 林野庁 – 保安林の種類別の指定目的
- 林野庁 – 今後における海岸防災林の再生について
- 林野庁 東北森林管理局 仙台森林管理署 – 仙台湾沿岸海岸防災林の再生―東日本大震災からの復旧事業のあゆみ
- 林野庁 – 令和2年度森林・林業白書 第5章 東日本大震災からの復興
- 宮城県 – 東日本大震災被害からの治山施設(海岸防潮堤・海岸防災林)の復旧状況について
- 陸前高田市 – 高田松原と奇跡の一本松
- 石川県 – よくわかる石川の森林・林業No.10 海岸林
- 公益社団法人国土緑化推進機構 – 海岸林の役割と再生の考え方
- 唐津市観光協会 – 虹の松原(全長約4.5km・面積約216ha、日本三大松原・特別名勝)
- つるが観光232 – 気比の松原(敦賀湾に面する日本三大松原の一つ、国の名勝)
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア