スーパーの鮮魚コーナーに並ぶ刺身、冷凍庫のエビやイカ、回転寿司のネタ。どれも、水揚げされた瞬間から私たちの口に入るまで、一度もぬるくならないよう冷やし続けられている。この「途切れない低温の鎖」をコールドチェーンと呼ぶ。鮮度と食の安全を支える縁の下の力持ちだが、その裏側では想像以上の電力が休みなく使われ、目に見えない温室効果ガスが漏れ出している。
冷凍冷蔵倉庫では、消費する電力の実に7〜9割が冷凍設備によるものだ。しかも冷凍機の中で熱を運ぶ「冷媒」の多くは、CO2の数千倍もの温室効果を持つフロン(HFC)。魚を冷やすほど電気を食い、その電気が化石燃料由来なら二酸化炭素が出る。設備からフロンが漏れれば、それ自体が強力な温暖化ガスになる——二重の意味で、コールドチェーンは脱炭素の主戦場なのだ。
この記事では、水産物のコールドチェーンがなぜこれほどエネルギーを消費するのかをまず解きほぐし、そのうえで自然冷媒への転換、省エネ冷凍機、フードマイレージと食品ロスの削減という三つの切り口から、冷やす電力を減らす道筋をやさしく整理する。環境省・水産庁・農林水産省・FAOなどの一次情報にもとづき、私たちの食卓と地球のつながりを見つめ直したい。
この記事で学べること
- 水産物を「冷やし続ける」ために倉庫・工場・店舗でどれだけの電力が使われているか
- 冷媒として使われるフロン(HFC)がCO2の数千倍という強力な温室効果ガスであること
- CO2・アンモニア・空気・水といった自然冷媒への転換がなぜ進んでいるのか
- 設定温度の見直しや断熱強化など、運用でできる省エネの勘どころ
- フードマイレージと食品ロスの削減が、冷やす電力そのものを減らす脱炭素につながること
- イオンやローソンなど、身近な流通企業が実際に取り組んでいる脱フロン・脱炭素の中身
なぜ水産物のコールドチェーンは膨大な電気を使うのか
コールドチェーンとは、生鮮食品や冷凍食品、医薬品などを、産地から消費者の手元まで一定の低温に保ったまま届ける物流の仕組みのことだ。日本語では「低温物流」とも呼ばれる。水産物はとりわけ傷みやすく、温度が少し上がるだけで細菌が増え、鮮度や風味が急速に落ちる。だからこそ、水揚げ・加工・保管・輸送・小売のすべての段階で「冷やす」という仕事が途切れなく続けられている。
問題は、この「冷やし続ける」という行為が、本質的にエネルギーを大量に消費することにある。冷やすとは、庫内の熱を外へ汲み出し続けること。魚から出る熱、外気から侵入する熱、扉の開閉で入り込む熱、人や機械が持ち込む熱——それらをすべて外へ運び出すために、冷凍機は昼も夜も止まらずに動き続ける。夏の暑い日ほど外との温度差が大きくなり、汲み出す熱も増えるため、消費電力はさらにふくらむ。
「低温を保つ」ことのエネルギー的な意味
私たちは冷蔵庫の電気代を意識することはあっても、社会全体を支える巨大な冷蔵・冷凍インフラのことはほとんど意識しない。だが水産物のコールドチェーンは、漁港の製氷・貯氷施設に始まり、冷凍加工工場、営業用の冷凍冷蔵倉庫、輸送する冷凍トラックや冷凍コンテナ、そしてスーパーの冷凍ショーケースまで、膨大な数の冷却設備の連なりでできている。そのどこか一つでも温度が上がれば鎖は切れ、食品ロスにつながる。
この記事の視点
- 水産物を冷やす電力は「量」が大きい(省エネの対象)
- 冷媒フロンは漏れると強力な温室効果ガス(脱フロンの対象)
- 遠くから運ぶほど、長く保管するほど、冷やす負荷も増える(フードマイレージ・食品ロスの削減)

海の環境問題というと、乱獲やプラスチックごみ、サンゴの白化などが思い浮かぶかもしれない。しかし「魚をどう冷やして運ぶか」もまた、まぎれもなく海と食の持続可能性に直結するテーマだ。持続可能な漁業や調達については水産大手の持続可能な調達の記事でも触れているが、獲った魚を届ける物流のエネルギーもまた、脱炭素の大きなピースなのである。
日本は世界でも有数の水産物消費国であり、刺身や寿司のように「生」や「冷凍」で魚を食べる文化が深く根づいている。加熱調理が前提の食材と違い、生食を安全に楽しむには、水揚げの瞬間から一度も温度を上げない厳格な低温管理が欠かせない。つまり日本の豊かな魚食文化は、世界的に見てもきわめて高度で電力集約的なコールドチェーンによって支えられているといえる。便利さと引き換えに、私たちは知らぬ間に大量のエネルギーを冷却に使っているのだ。
しかも冷凍設備は、店や工場が営業していない深夜も含めて24時間365日、決して止まらない。人が寝ている間も、正月休みの間も、庫内の魚を守るために冷凍機は静かに熱を汲み出し続けている。この「止められない」という性質こそが、コールドチェーンのエネルギー消費を大きくしている根本的な理由だ。だからこそ、少しの効率改善でも積み重なれば大きな削減量になる。
以降の章では、まずこの「冷やす電力」がどこでどれだけ使われているのかを具体的な数字で確かめ、次に冷媒という見えない温室効果ガスの正体に迫っていく。そして自然冷媒への転換、省エネ、フードマイレージ、食品ロスという順に、冷やす電力と排出を減らす具体的な打ち手を見ていこう。
冷やし続ける現場のエネルギー構造を数字で見る
「冷凍冷蔵は電気を食う」と言われても、実感がわきにくい。そこで、コールドチェーンの主要な現場ごとに、電力のどれくらいが冷やすことに使われているのかを見てみよう。ここで挙げる数字は、資源エネルギー庁や環境省、日本エネルギー経済研究所などの資料で示されている水準だ。
冷凍冷蔵倉庫では電力の7〜9割が冷凍設備
水産物の保管拠点である営業用の冷凍冷蔵倉庫では、施設全体の消費電力のうちおよそ70〜90%が冷凍設備によるものとされる。照明や事務所の空調はごく一部で、大半は「庫内を冷やし続ける」ことに費やされている。冷凍倉庫はマイナス20℃前後、超低温倉庫ではマグロなどのためにマイナス50℃以下を保つこともあり、外気との温度差が大きいほど冷凍機の負担は跳ね上がる。
食品工場・スーパーでも冷却が主役
水産加工を行う食料品製造業でも、冷凍・冷蔵設備が総エネルギーの8割近くを占める工場が珍しくない。小売の現場でも構図は同じで、食品スーパーの消費電力は冷凍・冷蔵ショーケースが6割以上、売り場の照明などが約25%、空調が約13%という内訳が示されている。魚や冷凍食品を並べる冷たいケースこそ、店の電気を最も使う設備なのだ。
| 現場 | 冷却設備が電力に占めるおおよその割合 | 保たれる温度帯の例 |
|---|---|---|
| 冷凍冷蔵倉庫 | 約70〜90% | 冷蔵0〜10℃/冷凍-20℃前後/超低温-50℃以下 |
| 食料品製造(加工)工場 | 8割近くに達する例 | 加工・急速凍結でマイナス数十℃ |
| 食品スーパー(小売) | ショーケースで6割以上 | 冷蔵・冷凍のオープンケース |

覚えておきたい構図
コールドチェーンの脱炭素は、まず「電力を最も使っている冷却設備」を狙うのが定石。倉庫・工場・店舗のいずれでも、冷凍設備の効率改善が全体の削減量を大きく左右する。
漁港の製氷・貯氷も忘れてはいけない
コールドチェーンの起点である漁港にも、大きな冷却需要がある。水揚げした魚を氷詰めにするための製氷施設や、その氷をためておく貯氷施設は、漁業地域の電力を多く消費する設備の一つだ。獲れたての魚を素早く冷やす「予冷」や、船上での冷却も、鮮度を左右する重要な工程であり、ここでもエネルギーが使われている。魚が私たちの口に入るまでの各段階を足し合わせると、その総量は決して小さくない。
こうした電力の多くは、日本では化石燃料由来の火力発電にも支えられている。したがって、冷やす電力を減らすことは電気代の節約になるだけでなく、そのまま発電に伴うCO2排出の削減につながる。近年は倉庫や店舗の屋根に太陽光パネルを載せ、昼間の冷却電力を自家発電でまかなう取り組みも広がっており、省エネと再生可能エネルギーの組み合わせが脱炭素の現実的な道筋になっている。
