⚡ この記事の要点

世界の養殖はCO2排出の約0.49%を占め、その57%は餌の生産・輸送に由来する。昆虫・藻類飼料、AI給餌、陸上養殖の省エネ、再エネ活用、二枚貝・海藻など「餌のいらない養殖」まで、持続可能な養殖への転換をデータで整理する。

0.49%
人為的な温室効果ガス排出のうち世界の養殖業が占める割合(2017年推計)
57%
養殖の排出のうち、餌の原料生産・魚粉製造・配合・輸送が占める割合
0.7 t
二枚貝・海藻養殖1トンあたりのCO2換算排出量(魚類養殖より大幅に低い)

スーパーに並ぶサーモン、ブリ、マダイ、カキ。その多くはいまや「獲った魚」ではなく「育てた魚」だ。2022年、世界の養殖生産量は史上初めて漁船による漁獲量を上回った。人口増加と天然資源の限界を背景に、養殖は食料供給の主役へと変わりつつある。しかしその裏側では、餌の製造・輸送、設備を動かす電力、作業船の燃料といった形で温室効果ガスが排出されている。

英国の研究チームが2020年に発表した推計によれば、世界の養殖業は人為的な温室効果ガス排出の約0.49%を占め、その57%は餌に由来する。牛や豚と比べれば小さな数字だが、養殖の生産量はこれからも伸び続ける見込みで、「どう育てるか」が地球全体の排出を左右する時代に入っている。

この記事では、養殖のCO2がどこから出ているのかを数字で確かめたうえで、飼料の転換、海面養殖の現場の省エネ、陸上養殖の電力対策、二枚貝・海藻という低炭素な選択肢、そして国の戦略や国際認証の動きまでを整理する。養殖が海に与える環境負荷を扱った記事と合わせて読むと、養殖の課題と可能性の全体像がつかめるはずだ。

この記事で学べること

  • 世界と日本の養殖生産の現在地と、なぜ養殖に脱炭素が求められるのか
  • 養殖のCO2排出の6割近くが「餌」から出ている構造と、魚種による違い
  • 魚粉・大豆から昆虫・微細藻類へ、飼料の切り替えで排出を減らす研究と企業の動き
  • 海面養殖の現場でできる給餌の最適化と作業船・設備の電化・再エネ化
  • 陸上養殖(RAS)の電力の壁と、湧水・排熱・自家発電で省エネを進める手法
  • 二枚貝や海藻など「餌のいらない養殖」の強みと、過大評価してはいけない点

養殖はもう「漁業の脇役」ではない

国連食糧農業機関(FAO)が2024年6月に公表した「世界漁業・養殖業白書2024」によれば、2022年の世界の漁業・養殖業の総生産量は2億2,320万トンに達した。このうち養殖は1億3,090万トンで、海藻類を除いた魚介類だけでも9,440万トンにのぼる。これは魚介類生産全体の51%にあたり、養殖が漁船による漁獲(9,230万トン)を初めて上回った歴史的な年となった。

世界の養殖生産の9割はアジア

養殖生産の地域別内訳を見ると、アジアが全体の91.4%を占め、次いで中南米・カリブ海地域が3.3%、欧州が2.7%、アフリカが1.9%と続く。中国を筆頭に、インド、インドネシア、ベトナムなどでコイ科魚類やエビ、ティラピアの養殖が拡大してきた結果だ。世界の養殖の脱炭素を考えるとき、アジアの内水面養殖とエビ養殖を抜きには語れない理由がここにある。

養殖の伸びが止まらない理由

漁船による漁獲量は1980年代後半から世界全体でほぼ横ばいが続いている。海の資源には限りがあり、獲れる量はすでに天井に近い。一方で世界人口は増え続け、一人あたりの魚介類消費量も1960年代から倍以上に伸びた。その差を埋めてきたのが養殖だ。FAOは2032年に向けて養殖生産がさらに拡大すると見込んでおり、この伸びを「環境負荷を増やさずに」実現できるかどうかが、養殖の脱炭素化という課題の核心にある。

日本の海面養殖は年間80万トン

日本に目を向けると、農林水産省の「令和6年漁業・養殖業生産統計」では、2024年の海面養殖業の収獲量は80万1,200トンで、前年より5.9%減少した。品目別ではブリ類、マダイ、ギンザケといった魚類のほか、カキ類やホタテガイ、ノリ類やワカメ類といった貝藻類が主力を占める。世界と比べれば規模は小さいが、天然魚の漁獲が長期的に減るなかで、国内の水産物供給に占める養殖の存在感は年々大きくなっている。

区分生産量(2022年・世界)備考
養殖(魚介類)9,440万トン魚介類生産の51%。初めて漁獲を上回る
養殖(海藻類含む総量)1億3,090万トン海藻類は主に食用・工業用
漁船による漁獲9,230万トン海面8,100万トン・内水面1,130万トン
日本の海面養殖80万1,200トン(2024年)前年比5.9%減(農林水産省)
世界と日本の養殖生産の現在地。出典:FAO「世界漁業・養殖業白書2024」、農林水産省「令和6年漁業・養殖業生産統計」

なぜ「養殖の脱炭素」が問われるのか

養殖は、天然資源に頼らずにタンパク質を安定供給できる手段として期待されてきた。だが「育てる」という行為は、餌をつくり、運び、水を循環させ、酸素を送り、魚を出荷するという一連の工程を必要とし、それぞれにエネルギーが使われる。FAOは養殖の持続的な拡大を「ブルー・トランスフォーメーション」と呼んで後押しする一方で、環境負荷を抑えた生産への転換を各国に求めている。養殖が食料供給の主役になったからこそ、その温室効果ガスをどう減らすかが問われるようになった。

海に浮かぶ円形の養殖生け簀の上空から、餌を運ぶ作業船と岸の施設を見下ろしたイラスト
世界の養殖生産は2022年に漁獲を上回った。育てる工程の一つひとつにエネルギーが使われている

養殖のCO2はどこから出ているのか

養殖の温室効果ガスを世界規模で初めて体系的に推計したのが、英国スコットランド農業大学(SRUC)のマクラウド氏らが2020年に学術誌サイエンティフィック・リポーツに発表した研究だ。この研究は、主要な魚種グループと地域ごとに、実際に商業的に使われている配合飼料の組成をもとに排出量を積み上げた点に特徴がある。

世界全体では人為的排出の0.49%

推計によれば、2017年時点で世界の養殖業(水草類の養殖を除く)が排出した温室効果ガスは、人為的な排出全体のおよそ0.49%にあたる。これは世界の羊の生産に伴う排出と同程度の規模だという。牛の生産による排出と比べれば桁が一つ小さく、「魚は畜産より気候にやさしいタンパク質」といわれる根拠のひとつになっている。ただし養殖生産は今後も伸びる見通しで、何もしなければ排出も比例して増えることになる。

排出の57%は「餌」から出ている

同じ研究で最も注目されたのが、排出源の内訳だ。養殖の温室効果ガスのうち、飼料原料となる作物(大豆、トウモロコシ、小麦など)の生産だけで全体の39%を占める。ここに魚粉・魚油の製造、飼料工場での配合、そして飼料の輸送に伴う排出を加えると、餌に関わる排出は57%に達する。つまり養殖のCO2の6割近くは、魚が泳ぐ生け簀ではなく、餌をつくる畑や工場、運ぶトラックや船から出ているということだ。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

魚種によって排出の重さは大きく違う

魚種別に見ると、生産量と排出量の比率は一様ではない。コイ科魚類は世界の養殖生産の31%を占め、排出量でも31%と釣り合っている。一方で、エビ類は生産量の10%にすぎないのに排出量では21%を占める。池の底に堆積した有機物からメタンや一酸化二窒素が発生することや、養殖池の造成にともなうマングローブ林の消失といった要因が重なるためだ。対照的に、二枚貝類は生産量の21%を占めながら排出量は7%にとどまる。餌を与える必要がなく、海中のプランクトンを自分で濾しとって育つからである。

魚種グループ世界の養殖生産に占める割合排出量に占める割合
コイ科魚類31%31%
エビ類10%21%
二枚貝類21%7%
魚種グループ別の生産量と排出量の比率(2017年推計)。出典:MacLeod et al.(2020)Scientific Reports

CO2だけではない「池からの排出」

養殖の温室効果ガスというとCO2を思い浮かべがちだが、内水面の池やエビ池では、底に沈んだ残餌や糞が酸素の少ない泥の中で分解される過程でメタンが、窒素分の多い排水からは一酸化二窒素が発生する。いずれもCO2より温室効果の強いガスで、エビ類の排出比率が生産比率の2倍にのぼる一因になっている。近年は、池の底泥をこまめに除去したり、魚とエビ、二枚貝や海藻を同じ池で組み合わせて栄養を循環させたりすることで、池からのメタン排出を抑える研究がアジア各国で進んでいる。

養殖の排出を減らす3つの入り口

  • 餌:魚粉・大豆の比率を見直し、残餌を減らし、原料の輸送距離を短くする
  • エネルギー:ポンプ・ブロワー・冷暖房の電力を省エネ化し、再エネに切り替える
  • 魚種:餌のいらない二枚貝・海藻や、飼料効率の高い魚種の比重を高める

