水族館の大水槽で、数万尾のイワシが一枚の布のようにうねりながら向きを変える光景を見たことがあるでしょうか。誰も号令をかけていないのに、群れ全体が数分の一秒で形を変え、ぶつかることもなく再び流れ出す。この動きは、個々の魚が「隣の数尾」だけを見て単純なルールに従っている結果として生まれます。リーダーも設計図もありません。
魚が群れる理由は、長いあいだ「敵から身を守るため」と説明されてきました。それは半分正しく、半分は説明不足です。近年の研究は、群れが捕食者の目と感覚をかく乱する装置であると同時に、泳ぐエネルギーを節約する装置でもあることを、代謝の直接計測というかたちで示しました。2024年に発表された実験では、8尾の群れで泳いだ魚は単独で泳いだ場合に比べ、移動にかかる総コストが最大53%低くなっていました。
この記事では、群れの定義から始め、捕食者対策・省エネという2つの利益、それを可能にする側線と視覚のセンサー、群れの形を決める3つのルール、そして日本のイワシ資源や漁業技術とのつながりまでを、一次情報にあたりながら順に見ていきます。読み終えるころには、水族館のイワシトルネードが「ただきれいな渦」ではなく、物理と感覚と生存戦略が重なった現象として見えてくるはずです。
この記事で学べること
- 「school(協調して泳ぐ群れ)」と「shoal(ゆるく集まる群れ)」の違いと、群れる魚・群れない魚の傾向
- 群れが捕食者から身を守る4つの仕組み(希釈効果・混乱効果・多くの目・利己的な群れ)
- 視覚と側線という2つのセンサーが、隣との距離と向きをどう分担して調整しているか
- 後ろの渦を使って泳ぐコストを下げる流体力学と、2024年に実測された省エネの数値
- 衝突回避・整列・接近という3つの単純ルールから、渦(ミリング)や整った隊列が生まれる理由
- 日本のマイワシ資源の大変動と、魚群探知機・水族館・ロボット研究への広がり
そもそも「群れ」とは何か——schoolとshoalの違い
「魚の群れ」と一口にいっても、動物行動学では性質の異なる2種類を区別します。英語では shoal(ショール) と school(スクール) と呼び分けます。日本語ではどちらも「群れ」と訳されてしまうため、この違いを知っておくと研究の話が一気に読みやすくなります。
ゆるい集まり(shoal)と、そろって泳ぐ群れ(school)
shoal は、同じ場所に社会的な理由で集まっている状態を指します。向きも速度もバラバラで、餌をついばんだり、その場に留まったりしている。一方 school は、個体どうしが向きと速度をそろえ、一定の間隔を保って泳ぐ状態を指します。水族館で見るイワシの整った流れは school、岩陰でふわふわ滞留している状態は shoal に近い、と考えるとイメージしやすいでしょう。
重要なのは、この2つが同じ魚のあいだで行き来する状態だという点です。捕食者が近づけば shoal は一瞬で school に切り替わり、危険が去れば再びゆるみます。群れは固定した「集団」ではなく、状況に応じて硬さを変える動的な構造なのです。
| 観点 | shoal(ゆるい集まり) | school(そろって泳ぐ群れ) |
|---|---|---|
| 向き | バラバラ | そろっている(高い極性) |
| 速度 | 個体ごとに異なる | ほぼ一致 |
| 間隔 | 不定・広め | 一定に保たれる |
| 主な場面 | 採餌・休息・滞留 | 移動・逃避・回遊 |
| 切り替わり | 捕食者接近でschoolへ | 危険が去るとshoalへ |
世界最大級の群れ——南アフリカのサーディンラン
群れの規模は、数尾から数億尾までじつに幅広いものです。なかでも有名なのが、南アフリカの東海岸で毎年5月から7月ごろに起きるサーディンランです。冷たい海水の帯に沿ってマイワシの仲間が北上し、その群れは長さ7km以上、幅1.5km、深さ30mに達することがあると報告されています。上空の飛行機から容易に確認できるほどの規模で、「地球最大の群れ(The Greatest Shoal on Earth)」とも呼ばれます。
この巨大な帯にはイルカ、サメ、カツオドリ、クジラが集まり、海面が沸き立つような捕食の光景が繰り広げられます。イルカの群れが協力してイワシを海面近くへ追い上げ、球状の塊(ベイトボール)に固めると、そこへ他の捕食者が次々と突入していく。群れが生む利益と、群れが招くリスクの両方が、もっとも劇的な形で現れる現場です。
群れる魚・群れない魚——暮らし方にヒントがある
群れをつくるのは、イワシ・アジ・サバ・ニシン・キビナゴのように体が小さく、開けた水中を泳ぎ、身を隠す場所がない魚に多く見られます。逆に、カサゴやハタのように岩礁の隙間に隠れて待ち伏せする魚、あるいはウツボのように単独の縄張りをもつ魚は、ふつう群れません。隠れ場所があるなら、わざわざ集まって目立つ必要がないからです。
- 強く群れる:マイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシ、マアジ、マサバ、キビナゴなど外洋・沿岸表層の小型魚
- 状況で群れる:ボラ、メジナ、イサキ、ブリの若魚など。幼魚期は群れ、成長すると分散する種も多い
- ほとんど群れない:カサゴ、ハタ類、ウツボ、アンコウなど、隠れ場所や待ち伏せに依存する魚
同じ種でも一生ずっと群れるとは限りません。多くの魚は幼魚期にもっとも強く群れ、体が大きくなると群れがゆるむ傾向を示します。小さいうちは捕食者が多く、群れの利益が大きいためです。大型の回遊魚も完全な単独とは限らず、たとえばクロマグロの大回遊では、同じサイズの個体が並んで泳ぐ集団が観察されています。

ここがポイント
- shoal=ゆるい集まり、school=向きと間隔がそろった群れ
- 両者は同じ個体群のあいだで行き来する動的な状態
- 隠れ場所のない開けた水中を泳ぐ小型魚ほど強く群れる
- 多くの魚は幼魚期にもっとも強く群れる
なぜ群れるのか①——捕食者から身を守る4つの仕組み
群れる最大の理由として長く議論されてきたのが、捕食者対策です。ただし「数が多いと安全」という一言では説明が足りません。研究者は少なくとも4つの異なる仕組みを区別しており、それぞれ働き方も、恩恵を受ける個体も違います。
① 希釈効果——確率としての安全
もっとも単純なのが希釈効果です。捕食者が1回の攻撃で1尾しか捕らえられないなら、100尾の群れにいる個体が狙われる確率は単純計算で100分の1になります。群れが大きいほど、自分が「その1尾」になる確率は下がる。行動そのものは何も変わらないのに、統計だけで安全性が上がるという、身も蓋もない仕組みです。
② 混乱効果——捕食者の脳が処理しきれなくなる
より積極的な効果が混乱効果(confusion effect)です。よく似た見た目の獲物が同じような動きで大量に視野を横切ると、捕食者は特定の1尾に狙いを定められなくなります。オオクチバスを使った実験では、単独のミノーはすぐに捕らえられたのに対し、獲物の群れサイズが大きくなるほど攻撃の失敗が増え、8尾以上の群れではほとんど捕獲できなくなったことが報告されています。
この効果はニューラルネットワークを使ったモデルでも再現されています。獲物が増えるほど捕食者の神経系における標的の空間表現が不正確になり、攻撃の空間誤差が大きくなる——つまり「狙ったつもりの位置」がずれていくのです。混乱効果は捕食者の知覚のボトルネックを突く戦略といえます。
近年は、混乱の対象が視覚だけではないことも指摘されています。多数の魚が同時に泳ぐと水中の音が重なり合って複雑になり、側線で感じる水流の手がかりも、電気感覚をもつ捕食者にとっての電気像もぼやけます。サメの電気感覚のような鋭敏なセンサーにとっても、群れは「情報の雑音源」として働きうるということです。
③ 多くの目——見張りの分業
多くの目仮説(many-eyes hypothesis)は、群れが大きいほど誰かが先に危険に気づく確率が上がる、という考え方です。結果として1尾あたりが警戒に割く時間は減り、その分を採餌に回せます。群れは「防御」だけでなく「効率よく食べる」ための仕組みでもある、という視点を与えてくれます。
④ 利己的な群れ——中心に行きたがる
利己的な群れ(selfish herd)は、少し身も蓋もない説明です。各個体は仲間を自分と捕食者のあいだに置こうとして、結果的に群れの中心へ向かおうとする。全員が同じことをすると集団は自然に密になります。イワシのベイトボールが押し合うように球状に密集するのは、この「中心に行きたい」圧力の現れと解釈できます。
ただし、これら4つの効果はすべて「捕食者が単独で狩る」場合に強く働きます。イルカのように複数で協力して群れを追い込む捕食者が相手だと事情は変わります。群れを海面や浅瀬に押しつけて逃げ道を奪い、球状に固めてしまえば、混乱効果も希釈効果も大幅に弱まるからです。群れの防御は万能ではなく、捕食者側の戦術との駆け引きのなかで成り立っています。
| 仕組み | 働き方 | 誰が得をするか |
|---|---|---|
| 希釈効果 | 狙われる確率が群れの大きさに応じて下がる | 群れの全員(統計的に) |
| 混乱効果 | 捕食者が標的を定められなくなる | 群れの全員 |
| 多くの目 | 誰かが早く気づき、警戒時間を減らせる | 群れの全員(採餌時間が増える) |
| 利己的な群れ | 仲間を盾にして中心に寄る | 中心にいる個体が有利 |

「奇異効果」——目立つ1尾は狙われる
混乱効果には裏返しがあります。群れの中に色や大きさ、動きが違う個体が1尾混じると、捕食者はその「奇異な1尾」に狙いを絞れてしまう(oddity effect)。群れが似た者どうしで構成されやすいのは、この不利を避けるためだと考えられています。
なぜ群れるのか②——泳ぐコストが下がる流体力学
捕食者対策と並ぶもう一つの大きな利益が、エネルギー節約です。自転車のロードレースで後続が前の選手の後ろに入って風を避けるのと同じことが、水中でも起きているのではないか——この仮説は50年以上前から提案されてきましたが、実際に代謝を測って確かめられたのは、ごく最近のことです。
ダイヤモンド編隊という古典的な仮説
1973年、流体力学者ダニエル・ヴァイス(Daniel Weihs)は、魚が尾を振って泳ぐと体の後ろに渦の列(後流)ができることに着目しました。真後ろにつくと向かってくる流れが速くなって損をしますが、前を泳ぐ2尾のちょうど中間に位置すると、両側の渦が生む後ろ向きの流れに乗れて得をする。この配置を繰り返すと群れは菱形(ダイヤモンド)の格子になります。ヴァイスは、位置の良し悪しによって受ける相対流速に最大で30%程度の差が生じうると計算しました。
ただし、この理論通りのきれいなダイヤモンド編隊が自然の群れで常に観察されるわけではありません。実際の群れはもっと乱れており、個体は絶えず位置を入れ替えます。近年の研究は「ダイヤモンドでなければ省エネできない」わけではなく、横並び・斜め後ろ・群れの内側など、複数の位置取りにそれぞれ異なる省エネ効果があることを示しています。群れの中央付近では流速が下がり、密集そのものが流れの盾になります。
2024年、代謝を直接測って確かめられた省エネ
決定的な証拠を出したのが、ヤンファン・チャン(Yangfan Zhang)とジョージ・ラウダー(George V. Lauder)による2024年の研究です。ジャイアントダニオ(Devario aequipinnatus)を用い、単独と8尾の群れで、幅広い遊泳速度(体長の0.3〜8.0倍毎秒)にわたって有酸素・無酸素の両方のエネルギー消費を直接計測しました。
結果は明快でした。群れで泳いだ魚は、単独の魚に比べて移動にかかる総コストが最大53%低く、尾びれの一振りあたりの総エネルギー支出は最大56%低い。さらに最大有酸素能力は44%高く、無酸素エネルギーの消費は65%少なく、運動後の回復も43%速いという結果でした。群れは「疲れにくく、回復も早い」体制をつくっていたのです。
荒れた流れの中でこそ、群れは効く
同じグループが2024年6月に発表した続報は、より現実に近い条件を扱いました。実際の海や川は静かな一様流ではなく、渦が入り乱れる乱流です。単独の魚は乱流の中で、穏やかな流れのときに比べて約261%も高いエネルギーコストを強いられました。ところが群れで泳ぐと、高速・高乱流の条件下で総エネルギー消費が63〜79%削減されました。
そのとき群れは、体積を41〜68%も縮めて密集していました。互いに寄り集まることで、外側の個体が乱流の渦を受け止め、内側の個体を保護する——群れが物理的なシェルターとして働いていたわけです。静かな水槽より、荒れた海でこそ群れの価値は大きくなります。
| 指標 | 群れ(8尾)で得られた効果 | 出典 |
|---|---|---|
| 移動の総コスト | 最大53%減 | eLife 2024 |
| 尾の一振りあたりの総エネルギー | 最大56%減 | eLife 2024 |
| 最大有酸素能力 | 44%増 | eLife 2024 |
| 運動後の回復時間 | 43%短縮 | eLife 2024 |
| 乱流下の総エネルギー消費 | 63〜79%減 | PLOS Biology 2024 |
| 乱流下の群れの体積 | 41〜68%縮小(密集) | PLOS Biology 2024 |

「速く泳ぐとき」ほど効果が大きい
省エネ効果は、ゆっくり泳いでいるときより高速域で顕著に表れます。長距離を移動する回遊や、捕食者から逃げる高速遊泳のように、エネルギーの制約が厳しい場面ほど群れが効いてくるということです。
群れを支える2つのセンサー——視覚と側線
ここまで見てきた利益はすべて、隣との距離と向きを正確に保てることが前提です。暗くなりかけた海の中で、数百尾が数センチの間隔を保ちながら同時に方向転換する——それを可能にしているのが、視覚と側線という2つのセンサーです。
側線とは何か——水の動きを「聞く」皮膚のセンサー
魚の体側を走る一本の線、あれが側線です。線に見えるのは、体表に並ぶ小さな孔の列。その内部や皮膚表面に、神経丘(ノイロマスト)と呼ばれる感覚器が並んでいます。神経丘はゼリー状の突起の中に感覚毛をもち、周囲の水が体に対して動くとその突起がしなり、神経が発火します。
側線が捉えるのは、水の流れの速度差・圧力変化・せん断応力です。つまり魚は、隣の魚が尾を振って生んだ水の動きを、体表全体で「触って」いることになります。視覚が届かない後方や、濁った水の中でも働くのが強みです。
目を塞いでも群れられる——1980年の古典的実験
側線の役割を鮮やかに示したのが、パートリッジ(B. L. Partridge)とピッチャー(T. J. Pitcher)による1980年の実験です。彼らはタラの仲間である Pollachius virens の目を覆って視覚を奪い、正常な20尾の群れに入れました。すると目の見えない個体も問題なく群れに加わり、長時間泳ぎ続けられたのです。行動にわずかな違いはあったものの、側線だけで群れを維持できることが示されました。
逆に、視覚と側線の両方を奪う——目を覆ったうえで側線を切断し、さらに抗生物質で頭部の神経丘まで失活させる——と、魚は群れ行動を行えなくなりました。2つのセンサーのどちらか一方があれば群れられるが、両方失うと群れは成立しない。これが基本的な役割分担の姿です。
距離は側線、向きは視覚——近年の再検証
近年の研究は、より細かい分業を明らかにしています。ジャイアントダニオを用いた2024年の実験では、後方側線系を失活させた魚も群れることはできましたが、隣との距離が近くなりすぎ、ときに衝突するようになりました。側線が「近づきすぎ」を知らせるブレーキとして働いていることがわかります。一方で明るさを落として視覚を制限すると、群れの向きのそろい方(極性)が乱れます。
- 視覚:隣の魚の位置と向きを広い範囲で把握し、群れ全体の方向をそろえる
- 側線:ごく近い距離での水の動きを感じ取り、間隔を保ち衝突を防ぐ
- 両者は補い合う:暗所や濁りでは側線の比重が上がり、遠距離では視覚が主役になる

側線は「水中版の触覚+聴覚」
- 体表の孔の列に神経丘が並び、水の動きを感知する
- 視覚が届かない後方・濁り水・夜間でも働く
- 側線を失うと隣に近づきすぎ、衝突が増える
- 視覚と側線の両方を失うと群れは成立しない
3つの単純ルールが、複雑な形を生む