つまり、水産物のコールドチェーンで排出を減らすなら、冷凍設備の効率を上げること、そして冷凍設備が使う電力そのものを減らすことが王道になる。だがエネルギーの「量」の話をする前に、もう一つ見逃せない問題がある。冷凍機の中で熱を運ぶ「冷媒」という物質そのものが、強力な温室効果ガスだという事実だ。
冷媒という見えない温室効果ガスの正体
冷凍機やエアコンの内部では、「冷媒」と呼ばれる物質が液体と気体に姿を変えながら循環し、庫内の熱を汲み出している。冷やす仕組みの心臓部だが、この冷媒に長く使われてきたのがフロン類だ。フロンはよく冷え、扱いやすい反面、二つの深刻な環境問題を抱えていた。
オゾン層破壊から温暖化へ、問題の移り変わり
初期のフロンであるCFC(特定フロン)やHCFC(代替フロン)は、大気中でオゾン層を破壊することが分かり、1987年のモントリオール議定書で世界的に規制された。その代わりに広まったのが、オゾン層を壊さないHFC(ハイドロフルオロカーボン)だ。ところがHFCには別の顔があった。オゾン層は壊さないものの、極めて強力な温室効果ガスだったのである。
GWP——CO2の何倍暖めるかを示す物差し
温室効果の強さを比べるには、GWP(地球温暖化係数)という指標を使う。これはCO2を1としたとき、同じ重さでどれだけ強く大気を暖めるかを示す数値だ。冷凍機で広く使われてきたHFCのR404AはGWPが約3,920、家庭用エアコンなどのR134aは約1,430。つまりR404Aが1kg漏れれば、CO2に換算しておよそ3.9トン分の温暖化インパクトになる。目に見えず、においもしないが、冷媒の漏えいは静かに気候を揺さぶっているのだ。
| 冷媒 | 種類 | GWP(CO2=1) | 特徴 |
|---|---|---|---|
| R404A | HFC(代替フロン) | 約3,920 | 冷凍・冷蔵で普及。漏れると強力な温暖化ガス |
| R134a | HFC | 約1,430 | 冷蔵・空調などで普及 |
| CO2(R744) | 自然冷媒 | 1 | 二酸化炭素そのもの。不燃・低毒性 |
| アンモニア(R717) | 自然冷媒 | 0(1未満) | 冷凍効率が高い。毒性・可燃性に注意 |

冷媒の温室効果は、機器が壊れたり廃棄されたりするときの漏えいだけでなく、使用中の少しずつの漏れでも積み重なっていく。日本ではフロン排出抑制法にもとづき、業務用機器の点検や適正な回収が義務づけられているが、それでも大気への放出をゼロにはできない。だからこそ、「そもそも温室効果のほとんどない冷媒に替える」という発想が重要になる。次の章で見る自然冷媒だ。
見落とされがちなポイント
冷やす電力(間接排出)だけでなく、冷媒の漏えい(直接排出)もコールドチェーンの温暖化要因。省エネと脱フロンは、どちらも欠かせない両輪だ。
日本のフロン規制と削減目標
日本では2015年に施行されたフロン排出抑制法により、業務用のエアコンや冷凍冷蔵機器を使う事業者に、定期的な点検や漏えい量の管理、廃棄時の適正な冷媒回収が義務づけられている。冷媒を大気に放出することは法律で禁止されており、違反には罰則もある。それでも、機器の経年劣化や整備不良による漏れを完全になくすのは難しい。世界的に見ても、冷媒の漏えいは気候変動に無視できない影響を与え続けている。
こうした背景から、政府は2021年に閣議決定した地球温暖化対策計画で、2030年にHFCの排出量を2013年比で大きく減らす目標を掲げた。回収や点検を徹底する「守り」の対策だけでなく、そもそも高GWPの冷媒を使わない機器へ切り替える「攻め」の転換が求められているのだ。その受け皿として期待されるのが、次章で詳しく見る自然冷媒である。
自然冷媒への転換——CO2・アンモニア・空気・水
自然冷媒とは、その名のとおり自然界にもともと存在する物質を冷媒として使うものだ。代表的なのは二酸化炭素(CO2)、アンモニア、そして空気や水など。いずれも温室効果が極めて小さく、フロンのようなオゾン層破壊も温暖化リスクもほとんどない。環境省も、こうした自然冷媒を使い、かつエネルギー効率の高い機器の普及を国の重点施策として後押ししている。
CO2冷媒(R744)——身近な店舗の主役
二酸化炭素そのものを冷媒に使うのがCO2冷媒だ。GWPは1、つまり自分自身が温暖化の基準物質なので、これ以上小さくならない。不燃で毒性も低く、コンビニやスーパーの冷凍・冷蔵ショーケースへの導入が急速に進んでいる。かつては高い圧力に耐える技術が課題だったが、専用の冷凍機やヒートポンプの開発でハードルが下がり、いまや身近な店舗の脱フロンの主役になっている。
アンモニア(R717)——大型冷凍の実力者
アンモニアはGWPがほぼゼロで、冷凍効率が非常に高い優れた冷媒だ。冷凍冷蔵倉庫や食品工場など、大きな冷凍能力が必要な現場で古くから使われてきた実績がある。ただし毒性があり、可燃性もあるため、専門的な安全管理が欠かせない。近年はアンモニアとCO2を組み合わせ、危険なアンモニアを機械室に閉じ込めつつ、庫内側はCO2で冷やす二次冷媒方式が広がっている。
空気・水——用途を選ぶ究極の自然冷媒
空気を冷媒に使う空気冷凍は、マグロ用のマイナス50℃以下といった超低温域で効率を発揮する。水も冷媒として利用でき、いずれも漏えいしても環境への害がほとんどないのが強みだ。それぞれ得意な温度帯や用途があり、現場に合わせて自然冷媒を使い分けるのがこれからの姿になる。
| 自然冷媒 | GWP | 得意な現場・温度帯 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| CO2(R744) | 1 | コンビニ・スーパーのショーケース、中小規模 | 高圧に耐える設計が必要 |
| アンモニア(R717) | 約0 | 冷凍冷蔵倉庫・食品工場など大規模 | 毒性・可燃性。安全管理が必須 |
| 空気 | 0 | 超低温(マイナス50℃以下)域 | システムが大型化しやすい |
| 水 | 0 | 冷房・比較的高い温度域 | 凍結点より下では使えない |

自然冷媒の要点
- 温室効果が極めて小さく、脱フロンと脱炭素を同時に進められる
- 省エネ性能の高い機種も増え、電気代の削減にもつながる
- 毒性や高圧など固有のリスクがあり、適切な設計・安全管理が前提
コストと補助金——転換を後押しする仕組み
自然冷媒の機器は、性能や省エネ効果に優れる一方で、従来のフロン機器より初期費用が高くなりがちだという課題がある。CO2は高い圧力に耐える設計が必要で、アンモニアは安全対策に手間がかかる。この導入コストの壁を下げるため、環境省は冷凍冷蔵倉庫・食品製造工場・食品小売店などを対象に、脱フロン・脱炭素型の自然冷媒機器を導入する費用の一部を補助する事業を続けてきた。国の後押しがあることで、事業者は「いつかは替えたい」を「今、替えられる」に変えられる。
重要なのは、自然冷媒への転換が単なる環境対策にとどまらない点だ。省エネ性能の高い最新機に替えれば、日々の電気代が下がり、長い目で見れば投資を回収できる場合が多い。さらに、キガリ改正でHFCの供給が段階的に絞られていくと、既存のフロン機器の冷媒補充がしだいに難しく高価になっていく。早めに自然冷媒へ移行しておくことは、将来のリスクを避ける経営判断にもなっているのだ。
省エネ冷凍機と運用の工夫で「量」を減らす
冷媒を替えるだけでは脱炭素は完結しない。冷やすために使う電力そのもの、つまりエネルギーの「量」を減らす取り組みが同じくらい重要だ。ここで効いてくるのが、省エネ性能の高い冷凍機への更新と、日々の運用の見直しである。とくに運用の工夫は、大きな投資をしなくても始められるものが多い。
インバーター制御と高効率冷凍機
従来の冷凍機はオンとオフを繰り返して庫内温度を保っていたが、インバーター制御を備えた高効率機は、必要な冷やす力に応じて回転数をきめ細かく調整できる。無駄な全力運転が減り、消費電力を抑えられる。CO2冷媒を使いつつ高い省エネ性能を両立した産業用冷凍機も実用化されており、脱フロンと省エネを一台で実現する選択肢が広がっている。
設定温度の見直しという即効薬
見落とされがちだが効果が大きいのが、設定温度の適正化だ。冷凍冷蔵倉庫では、庫内温度を1℃ゆるめるだけで、およそ4%の省エネ効果が見込めるとされる。品質を保てる範囲で必要以上に冷やしすぎないこと、実際の庫内温度と設定値のズレを直すことは、追加の設備投資なしにできる即効性のある対策だ。もちろん水産物の品質を損なわない温度管理が大前提になる。
断熱・扉・霜取りの地道な改善
熱の侵入を減らす断熱の強化、扉やカーテンを見直して開けっぱなしの冷気漏れを防ぐこと、蒸発器についた霜を効率よく取り除くデフロストの最適化——こうした地道な改善の積み重ねも、冷凍機の負担を着実に軽くする。冷やす電力は、庫内に入り込む熱を減らすほど小さくできるからだ。
- インバーター制御・高効率冷凍機への更新で無駄な運転を減らす
- 設定温度を品質が保てる範囲で適正化する(1℃で約4%)
- 断熱強化・扉やエアカーテンの見直しで冷気漏れを防ぐ
- デフロスト(霜取り)を最適化し熱交換の効率を保つ
- こまめな点検で冷媒漏れと効率低下を早期に発見する

現場で今日からできること
- 設定温度と実温度のズレを測り、冷やしすぎを直す
- 扉の開閉時間を短くし、エアカーテンやビニールカーテンを整える
- 霜の付き具合と冷凍機の運転音を日々チェックし、異常を早く見つける
排熱を捨てずに使うという発想
冷凍機は、庫内から汲み出した熱を外に捨てている。この排熱は、これまで単に大気へ放出されるだけの「やっかいもの」だった。しかし近年は、この排熱を給湯や暖房に再利用するヒートポンプの考え方が広がっている。魚を冷やす過程で出る熱でお湯を沸かせれば、別途ボイラーで燃料を燃やす必要が減り、施設全体のエネルギー効率が上がる。冷やすことと温めることを一つのシステムでまかなう発想は、コールドチェーンの脱炭素を一段深める。
また、冷凍・冷蔵設備は電力を大量に使うがゆえに、太陽光発電との相性が良い。冷却の負荷が最も高くなる昼間の暑い時間帯は、ちょうど太陽光の発電量も多い時間帯だからだ。倉庫や店舗の屋根で発電した電気をその場で冷却に使う「自家消費型」の太陽光は、電気代の削減と再エネ利用を両立できる有力な選択肢として、大手小売を中心に導入が進んでいる。
フードマイレージ——遠くから運ぶほど増える負荷
冷やす電力と冷媒の話に続いて、もう一つの大きな切り口が「輸送」だ。水産物を遠くから運べば運ぶほど、冷凍トラックや冷凍コンテナで冷やし続ける時間が延び、輸送そのものの燃料も増える。この「食べものが運ばれてきた距離」に着目した指標がフードマイレージである。
フードマイレージとは何か
フードマイレージは、食料の輸入量(重さ)に輸送距離をかけ合わせた指標で、単位はトン・キロメートル(t・km)で表す。イギリスで生まれた「フードマイルズ」の考え方を、農林水産政策研究所の中田哲也氏が日本向けに発展させたものだ。数値が大きいほど、食料を遠くから大量に運んでいる——つまり輸送に伴う環境負荷が大きいことを意味する。
日本は世界でも群を抜いて大きい
中田氏の2001年の試算によれば、日本のフードマイレージは年間およそ9,000億t・kmと、世界の中でも群を抜いて大きい。韓国やアメリカのおよそ3倍、イギリスやドイツの約4倍、フランスに至っては約9倍にのぼる。国民一人あたりでも世界トップクラスだ。食料自給率が低く、多くを輸入に頼る日本の構造が、そのまま数字に表れている。この輸送に伴うCO2排出は年間約1,690万トン、国民一人あたり年間約130kgと推計されている。
| 国 | フードマイレージの相対的な大きさ(日本を基準に) |
|---|---|
| 日本 | 最大(約9,000億t・km) |
| 韓国・アメリカ | 日本の約3分の1 |
| イギリス・ドイツ | 日本の約4分の1 |
| フランス | 日本の約9分の1 |

地産地消とモーダルシフトという処方箋
フードマイレージを下げる王道は、近くで獲れたものを近くで食べる「地産地消」だ。地元の魚を選ぶことは、輸送と冷却の負荷をまとめて減らすことにつながる。加えて、トラック輸送を鉄道や船に切り替えるモーダルシフトや、輸送の積載効率を高める工夫も有効だ。私たち消費者が地元産・国産の水産物に目を向けることも、コールドチェーン全体の脱炭素に静かに貢献する。
旬の魚を旬の時期に食べることも、実はフードマイレージや冷却負荷の削減につながる。旬を外れた魚を一年中そろえようとすれば、遠方から運んだり、長期間冷凍保管したりする必要が増える。反対に、その季節に近海でたくさん獲れる魚を選べば、輸送も保管も短くて済む。季節の恵みを味わうという昔ながらの食のかたちは、気候の視点から見ても理にかなっているのだ。地元の漁業を応援することは、地域の経済と海の環境の両方を守ることにもなる。
リーファーコンテナは「動く冷蔵庫」
輸入水産物の多くは、冷凍・冷蔵機能を備えた「リーファーコンテナ」に載せて海を渡ってくる。これは電源につなぐことで庫内を低温に保つ、いわば動く冷蔵庫だ。長い航海の間ずっと魚を冷やし続けるため、輸送距離が延びるほど、船の燃料に加えてコンテナを冷やす電力も積み重なる。フードマイレージが大きいということは、この「運びながら冷やす」時間が長いということでもあり、輸送と冷却の負荷は分かちがたく結びついている。
だからこそ、輸送の脱炭素は距離を短くするだけでなく、運んでいる間の冷却をいかに効率化するかも問われる。リーファーコンテナにも自然冷媒や省エネ技術の導入が進めば、輸入水産物一つあたりの排出は下げられる。地産地消で距離を縮める努力と、避けられない長距離輸送を効率化する努力は、どちらも同時に必要なのだ。
フードマイレージの注意点
フードマイレージは輸送距離に着目したわかりやすい指標だが、生産段階の排出までは含まない。輸送手段(船か航空機か)によって単位あたりのCO2も大きく異なるため、あくまで『考えるきっかけ』の一つとして捉えるのが正しい使い方だ。
食品ロス削減も「冷やす電力」を減らす脱炭素
見過ごされがちだが、食品ロスを減らすことは、それ自体が強力な脱炭素対策になる。捨てられる魚は、獲るための燃料も、冷やして運んで保管した電力も、冷媒の温室効果も、すべてを無駄にしてしまう。ロスを減らせば、そのぶん最初から冷やす必要がなくなる——つまり「冷やす電力」を根元から減らせるのだ。
世界で生産量の約3分の1が失われている
FAO(国連食糧農業機関)によれば、世界では生産された食料のおよそ3分の1にあたる年間約13億トンが失われたり捨てられたりしている。水産物も例外ではない。とくに開発途上国では、冷やす設備や輸送手段が十分でないために、水揚げ後の段階で大量の魚が傷んで失われてしまう。皮肉なことに、コールドチェーンが未整備な地域ほど、鮮度を保てずロスが増えるという構図がある。
途上国のコールドチェーンという難題
途上国では、コールドチェーンを整えて漁獲後のロスを減らすことが、食料の確保にも脱炭素にも効く。ただし、冷凍設備を増やせば今度は電力と冷媒の課題が生まれる。だからこそ、最初から自然冷媒と省エネ機器を前提に、再生可能エネルギーと組み合わせて低炭素なコールドチェーンを築くことが理想とされる。冷やす技術の普及と脱炭素を、切り離さずに考える視点が求められている。
日本の食卓でできること
日本国内でも、まだ食べられるのに捨てられてしまう「食品ロス」は年間で数百万トン規模にのぼり、その削減は国を挙げた課題になっている。家庭でも事業所でも、水産物は傷みやすいぶんロスになりやすい食材の一つだ。家庭用の冷凍庫を上手に使い、食べきれない魚は早めに冷凍して保存すること、必要な量を見きわめて買うことは、家計にもやさしく、同時に脱炭素にもなる。冷やす技術は、捨てないための味方として使ってこそ本領を発揮する。
先進国である日本では、ロスの多くは流通や消費の段階で起きる。買いすぎない、食べきる、冷凍を上手に使って傷む前に保存する——こうした一人ひとりの行動が、めぐりめぐって冷やす電力の無駄を減らす。海の資源を大切にする視点は、ブルーカーボン生態系のような自然の炭素吸収を守る取り組みとも地続きだ。魚を無駄にしないことは、海と気候の両方を守る行動なのである。

食品ロスと隣り合わせの課題に「過剰な品質要求」もある。少しでも見た目が劣る魚や、規格から外れた魚が流通の途中ではじかれれば、それもまた無駄になった冷却エネルギーだ。味や安全に問題のない魚を受け入れる柔軟さや、フードバンクへの寄付、加工品への転換といった出口を用意することも、コールドチェーンの脱炭素を側面から支える。冷やす技術を磨くのと同じくらい、獲った魚を最後まで使い切る仕組みづくりが大切になる。
食品ロス削減が脱炭素になる理由
- 捨てられる魚には、漁獲・輸送・冷却・冷媒のすべての排出が含まれる
- ロスを減らせば、その分だけ最初から冷やす必要がなくなる
- 途上国のロス削減には、低炭素なコールドチェーンの普及が鍵になる
制度と企業の動き——キガリ改正と身近な実例
自然冷媒への転換や省エネは、個々の努力だけでなく、国際的なルールと企業の投資によっても後押しされている。ここでは、冷媒規制の国際枠組みと、私たちの身近な流通企業の具体的な取り組みを見ておこう。
キガリ改正——HFCを段階的に減らす国際約束
2016年10月、モントリオール議定書の締約国会議で「キガリ改正」が採択された。これはオゾン層を壊さないHFCについても、強力な温室効果ガスであることを理由に、生産と消費を段階的に減らしていくという国際的な約束だ。日本を含む先進国は、2011〜2013年の平均を基準に2019年から削減を始め、2036年までに約85%を削減することになっている。日本の地球温暖化対策計画でも、2030年にHFC排出量を2013年比で大きく減らす目標が掲げられている。この流れが、自然冷媒への転換を強力に押し進めている。
身近なスーパー・コンビニの脱フロン
私たちがよく利用する店も、着実に動いている。イオングループは2011年に自然冷媒への転換を宣言し、以降に開く新店の冷凍・冷蔵ショーケースへCO2自然冷媒を採用、既存店も順次切り替えを進めてきた。実証試験では温室効果ガスが50%以上削減されることが確認されている。ローソンも2019年に店内すべてをノンフロン化した店舗を開き、その後は年間数百店規模で自然冷媒のショーケースを導入、累計は数千店に達している。認証水産物の取り扱いも含めた小売の取り組みはMSC・ASC認証と流通企業の記事でも紹介している。
| 主体 | 取り組みの内容 | ポイント |
|---|---|---|
| 国際社会 | キガリ改正でHFCを段階的削減 | 先進国は2036年までに約85%削減 |
| 日本政府 | フロン排出抑制法・温暖化対策計画・補助事業 | 点検・回収の義務化と自然冷媒導入の支援 |
| イオン | 新店ショーケースへCO2自然冷媒を採用 | 実証でGHG50%以上削減を確認 |
| ローソン | ノンフロン店舗を展開、累計数千店規模 | CO2・炭化水素冷媒で脱フロンを推進 |

国が旗を振り、企業が投資し、機器メーカーが省エネで温室効果の小さい製品を開発する。この三者がかみ合うことで、社会全体のコールドチェーンは少しずつ低炭素なものへと置き換わっていく。とりわけ小売や物流は店舗や倉庫の数が多く、一社の方針転換が波及する影響が大きい。大手が自然冷媒を標準採用すれば、機器の量産が進んで価格が下がり、中小の事業者も導入しやすくなるという好循環も生まれる。
農林水産省も、食料生産から流通・消費までのフードサプライチェーン全体で脱炭素を進める方針を打ち出し、排出量を「見える化」する取り組みを後押ししている。どの工程でどれだけ排出しているかが分かれば、事業者は効果の大きいところから対策を打てる。水産物のコールドチェーンも、こうした可視化とセットで改善を積み重ねていくことが、着実な脱炭素への近道になる。
