304
資源調査した魚種数(第3回・2022年)
75%
適切に維持・管理できている資源の割合
100%
2030年に目指す持続可能な調達比率

スーパーで手に取る冷凍のたら、缶詰のいわし、お弁当の白身フライ。その魚が「これからも獲り続けられる海」から来たものかどうか、考えたことはあるでしょうか。国連食糧農業機関(FAO)の2024年の報告では、世界の海の水産資源のうち約37.7%がすでに「獲りすぎ」の状態にあり、その割合はここ数年で増え続けています。魚は無限の資源ではなく、獲り方を間違えれば取り返しがつかなくなる「限りある共有財産」なのです。

そうしたなかで、日本を代表する大手水産会社の一つ「ニッスイ」(旧・日本水産、2022年に社名変更)は、自分たちが世界中から調達している水産物が、どれだけ健全な資源から来ているのかを一つひとつ調べ、公表するという取り組みを続けています。グループ37社が扱う304魚種・約276万トンもの魚を対象に、外部の専門機関と組んで「資源状態調査」を行い、乱獲リスクの高い魚種を洗い出しているのです。

この記事では、ニッスイの資源状態調査が何を明らかにしたのか、その数字はどう読めばいいのか、そして2030年に「調達品の持続可能性を100%確認する」という目標に向けて何をしているのかを、海洋科学と国際的な資源管理の視点からわかりやすく解説します。一企業の事例を通して、私たちが毎日食べている魚と海の未来のつながりを一緒に見ていきましょう。

この記事で学べること

  • 世界の海の水産資源のうち約37.7%がすでに獲りすぎ(過剰漁獲)の状態にあること
  • ニッスイが自社で扱う304魚種・276万トンの資源状態を第三者機関と調べている仕組み
  • 「管理の仕組みがある漁業83%」「適切に管理された資源75%」「要改善8%」という数字の読み方
  • 乱獲リスクの高い魚種に優先順位をつけ、認証・FIP・調達停止で改善していく方法
  • 絶滅危惧種(ヨーロッパウナギなど)に対する調達ガイドラインの中身
  • 私たち消費者が『持続可能な水産物』を見分け、選ぶためのヒント

なぜ今、大手水産会社の「調達」が問われるのか

私たちが魚を食べ続けられるかどうかは、実は「誰がどれだけ魚を獲り、どれだけ売っているか」に大きく左右されます。とりわけ、世界中から膨大な量の魚を買い付け、加工し、私たちの食卓に届ける大手水産会社の調達方針は、海の資源全体に影響を与えるほどの重みを持っています。まずは、その背景にある「世界の海の現状」から確認していきましょう。

世界の水産資源の約4割は「獲りすぎ」の状態

FAO(国連食糧農業機関)が2024年に公表した報告書「世界漁業・養殖業白書(SOFIA 2024)」によると、科学的に評価された海の水産資源のうち、生物学的に持続可能な範囲で漁獲されているのは62.3%にとどまり、残る37.7%はすでに「過剰漁獲(獲りすぎ)」の状態にあります。この過剰漁獲の割合は、少し前の調査の35.4%からさらに悪化しており、世界の海が着実に追い詰められていることを示しています。

もう少し細かく見ると、持続可能とされる資源のうち50.5%は「満限利用」、つまりこれ以上獲る余裕がほとんどない、ぎりぎりの状態です。まだ余裕がある「低・未利用」の資源はわずか11.8%しかありません。「海の魚はまだたくさんいる」という感覚は、残念ながら現実とはかけ離れているのです。

世界の水産資源の状態を示す円グラフ。過剰漁獲37.7%、満限利用50.5%、低未利用11.8%
世界の海の水産資源の状態(FAO SOFIA 2024・2021年基準)。約4割がすでに過剰漁獲。

「過剰漁獲」とは?

その魚が自然に増える速さよりも速く獲り続けている状態を指します。この状態が続くと、資源量が減り、やがて漁そのものが成り立たなくなります。かつて世界有数の漁場だったカナダ・ニューファンドランド沖のタラ漁は、乱獲によって1992年に禁漁となり、30年以上たった今も資源が十分に回復していません。乱獲は「一度壊すと元に戻すのが極めて難しい」のです。

日本は世界有数の「魚を食べる国」

日本は一人あたりの魚介類消費量が世界的にも多く、しかもその多くを輸入に頼っています。えび、まぐろ、さけ、たら、いか——スーパーに並ぶ魚介類の産地表示を見れば、世界中の海とつながっていることがわかります。だからこそ、日本の水産会社がどんな基準で魚を買い付けるかは、遠い海の資源の未来にも直接影響します。海の環境問題は、サンゴ礁の白化のように水温や気候と結びついたものだけでなく、こうした「獲り方・買い方」の問題も大きな柱なのです。海の生態系そのものへの負荷については、海洋保護区(MPA)の役割をあわせて読むと理解が深まります。

日本の漁業も例外ではありません。かつて年間400万トン以上も獲れたマイワシは、資源の変動や漁獲圧のなかで一時は数十万トンまで激減し、その後また回復するなど、大きな増減を繰り返してきました。サンマやスルメイカのように、近年になって記録的な不漁が続く魚もあります。魚の増減には海水温などの自然要因も関わりますが、そこに人間の獲りすぎが重なれば、資源はより脆くなります。日本でも2020年に漁業法が大きく改正され、科学的な資源評価に基づいて漁獲量の上限(TAC=漁獲可能量)を管理する魚種を広げる方向へ舵が切られました。世界も日本も、『とれるだけ獲る』時代から『計画的に獲る』時代へと大きく変わりつつあるのです。

こうした変化のなかで、水産会社に求められる役割も変わりました。かつては「安く大量に仕入れる」ことが評価されましたが、今は「その魚が健全な資源から来ているかを説明できる」ことが問われます。ニッスイの資源状態調査は、まさにこの新しい時代の要請に応えようとする取り組みだと言えます。

さらに、獲りすぎだけが問題ではありません。目的の魚以外がまとめて網にかかってしまう「混獲(こんかく)」や、海に捨てられた漁網が海洋生物を傷つけ続けるゴーストギア(幽霊漁具)など、漁業には複数の環境課題があります。大手水産会社の調達方針は、こうした課題への向き合い方も含めて評価されるようになっています。

この章のポイント

  • 世界の水産資源の約37.7%はすでに過剰漁獲の状態にある
  • 余裕のある資源は11.8%しかなく、状況は悪化傾向
  • 魚を大量に扱う大手水産会社の調達方針は、海全体に影響する

ニッスイの「資源状態調査」とは何か

こうした世界の状況を背景に、ニッスイは「自分たちが扱っている魚は、どれくらい健全な資源から来ているのか」を数字で把握する取り組みを続けています。それが資源状態調査です。ここでは、その仕組みと成り立ちを見ていきましょう。

自社が扱う魚を「棚卸し」して健康診断する

資源状態調査とは、ひとことで言えば「自社グループが1年間に取り扱った水産物を魚種・漁獲海域ごとに洗い出し、それぞれの資源が今どんな状態にあるかを外部の専門機関に評価してもらう」取り組みです。人間でいえば全身の健康診断のようなもので、どこが健康で、どこに問題があるのかを客観的なデータで把握します。

対象となるのは、ニッスイおよび国内外のグループ企業が扱う天然水産物と加工品(海藻類を除く)のうち、年間の取扱金額が1,000万円以上のもの。単に「うちはサステナブルに配慮しています」と宣言するのではなく、扱っている魚を一つひとつ棚卸しして数字で示すという点に、この取り組みの誠実さがあります。

水産物を魚種と海域ごとに分類し資源状態を評価するプロセスの図解
資源状態調査の流れ。扱う魚を分類し、第三者機関が資源の健康状態を4段階で評価する。

第三者機関「SFP」と客観的な評価

この評価の要になっているのが、国際的な水産NGOであるSFP(Sustainable Fisheries Partnership/持続可能な漁業のためのパートナーシップ)との協働です。SFPは世界中の漁業データを集めた「FishSource(フィッシュソース)」というデータベースを運営しており、資源の状態や管理の適切さを複数のスコア項目で評価しています。ニッスイはこのSFPに分析を依頼することで、自社に都合のよい甘い評価にならないよう、第三者の客観的な目を通しています。

評価では、それぞれの資源が「優れた管理」「管理」「要改善」「未評価(データ不足)」といった段階に分類されます。信号機のように、青信号(健全)から赤信号(要注意)まで色分けして把握するイメージです。

2016年から続く「対話」の積み重ね

この調査は一朝一夕にできたものではありません。ニッスイは2016年に外部有識者を招いた「ステークホルダーダイアログ(対話)」を開始し、社外の客観的な意見を取り入れる姿勢を打ち出しました。最初の調査(2017年)はFAOの評価法とFishSourceを使って社内で分析していましたが、第2回(2020年)からはSFPとの共同分析に切り替え、第三者性を高めています。

外部有識者からは、当初『MSC認証への過度な依存』が指摘され、FIP(漁業改善プロジェクト)など多角的に資源を評価する必要性が社内で明確に認識されるようになった。

― シーフードレガシーとの協働事例より

つまり、認証マークがついている魚だけを「持続可能」とみなすのではなく、まだ認証はなくても改善に取り組んでいる漁業も含めて、より現実に即した評価をしようという方向へ進化してきたのです。この「対話を通じて評価を磨いてきた」プロセスそのものが、企業事例として学ぶ価値のある部分です。

この章のポイント

  • 資源状態調査は、自社が扱う魚を棚卸しして資源の健康状態を数字で把握する取り組み
  • 第三者機関SFPとFishSourceデータベースで客観的に評価
  • 2016年の対話開始以来、評価手法を段階的に高度化してきた

第3回調査が明らかにした数字を読み解く

2024年9月、ニッスイは3回目となる資源状態調査の結果を公表しました。対象は2022年の1年間にグループ37社(国内16社・海外20社)が取り扱った水産物です。ここからは、その具体的な数字を見ていきましょう。数字は少し多いですが、一つずつ意味を確認すれば、この取り組みの実像がくっきり見えてきます。

扱う魚は304魚種・276万トン

第3回調査で対象となった水産物は、原魚換算重量で約276万トン、魚種の数にして304魚種、漁獲海域は世界18カ所にのぼります。前回(2019年対象)の269魚種から35魚種増えており、調査の網羅性が高まっていることがわかります。276万トンという量は、10トントラックにして27万台分以上。一企業の調達量とは思えないスケールで、だからこそ資源への責任も大きいのです。

扱う魚のうち、スケソウダラ・アンチョベータ(カタクチイワシの一種)・マイワシの3種だけで全体の約54%を占めます。すり身や白身フライの原料になるスケソウダラ、魚粉や魚油の原料になるアンチョベータなど、私たちが名前を意識しない魚が実は大量に扱われているのです。

特にアンチョベータは、南米ペルー沖で大量に獲れる小魚で、その多くが養殖魚のえさになる魚粉(フィッシュミール)や魚油に加工されます。この魚は数年おきに起こる海洋現象「エルニーニョ」の影響を強く受け、海水温が上がると激減することがあります。つまり、気候の変動が資源量に直結する魚でもあるのです。こうした魚を大量に扱う以上、資源の変化を注意深く見守り、獲りすぎを避ける管理が欠かせません。名前になじみのない魚こそ、実は世界の食料供給を支える重要な資源なのです。

ペルー沖のアンチョベータ漁と魚粉・魚油への加工を示す図解
アンチョベータは魚粉・魚油の主要原料。気候変動(エルニーニョ)で資源が大きく変動する魚でもある。
項目第3回(2022年)前回(2019年)
取扱総量(原魚換算)約276万トン約271万トン
魚種数304魚種269魚種
適切に維持・管理できている資源75%71%
うち「優れた管理」35%18%
要改善の資源8%8%
未評価(データ不足)17%21%
MSC認証品の割合29%(80万トン)25%(77万トン)
ニッスイ資源状態調査 第3回と前回の主な比較(原魚換算重量ベース)。

83%が「管理の仕組みのある漁業」から

調査の結果、扱った水産物の83%が「資源を管理する仕組みのある漁業」から調達されたものであることがわかりました。管理の仕組みとは、漁獲量の上限(漁獲枠)が科学的に設定されていたり、禁漁期・禁漁区が定められていたりする、資源を守るためのルールがある漁業のことです。

ニッスイが扱う水産物の資源管理状態を示す帯グラフ。優れた管理35%、管理40%、要改善8%、未評価17%
ニッスイが2022年に扱った水産物の資源管理状態。合計75%が適切に維持・管理された資源。

「75%が管理済み・8%が要改善」の意味

さらに詳しく見ると、扱った資源のうち75%が「適切に維持・管理できている」状態でした。その内訳は「優れた管理」が35%、「管理」が40%。前回の調査では「優れた管理」が18%だったので、より質の高い管理の漁業からの調達が大きく増えたことになります。一方で8%は「要改善」、つまり資源への懸念があり対策が必要な状態です。そして17%は、そもそもデータがなく「評価できない(未評価)」という結果でした。

「未評価17%」こそ次の課題

実は、はっきり「要改善」と判定された8%よりも、データがなくて評価すらできない17%のほうが根が深い問題です。特に魚粉・魚油・すり身の原料や、外部から仕入れる魚は、どこで誰がどう獲ったのか追いきれないことがあります。『わからない魚を、わかるようにする』というトレーサビリティ(追跡可能性)の確保が、これからの大きな宿題です。

この「良いところも課題も、包み隠さず数字で出す」という姿勢が、資源状態調査のいちばんの価値です。100点満点ではないからこそ、どこを直せばいいかが見えるのです。もし『わが社の水産物はすべて持続可能です』とだけ宣言されていたら、私たちはその真偽を確かめようがありません。75%・8%・17%という数字があるからこそ、外部の人間もその進み具合を検証でき、翌年・翌々年の変化を追いかけることができます。数字を出すことは、企業にとっては弱みをさらすことでもありますが、同時に信頼を築くための最も確実な方法でもあるのです。

この章のポイント

  • 第3回調査は304魚種・約276万トンが対象。上位3魚種で約54%
  • 83%が管理の仕組みのある漁業から、75%が適切に管理された資源
  • 要改善8%よりも、評価できない17%(データ不足)の解消が次の課題

乱獲リスクの高い魚種をどう見つけ、優先順位をつけるか

調査で「要改善」や「未評価」と判定された魚は、いわば健康診断で再検査が必要と言われた項目です。しかし、扱う魚は304種類。すべてに同時に手を打つことはできません。そこでニッスイは、リスクの大きさに応じて優先順位をつけて対処していく方針を示しています。

「量が多い×リスクが高い」魚から手をつける

優先順位づけの基本的な考え方はシンプルです。「取扱量が多く、かつ資源リスクが高い魚」から優先的に改善する——これが最も効果の大きいやり方です。少量しか扱わない魚を完璧にするより、大量に扱う主力魚種の資源を健全に保つほうが、海全体へのインパクトははるかに大きいからです。

たとえば、全体の約54%を占めるスケソウダラ・アンチョベータ・マイワシのような主力魚種は、資源が悪化すれば影響が甚大です。こうした魚こそ、漁獲枠の順守状況や資源評価を丁寧に確認し、健全な状態を維持することが最優先になります。

取扱量とリスクの2軸で魚種の優先順位を決めるマトリクス図
「取扱量が多く、リスクが高い」魚(右上)から優先的に改善する。限られた資源を最大の効果に振り向ける考え方。

混獲・絶滅危惧種というもう一つのリスク軸

資源量そのものだけでなく、「その漁が他の生き物を傷つけていないか」も重要なリスクです。マグロのはえ縄漁でウミガメや海鳥がかかってしまう混獲や、絶滅の危機にある魚種を扱っていないかといった点も、調達をチェックするうえで欠かせません。混獲がウミガメに与える影響については、ウミガメ保護の取り組みもあわせて読むと、漁業と生態系の関係が立体的に見えてきます。

第3回調査では、ニッスイが扱う水産物のなかに絶滅危惧種が13種含まれていることも明らかになりました。前回の16種から減ってはいますが、ゼロではありません。こうした魚種は、単に「量を減らす」だけでなく、扱いそのものを見直す対象になります。

「わからない魚」を減らすトレーサビリティ

前章で触れた「未評価17%」の魚は、多くの場合そもそも魚種や産地が特定できていません。そこでニッスイは、まず「この加工品に使われているのは何という魚で、どこで獲れたのか」を突き止める作業から始めています。魚種が特定できて初めて、その資源が健全かどうかを評価できるからです。地道ですが、持続可能な調達の土台となる作業です。

この特定作業が難しいのは、多くの水産加工品が複雑な流通経路をたどるからです。ある魚が海で獲られてから、船上で凍結され、別の国で加工され、さらに別の国で味付けや包装をされて日本に届く——そのあいだに、元の魚が何だったのかという情報が薄れてしまうことがあります。DNA分析などの技術を使って魚種を確定する取り組みも進んでいますが、世界中の膨大な品目を一つひとつ確かめるのは、根気のいる長い道のりです。だからこそ、リスクの大きい魚から順に着実に潰していくという優先順位づけが、ここでも生きてくるのです。

誇大表現に注意して読む

企業のサステナビリティ発信を読むときは、「100%サステナブル!」のような断定にはむしろ注意が必要です。ニッスイの取り組みが評価できるのは、8%の要改善や17%の未評価といった『できていない部分』も数字で開示している点にあります。完璧をうたう企業より、課題を正直に示す企業のほうが、実は信頼できることが多いのです。

この章のポイント

  • 「取扱量が多く、リスクが高い」魚から優先的に改善する
  • 資源量だけでなく、混獲や絶滅危惧種というリスク軸も見る
  • 魚種・産地を特定するトレーサビリティが評価の前提になる

認証・FIP・調達ガイドライン——改善の具体策

リスクの高い魚を見つけたあと、実際にどうやって改善するのでしょうか。ニッスイは大きく分けて「認証品への切り替え」「漁業そのものを良くするFIPへの関与」「危ない魚種のルール化」という手段を組み合わせています。ここでは、それぞれの仕組みをやさしく解説します。

MSC・ASC・MELという「持続可能の目印」

海の資源に配慮した水産物には、いくつかの認証マークがあります。代表的なのが、天然の魚を対象としたMSC認証(海のエコラベル)と、養殖の魚を対象としたASC認証です。日本には国産水産物向けのMEL認証もあります。これらは、資源や環境に配慮して適切に管理されていると第三者に認められた漁業・養殖業だけがつけられる、いわば「持続可能の目印」です。

ニッスイが2022年に扱ったMSC認証品は80万トン(全体の29%)・72魚種で、前回の77万トン・25%・55魚種から着実に増えています。認証品を優先的に調達することは、健全な漁業を経済的に後押しすることにもつながります。認証水産物の広がりについては、小売業の事例であるイオンのトップバリュとMSC・ASC認証や、外食チェーンのくら寿司の天然魚の活用とあわせて見ると、サプライチェーン全体の動きが見えてきます。

ただし、認証には手間もコストもかかります。認証を取るには漁業データの整備や審査費用が必要で、小規模な漁業ほど負担が重くのしかかります。世界の漁業のうち認証を取得しているのはまだ一部にすぎず、認証品だけを追い求めても、扱える魚には限りがあるのが現実です。だからこそニッスイは、認証を「ゴールの一つ」として大切にしつつ、次に述べるFIPのように認証がなくても資源を良くしていく方法を組み合わせているのです。認証は万能の切り札ではなく、いくつかある道具の一つ——そう理解しておくと、企業の取り組みをより正確に読み解けます。

MSC認証とASC認証の違いを示す図解。天然はMSC、養殖はASC
天然の魚はMSC、養殖の魚はASCが代表的な認証。買い物のときの「持続可能の目印」になる。

FIP——まだ認証はなくても、漁業を良くしていく

ただし、世界中のすべての漁業がすぐに認証を取れるわけではありません。データが足りなかったり、管理体制が整っていなかったりする漁業も多いのです。そこで重要になるのがFIP(Fishery Improvement Project/漁業改善プロジェクト)です。FIPは認証マークそのものではなく、漁業者・企業・NGOなどが協力して、その漁業が抱える課題を段階的に解決していく「改善のプロセス」を指します。

