約64万トン
毎年海へ流出する幽霊漁具(放棄・逸失漁具)の推定量(FAO・UNEP)
46%
太平洋ごみベルトの重量に占める漁網・ロープ類の割合
2,000トン超
パタゴニアとBureoが回収・再生した廃棄漁網の累計量

浜辺を歩いていると、砂に半分埋もれた青いロープや、ぐしゃぐしゃに固まった漁網の切れ端を見かけることがあります。持ち主のいないその漁具は、じつは世界の海でいま最も深刻な「殺し屋」の一つです。海に流出する漁具由来のごみ――いわゆる幽霊漁具は、年間およそ64万トンにのぼると推定され、クジラやウミガメを何十年も無差別にからめ捕り続けます。

この問題に、アウトドアブランドのパタゴニアは「素材」で切り込みました。チリ発の企業Bureo(ブレオ)が開発し、パタゴニアが支援・採用する、廃棄された漁網を100%回収して糸やプラスチックに再生する素材――それがNetPlus(ネットプラス)です。硬いプラスチックは帽子のつばに、しなやかな繊維はダウンジャケットの生地に。海のごみだった漁網が、私たちが毎日身につけるものへと生まれ変わります。

この記事では、幽霊漁具問題の大きさから、NetPlusが漁網を製品に変えるまでの旅、トレーサビリティの仕組み、そして「再生素材は本当に海を救うのか」という正直な効果と限界まで、一次情報をもとにやさしく整理します。買い物というありふれた行為が、海とどうつながるのかを一緒に見ていきましょう。

この記事で学べること

  • 幽霊漁具(ゴーストギア)が海洋プラスチックごみの約1割を占め、海の生き物を無差別に傷つけ続けている問題であること
  • NetPlusが100%廃棄漁網由来で、どこから来たかを追える「トレーサブル」な再生素材であること
  • 同じ漁網でも、帽子のつば(硬いHDPE)とジャケットの生地(ナイロン繊維)では再生の仕組みがまったく違うこと
  • 回収の仕組みが漁業コミュニティの副収入になり、漁具が海に捨てられにくくなる好循環を生んでいること
  • 再生素材にも限界があり、長く使い、修理して手放さないことが最も環境負荷を下げる選択であること

幽霊漁具とは何か――海をさまよう「見えない殺し屋」

幽霊漁具(ゴーストギア)とは、放棄・逸失・投棄されて海に流出した漁網・ロープ・かご・釣り糸などの漁具のことです。英語の「ゴーストギア(ghost gear)」を直訳すれば「漁具の幽霊」。持ち主を失った漁具が、誰にも操られないまま海中をさまよい、獲物をからめ捕り続けるさまが、まさに幽霊のように見えることから名づけられました。

国連食糧農業機関(FAO)と国連環境計画(UNEP)の推計では、毎年およそ64万トンもの漁具が海に流出しているとされます。研究によっては年間50万〜100万トンという幅のある数字も示されており、いずれにせよ膨大な量です。そしてこの漁具由来のごみは、海洋プラスチックごみ全体のおよそ1割を占めると考えられています。64万トンという重さは、2階建てバス5万台分以上に相当するとも言われます。毎年それだけの量の「魚を捕る道具」が、誰にも管理されないまま海に加わっているのです。

なぜ漁具はこれほど大量に海へ流れ出るのでしょうか。原因は大きく3つに分けられます。時化(しけ)や事故でやむを得ず置き去りにされる「放棄」、荒天や海底の岩への根がかりで意図せず失われる「逸失」、そして破損した古い漁具が適切に処理されずに捨てられる「投棄」です。どれも悪意だけが原因ではなく、天候や事故、そして「古い漁網を安く処分できる場所がない」という構造的な事情が絡んでいます。だからこそ、罰則だけでは解決が難しく、回収の仕組みそのものを作り直す必要があるのです。

なぜ幽霊漁具はこれほど危険なのか

ペットボトルやレジ袋と違い、漁網はそもそも「生き物を捕まえるため」に設計された道具です。持ち主を失ってもその機能は失われません。むしろ回収されないまま海中を漂い、魚をからめ捕り、その死骸に誘われた大型の生き物がさらにからまる――という連鎖(ゴーストフィッシング)が延々と続きます。丈夫なナイロンやポリエチレンでできた網は、分解されるまでに数百年かかるともいわれ、一つの網が何十年も殺し続けるのです。しかも網は海中で少しずつ砕けてマイクロプラスチックにもなり、目に見えないかたちで生態系や、めぐりめぐって人間の食卓へと戻ってきます。

海中を漂う半透明の幽霊漁網に小魚がからまっている様子のイラスト
持ち主を失った網は、海中で獲物をからめ捕り続ける。これがゴーストフィッシングだ。

世界自然保護基金(WWF)によれば、海洋哺乳類のおよそ3分の2、海鳥の半数、そしてウミガメの全7種が、幽霊漁具によるからまりや誤飲の被害を受けているとされます。クジラ、アザラシ、ウミガメ、海鳥、サメ――網は相手を選びません。からまった生き物は泳げなくなり、餌が取れず、あるいは水面に上がれずに、ゆっくりと衰弱していきます。プラスチックによって毎年およそ10万頭もの海の生き物が絞められ、窒息し、傷つけられているという推計もあります。海の生き物がどのように暮らし、どんな脅威にさらされているかは、幽霊漁具の生態系への影響を扱った記事でも詳しく解説しています。

被害を受けるのは生き物だけではありません。海面を漂う網はスクリューに絡んで船を動けなくし、海底に沈んだ網は漁場を荒らして漁業者の収入を奪います。つまり幽霊漁具は、海の生態系・漁業・観光・そして安全のすべてを静かに削り取っていく、いわば「複合的な災害」なのです。目に見えにくく、加害者がはっきりしないぶん、対策が後回しにされやすいという厄介さもあります。

太平洋ごみベルトの正体

北太平洋に浮かぶ巨大なごみの集積地「太平洋ごみベルト(グレート・パシフィック・ガベージパッチ)」を調べた研究では、重量ベースでおよそ46%が漁網・ロープ・釣り糸などの漁具由来だったと報告されています。当初は2割程度と見られていたため、研究者にとっても予想外の高さでした。海のごみは、私たちが思うより「漁具」でできているのです。

被害を数字で見ると、その深刻さがより鮮明になります。太平洋ごみベルトの重量の46%が漁具由来という事実は、私たちが「海のごみ=ペットボトルやレジ袋」と思い込んでいたイメージを覆します。もちろん陸由来のプラスチックも大きな問題ですが、こと外洋を漂う大きなごみに限れば、その主役はまぎれもなく漁具なのです。海洋プラスチック対策を考えるとき、「使い捨て容器を減らす」だけでは片手落ちで、漁具の流出を止める視点が欠かせないことが、この数字からよく分かります。

日本にとっても他人事ではない

水産業が盛んな海洋国家・日本にとって、これは特に身近な問題です。日本の海岸に漂着したプラスチックごみのうち、漁具やブイなどの漁業系プラスチックが重量比で5〜6割を占めるというデータもあります。WWFジャパンは、海に放置された漁具の全国的な実態把握を環境省に要望するなど、対策の遅れに警鐘を鳴らしてきました。海のごみは遠い外国の話ではなく、私たちの食卓を支える漁場のすぐそばにある課題なのです。

  • 放棄(Abandoned):時化や事故でやむを得ず、あるいは意図的に置き去りにされる
  • 逸失(Lost):荒天や根がかりで、意図せず海中に失われる
  • 投棄(Discarded):破損した古い漁具が、適切な処理をされずに捨てられる

この頭文字をとって、国際的には幽霊漁具を「ALDFG(Abandoned, Lost or otherwise Discarded Fishing Gear)」と呼びます。少し難しい言葉ですが、要するに「わざと・うっかり・面倒だから」の三拍子で海に漁具が溜まっていく、ということです。そして一度海に出た漁具は、海流に乗って国境を越えて漂い、遠く離れた別の国の海岸や生態系にまで被害を及ぼします。だからこそ、幽霊漁具は一国だけでは解決できない、国際的な協力が欠かせない課題として位置づけられているのです。

NetPlusとは――廃棄漁網100%から生まれる再生素材

こうした幽霊漁具問題に、パタゴニアは「捨てられた漁網を、価値ある素材に変える」というアプローチで挑みました。それが、Bureo社が開発しパタゴニアが採用するNetPlus®(ネットプラス)です。NetPlusは、世界各地の漁業コミュニティから回収された使用済み漁網を100%原料とする、ポストコンシューマー(消費後)再生素材です。

ポイントは「100%」と「トレーサブル(追跡可能)」という2つの言葉にあります。ほかの再生素材が石油由来の新品プラスチックを一部混ぜることが多いのに対し、NetPlusは原料が漁網だけ。しかも、どの国のどんな漁のネットから来たのかを追跡できる仕組みを備えています。ごみを減らすだけでなく、新しく石油からプラスチックを作る必要も減らせる――二重の意味で環境負荷を下げる素材です。

この発想の背景には、パタゴニアという会社の姿勢があります。同社は早くから「新品の石油由来素材にできるだけ頼らない」ことを掲げ、ペットボトル再生ポリエステルなどを製品に取り入れてきました。NetPlusはその延長線上にありながら、原料を「陸のごみ」ではなく「海に流出しかけている漁具」に定めた点が新しいのです。海の問題の当事者である素材を選ぶことで、製品を売れば売るほど回収が進む、という循環を作ろうとしています。

回収された漁網が洗浄・裁断されペレット状の再生プラスチックになるまでの工程を示すフラット図解
回収 → 選別 → 洗浄 → 裁断 → 再生。漁網が素材に生まれ変わる基本の流れ。

「海のごみから作った」と聞くと、品質や見た目が劣るのではと身構える人もいるかもしれません。しかしNetPlus製品を実際に手に取ると、その心配はほとんど当てはまりません。色も風合いも新品素材のものと変わらず、むしろ言われなければ再生素材だと気づかないほどです。これは意図された設計でもあります。エコな製品が「我慢して使うもの」である限り、選ぶ人は増えません。品質でまず選ばれ、後から「実は海のごみからできている」と知って驚く――その順序こそが、環境配慮を特別なことではなく当たり前にしていく近道なのです。

「アップサイクル」ではなく「素材への再生」

海のごみを使った製品というと、網をそのまま加工したバッグのような「アップサイクル」を思い浮かべるかもしれません。NetPlusはそれとは一線を画します。漁網をいったんプラスチックの原料(ペレット)レベルまで戻し、そこから改めて糸やパーツを作る「素材への再生」だからです。だからこそ、帽子の硬いつばから、繊細なダウンジャケットの生地まで、まったく異なる製品に応用できます。

「そのまま加工」と「素材に戻す」では、品質の安定性が大きく変わります。網をそのまま使うと、色や強度にばらつきが出やすく、用途も限られがちです。いったんペレットに戻せば、品質を管理しながら糸の太さや生地の風合いをコントロールできます。手間もエネルギーもかかる方法ですが、そのぶん、毎日肌に触れる衣類や、何年も使うアウトドアギアに求められる耐久性を確保できるのです。海のごみを「妥協した素材」ではなく「選ばれる素材」に引き上げること――それがNetPlusの狙いです。

自社製品を超えて広がるNetPlus

NetPlusはパタゴニア製品だけでなく、Costa(サングラス)やFutures(サーフィンのフィン)といった他社製品、さらにはボードゲームの「ジェンガ」にも使われています。この広がりを担うのは、素材の開発元であるBureoです。海洋プラスチックを減らす取り組みは、リサイクル素材を暮らしのあらゆる場面に広げていく動きの一つでもあります。プラスチックとの付き合い方全体を見直す視点は、海洋プラスチックと漁具の問題ともつながっています。

こうして用途が広がることには、環境面での大きな意味があります。ある素材を回収して再生しても、それを使う製品が少なければ、集めた原料は行き場を失ってしまいます。逆に、キャップからサングラス、ゲームまで幅広い製品でNetPlusが使われるほど、より多くの漁網を回収する意味が生まれ、回収プログラムそのものを持続させる原資になります。「使い道を増やすこと」と「回収を増やすこと」は、片方だけでは回らない、表裏一体の関係にあるのです。素材の需要が回収を支えるという構図は、リサイクルを本当に機能させるうえで欠かせない視点です。

NetPlusが「効く」3つの理由

  • 海に流出する前の漁網を回収するため、幽霊漁具の発生そのものを予防できる
  • 新品(バージン)プラスチックの使用を減らし、製造時の石油消費とCO2排出を抑えられる
  • 漁業者に回収の対価が支払われ、漁具を適切に手放す経済的インセンティブが生まれる
観点一般的な海洋プラ製品NetPlus
原料回収プラの一部+新品プラ廃棄漁網100%
加工方法そのまま成形(アップサイクル)が多いペレットに戻して再生
追跡可能性不明なことが多い回収地・種類を追跡可能
用途の幅限定的硬質パーツから衣類生地まで
NetPlusと一般的な海洋プラスチック製品の違い(一般的な傾向の比較)。

漁網が製品になるまで――Bureoとの協働

NetPlusを支えているのが、Bureo(ブレオ)という会社です。米カリフォルニア州オックスナードとチリのタルカワノに拠点を置くBureoは、2013年にチリで最初の漁網回収プログラムを始めました。以来、世界の漁業コミュニティと直接手を組み、回収の仕組みを築いてきた「NetPlusの生みの親」です。

Bureoの回収プログラムは、いまやチリ、ペルー、アルゼンチン、エクアドル、メキシコ、アメリカ、セーシェル、そして日本の8か国に広がっています。累計で回収した使用済み漁網は約1,400万ポンド(およそ6,300トン超)にのぼります。パタゴニアとBureoの協働だけでも、2,000トンを超える廃棄漁網の回収・再生を支えてきました。

興味深いのは、Bureoがもともと「漁網からスケートボードを作る」という小さなプロジェクトから出発した点です。サーファーである創業者たちが、愛する海を汚す幽霊漁具に問題意識を持ち、まず身近なプロダクトで「網は価値になる」ことを示しました。その実績が信頼となり、パタゴニアのような大手ブランドとの協働、そして衣料生地への展開へと広がっていったのです。小さな成功体験を積み重ねて仕組みを大きくしていく――環境ビジネスが根づくうえで大切なプロセスがここにあります。

漁網が旅する5つのステップ

  1. 回収:役目を終えた漁網を、漁業者から直接、あるいは港の集積所で集める
  2. 選別:ナイロン、ポリエチレンなど素材の種類ごとに仕分ける
  3. 洗浄:塩分・砂・海藻・付着物を洗い落とし、素材だけの状態にする
  4. 裁断・梱包:細かく裁断し、扱いやすいベール(塊)にまとめる
  5. 再生:Bureoの再生パートナーが解重合などの処理で原料に戻し、ペレット化する

この5つのステップの中で、実は最も地道で重要なのが「洗浄」と「選別」です。海で使われた漁網には、砂や海藻、貝、油、そして塩分がびっしりと付着しています。これらを取り除かないと、再生した素材の品質は安定しません。また、一本の漁網にも複数の種類のプラスチックが混ざっていることが多く、それを人の手も使いながら丁寧に仕分ける必要があります。華やかに見える「海のごみからものづくり」の裏側には、こうした手間のかかる下ごしらえの工程が欠かせないのです。

南米の漁港で漁業者が使用済みの漁網を回収拠点へ運び入れている写真的イメージ
回収は漁港から始まる。漁業者の協力なしにNetPlusは成り立たない。

パタゴニアとBureoの取り組みが特別なのは、単発の寄付やキャンペーンではなく、10年以上にわたって続く「仕組み」として根づいている点です。一度きりの美談で終わらせず、毎年の回収量を積み上げ、対象国を少しずつ増やしてきた継続性こそが、2,000トン超という数字を生みました。環境問題の多くは、劇的な解決策よりも、地味な取り組みを長く続けられるかどうかで結果が変わります。派手さはなくとも着実に回り続けるこの仕組みは、他の企業や地域が真似できる「型」を示したという意味でも価値があります。

難しかったのは「糸にすること」

帽子の硬いつばのような部品を作るだけなら、漁網のプラスチックを溶かして成形すれば比較的簡単です。しかし、ダウンジャケットの生地のような「高品質な糸」を漁網から作るのは容易ではありませんでした。パタゴニアの素材開発チームは、サプライチェーンのパートナーと協力し、漁網のプラスチックを化学的に一度分解し、糸にできる純度まで戻す方法を確立しました。海のごみが、肌に触れる衣類の繊維になる――その裏には地道な技術開発があったのです。

この工程で使われるのが「解重合(かいじゅうごう)」と呼ばれる化学的な処理です。ナイロンのような合成繊維は、小さな分子(モノマー)が鎖のように長くつながってできています。解重合は、その鎖をいったんモノマーの単位までほどき、不純物を取り除いたうえで、もう一度きれいに繋ぎ直す技術です。こうすることで、色や強度がばらばらだった中古の漁網からでも、新品と遜色ない品質の糸を取り出せます。単に「溶かして固める」のではなく「分子レベルで作り直す」ことが、衣料への応用を可能にした鍵でした。

私たちは漁業コミュニティと直接働くことで、新品プラスチックに代わるより責任ある選択肢を提供しようとしている。

― Bureo(NetPlusの理念より・要約)

回収は8か国へ

Bureoの回収ネットワークはチリ・ペルー・アルゼンチン・エクアドル・メキシコ・アメリカ・セーシェル・日本の8か国に広がっています。それぞれの国で漁の種類も漁網の素材も異なるため、現地のコミュニティと丁寧に関係を築きながら、選別・洗浄の拠点を整えてきました。仕組みを「輸出」するのではなく、各地の事情に合わせて根づかせている点が特徴です。