餌を変える:魚粉・大豆から昆虫・藻類へ

排出の6割近くを占める餌をどう変えるかは、養殖の脱炭素の中心課題だ。同時に、餌は経営の最大コストでもある。水産庁の「令和6年度水産白書」によれば、魚類養殖では餌代がコストの6割以上を占め、配合飼料の価格は円安やペルーでのアンチョベータ(カタクチイワシの一種)の減産などを受けて、2023年11月には1トンあたり約26万円まで上昇した。脱炭素と経営の安定は、餌の見直しという一点で重なっている。

魚粉依存を減らす「低魚粉飼料」

日本のブリやマダイの養殖では、長らく魚粉を主原料とする配合飼料が使われてきた。魚粉はペルーやチリで獲れる小型浮魚を原料とするため、遠く南米から運ばれてくる分だけ輸送の排出が乗り、漁獲量が天候に左右される不安定さも抱える。水産研究・教育機構などの研究では、ブリ用飼料で魚粉の配合率を30%まで下げ、大豆油粕やコーングルテンミールを組み合わせても、魚粉主体の飼料と成長成績がさほど変わらないことが報告されている。マダイでは濃縮大豆タンパク質などを使った無魚粉飼料で、稚魚の成長が魚粉・魚油飼料と同等だったという結果もある。

「魚で魚を育てる」割合を示すFIFO

飼料の持続可能性を測る指標に「FIFO(フィッシュ・イン・フィッシュ・アウト)」がある。養殖魚1kgを育てるのに、魚粉・魚油の原料として天然の小魚を何kg使ったかを示す比率で、この値が1を超えれば、育てた魚より多くの魚を海から取り出している計算になる。ブリやマグロのような肉食性の魚はもともとFIFOが高く、低魚粉化はこの数字を下げる取り組みでもある。天然の小魚を獲る漁船の燃料、魚粉工場の乾燥工程、南米から日本までの海上輸送と、魚粉に依存するほど排出の鎖は長くなるため、FIFOを下げることは資源保護と脱炭素の両方に効く。

国内の水産加工残さを飼料に戻す

輸入魚粉を減らすもう一つの道が、国内で発生する魚のアラを原料にした魚粉だ。水産加工場から出る頭・骨・内臓は、その多くがすでに魚粉工場へ運ばれて飼料や肥料の原料になっている。港の近くで発生した残さを近隣の工場で魚粉にし、近隣の養殖場で使えば、南米からの海上輸送に比べて輸送距離を桁違いに短くできる。水産加工残さを魚粉・魚油に変える取り組みは、フードロス対策であると同時に、飼料の脱炭素にも直結する地域循環の仕組みといえる。

大豆にも「森林破壊」という落とし穴

ただし魚粉を大豆に置き換えれば万事解決というわけではない。南米では大豆畑の拡大が森林や草原の転換につながってきた歴史があり、土地利用の変化に伴う排出を含めると、大豆タンパクの気候負荷は決して小さくない。ノルウェーのサーモン養殖業界が飼料中の南米産大豆タンパクの比率を下げ、より気候負荷の低い作物由来タンパクへ置き換えを進めているのは、この土地利用の問題を避けるためだ。「何を減らすか」だけでなく「何に置き換えるか」まで含めて考える必要がある。

昆虫と微細藻類で「無魚粉・無魚油」を実証

次の世代の原料として研究が進むのが昆虫と微細藻類だ。水産研究・教育機構は2024年4月、アメリカミズアブ(ブラックソルジャーフライ)の幼虫粉と、微細藻類オーランチオキトリウムの粉を主原料にした無魚粉・無魚油飼料で、マダイを魚粉飼料と遜色ない速度で成長させることに成功したと発表した。内閣府のムーンショット型研究開発制度の一環として行われた研究で、昆虫は食品残さなどを餌に短期間で増やすことができ、微細藻類は魚油に含まれるDHAなどの脂肪酸を自ら合成できる。魚を獲って魚を育てるという構図から抜け出す道筋を示した成果といえる。

国内企業の昆虫飼料への挑戦

企業の動きも出てきた。大日本印刷(DNP)は愛媛大学と共同で、養殖魚の餌となる昆虫(ミールワーム)の自動飼育装置の開発に着手し、国産の昆虫タンパクで魚粉を代替することを目指している。長崎大学発のベンチャーである株式会社Booonは、低コストで環境負荷の少ないミールワーム飼料原料を生産する装置「Worm Pod」の開発を進め、地元の養鶏農協と連携して完熟鶏糞を活用した実証にも取り組んでいる。いずれもまだ実証段階だが、餌の原料を「地域の中で回す」発想は、輸送に伴う排出を減らす意味でも理にかなっている。

飼料原料の主な選択肢と気候面での特徴

  • 魚粉・魚油:栄養価は高いが、南米からの輸送と漁獲変動というリスクを抱える
  • 大豆・トウモロコシ:安定供給できるが、森林転換を伴う産地では土地利用の排出が大きい
  • 昆虫(ミズアブ・ミールワーム):食品残さを餌に育ち、地域内で生産できる。量産技術が課題
  • 微細藻類:DHAなどを自ら合成でき、魚油の代替に有望。培養コストの低減が鍵
  • 水産加工残さ由来の魚粉:国内で出るアラを原料にすれば、輸送距離を大幅に短縮できる

海面養殖の現場でできること

餌の中身を変えるのと同じくらい効果があるのが、「餌を無駄にしない」ことだ。生け簀に撒いた餌のうち魚が食べきれなかった分は残餌として海底に沈み、排出を伴ってつくられた飼料がそのまま無駄になるだけでなく、海底の有機物を増やして水質悪化の原因にもなる。

AI給餌で残餌を減らす

近年、水中カメラとAIで魚の食欲を判定し、餌の量とタイミングを自動で調整する給餌機が普及し始めている。ウミトロン社の「UMITRON CELL」などのAI自動給餌機は、鹿児島県長島町のブリ養殖などで実際に運用され、スマートフォンから遠隔で給餌を管理できる。水産庁も「スマート水産業」の推進策のなかで、こうしたICTを活用した給餌・飼育管理システムの導入を後押ししている。残餌が減れば飼料費が下がり、飼料をつくるための排出も減る。スマート水産業の現状については別記事で詳しく紹介している。

飼料効率を1割上げれば排出も1割近く減る

養殖の現場で使われる指標に「飼料転換率(FCR)」がある。魚の体重を1kg増やすのに何kgの餌が必要かを示す数字で、値が小さいほど効率がよい。排出の6割近くが餌に由来する以上、FCRの改善はそのまま排出削減につながる。残餌をなくす給餌管理に加えて、魚の消化に合わせた飼料の粒径や成分の設計、水温や潮通しの良い漁場の選定、病気を防いで死亡率を下げる飼育管理といった、地道な生産技術の積み重ねが飼料効率を押し上げる。派手さはないが、養殖の脱炭素で最も確実な手段のひとつだ。

作業船と設備の電化

海面養殖では、餌や資材を生け簀まで運ぶ給餌船や作業船が毎日のように往復する。これらの多くはディーゼルエンジンで動いており、燃料の使用が排出の一部を占める。ノルウェーの研究機関SINTEFがサーモン養殖の気候負荷を分析した報告では、飼料の組成変更や流通経路の見直しと並んで、育成場の電化が主要な削減策のひとつとして挙げられている。日本でも、みどりの食料システム戦略のもとで漁船の電化・水素化技術の確立が検討課題となっており、養殖の作業船も同じ流れの中にある。漁船の低炭素化の取り組みは、養殖現場の船にも応用できる技術だ。

養殖生け簀の脇に浮かぶ自動給餌機と、水中カメラで魚の様子を映すタブレットを持つ作業者のイラスト
AI給餌機は魚の食欲を見ながら餌の量を調整し、残餌と飼料費、そして排出を同時に減らす

自家消費型の太陽光発電

陸上の飼料倉庫や加工場、ポンプ設備に太陽光発電を組み合わせる動きも広がっている。農林水産省は農山漁村における再生可能エネルギーの導入事例を公開しており、漁港や水産施設で発電した電力を自家消費する取り組みが各地で進む。とくに陸上養殖のように昼夜を問わず電力を使う施設では、発電した電力を売電せずにそのまま使える割合が高く、再エネ導入の効果が出やすい。

出荷後の流通も見落とせない

SINTEFの分析では、ノルウェー産養殖サーモンの排出量は、出荷時点(ファームゲート)で生きた魚1kgあたり3.8kg CO2換算だが、消費地までの輸送手段と距離によって可食部1kgあたり4.8kgから28kgまで大きく変動する。航空便でアジアまで運べば排出は跳ね上がり、船便や近隣市場への出荷なら抑えられる。養殖の脱炭素は、生け簀の外側にある水産物のコールドチェーンや輸送手段の選択とも切り離せない。

この構図は日本にも当てはまる。国内の養殖ブリやマダイを国内市場に出荷する場合と、氷詰めで航空便を使って海外へ輸出する場合とでは、同じ魚でも消費者の手元に届くまでの排出は何倍も変わる。輸出を伸ばす際に船便やコンテナ冷凍輸送を選べば、鮮度と引き換えに排出を大幅に抑えられる。産地から食卓までを一続きで見る視点が、養殖の脱炭素には欠かせない。

陸上養殖は「電力」との勝負

海を使わずに陸上の水槽で魚を育てる陸上養殖、とくに水を濾過して繰り返し使う閉鎖循環式(RAS)は、逃亡魚や海の富栄養化といった環境負荷が小さく、消費地の近くに建てられることから、持続可能な養殖の切り札として注目されてきた。日本経済新聞の報道によれば、国内の陸上養殖の届出件数は2026年1月1日時点で808件に達し、2024年度の出荷数量は6,907トンだった。

魚1kgに約7kWh、ポンプが電力の半分近く

一方で、陸上養殖には海面養殖にはない負荷がある。電力だ。RASでは水を循環させるポンプ、酸素を溶かし込む装置、水温を保つ冷暖房、濾過槽の洗浄などが24時間動き続ける。アトランティックサーモンのRASを対象にした研究では、魚1kgを生産するのに約7kWhの電力を要するとされ、ポンプ類だけで総エネルギーの45%前後、水温維持に3分の1程度が使われるという分析もある。中国でのサーモンRASを対象にしたライフサイクル評価では、化石燃料由来の電力を使った場合の排出量は魚1トンあたり7.01トンCO2換算で、海面の生け簀養殖(3.39トン)の2倍にのぼった。

養殖方式排出量(魚1トンあたり・CO2換算)主な排出源
海面の生け簀養殖(サーモン)約3.4トン飼料、作業船燃料
陸上RAS・化石電力(サーモン)約7.0トン飼料、ポンプ・冷暖房の電力
陸上RAS・再エネ電力電源構成しだいで大幅に低減飼料が中心に
サーモン養殖方式別の排出量比較(中国のRASを対象としたLCA研究による)。電源が化石燃料か再エネかで結果は大きく変わる

電源を変えれば結果は逆転する

この数字は「陸上養殖は環境に悪い」という意味ではない。排出の増加分のほとんどが電力に由来するため、電力を再生可能エネルギーに切り替えれば、海面養殖と同等かそれ以下に抑えられる可能性がある。スウェーデンで温水魚のRASを対象にしたライフサイクル評価では、再エネ比率の高い電源のもとでは大きなエネルギー面の不利なしに循環式養殖が成り立つと報告されている。陸上養殖の脱炭素は、設備の省エネと電源の脱炭素という2本立てで進めることになる。

陸上養殖の省エネ設計の勘所

  • ポンプの揚程を下げる:水槽と濾過槽の高低差を小さくし、水を持ち上げる距離を減らすだけで電力は大きく変わる
  • 配管の抵抗を減らす:太く短く曲がりの少ない配管、詰まりにくい濾材の選択で、同じ流量を少ない動力で回す
  • 水温を「つくらない」:地下水・湧水・温排水など、狙いの水温に近い水源を使えば冷暖房の電力を抑えられる
  • 熱を回収する:排水の熱を熱交換器で新しい水に移す、施設の断熱を高めるといった建築側の工夫
  • インバーター制御:魚の成長段階や時間帯に合わせてポンプやブロワーの回転数を落とし、常時フル稼働を避ける

こうした設計上の工夫を積み重ねた最新のRASでは、魚1kgあたりの電力消費を古い設計の施設より大幅に抑えた例も報告されている。陸上養殖は「電力を大量に使う」ことが宿命なのではなく、設計と電源の選び方で結果が何倍も変わる技術だと理解しておきたい。

富士山の湧水を使うサーモン養殖

国内の代表例が、静岡県小山町でノルウェー系企業のProximar Seafoodが運営する大規模なアトランティックサーモンの陸上養殖施設だ。富士山麓の地下水を全ての飼育水に使い、閉鎖循環式で育てたサーモンを「FUJI ATLANTIC SALMON」として丸紅を通じて販売している。2024年9月に初出荷し、2025年には年間1,338トンを供給、2026年の収穫見通しは3,500〜4,000トンとされ、最終的に5,300トン規模を目指す。国内で育てて陸路で届けるため、ノルウェーからの空輸に伴う排出を避けられるのが大きな特徴だ。地下水は年間を通じて水温が安定しているため、冷暖房に使う電力を抑えられる利点もある。

発電所の遊休地や排熱を活かす

電力会社が陸上養殖に参入する動きも出ている。発電所の遊休地に施設を建て、送電ロスの少ない電力や温排水を利用できれば、陸上養殖の弱点である電力コストと排出を同時に抑えられる。九州電力が福岡県の火力発電所の遊休地を活用してサーモンの陸上養殖に取り組んでいるのはその一例だ。水産研究・教育機構も陸上養殖の実証を通じて、水温管理やエネルギー効率の課題を整理してきた。工場の排熱や温泉熱、地下水といった「その土地にある熱と水」を組み合わせることが、陸上養殖の省エネの現実的な解になる。

「餌のいらない養殖」という選択肢

養殖の排出の6割近くが餌に由来するなら、そもそも餌を与えない養殖は最も強力な脱炭素の手段になる。二枚貝(カキ、ホタテ、ムール貝など)と海藻(ノリ、ワカメ、コンブなど)は、海中のプランクトンや栄養塩を取り込んで育つため、飼料をつくるための畑も工場も輸送も必要としない。

二枚貝・海藻は魚1トンあたり0.7トン

2021年に学術誌ネイチャーに掲載された「ブルーフード・アセスメント」の一連の研究では、23の魚種グループを対象に環境負荷を標準化して比較した結果、養殖された二枚貝と海藻が最も排出の少ない水産物で、生重量1トンあたりおよそ0.7トンCO2換算だった。同じ二枚貝でも、漁船で獲る場合は燃料を使うため1トンあたり3.4トンと、養殖の方が排出が少ない。日本の海面養殖の主力がカキ・ホタテ・ノリ・ワカメといった貝藻類であることを考えると、国内の養殖はすでに低炭素な品目を多く含んでいるといえる。

日本の海面養殖の主力は貝と海藻

日本の海面養殖80万トンの内訳を見ると、広島や宮城のカキ、北海道や青森のホタテ、有明海や瀬戸内のノリ、三陸のワカメといった貝藻類が大きな比重を占める。魚類養殖に比べて注目されにくいが、これらは餌を与えず、施設も筏やロープが中心で、動力の使用も収穫と加工が主体だ。日本の養殖はその生産構造からして、世界的に見ても低炭素な品目を多く含んでいる。震災からのカキ養殖の復興や、磯焼け対策と組み合わせた海藻養殖の拡大は、地域経済と気候の両面で意味のある投資といえる。

海中に吊るされたカキの養殖ロープと、隣で揺れるワカメの養殖ロープを水中から見上げたイラスト
餌を与えずに育つ二枚貝と海藻は、養殖のなかで最も排出の少ない品目だ

魚と貝・海藻を一緒に育てるIMTA

魚類養殖の排出を直接減らす手法として研究が進むのが、複合養殖(IMTA:統合的多栄養段階養殖)だ。魚の生け簀の周りに二枚貝や海藻を配置し、魚の排泄物や残餌に含まれる栄養を貝や海藻が吸収して育つ仕組みで、水質を保ちながら生け簀あたりの生産量を増やせる。2022年に学術誌バイオサイエンスに掲載された総説「気候にやさしいシーフード」は、海藻・二枚貝の養殖拡大や複合養殖を、海面養殖で排出を減らし炭素を取り込む有望な手段として位置づけている。海藻養殖が海の再生に果たす役割については別記事で詳しく扱っている。

「炭素を減らす養殖」と言い切れない理由

ただし、二枚貝や海藻の養殖を「CO2を吸収する事業」と単純に宣伝することには注意が必要だ。海藻は成長時にCO2を取り込むが、収穫して食べれば炭素は再び大気に戻る。二枚貝も殻の炭酸カルシウムに炭素を固定する一方で、殻をつくる過程で海水のCO2が放出されるため、系全体で見ると純粋な炭素除去とは言いにくいという分析が2026年にICES海洋科学ジャーナルに掲載されている。二枚貝・海藻養殖の強みは「排出がきわめて少ないタンパク質と食物繊維の供給源」である点にあり、その価値は過大な吸収量の主張に頼らなくても十分に大きい。

誇張しないためのチェックポイント

  • 「排出が少ない」と「炭素を除去する」は別の話。前者は確かだが後者は条件付き
  • 海藻の炭素は食べれば戻る。長期固定を主張するには深海への沈降など別の仕組みが必要
  • 二枚貝の殻づくりはCO2を放出する側面もあり、系全体の収支で評価する必要がある

国の戦略と国際認証はどう動いているか

養殖の脱炭素は、生産者の努力だけでなく、政策と市場の仕組みによっても動いている。国内では農林水産省の「みどりの食料システム戦略」、国際的には養殖の環境認証であるASC(水産養殖管理協議会)の飼料基準が、その方向を定めている。

みどりの食料システム戦略:2050年に飼料を全量転換

2021年に策定されたみどりの食料システム戦略は、2050年までに農林水産業のCO2ゼロエミッションを目指す国の方針だ。水産分野では、2050年までに養魚飼料の全量を環境負荷の少ない配合飼料に転換すること、ニホンウナギやクロマグロなどの養殖で人工種苗比率100%を実現することが掲げられている。天然の稚魚に頼らず、餌も持続可能な原料に切り替えた養殖体制をつくるという目標だ。さらに2040年までに漁船の電化・水素化に関する技術の確立を検討するとしており、養殖の作業船の脱炭素もこの延長線上にある。

目標年水産分野の主な目標養殖との関係
2030年漁獲量を2010年と同程度(444万トン)まで回復資源管理と養殖の両輪で供給を安定させる
2040年漁船の電化・水素化等の技術確立を検討給餌船・作業船の燃料転換につながる
2050年養魚飼料の全量を環境負荷の少ない配合飼料に転換魚粉依存からの脱却、昆虫・藻類など新原料の実用化
2050年ウナギ・クロマグロ等で人工種苗比率100%天然稚魚に頼らない持続可能な養殖体制
みどりの食料システム戦略の水産分野の主な目標。出典:水産庁「みどりの食料システム戦略と水産政策」

ASC飼料基準:森林破壊ゼロと排出量の報告

国際的な養殖認証ASCは、養殖場だけでなく飼料工場を対象にした「ASC飼料基準」を導入した。2025年10月31日以降、ASC認証を維持する養殖場はこの基準に適合した飼料を使うことが求められ、2025年12月に公表された改訂版(V1.2)は2026年2月2日から義務化された。基準では、飼料工場が大豆やパーム油などの植物原料を、森林破壊や土地転換のリスクが低いサプライチェーンから調達すること(もしくは期限付きの行動計画を公表すること)が求められ、2020年12月31日以降に森林などを転換した土地からの原料調達は認められない。さらに、エネルギー使用量と温室効果ガス排出量を算定して報告することも要件に含まれ、改訂版では重量按分と経済按分の両方の方法で排出データを報告することになった。ASC認証の仕組みそのものについては別記事を参照してほしい。

排出量の「見える化」が市場を動かす

認証や取引先からの要請を受けて、養殖魚1kgあたりの排出量を算定し公表する動きが広がれば、小売や外食は排出の少ない魚を選んで仕入れられるようになる。ノルウェーのサーモン業界がSINTEFに委託して19の削減策の効果を定量化したのも、輸出先の市場から気候負荷の説明を求められているからだ。日本の養殖業にとっても、輸出拡大を目指すなら排出量の算定と削減は避けて通れない条件になりつつある。

研究開発と補助制度の後押し

国も研究開発と設備投資の両面から転換を後押ししている。水産庁の「養殖業成長産業化技術開発事業」では、飼餌料コストの低減対策としてブリ類やマダイ向けの高効率飼料の開発が進められており、低魚粉化と飼料効率の改善が同時に追求されている。環境省は各年度の脱炭素化事業の一覧を公開し、事業者の省エネ設備や再エネ導入を支援する補助メニューを整理している。農林水産省も農山漁村での再生可能エネルギー導入事例を集めて公開しており、養殖施設への太陽光導入や自家消費の先行例を参照できる。制度は毎年変わるため、設備投資を検討する際はその年度の公募要領を確認したい。

養殖事業者が今日から始められること

  • 飼料の原料構成と産地を飼料メーカーに確認し、魚粉・大豆の比率と調達方針を把握する
  • 給餌記録から残餌率を推定し、AI給餌機や給餌方法の見直しで無駄を減らす
  • 電力・燃料の使用量を月単位で記録し、魚1kgあたりの排出量をざっくり算定してみる
  • 陸上施設の屋根や遊休地への太陽光導入を、自家消費率の高さを前提に試算する
  • ASCなど認証の飼料要件を確認し、取引先からの排出量開示要請に備える

食べる側にできること・これからの課題

養殖の脱炭素は、生産者だけの仕事ではない。何を選んで食べるかによって、消費者もその方向を後押しできる。

貝と海藻を食卓に増やす

最も手軽で効果の大きい選択が、二枚貝と海藻を食べる機会を増やすことだ。カキ、ホタテ、アサリ、ノリ、ワカメ、コンブは、養殖水産物のなかで最も排出の少ない品目であり、日本の食文化にはもともと深く根づいている。魚を減らす必要はないが、献立に貝と海藻の一品を足すだけで、食卓の排出はわずかながら確実に下がる。

産地と育て方を見る

同じサーモンでも、空輸された輸入品と、国内の陸上養殖や海面養殖で育てられたものでは、流通に伴う排出が大きく異なる。ASC認証のマークや、飼料の原料に昆虫や藻類を使っている旨の表示は、育て方を選ぶ手がかりになる。ラベルの情報は限られているが、産地表示を見る習慣を持つだけでも、選択の幅は広がる。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

食べ残さないことも脱炭素になる

忘れられがちだが、排出をかけて育てた魚を食べずに捨てれば、その分の排出はまるごと無駄になる。魚のアラをだしや煮付けに使う、賞味期限の近い切り身を選ぶ、皮や骨まで活用した加工品を選ぶといった行動は、養殖の排出を「1kgあたり」で薄める効果がある。FAOは世界の漁獲量の3割以上が収穫後に失われるか廃棄されていると推計しており、生産側の脱炭素と消費側のロス削減は、同じ問題の表と裏の関係にある。

残された課題

一方で、養殖の脱炭素には未解決の課題も多い。昆虫や微細藻類の飼料は量産技術とコストがまだ実用の壁を越えておらず、魚粉の代替が本格化するには時間がかかる。陸上養殖は再エネ電力があってこそ低炭素になるが、日本の電源構成はなお化石燃料の比率が高い。排出量の算定方法も統一されておらず、生産者ごとに数字の前提が異なると比較が難しい。さらにエビ養殖の池からのメタン排出やマングローブ林の転換といった問題は、日本が輸入するエビの産地であるアジア各国での取り組みなしには解決しない。

それでも養殖が答えになる理由

こうした課題があってもなお、養殖が今後の水産物供給の中心になることは動かない。天然資源には限りがあり、世界の人口は増え続ける。牛肉に比べれば桁違いに排出の少ない養殖魚、さらに餌のいらない貝や海藻は、気候と食料の両方の問題に応えられる数少ない選択肢だ。餌を変え、電力を変え、育てる品目を広げていくことで、養殖は「海の負荷」から「海からの解決策」へと変わっていく。その転換は、すでに静かに始まっている。

この記事のまとめ

  • 2022年、世界の養殖生産は初めて漁獲を上回った。養殖の脱炭素は食料システム全体の課題になっている
  • 世界の養殖の排出は人為的排出の約0.49%。その57%は餌の生産・製造・輸送に由来する
  • 昆虫・微細藻類・低魚粉飼料の研究が進み、無魚粉・無魚油でマダイを育てる実証も成功した
  • AI給餌による残餌削減、作業船の電化、自家消費型の太陽光が海面養殖の現実的な手段
  • 陸上養殖は魚1kgに約7kWhの電力を使う。電源の脱炭素と湧水・排熱の活用が鍵になる
  • 二枚貝・海藻は1トンあたり0.7トンと最も低炭素。ただし「炭素除去」と言い切るのは避ける
  • みどりの食料システム戦略は2050年に養魚飼料の全量転換、ASCは飼料基準で森林破壊ゼロと排出報告を要求

参考文献・出典

  1. FAO「The State of World Fisheries and Aquaculture 2024」 – 2022年の世界の養殖生産が漁獲を初めて上回ったことを示す統計
  2. MacLeod et al.(2020)「Quantifying greenhouse gas emissions from global aquaculture」Scientific Reports – 養殖の温室効果ガス排出が人為的排出の0.49%、うち餌が57%とする推計
  3. 農林水産省「令和6年漁業・養殖業生産統計」 – 2024年の海面養殖業収獲量80万1,200トン
  4. 水産庁「令和6年度水産白書」 – 魚類養殖の餌代がコストの6割以上を占めること、配合飼料価格の推移
  5. 水産庁「みどりの食料システム戦略と水産政策」 – 2050年の養魚飼料全量転換・人工種苗100%、2040年の漁船電化・水素化技術の検討
  6. 水産研究・教育機構「昆虫と微細藻類の配合による無魚粉・無魚油飼料でマダイをしっかり成長させることに成功」(2024年4月11日) – アメリカミズアブと微細藻類を主原料とした無魚粉・無魚油飼料の実証
  7. SINTEF「Reducing the climate footprint of the salmon farming industry」 – ノルウェー産養殖サーモンの排出量(ファームゲート3.8kg CO2e/kg)と19の削減策
  8. ASC「Feed Standard」 – ASC飼料基準の適用時期、森林破壊ゼロの調達要件、温室効果ガス排出量の報告要件
  9. Jones et al.(2022)「Climate-Friendly Seafood」BioScience – 海面養殖における排出削減と炭素取り込みの可能性、二枚貝・海藻養殖の位置づけ
  10. 丸紅「日本初の陸上養殖アトランティックサーモン『FUJI ATLANTIC SALMON』の販売開始について」 – 静岡県小山町のProximar Seafoodによる陸上養殖サーモンの概要

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