ニッスイは、認証品を買うだけでなく、こうしたFIPに主体的に関わったり、資金面で支援したり、サプライヤー(仕入れ先)との円卓会議に参加したりしています。「良い魚だけを選んで買う」だけでは、良くない漁業はいつまでも変わりません。改善が必要な漁業に踏みとどまって一緒に良くしていく——ここに、大手水産会社ならではの役割があります。

この考え方は、少し意外に感じるかもしれません。「資源に問題のある漁業からは、さっさと手を引けばいいのでは」と思う人もいるでしょう。しかし、大口の買い手が一斉に手を引けば、その漁業を営む地域の漁師たちは収入を失い、かえって無理な操業に走ることもあります。むしろ、影響力のある買い手が関わり続け、『改善すれば買い続ける』という約束を示すことが、漁業を良い方向へ動かす力になります。買う責任と、支える責任の両方を果たす——これが持続可能な調達の難しさであり、面白さでもあります。

認証を目指す改善のプロセスFIPを、企業・漁業者・NGOが協力して進める図解
FIPは、企業・漁業者・NGOが協力して漁業の課題を改善し、認証というゴールを目指すプロセス。

認証とFIPの違い

MSC・ASCは「すでに基準を満たした漁業・養殖業」に与えられる合格証(ゴール)。一方でFIPは「これから基準を満たすために改善している最中」の取り組み(ゴールへの道のり)です。両方を組み合わせることで、『すでに良い漁業を応援しつつ、まだ課題のある漁業も引き上げる』ことができます。

絶滅危惧種の調達ガイドライン

ニッスイは2024年2月、「ニッスイグループ絶滅危惧種(水産物)の調達ガイドライン」を策定しました。これは、絶滅の危機にある魚種をどう扱うかを社内で明確にルール化したものです。具体的には、深刻な絶滅危惧種であるヨーロッパウナギや、資源の減少が懸念されるガンギエイなどについて、販売の停止や、認証を受けた資源への切り替えを進めるとしています。

「絶滅危惧種だから一切扱わない」と単純に決めるのではなく、資源の状態や代替手段を踏まえてルールを整えていく——こうした地に足のついた対応も、企業事例として学ぶべきポイントです。

この章のポイント

  • 天然はMSC、養殖はASC、国産はMELが持続可能の目印。認証品は29%まで拡大
  • FIPで、まだ認証のない漁業も一緒に改善していく
  • 2024年に絶滅危惧種の調達ガイドラインを策定し、ヨーロッパウナギなどを見直し

2030年「持続可能な調達100%」への道のり

こうした一つひとつの取り組みは、最終的にどこを目指しているのでしょうか。ニッスイは、はっきりとした数値目標を掲げています。それが「2030年までに、グループの調達品について持続可能性が確認されている状態を100%にする」という目標です。

2024年度75%、2027年85%、2030年100%

ニッスイの中期的な計画では、水産資源の持続可能な調達比率の目標が段階的に設定されています。直近の2024年度実績は75%。これを2027年度に85%、そして2030年度に100%へと引き上げていく計画です。残りの25%——特にデータ不足で評価できていない部分——をどう埋めていくかが、これからの正念場になります。

年度持続可能な調達比率の目標/実績
2024年度(実績)75%
2027年度(目標)85%
2030年度(目標)100%
ニッスイが掲げる水産資源の持続可能な調達比率の目標。2030年に100%を目指す。
2024年75%から2030年100%へ上昇する目標を示す折れ線グラフ
2024年度75%から2030年度100%へ。残りをどう埋めるかがこれからの焦点。

改善を支える「3段階アプローチ」

この目標に向けて、ニッスイは調査結果に基づく3段階の取り組みを整理しています。順を追って見てみましょう。

  1. 資源が良好なものを選ぶ:MSC認証品や資源状態の良い魚種への切り替え、国産魚ではMEL認証品の導入、FIP由来の水産物の調達を促進する。
  2. 資源改善活動に関わる:FIPへ主体的に関与したり資金支援したり、仕入れ先との円卓会議に参加して、漁業そのものを良くしていく。
  3. トレーサビリティを確保する:特定が難しい品目について、まず魚種を突き止めるところから始め、資源状態を把握できるようにする。