こうした制度と企業の動きは、消費者からは見えにくい。しかし次にスーパーの冷凍コーナーに立ったとき、そのショーケースがどんな冷媒で冷やされているかを少し想像してみると、脱炭素が自分の暮らしと地続きであることに気づくはずだ。海の生き物の賢さや不思議に興味がわいたら頭足類の知能の記事もあわせてどうぞ。
私たち消費者の関わり方
自然冷媒を採用する店を選ぶ、地元産・国産の魚を買う、食べきる。一つひとつは小さくても、需要が変われば供給側の脱炭素投資を後押しする力になる。
まとめ——冷やす鎖をやさしく、賢く
水産物のコールドチェーンは、鮮度と食の安全を守るために欠かせない社会インフラであると同時に、膨大な電力を使い、強力な温室効果ガスを抱えた脱炭素の主戦場でもある。冷凍冷蔵倉庫では電力の7〜9割が冷やすことに費やされ、冷媒に使われるHFCはCO2の数千倍もの温室効果を持つ。この二つの課題に、私たちは複数の切り口から手を打てる。
GWPがごくわずかなCO2やアンモニアなどの自然冷媒への転換、インバーター制御や設定温度の適正化による省エネ、遠くから運びすぎないフードマイレージの削減、そして捨てる魚を減らす食品ロス対策。どれか一つではなく、これらを組み合わせることで、冷やす鎖をやさしく、賢くしていける。キガリ改正という国際ルールと、イオンやローソンといった身近な企業の投資が、その転換を後押ししている。

大切なのは、これらの対策を「どれか一つ」で終わらせないことだ。自然冷媒に替えても電力を無駄遣いしていては効果は半減するし、省エネを進めても遠くから運びすぎ、大量に捨てていては元も子もない。冷媒・電力・輸送・ロスの四つは、それぞれが独立した問題ではなく、一本の鎖のように連なっている。だからこそ、上流から下流まで全体を見わたして、少しずつでも同時に手を入れていく姿勢が求められる。
次にスーパーで魚を選ぶとき、地元の魚に目を向けたり、食べきれる量だけ買ったりすることも、この大きな鎖の脱炭素に連なっている。冷やす技術を否定するのではなく、より少ないエネルギーで、より温暖化させない形に磨き上げていくこと。それが、海の恵みをこれからも安心して味わい続けるための、私たちの共通の宿題だ。
この記事のまとめ
- コールドチェーンは水産物の鮮度を守る一方、倉庫電力の7〜9割を冷凍設備が占めるほどエネルギー多消費
- 冷媒のHFCはCO2の数千倍の温室効果。GWPほぼゼロのCO2・アンモニアなど自然冷媒への転換が進む
- 省エネ冷凍機と設定温度の適正化(1℃で約4%)など、運用の工夫で冷やす電力そのものを減らせる
- フードマイレージ削減(地産地消)と食品ロス対策は、冷やす必要を根元から減らす脱炭素になる
- キガリ改正でHFCは2036年までに約85%削減へ。イオン・ローソンなど身近な企業も脱フロンを推進
参考文献・出典
- 環境省 – 自然冷媒普及促進サイト/自然冷媒化の推進
- 環境省 – コールドチェーンを支える冷凍冷蔵機器の脱フロン・脱炭素化推進事業
- 経済産業省・環境省 – 代替フロン等4ガス対策の状況(2024年)/キガリ改正とHFC規制
- 水産庁 – 水産バリューチェーン構築に向けて
- 農林水産省 – フードサプライチェーンにおける脱炭素化の実践・見える化
- 資源エネルギー庁 – エネルギー白書2022 部門別エネルギー消費の動向
- 中小企業基盤整備機構(J-Net21) – 冷凍庫と冷蔵庫の設定温度の緩和はどの程度有効か
- 農林水産省 – 食品ロスの現状を知る
- イオン株式会社 – 自然冷媒宣言/脱炭素ビジョン
- ローソン – 脱炭素への取り組み:省エネ・創エネを進める店舗設備の導入
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