群れ全体を統率する司令塔はいません。それでも数万尾がまとまって動けるのは、各個体が近くの数尾に対して単純なルールを適用しているだけだからです。この考え方は1980年代のコンピュータグラフィックス研究に始まり、いまでは魚の群れを説明する標準的な枠組みになっています。
斥力・整列・引力——3つの同心円
生物学者イアン・カズィン(Iain Couzin)らのモデルでは、各個体の周囲を3つの同心円の領域に分けます。もっとも内側が斥力域で、ここに他個体が入ったら離れる(衝突回避)。その外側が整列域で、そこにいる個体と向きをそろえる。さらに外側が引力域で、そこにいる個体に近づく。優先順位は明確で、衝突回避が常に最優先されます。
- 近すぎたら離れる(斥力)——ぶつからないための最優先ルール
- ほどよい距離なら向きをそろえる(整列)——群れの方向がまとまる
- 遠かったら近づく(引力)——群れがばらけるのを防ぐ
驚くべきは、このたった3つのルールから、実際の群れで観察される複数の異なる形が自然に生まれることです。パラメータ(とくに整列域の広さ)を変えていくと、群れの状態は連続的に移り変わります。
スウォーム、ミリング、整列——群れの4つの相
整列の効きが弱いと、群れはその場に留まってゆらゆらするスウォーム状態になります。整列を強めていくと、全個体が重心のまわりを同じ向きに回るミリング(トーラス/渦)が現れます。水族館の「イワシトルネード」がまさにこの状態です。さらに整列を強めると、全員が同じ方向に進む高度に整列した群れになります。
重要なのは、これらの状態が同じ個体ルールのまま共存しうる(多安定性)ことです。同じ群れが、外からの刺激や偶然のゆらぎをきっかけに、渦から直進へ、直進から渦へと比較的短時間で切り替わります。2024年には、閉じた水槽内の魚群でスウォーミング・整列遊泳・ミリング・旋回という4つの相が観察され、相転移として記述されています。
| 群れの状態 | 見え方 | 起きやすい場面 |
|---|---|---|
| スウォーム | その場でゆらゆら集まる | 採餌中・休息中 |
| ミリング(渦) | 重心のまわりを同じ向きに回る | 滞留するとき・水槽内 |
| 高度に整列 | 全員が同じ方向へ直進 | 移動・回遊・逃避 |
| 旋回 | 群れ全体が向きを変える | 障害物や捕食者への反応 |
情報はどう伝わるのか
端の1尾が捕食者に気づいて向きを変えると、その動きは隣へ、さらにその隣へと波のように伝わります。個々の反応は0.1秒に満たない速さで起こり、群れ全体としては非常に速く情報が走ることになります。誰も全体を見ていないのに、群れは「一斉に」反応したように見える。これが群れの応答の正体です。

群れにリーダーはいるのか
固定されたリーダーは基本的にいません。ただし、餌の場所を知っている個体や空腹の個体が積極的に動くと、周囲が追随して結果的に群れを導くことはあります。役割は状況次第で入れ替わる、流動的なものです。
日本の海の群れ——マイワシと資源の大変動
群れをつくる魚は、日本の食卓と漁業を長く支えてきました。なかでもマイワシは、数十年単位で資源量が桁違いに変動することで知られ、群れの生物学と海洋環境の関係を考えるうえで格好の題材です。
449万トンから10万トン割れへ——そしてまた
日本のマイワシ漁獲量は1970年代から増え続け、1988年に約449万トンという過去最高を記録しました。しかしそこを境に急落し、5年後の1993年には171万トンとおよそ3分の1に、2002年以降は10万トンを下回る水準まで落ち込みます。漁獲圧だけでは説明できないこの変動は、数十年規模の海洋環境の切り替わり(レジームシフト)と結びついていると考えられています。
近年、マイワシ太平洋系群は再び高い水準に戻りました。水産研究・教育機構による資源評価では、資源量・親魚量ともに回復した一方、新しく生まれて漁業対象になる量(加入)は近年減少傾向にあると指摘され、漁獲圧の調整が課題となっています。海水温上昇と漁業への影響とあわせて、群れをつくる浮魚類の資源管理は今後いっそう難しくなっていきます。
群れは「見つけやすい」——だから獲られやすい
群れには、捕食者対策と省エネという利益がある一方、はっきりした弱点もあります。広い海の中で個体が一箇所に集中するため、いったん見つかれば大量にまとめて捕獲されてしまうのです。まき網漁は、まさにこの性質を利用した漁法です。
自然界の捕食者は群れの一部しか食べられませんが、まき網は群れそのものを丸ごと囲みます。資源量が減っても群れが密であれば漁獲効率は下がりにくく、資源が減っていることに気づきにくいという厄介な性質も知られています。群れる魚の資源管理に、漁獲量だけでなく科学的な資源評価が不可欠なのはこのためです。
| 時期 | 日本のマイワシ漁獲量の目安 | 状況 |
|---|---|---|
| 1988年 | 約449万トン | 過去最高(ピーク) |
| 1993年 | 約171万トン | ピークの約3分の1へ急落 |
| 2002年以降 | 10万トン未満 | 低水準期が長く続く |
| 2010年代後半以降 | 回復傾向 | 資源量・親魚量が高い水準に戻る |

群れているから資源が豊かとは限らない
群れが密であれば、資源全体が減っていても漁獲量はしばらく落ちません。「今年もよく獲れた」が資源の健全さを意味しないことがあるため、漁獲実績とは別に、調査船や音響調査に基づく科学的な資源評価が必要になります。
群れを見る・測る技術——魚群探知機からロボットまで
海の中の群れは肉眼で追えません。そこで発達したのが、音で群れを捉える技術です。さらに近年は、群れの動きを解析する研究がロボット工学や自動運転へと広がっています。
超音波で群れを可視化する魚群探知機
魚群探知機は、船底から超音波を発射し、その反射(エコー)から水中の魚群の位置・大きさ・水深・海底の様子を知る装置です。魚のうきぶくろが音をよく反射するため、群れは画面上にはっきりした塊として映ります。漁業だけでなく、海底地形や潮境といった海洋条件の把握にも使われます。
資源量を「数える」計量魚群探知機
研究用に発展したのが計量魚群探知機です。反射の強さを較正して定量化し、群れの魚の量を推定します。複数の周波数(たとえば38kHzと120kHz)を組み合わせると、反射特性の違いから魚群とプランクトンの群れを区別したり、魚種をある程度見分けたりできます。調査船がこの装置で海域を航走し、資源量推定の基礎データを集めています。
近年は定置網の中に魚群探知機を設置し、入網状況をタブレットで確認してから出漁する、といったICT活用も進んでいます。無駄な出漁を減らし燃料と労力を節約する、群れの可視化技術の実用的な応用です。
群れのルールを機械に移植する
「衝突回避・整列・接近」という単純ルールで多数の個体を制御できるという発見は、工学の側からも注目されてきました。ドローンの編隊飛行、自律走行車の車間制御、ロボット群の協調制御——いずれも、中央の管制なしに多数の機体をぶつけずに動かすという同じ課題を抱えています。魚の群れは、その最も洗練された実例なのです。
また、魚型ロボットと本物の魚を同じ水槽で泳がせ、位置取りによる省エネ効果を検証する研究も進んでいます。将来的には、群れの省エネ原理を応用した編隊で航行する無人潜水機のような技術につながる可能性があります。

群れの科学が使われている場所
- 漁業:まき網・定置網の操業判断、燃料の節約
- 資源管理:計量魚群探知機による資源量推定
- 工学:ドローン編隊・自律走行車の車間制御・ロボット群制御
- 水中ロボット:省エネ編隊航行の研究
群れを楽しむ——水族館で観察するときの見どころ
ここまでの話は、実は水族館の大水槽の前で、ほとんどそのまま確かめられます。海の危機を知ることと同じくらい、海の生き物を面白がって眺めることは大切です。次に水族館へ行くとき、少しだけ見方を変えてみてください。
イワシの展示は日本各地にある
イワシの群れ展示は各地の水族館で人気の演目です。たとえばアクアマリンふくしま(福島県いわき市)の水量1,500トンの大水槽「潮目の海」では、マイワシをはじめとする黒潮流域の回遊魚が泳ぎ、飼育員が潜って給餌するフィーディングタイムでは、イワシが渦を巻くように飼育員のまわりを回る様子を見ることができます。名古屋港水族館の「マイワシトルネード」など、演出を工夫した展示も各地にあります。
観察のチェックポイント5つ
- 間隔は一定か——隣との距離がほぼ揃っていれば、側線と視覚が働いている証拠
- 向きはそろっているか——そろっていればschool、バラバラならshoalに近い状態
- 渦になっているか——ミリング状態。回る向きが途中で変わるかも観察してみる
- 波はどこから来たか——群れ全体の方向転換は、必ずどこか1点から波として伝わる
- 給餌のとき何が起きるか——群れが崩れ、個体行動に切り替わる瞬間が見られる
とくに面白いのが4番目です。群れが一斉に向きを変えたように見えても、よく観察すれば必ず「最初に動いた側」があります。その伝播を目で追えるようになると、群れが「一つの生き物」ではなく個体の連鎖反応であることが実感できます。
まだ分かっていないこと
群れの研究は完成していません。なぜ渦の回転方向が決まるのか、個体差(大胆な個体と臆病な個体)が群れ全体の意思決定にどう影響するのか、野外の巨大な群れで実験室と同じ省エネが起きているのか——測定の難しさから、未解決の問いが数多く残されています。水槽の前で「なぜ?」と思ったことは、たいてい研究者も同じことを考えています。

この記事のまとめ
- 群れにはshoal(ゆるい集まり)とschool(そろって泳ぐ群れ)があり、状況で行き来する
- 反捕食の効果は希釈・混乱・多くの目・利己的な群れの4つに整理できる
- 群れると移動コストが最大53%下がり、乱流下では総エネルギー消費が63〜79%減る
- 距離の維持は側線、向きの調整は視覚が主に担い、両方を失うと群れは成立しない
- 斥力・整列・引力という3つのルールから、渦や整列といった群れの形が自然に生まれる
- 群れは見つけやすく獲られやすいため、科学的な資源評価に基づく管理が欠かせない
参考文献・出典
- 水産研究・教育機構 – 令和7(2025)年度 マイワシ太平洋系群の資源評価
- 水産庁 – マイワシ(太平洋系群)資源評価の概要(2024年8月30日公開)
- eLife(2024) – Zhang Y, Lauder GV「Energy conservation by collective movement in schooling fish」群れの省エネを代謝計測で実証
- PLOS Biology(2024) – Zhang Y ほか「Collective movement of schooling fish reduces the costs of locomotion in turbulent conditions」乱流下の省エネ効果
- Journal of Experimental Biology(2024) – ジャイアントダニオにおける視覚と側線の役割分担の検証
- Journal of Comparative Physiology A(1980) – Partridge BL, Pitcher TJ「The sensory basis of fish schools: Relative roles of lateral line and vision」
- PLOS Computational Biology(2013) – Tunstrøm K ほか「Collective States, Multistability and Transitional Behavior in Schooling Fish」群れの多安定性
- PNAS(2024) – 「Collective phase transitions in confined fish schools」閉鎖水域における群れの相転移
- 化学と生物 34巻6号(1996) – 渡邊良朗(東京大学海洋研究所)「マイワシの漁獲量はなぜ激減したか?」
- アクアマリンふくしま – 展示ガイド「潮目の海」水量1,500トンの大水槽でマイワシの群れを展示
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