「良い魚を選ぶ」だけでなく、「漁業を良くする」「わからない魚をわかるようにする」の3つをセットで進めるのがポイントです。1だけでは健全な漁業に負担が偏り、課題のある漁業は取り残されてしまいます。3つを組み合わせて初めて、海全体の底上げにつながります。言い換えれば、優等生の魚だけを集めるのではなく、クラス全体の平均点を上げていくようなイメージです。時間はかかりますが、これこそが本当の意味での持続可能性への近道と言えるでしょう。

国際的な連携と情報開示

ニッスイはこうした取り組みを自社だけで進めているわけではありません。魚粉・魚油の持続可能性を議論する国際的な枠組み「Global Roundtable on Marine Ingredients」に2022年から参画し、WWFジャパンの「太平洋クロマグロ保全の誓い」にも名を連ねています。また、米国のニューイングランド水族館とは15年にわたるパートナーシップを続けており、科学的な知見を取り入れています。

資源管理という課題は、一つの企業や一つの国だけでは解決できません。魚は国境を越えて回遊し、一つの漁場を複数の国が利用します。だからこそ、企業・NGO・研究機関・行政が立場を越えて情報を共有し、共通のルールをつくっていくことが不可欠です。ニッスイのような大手が国際的な議論の場に加わり、自社のデータを開示していくことは、業界全体の透明性を高めることにもつながります。一社の取り組みが、やがて『水産業のあたりまえ』を書き換えていく——そうした波及効果こそ、大手企業の事例を学ぶ意義だと言えるでしょう。

調達品の資源状況を把握し、持続的な水産資源の調達が進んでいる一方で、管理の仕組みやデータがなく評価できない漁業や改善が必要な漁業も依然として存在しており、優先順位をつけて今後対処していく。

― ニッスイ 資源状態調査(第3回)調査結果より

この章のポイント

  • 2030年に持続可能な調達比率100%を目標(2024年度は75%)
  • 「選ぶ・関わる・追跡する」の3段階アプローチで改善を進める
  • 国際的な枠組みやNGO、水族館と連携し、情報を開示している

私たち消費者にできること——企業事例から学ぶ

ここまで一企業の取り組みを見てきましたが、「持続可能な海」をつくるのは企業だけの仕事ではありません。魚を買い、食べる私たち一人ひとりの選択も、海の未来を左右します。ニッスイのような事例から、私たちは何を学び、どう行動できるでしょうか。

買い物のときに「目印」を探してみる

いちばん手軽な一歩は、スーパーで魚や水産加工品を選ぶとき、MSC(青いラベル)やASC、MELといった認証マークを探してみることです。すべての商品についているわけではありませんが、選択肢のなかに認証品があれば、それを選ぶだけで持続可能な漁業を応援できます。値段や好みと折り合いをつけながら、「できるときに、できる範囲で」選ぶ姿勢で十分です。一人の選択は小さくても、それが何万人、何百万人と積み重なれば、企業の調達方針を動かすほどの力になります。実際、認証品を求める消費者が増えたことが、水産会社に認証取得や資源管理を促す大きな原動力になってきました。買い物は、いわば海に対する『毎日の投票』なのです。

スーパーで水産物のパッケージの認証ラベルを確認する消費者のイメージ
買い物のときに認証ラベルを探してみる。小さな選択の積み重ねが、持続可能な漁業を支える。

企業の発信を「数字」で読む目を持つ

もう一つ大切なのは、企業のサステナビリティ発信を鵜呑みにせず、「数字で語っているか」「できていない部分も開示しているか」を確認する目を持つことです。この記事で見てきたように、ニッスイの取り組みが評価できるのは、75%という成果だけでなく、8%の要改善・17%の未評価という課題まで数字で示している点にあります。

近年は、環境に配慮しているように見せかけて実態が伴わない「グリーンウォッシュ」も問題になっています。だからこそ、聞こえのよいキャッチコピーではなく、第三者評価・具体的な数値・課題の開示という三点セットがそろっているかを見る習慣が、賢い消費者の武器になります。