帽子のつばとジャケット――同じ漁網でも仕組みが違う

NetPlus製品を語るうえで面白いのは、同じ「廃棄漁網」を原料にしながら、製品ごとに再生の仕組みがまったく異なる点です。カギを握るのは、漁網に使われている2種類のプラスチックの違いです。

帽子のつば=硬いHDPE

パタゴニアの帽子(キャップ)のつばは、100%ポストコンシューマー再生HDPE(高密度ポリエチレン)でできています。HDPEはペットボトルのキャップやまな板にも使われる、硬くて丈夫なプラスチックです。漁網の中でもロープや浮きに使われる部分がこれにあたります。硬い部品なので、溶かして型に流し込めば、つばのようなしっかりした形状を作れます。海のごみが、帽子の「かたち」を支える骨格になるわけです。

帽子のつばは、じつはNetPlusの応用として最初に軌道に乗った用途の一つでした。つばに求められるのは「適度な硬さ」と「型崩れしにくさ」で、これはHDPEが得意とする性質そのもの。糸のような繊細な品質管理を必要としないぶん、比較的早く製品化できたのです。普段何気なくかぶっているキャップのつばが、かつて南米の海で魚を捕っていたロープの再生品かもしれない――そう考えると、身近なアイテムと遠い海のつながりが少し実感できるのではないでしょうか。

再生HDPE製の帽子のつばと、しなやかな再生ナイロン生地のジャケットを並べた製品写真
硬いつばはHDPE、しなやかな生地はナイロン。用途で再生の仕方が変わる。

ジャケットの生地=しなやかなナイロン

一方、ダウンセーター(Down Sweater)などのジャケットの表地には、NetPlus 100%ポストコンシューマー再生ナイロンリップストップが使われています。これは南米の海岸で漁業者から集めた漁網を、繊維にまで再生した生地です。パタゴニアによれば、すでに約118トンの漁網がジャケットへと生まれ変わり、NetPlus再生ナイロンリップストップを使った製品は100品目を超えています。硬いプラスチックとしなやかな繊維、その両方を漁網から取り出せることが、NetPlusの応用範囲の広さを支えています。

「リップストップ」とは、生地に格子状の補強糸を織り込み、破れてもそれ以上広がりにくくした織り方のこと。軽さと丈夫さが求められるアウトドアウェアの定番構造です。海のごみから作った糸で、この高機能な生地を織り上げられるということは、NetPlusが「エコだけれど性能は妥協」という段階をすでに超えていることを意味します。実際、レビューでも防風性や軽さは新品素材のモデルと遜色ないと評価されており、環境性能と実用性が両立し始めているのです。

リップストップ生地の格子状の織り目を拡大したマクロ写真
格子状の補強糸が特徴のリップストップ。再生ナイロンでも高い強度を実現している。
製品例使われる素材元の漁網の部位イメージ
帽子のつば再生HDPE(硬質)ロープ・浮き・硬い部材
ダウンジャケット表地再生ナイロン繊維(しなやか)ナイロン製の網地
サングラス・フィン再生HDPE等硬い漁具パーツ
同じ漁網でも、素材の性質に応じて用途が分かれる。

つまりNetPlusは、一枚の漁網を「硬いプラスチック」と「しなやかな繊維」という二つの資源として、無駄なく使い切っているとも言えます。海のごみを一つ回収したとき、その一部は帽子の骨格に、別の一部は上着の生地にと、役割を分けて活かされる。こうした「素材の性質を見極めて適材適所に使う」発想は、限りある資源を大切にする循環型社会の考え方そのものです。ごみを減らすとは、単に捨てないことではなく、あるものを最後まで生かしきることでもあるのだと、NetPlusは教えてくれます。

豆知識:HDPEとナイロンはどう違う?

HDPE(高密度ポリエチレン)は硬く、水をはじき、成形しやすいプラスチック。ナイロンは強くて弾力があり、細く引き伸ばして糸にできる合成繊維です。漁網はこの2つを役割ごとに使い分けており、だからこそ再生後も、硬い部品と柔らかい生地という異なる製品に振り分けられるのです。

「どこから来たか」を追える――トレーサビリティの価値

NetPlusを特徴づけるもう一つのキーワードが、トレーサビリティ(追跡可能性)です。エコをうたう製品は世の中に数多くありますが、その原料が「本当に海のごみなのか」「どこで集められたのか」を証明できるものは多くありません。NetPlusは、回収した漁網がどの国のどの地域から来たのかを記録・管理し、素材の履歴を追える仕組みを持っています。

グリーンウォッシュを避けるために

なぜこれが大切なのでしょうか。理由は、環境をうたう表示が実態を伴わない「グリーンウォッシュ(見せかけのエコ)」への警戒が世界的に高まっているからです。原料の出どころを追えるということは、その主張をデータで裏づけられるということ。消費者は「海のごみを減らした」というストーリーを、雰囲気ではなく事実として受け取れます。

実際、「オーシャンプラスチック」「海洋ごみ由来」とうたう製品の中には、実際には海岸に流れ着く前の陸のごみを使っていたり、再生原料の割合がごくわずかだったりするものも少なくありません。悪意がなくても、原料の流れが不透明だと、消費者は真偽を確かめようがないのです。NetPlusのように「100%漁網」「どこで回収したか記録済み」と明言できることは、それ自体がブランドの誠実さを示す指標になります。エコを名乗ることのハードルを、あえて自ら上げているとも言えるでしょう。

回収拠点から工場、製品までを線でつなぎ原料の履歴を追跡する様子を示した世界地図風のフラット図解
回収地から製品まで履歴をたどれる。それがNetPlusの「トレーサブル」の意味だ。

漁業コミュニティへの還元という仕組み

トレーサビリティは、漁業コミュニティへの利益還元とも結びついています。Bureoの回収プログラムは「インセンティブ型」で、集めた漁網に対して漁業者へ直接対価が支払われるか、地域の環境NPOへの寄付が行われます。つまり、漁網を海に捨てるより、回収拠点へ持ち込むほうが得になる仕組みです。

これは幽霊漁具問題の根っこにある「捨てるほうが楽で安い」という構造を、経済的に逆転させる試みだといえます。ごみを減らすと同時に、沿岸で暮らす人々の副収入を生む――環境と暮らしを両立させる発想は、干潟や藻場を守りながら地域も潤すブルーカーボン生態系の考え方とも通じ合います。

こうした「地域と一緒に守る」仕組みは、規制で人々の行動を縛るよりも長続きしやすいと考えられています。禁止や罰則だけでは、監視の目が届かない場所で漁具はまた捨てられてしまいます。しかし「持ち込めば収入になる」なら、漁業者自身が進んで漁具を集めるようになります。環境保全を「我慢」ではなく「メリット」に変える設計――これは沿岸の自然を守るさまざまな取り組みに共通する、大切な発想です。海の恵みと暮らしのつながりについては、海水温上昇と漁業の記事も合わせて読むと理解が深まります。

近年は、こうした「原料の履歴を証明する」動きが世界全体の潮流になりつつあります。EUをはじめ各国で、環境をうたう表示に根拠を求める規制の整備が進み、あいまいなエコ広告は許されにくくなってきました。トレーサビリティは、単なる企業の善意ではなく、これからのものづくりの標準になっていく可能性が高いのです。NetPlusのような先行事例は、その未来の基準を先取りしていると見ることもできます。買う側の私たちも、「なんとなく環境に良さそう」ではなく「どこから来た素材か」を問う目を持つことが、産業全体を良い方向へ動かす力になります。

トレーサビリティが生む3つの信頼

  • 消費者への信頼:エコ表示が事実に裏づけられ、グリーンウォッシュを避けられる
  • 漁業者への信頼:回収した量に応じて正当な対価が支払われる
  • 海への信頼:回収実績が数字で公開され、効果を検証できる

本当に海を守れるのか――NetPlusの効果と限界

ここまで前向きな面を紹介してきましたが、正直に「限界」も見ておく必要があります。再生素材はまるで魔法のように海をきれいにしてくれるわけではありません。NetPlusにできること、できないことを冷静に整理しましょう。

できること――発生を「予防」する

NetPlusの最大の意義は、すでに海を漂うごみを回収するというより、漁網が海に流出する前に回収し、幽霊漁具の発生そのものを予防する点にあります。役目を終えた漁網が確実に回収ルートに乗れば、それがいつか幽霊漁具になる可能性を断てます。パタゴニアとBureoの協働で2,000トンを超える漁網が海行きを免れたことは、着実な成果です。海に流れ出てしまったごみを回収するのは、広大な海のどこにあるか分からないものを探す作業で、途方もない手間がかかります。それに比べれば、港で確実に集めるほうがはるかに効率的で、確実なのです。

海に流出する前の漁網を回収することで幽霊漁具の発生を防ぐ流れを示した対比イラスト
NetPlusの核心は「掃除」より「予防」。海に出る前にルートへ乗せる。

限界――回収できるのはごく一部

一方で、年間64万トンという流出量に対して、これまでの累計回収量は世界全体でも数千トン規模です。回収プログラムが届く沿岸はまだ限られ、すでに沖合を漂う膨大な幽霊漁具を集めることは容易ではありません。また、再生にも洗浄・裁断・化学処理といった工程でエネルギーがかかります。再生素材は「新品を作るより良い選択」ではあっても、「無害」ではないのです。

さらに根本的な課題として、漁網の流出を減らすには「漁の現場」そのものを変える必要があります。破れにくい漁具の開発、漁具への識別マーキング(誰の網かを分かるようにする)、失った漁具の届け出制度、そして安価に処分できる回収拠点の整備――こうした仕組みが各国で整って初めて、流出量は本当に減っていきます。NetPlusのような素材ビジネスは、その大きな絵の中の重要な一枚ではありますが、一社や一つの製品だけで解決できる問題ではありません。国際的なルールづくりと、私たち消費者の選択が組み合わさって、はじめて前に進むのです。

誤解しないために

「NetPlus製品を買えば海がきれいになる」というのは言いすぎです。より正確には、「新品プラスチックの服を買う代わりにNetPlus製品を選べば、海に出るかもしれなかった漁網を一つルートに乗せ、石油の使用を少し減らせる」ということ。小さな一歩を、たくさんの人が踏むことに意味があります。

そして忘れてはならないのが、どんな再生素材も「新しく物を作る」ことに変わりはないという点です。環境負荷を最も減らす選択は、じつは新品を買わずに今持っているものを長く使うこと。海の環境問題は漁具だけでなく、水温上昇による漁場の変化とも複雑に絡み合っており、海水温の上昇と漁業への影響のような大きな流れも合わせて理解しておきたいところです。

とはいえ、限界があるからといってこうした取り組みを否定するのは早計です。完璧な解決策が現れるのを待っている間にも、漁網は海に流れ続けます。大切なのは「これだけで海は救われる」と過大評価もせず、「どうせ焼け石に水」と過小評価もせず、できることを積み上げていく姿勢です。NetPlusは、企業が本業(ものづくり)を通じて環境問題に関われることを示した好例であり、その仕組みが他社にも広がっていくことにこそ、いちばんの価値があるのかもしれません。

私たちにできること――買い方と暮らしの工夫

では、この記事を読んだ私たちには何ができるでしょうか。NetPlusのような取り組みを「応援する」ことも大切ですが、それ以上に、日々の選び方を少し変えることに大きな力があります。

買うときの3つの視点

  • 素材表示を見る:再生素材か、原料の出どころが明記されているか(トレーサビリティ)を確認する
  • 長く使えるかで選ぶ:修理保証やアフターサービスがあるか。すぐ買い替えない前提で選ぶ
  • 本当に必要か問い直す:一番エコなのは「買わない」選択。今あるもので足りないかを先に考える
リサイクル素材の衣類のタグを手に取って素材表示を確認している人の手元の写真
タグを一度めくってみる。素材と出どころを知ることが第一歩だ。

「本当に必要か問い直す」という視点は、少し地味に聞こえるかもしれません。けれど、どんなに優れた再生素材でも、作る以上は資源とエネルギーを消費します。だから、最も環境負荷の小さい一着とは「買わずに済んだ一着」なのです。とはいえ、必要なものを我慢し続けるのは現実的ではありません。だからこそ、どうしても必要なときには、出どころの分かる再生素材や、長く使える丈夫な製品を選ぶ。この「減らす」と「賢く選ぶ」の二段構えが、無理なく続けられる現実的なエコの形だと言えます。

使い終わった後まで考える

漁網の問題が教えてくれるのは、「作る」より「捨てる」ときのほうが環境への影響が大きくなりうる、ということです。私たちの服や道具も同じ。着なくなった服はごみ箱に直行させず、古着回収やリサイクルに回す。壊れたら修理する。手放すときのルートを持っておくことが、次の幽霊漁具ならぬ「幽霊ごみ」を生まない工夫になります。

パタゴニアが「Worn Wear(ウォーン・ウェア)」という中古品の買い取り・修理・再販の仕組みを持っているのも、同じ思想の表れです。良い素材で作り、壊れたら直し、要らなくなったら次の人へ回す。この「循環」が回るほど、新しく物を作る量は減り、海に流れ込むごみの総量も抑えられます。NetPlusで「入口」のごみを減らすだけでなく、「出口」で製品を長く生かす――その両輪がそろって、はじめて本当の意味で資源が循環します。

食品ロスやプラスチックごみを減らす暮らしの工夫は、海の健康と地続きです。海のごみは陸の暮らしから生まれ、めぐりめぐって海の生き物や、やがて食卓の魚へと返ってきます。日々の小さな選択が海とつながっているという感覚は、サンゴの白化のような一見遠い現象――サンゴ白化のメカニズム――を考えるときにも、きっと役立つはずです。

今日からできるアクション

  • 手持ちの服や道具を「あと1年長く使う」と決める(一番のエコは長く使うこと)
  • 次に買うときは、素材表示と原料の出どころ(トレーサビリティ)を1回だけ確認する
  • 壊れたらまず修理を検討し、手放すときは古着回収やリサイクルのルートを使う
  • 海辺に行ったら、絡まったロープや漁網を見つけたら(安全な範囲で)ごみとして回収する

まとめ――買い物が海とつながっている

幽霊漁具は、年間約64万トンという途方もない規模で海に流れ込み、生き物を無差別に傷つけ続ける「見えない殺し屋」です。パタゴニアのNetPlusは、その漁網を海に出る前に回収し、100%再生素材として帽子のつばやジャケットに生まれ変わらせる取り組みでした。硬いHDPEとしなやかなナイロン、トレーサビリティ、漁業コミュニティへの還元――そこには、ごみを価値に変えるための地道な工夫が詰まっています。

同時に、再生素材は万能ではありません。回収できるのはまだごく一部で、再生にもエネルギーがかかります。だからこそ、最も大切なのは「長く使い、簡単に手放さない」こと。そのうえで買うなら、出どころの分かる素材を選ぶ。その小さな選択の積み重ねが、海と私たちの暮らしをつなぎ直していきます。

海のごみは、遠い外国や特別な誰かが生み出しているものではありません。陸で暮らす私たち一人ひとりの「作る・使う・捨てる」の延長線上にあり、めぐりめぐって海の生き物や、やがて食卓の魚へと返ってきます。NetPlusという一つの素材の物語は、そのつながりを目に見えるかたちで教えてくれました。次に帽子やジャケットを手に取るとき、そのタグの向こうに広がる海のことを、ほんの少しだけ思い出してもらえたら――この記事の役目は果たせたことになります。

青く澄んだ海と、そこで泳ぐウミガメの穏やかな写真的イメージ
網のない海を、生き物が自由に泳げるように。選択の一つひとつが未来をつくる。

この記事のまとめ

  • 幽霊漁具は年間約64万トン海へ流出し、海洋プラスチックごみの約1割、太平洋ごみベルトの重量の46%を占める
  • NetPlusは廃棄漁網100%・トレーサブルな再生素材で、帽子のつば(HDPE)とジャケット(ナイロン)で仕組みが異なる
  • Bureoがチリなど8か国で回収を担い、漁業者への対価が漁具を海に捨てない好循環を生んでいる
  • パタゴニアとBureoの協働で2,000トン超の漁網を回収・再生。ただし全体の流出量に比べればまだ一部
  • 最もエコなのは長く使うこと。買うなら出どころの分かる素材を選ぶ小さな選択が、海の未来を左右する

参考文献・出典

  1. 国連食糧農業機関(FAO) – The State of World Fisheries and Aquaculture 2022(世界漁業・養殖業白書)
  2. 国連環境計画(UNEP) – Abandoned, lost or otherwise discarded fishing gear(2009年FAO/UNEP共同報告書。年間約64万トン推計の原典)
  3. 世界自然保護基金(WWF) – Ghost Fishing Gear: Ocean's Silent Killer(幽霊漁具に関する解説)
  4. WWFジャパン – 深刻な海洋プラスチック問題の原因「ゴーストギア」を無くそう
  5. Patagonia(パタゴニア) – NetPlus® Recycled Fishing Nets(NetPlus素材の公式解説)
  6. Bureo – How It Works / NetPlus® Supply Chain(回収から再生までの仕組み)
  7. National Geographic – Great Pacific Garbage Patch Is Bigger and Mostly Made of Fishing Gear(太平洋ごみベルトの組成)
  8. Greenpeace – Ghost Gear: The Abandoned Fishing Nets Haunting Our Oceans(幽霊漁具に関する報告書)

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