チェックしたいポイント見るべきところ
第三者が評価しているか外部NGO・認証機関の関与があるか
数字で示しているか割合・量・魚種数などの具体データ
課題も開示しているか「要改善」「未評価」など弱点の明示
継続しているか単発でなく定期的に調査・更新しているか
企業のサステナビリティ発信を見極める4つのチェックポイント。

海の問題は「つながっている」

乱獲や資源管理の問題は、単独で存在するのではなく、海のさまざまな課題とつながっています。水温上昇によるサンゴの白化は魚の住処を奪い、混獲やゴーストギアは生態系を傷つけます。魚を持続可能に獲ることは、こうした海全体の健康を守ることの一部なのです。一企業の調達方針という切り口から、海全体を見渡す視点を持つことが、これからますます大切になります。

今日からできる3つのアクション

  • スーパーでMSC・ASC・MELなどの認証ラベルを探して、選択肢にあれば選んでみる
  • 企業の「サステナブル」の言葉を、数字と第三者評価で確かめる目を持つ
  • 魚がどこから来ているかに関心を持ち、海の資源が有限であることを意識する

まとめ——「正直に数字で示す」ことの価値

ニッスイの持続可能な水産調達の取り組みを、世界の海の現状から具体的な数字、改善策、そして私たちにできることまで見てきました。世界の水産資源の約4割が過剰漁獲という厳しい現実のなかで、自社が扱う304魚種・276万トンを一つひとつ調べ、良いところも課題も数字で開示するという姿勢は、大手水産会社の責任ある事例として学ぶ価値があります。

もちろん、75%という数字は100%ではありません。8%の要改善、17%の未評価という課題も残っています。しかし、完璧をうたうのではなく、課題を正直に示しながら2030年の100%へ向けて一歩ずつ進む——その誠実さこそが、持続可能な調達のあるべき姿と言えるでしょう。そして、その歩みを後押しするのは、認証ラベルを選び、企業の言葉を数字で見極める私たち一人ひとりの選択なのです。

この記事のまとめ

  • 世界の水産資源の約37.7%はすでに過剰漁獲。魚は限りある共有財産である
  • ニッスイはグループ37社が扱う304魚種・276万トンの資源状態を第三者機関SFPと調査している
  • 83%が管理の仕組みのある漁業から、75%が適切に管理された資源。一方で8%が要改善、17%が未評価(データ不足)
  • リスクの高い魚から優先的に、認証品への切り替え・FIPへの関与・絶滅危惧種ガイドラインで改善
  • 2030年に持続可能な調達比率100%を目標(2024年度は75%)。「選ぶ・関わる・追跡する」の3段階で前進
  • 私たちも認証ラベルを選び、企業の発信を数字と第三者評価で見極めることで海の未来を支えられる

毎日の食卓に並ぶ一切れの魚の向こうには、世界の海と、それを守ろうとする無数の取り組みがあります。次に魚を手に取るとき、その魚がどこから来たのかに少しだけ思いを巡らせてみてください。その小さな関心こそが、豊かな海を未来へつなぐ第一歩になります。私たちが今おいしく魚を食べられるのは、海が長い時間をかけて育んできた資源のおかげです。その恵みを、次の世代にもそのまま手渡していけるかどうか——答えは、企業の取り組みと私たちの選択が重なり合う、その先にあります。

参考文献・出典

  1. 国連食糧農業機関(FAO) – 世界漁業・養殖業白書(The State of World Fisheries and Aquaculture, SOFIA 2024)
  2. ニッスイ(株式会社ニッスイ) – ニッスイグループ取り扱い水産物の資源状態調査(第3回)調査結果
  3. ニッスイ サステナビリティ – 天然水産資源の持続的な利用
  4. ニッスイ サステナビリティ – 目標と実績(持続可能な調達比率のKPI)
  5. ニッスイ サステナビリティ – ニッスイグループ サステナビリティレポート2024
  6. シーフードレガシー – ニッスイとの協働事例(資源状態調査の背景)
  7. Marine Stewardship Council(MSC) – 漁業改善プロジェクト(FIP)とは
  8. Sustainable Fisheries Partnership(SFP) – FishSource 漁業資源データベース

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア