海の恵みを食卓に届ける漁業は、私たちの暮らしを支える一方で、狙っていない生き物まで巻き込んでしまうことがあります。網にかかったクジラやイルカ、はえ縄の釣り針を飲み込んだウミガメ、餌に群がって溺れる海鳥——こうした「意図しない捕獲」を混獲(こんかく、bycatch)と呼びます。混獲は特定の海域だけの話ではなく、世界中のほぼすべての漁業で起きている、水産業最大級の環境課題のひとつです。
その規模は想像を超えます。クジラやイルカなどの鯨類は世界で年間30万頭以上が混獲で命を落とすと推定され、ウミガメや海鳥も毎年数十万の単位で犠牲になっています。国連食糧農業機関(FAO)は、世界の漁獲のうち約1割、年間およそ910万トンが利用されずに海へ捨てられていると見積もっています。狙った魚以外の命が、これほど大量に失われているのです。
しかし、混獲は「避けられない副作用」ではありません。網から生き物を逃がす装置、飲み込みにくい釣り針、海鳥を寄せつけないロープなど、被害を大きく減らす工夫が世界各地で実用化されています。この記事では、混獲の規模と生態系への影響を信頼できるデータで確認したうえで、日本を含む最前線の対策と、私たち消費者にできることまでを順に見ていきます。
この記事で学べること
- 混獲とは何か、そして「投棄(discard)」との違いと世界的な規模
- クジラ・イルカ、ウミガメ、海鳥がそれぞれどの漁法でどれくらい犠牲になっているか
- 混獲が絶滅危惧種や海の食物網、遺伝的多様性にもたらす影響
- TED・サークルフック・トリライン・ピンガー・ロープレス漁具など、逃がすための技術
- 日本の漁業者が生み出した混獲回避の知恵と、消費者・企業にできること
混獲とは何か——狙っていない命が網にかかる問題
混獲(bycatch)とは、漁で狙っている魚種(対象種)を獲るときに、意図せず一緒にかかってしまう生き物のことを指します。マグロを狙ったはえ縄にウミガメがかかる、エビを獲るトロール網に小魚や幼魚が入る、底刺し網にイルカが絡まる——こうしたケースはすべて混獲です。対象種であっても、小さすぎて売れない、規制で獲れない、傷んでしまったなどの理由で船上から海へ戻されるものも広い意味で混獲に含めて語られます。
混獲された生き物の多くは、そのまま海へ捨てられます。この「捨てられる漁獲」を投棄(discard、ディスカード)と呼びます。混獲と投棄は重なる部分が多いものの、厳密には少し違います。混獲は「狙っていないものがかかること」を、投棄は「かかったものを利用せず海へ戻すこと」を指します。混獲されても持ち帰って利用されれば投棄にはなりませんが、鯨類や海鳥、ウミガメのように売り物にならない生き物は、傷ついたり死んだりしたまま捨てられることが少なくありません。
なぜ混獲は「見えにくい」のか
混獲の深刻さは、その多くが人の目に触れないところで起きている点にあります。網にかかって死んだイルカやウミガメの大半は陸に揚げられず、記録にも残りません。監視員(オブザーバー)が乗る漁船はごく一部で、多くの現場では実際に何がどれだけかかっているかを正確に把握できていないのです。研究者が公表する推定値の多くが「少なくとも」という言葉つきなのは、実態はもっと大きい可能性が高いからです。
つまり混獲は、統計に表れる数字よりも実際の被害が大きいタイプの環境問題です。だからこそ、限られたデータからでも規模感をつかみ、対策の効果を評価していくことが重要になります。近年は漁船にカメラを載せて操業を自動で記録する「電子モニタリング」の導入も進みつつあり、これまで見えなかった混獲の実態を明らかにする取り組みが少しずつ広がっています。
対象種か、非対象種か——線引きは意外と難しい
混獲というと「珍しい生き物が偶然かかる」イメージを持たれがちですが、実際には日常的に大量に起きています。たとえばエビを狙ったトロール網には、売り物にならない小魚や幼魚、カニ、ヒトデなどがまとめて入り、その多くが海へ戻されます。かかったものが対象種でも、規制サイズより小さい、数量制限を超えている、鮮度が落ちたといった理由で捨てられれば、それも広い意味での混獲・投棄です。「狙ったものだけがきれいに獲れる漁業はほとんど存在しない」という前提に立つと、混獲が特殊な事故ではなく、漁業の構造そのものに組み込まれた課題だと分かります。
一方で、幼魚を大量に捨てることは将来の資源をすり減らすことでもあります。混獲は生態系保護の問題であると同時に、漁業者自身の未来の漁獲を守るための問題でもあるのです。この「守る対象が生き物だけでなく漁業の持続性でもある」という二面性が、混獲対策に多くの関係者が関わる理由になっています。

この記事の3つのポイント
- 混獲は世界中のほぼすべての漁業で起き、統計より実態が大きい可能性が高い
- 鯨類・ウミガメ・海鳥など、繁殖の遅い生き物ほど個体群への打撃が大きい
- 逃がす装置や漁法の工夫で、漁獲を保ちながら混獲を大幅に減らせる
混獲は単なる「もったいない」問題にとどまりません。絶滅の危機にある生き物にとっては、種そのものの存続を左右する最大の脅威になり得ます。次の章では、まずその規模を数字で確認しましょう。
数字で見る混獲の規模——年間どれだけの命が失われているか
混獲の全体像を正確に測るのは難しいものの、国際機関や研究者による推定値を並べると、その桁の大きさが見えてきます。ここでは鯨類・ウミガメ・海鳥という代表的な三つのグループと、投棄全体の量を整理します。
クジラ・イルカ(鯨類)——年間30万頭以上
国際捕鯨委員会(IWC)や環境保護団体は、世界でクジラやイルカ、ネズミイルカなどの鯨類が年間少なくとも30万頭、混獲によって命を落としていると推定しています。鯨類にとって混獲は、いまや最大の死亡要因のひとつと考えられています。とくに海中に壁のように張られる刺し網(gillnet)は、音で周囲を探るイルカ類が気づきにくく、絡まって呼吸できずに溺れる事故が多発しています。
ウミガメ——毎年数十万の犠牲
ウミガメも混獲の大きな被害者です。世界では毎年数十万頭のウミガメが、はえ縄・刺し網・トロール網にかかっていると推定されています。ウミガメは肺呼吸のため、網に絡まって水面に上がれなくなると溺れてしまいます。ウミガメが直面する脅威については、ウミガメの一生と保全の記事でも詳しく解説しています。
海鳥——延縄と刺し網で数十万羽
海鳥の被害も深刻です。国際的なNGOの集計では、はえ縄漁で年間16万〜32万羽、刺し網漁で約40万羽の海鳥が混獲で死んでいるとされます。アホウドリ類のように寿命が長く、数年に一度しか卵を産まない鳥にとって、成鳥が毎年これだけ失われることは、個体群の存続に直結する打撃です。
投棄全体——世界の漁獲の約1割
混獲を含む「捨てられる漁獲」全体を見ると、FAOは2010〜2014年の平均で、世界の年間漁獲約8460万トンのうち約10.8%にあたる約910万トンが投棄されていると見積もっています。これは1980年代後半の推定のおよそ半分で、規制強化や漁具改良で減少傾向にありますが、それでもなお膨大な量の命と資源が海へ戻されているのが現状です。
ここで大切なのは、混獲の被害は漁法や海域によって大きく偏っているという点です。同じ「1割が投棄」といっても、投棄率が数%にとどまる漁業もあれば、エビトロールのように過半が捨てられる漁業もあります。つまり、混獲を減らすうえで最も効果が大きいのは、被害の集中している漁法や海域に対策を絞り込むことです。すべての漁業を一律に規制するより、「どこで、何が、どれだけ」失われているかを見極め、重点的に手を打つほうが現実的で効き目もあります。だからこそ、次章で見る漁法ごとの特徴を理解することが、対策を考える出発点になるのです。
| 対象 | 年間の推定被害 | 主な原因となる漁法 |
|---|---|---|
| クジラ・イルカ類(鯨類) | 30万頭以上 | 刺し網・流し網など |
| ウミガメ | 数十万頭 | はえ縄・トロール・刺し網 |
| 海鳥 | 延縄16万〜32万羽/刺し網約40万羽 | はえ縄・刺し網 |
| 投棄全体 | 約910万トン(総漁獲の約1割) | トロール全般・はえ縄など |

数字はなぜ幅があるのか
混獲の推定値に幅があるのは、監視員が乗る漁船が少なく、実測データが限られているためです。多くの死んだ個体は陸に揚げられないため記録に残らず、専門家は「公表値は実態の下限」と考えています。数字の大小そのものより、どの生き物がどの漁法で失われているかという構造を理解することが対策の第一歩です。
サメ・エイなど「軟骨魚類」も大きな被害
混獲というと哺乳類や海鳥、ウミガメが注目されがちですが、サメやエイの仲間(軟骨魚類)も、はえ縄や刺し網で大量に混獲されています。これらの生き物も成長が遅く子どもの数が少ないため、混獲の影響を受けやすいグループです。ヒレだけを取って本体を捨てる行為が問題になるなど、混獲は水産資源の乱獲問題とも密接に結びついています。狙っていないサメが大量にかかる海域では、資源全体の健全さが損なわれる恐れがあります。
こうして見ると、混獲は特定の「かわいそうな動物」だけの話ではなく、海の生き物全体に及ぶ横断的な課題であることが分かります。魚、哺乳類、鳥、カメ、無脊椎動物——分類の枠を超えて、狙っていない命が失われているのが混獲の実像です。次の章では、なぜこうした被害が生まれるのかを、漁法の仕組みから見ていきます。
なぜ混獲は起きるのか——漁法ごとの特徴を知る
混獲は漁法によって「かかりやすい生き物」と「起こりやすさ」が大きく異なります。原因を理解することが、そのまま対策のヒントになります。ここでは代表的な四つの漁法を見ていきましょう。
刺し網・流し網——鯨類に最も危険
刺し網は、海中に細い糸の網を壁のように張り、通りかかった魚のえらを絡めて獲る漁法です。網が透明で見えにくいため、イルカやネズミイルカ、ウミガメが気づかず突っ込み、絡まって溺れやすいのが特徴です。長い網を海に流す流し網も同様で、鯨類の混獲原因として世界的に最も問題視されています。歯クジラ類の混獲を分析した研究でも、刺し網が最大の要因とされています。
イルカやネズミイルカは、超音波を出してその反響で周囲を探る「反響定位(エコロケーション)」で泳いでいます。ところが細い糸の刺し網は音を反射しにくく、彼らのソナーに映りにくいと考えられています。目にも見えず、音でも捉えにくい壁が海中に張られているため、高い能力を持つイルカでさえ避けきれずに絡まってしまうのです。イルカの反響定位の仕組みはイルカのエコロケーションの記事で詳しく紹介しています。
はえ縄(延縄)——ウミガメと海鳥が犠牲に
はえ縄は、一本の幹縄から多数の釣り針を垂らしてマグロやメカジキを狙う漁法です。餌つきの針が海面近くにある投縄時には、餌を狙って海鳥が飛びつき、針にかかって海中へ引き込まれます。ウミガメも餌ごと針を飲み込んだり、縄に絡まったりして被害を受けます。針の形や投縄の時間帯を変えるだけで被害を減らせるため、後述する対策が最も進んでいる漁法でもあります。
トロール(底引き網)——エビ漁で投棄率が突出
トロール網は袋状の網を船で引いて海底付近の魚やエビをまとめて獲る漁法で、狙った獲物以外も大量に入りやすいのが弱点です。とくにエビトロールは投棄率が突出して高く、獲れたもののうち大半が売り物にならず捨てられるケースもあります。FAO関連の推計では、エビトロールが世界の混獲量の相当部分を占めるとされ、ウミガメの混獲原因としても長く問題になってきました。エビ1kgを獲るために、その何倍もの重さの小魚が混獲・投棄される漁場もあると報告されており、対象種と混獲の比率という点でも際立った漁法です。
さらに、海底を引きずるタイプのトロールは、海底の砂泥や岩礁に暮らす生き物の生息環境そのものを壊してしまうこともあります。混獲は「かかって死ぬ」ことだけでなく、こうした生息地の攪乱を通じても海の生態系に負荷を与えます。だからこそ、網の目を大きくして小さな生き物を逃がす、混獲の多い海域や時期を避けるといった管理が各国で進められています。
定置網——日本で身近な漁法にも課題
日本の沿岸で広く使われる定置網は、回遊してきた魚を網の中に誘い込む比較的環境負荷の低い漁法とされます。それでもイルカやスナメリ、ウミガメが迷い込むことがあり、日本近海のスナメリは定置網やトロールでの混獲が保護上の課題となっています。生きたまま逃がせる可能性がある点は、混獲対策を考えるうえで重要なポイントです。
- 刺し網・流し網:見えにくい網に鯨類・ウミガメが絡まり溺れる
- はえ縄:投縄時に海鳥が餌に飛びつき、ウミガメが針を飲み込む
- トロール:狙った獲物以外を大量に巻き込み、投棄率が高い
- 定置網:迷い込む個体はいるが、生きたまま逃がせる場合がある

生態系への影響——絶滅危惧種と海の食物網
混獲の被害を受けやすいのは、クジラやウミガメ、海鳥のように成熟に時間がかかり、産む子の数が少ない生き物です。こうした生き物は一度数を減らすと回復が遅く、混獲による死亡が個体群全体を存続の危機に追い込むことがあります。象徴的な二つの事例を見てみましょう。
コガシラネズミイルカ——刺し網が招いた絶滅寸前
メキシコのカリフォルニア湾だけに生息するコガシラネズミイルカ(バキータ)は、世界で最も絶滅に近い海洋哺乳類です。1997年には約600頭いたとされますが、高級魚トトアバなどを狙う違法な刺し網に絡まって溺れ、数が急減しました。2024年の調査で確認されたのはわずか6〜8頭。捕鯨や汚染ではなく、刺し網の混獲という単一の原因が一つの種を絶滅の淵まで追い込んだ、痛ましい教訓です。
バキータの悲劇が示すのは、混獲対策が「間に合うかどうか」という時間との闘いでもあるということです。刺し網の禁止措置は取られたものの、トトアバの浮き袋を狙う密漁が後を絶たず、規制の実効性を確保できませんでした。個体数がここまで減ると、たとえ1頭でも混獲されれば種の存続に響きます。手遅れになる前に対策を講じることの重要性を、この小さなイルカは私たちに突きつけています。
タイセイヨウセミクジラ——絡まりが繁殖を妨げる
大西洋北西部のタイセイヨウセミクジラも、残り約370頭とされる絶滅危惧種です。カニやロブスターを獲る漁具のロープに絡まる事故が絶えず、生存する個体の8割以上が生涯に一度は絡まりを経験しているという報告もあります。絡まったロープを引きずり続けると、体力を奪われて繁殖できなくなり、傷から衰弱死することもあります。混獲は「即死」だけでなく、じわじわと繁殖力を削ぐ形でも個体群を追い詰めるのです。
繁殖できるメスが70頭ほどしか残っていないとされるこの種では、1頭のメスが絡まりで子を産めなくなるだけでも、個体群の回復力に大きな穴が開きます。混獲による死亡や繁殖阻害が、その種が自然に増える力を上回れば、個体数は減り続けるしかありません。専門家が「漁具の絡まりは地獄のような問題」と表現するほど、解決が難しく差し迫った課題になっています。
日本近海のスナメリにも共通する構図
こうした構図は、遠い海の話ではありません。日本の沿岸に暮らすスナメリも、瀬戸内海などで生息数の減少が指摘されており、定置網やトロールでの混獲が保護上の課題とされています。沿岸開発や汚染に加えて混獲が重なることで、身近な海の哺乳類も静かに数を減らしている可能性があります。絶滅危惧種の混獲は、世界の象徴的な事例と地続きで、私たちのすぐそばでも起きているのです。
混獲は、いまや多くの鯨類にとって最も深刻な脅威である。刺し網などの絡む網が、その被害の大きな部分を占めている。
― 国際捕鯨委員会(IWC)の見解より要約
食物網と遺伝的多様性への波及
特定の生き物が大量に失われると、影響はその種だけにとどまりません。海の生き物は食う・食われるの関係でつながっており、上位の捕食者が減れば餌となる生き物が増えすぎたり、逆に一部が失われて連鎖が崩れたりします。さらに、個体数が減ると集団内の遺伝的多様性が失われ、環境変化や病気への抵抗力が弱まります。混獲は一種の減少が海全体のバランスに波及する、生物多様性の問題でもあるのです。海の生物多様性の重要性は海洋保護区(MPA)の記事でも取り上げています。
クジラやイルカ、ウミガメといった大型の生き物は、生態系の中で特別な役割を担っていることも分かってきています。たとえばクジラは、深く潜って餌を食べ、水面近くで排泄することで栄養を運び、植物プランクトンの成長を助けています。その植物プランクトンは光合成で酸素を生み、二酸化炭素を吸収します。つまり大型の海洋生物を混獲で失うことは、海が炭素を蓄える力や、豊かさを生み出す仕組みそのものを弱めかねないのです。混獲対策は、目の前の一頭を救うだけでなく、海全体の健全さを守る取り組みでもあります。

繁殖が遅い生き物ほど危ない
クジラやウミガメ、アホウドリ類は、性成熟まで数年〜十数年かかり、一度に産む子も少ない生き物です。魚のように大量に卵を産んで数を回復させることができないため、成熟した個体が毎年混獲で失われると、個体群はゆっくりと、しかし確実に縮小していきます。だからこそ、こうした種には特に手厚い混獲対策が必要です。
逃がす工夫——漁具改良の最前線
混獲は「避けられない副作用」ではありません。狙った魚は獲りつつ、混獲だけを減らす工夫が世界中で実用化されています。ここでは代表的な四つの技術を紹介します。いずれも、漁業を止めずに被害を大きく減らせるのが特徴です。
TED(ウミガメ除去装置)——網に「非常口」をつくる
TED(Turtle Excluder Device)は、エビトロール網の途中に金属の格子を取り付け、大きなウミガメが網の奥へ進めないようにして、格子の手前の脱出口から外へ逃がす装置です。1970年代にアメリカのNOAA(海洋大気庁)で開発され、いまでは多くの国のエビ漁で装着が義務づけられています。エビはそのまま獲りつつ、ウミガメだけを逃がせる、混獲対策の古典的な成功例です。導入当初は「エビまで逃げて漁獲が減る」と漁業者の反発もありましたが、格子の間隔や脱出口の位置を工夫することで、漁獲への影響を抑えつつウミガメを守れることが実証されてきました。

サークルフック——飲み込みにくい釣り針
はえ縄では、針の形を変えるだけでウミガメの被害を減らせます。先端が内側に丸く曲がったサークルフック(円形フック)は、口の縁にかかりやすく、喉の奥まで飲み込まれにくいため、ウミガメを傷つけずに外しやすいのが利点です。日本と米国が中心となった操業試験で混獲死亡の削減効果が確認され、地域漁業管理機関でも使用が求められるようになっています。餌をイカから魚に替えるだけでもウミガメの反応が変わるといった知見も積み重ねられており、小さな工夫の組み合わせで被害を抑える研究が続いています。
トリライン・加重枝縄・夜間投縄——海鳥を守る三つの手
海鳥対策の柱は三つあります。船尾から吹き流しつきのロープを流して餌に鳥を近づけない「トリライン(鳥よけロープ)」、おもりで餌を素早く沈める「加重枝縄」、鳥の活動が少ない夜に縄を入れる「夜間投縄」です。高緯度海域のマグロはえ縄漁では、このうち二つ以上を組み合わせることが義務づけられており、組み合わせることで高い効果が得られます。
ピンガー・ロープレス漁具——音で知らせ、ロープをなくす
刺し網には、音を出してイルカに危険を知らせる「ピンガー(音響忌避装置)」が使われます。また、絡まりの原因になる海面までのロープをなくし、必要なときだけ浮きを浮上させる「ロープレス漁具(オンデマンド漁具)」の開発も進み、カナダなどでは一部の漁で導入が始まっています。これらはタイセイヨウセミクジラのような絡まり被害の大きい種を守る切り札として期待されています。カナダでは、絡まっても切れやすい「低破断強度ロープ」の使用を義務づける動きもあり、万一絡まっても大きなクジラなら振りほどける工夫が広がっています。
こうした技術は万能ではありません。ピンガーの音に慣れてしまうイルカがいる、ロープレス漁具は高価で普及に時間がかかる、といった課題も指摘されています。だからこそ、一つの技術に頼るのではなく、海域や対象種に合わせて複数の対策を組み合わせ、効果を検証しながら改良していくことが重要です。「導入して終わり」ではなく、現場のデータで効き目を確かめ続ける姿勢が、混獲対策を前に進めます。

| 対策技術 | 守る対象 | 仕組み |
|---|---|---|
| TED(ウミガメ除去装置) | ウミガメ | 網に格子と脱出口をつけて逃がす |
| サークルフック | ウミガメ | 飲み込みにくい形の釣り針 |
| トリライン・加重枝縄・夜間投縄 | 海鳥 | 餌に近づけない/早く沈める/夜に投縄 |
| ピンガー | イルカ類 | 音で網の存在を知らせる |
| ロープレス漁具 | 大型鯨類 | 海面へのロープをなくし絡まりを防ぐ |
ルールで後押しする——国際的な規制の動き
技術だけでなく、それを広げる「ルール」も混獲を減らす重要な力です。マグロなどを管理する地域漁業管理機関(RFMO)は、はえ縄漁に海鳥回避措置やサークルフックの使用を義務づけています。さらにアメリカは、自国の海洋哺乳類保護法にもとづき、輸入する水産物に対して「米国と同等の混獲対策を取っているか」を求める輸入規制を導入しました。つまり、混獲対策をしていない国の水産物は米国市場に入りにくくなるという仕組みです。こうした市場を通じた圧力は、世界の漁業に対策を促す強力な後押しになります。
日本も、絶滅危惧種の混獲を減らすためのガイドライン整備や、はえ縄漁での回避措置の導入を進めてきました。規制は現場の負担にもなりますが、効果の高い対策を「一部の熱心な漁業者だけ」から「業界全体の標準」へと広げるには、ルール化が欠かせません。技術・現場の工夫・ルールの三つがかみ合ったとき、混獲は目に見えて減っていきます。
「漁を止める」だけが答えではない
混獲対策の多くは、漁そのものを禁止するのではなく、道具や方法を少し変えるアプローチです。漁業者の生活を守りながら被害を減らせるため、現場に受け入れられやすく、長続きしやすいという利点があります。効果の高い工夫を見つけ、広げていくことが鍵になります。
日本の挑戦——漁業者が生み出した混獲回避の知恵
混獲対策は、遠い国の話ではありません。日本の漁業者や研究者も、現場の工夫から世界に通用する解決策を生み出してきました。ここでは日本発の取り組みを紹介します。
トリポール——現場から生まれた海鳥よけ
日本のマグロはえ縄漁業では、船尾に立てた長い棒(ポール)から吹き流しつきのロープを流し、海鳥を餌に近づけない「トリポール」という手法が、漁業者自身の工夫から生まれました。設置が簡単で効果が高く、水産研究機関の報告でもその有効性が示されています。国が押しつけた規制ではなく、現場の知恵が国際的な標準対策につながった好例です。海の上で日々鳥と向き合う漁業者だからこそ気づけた工夫が、いまや世界の海鳥を守る手段として評価されているのは、日本の漁業が誇ってよい成果だといえます。

スナメリと定置網——共存を探る沿岸
日本近海に暮らすスナメリは、瀬戸内海などでは定置網の混獲が保護上の課題とされてきました。一方で、定置網は生きたまま逃がせる余地がある漁法でもあります。瀬戸内のある地域では、定置網を揚げるときにスナメリが集まって魚のおこぼれを食べる、漁師との長年の共存関係も報告されており、沿岸漁業と海の哺乳類が折り合いをつける可能性を示しています。混獲を「敵対」ではなく「共存の工夫」の問題として捉え直すヒントが、こうした現場にはあります。

低コストの工夫——ボトルピンガーという発想
混獲対策のハードルのひとつはコストです。市販のピンガーは高価ですが、近年は空き瓶やペットボトルを網に取り付けて水中で音を立て、イルカに危険を知らせる「ボトルピンガー」の研究が進んでいます。2026年に報告された国際共同研究では、ブラジルの底刺し網にボトルを取り付けた結果、イルカの混獲がゼロになった例も示されました。安価な工夫が途上国を含む多くの漁場で使える可能性があり、注目されています。高価な最新機器だけでなく、身近な材料を活かした知恵もまた、混獲を減らす有力な選択肢なのです。
海に流れ出た漁具そのものも混獲を生み続けます。放棄・逸失された漁網が海中で獲物を捕らえ続ける「幽霊漁具(ゴーストギア)」の問題は、ゴーストギアと幽霊漁業の記事で詳しく解説しています。使い終わった漁網を回収して再利用する取り組みは、漁網リサイクルの記事も参考になります。ゴーストギア対策は、いま使われている漁具の混獲対策と並んで、海に残された「見えない罠」を減らす重要な取り組みです。
日本発の混獲対策
- トリポール:現場の工夫が国際的な海鳥保護策に発展
- 定置網×スナメリ:生きたまま逃がす沿岸漁業の可能性
- ボトルピンガー:低コストでイルカを守る新しい発想
消費者と企業にできること——選ぶ責任と減らす責任
混獲を減らすのは漁業者や研究者だけの仕事ではありません。魚を買い、食べる私たち一人ひとりの選択や、水産物を扱う企業の調達方針も、現場の漁法を変える大きな力になります。
認証ラベルを選ぶ——MSCとASC
スーパーで水産物を選ぶとき、目印になるのが水産エコラベルです。天然の魚には海のエコラベル「MSC認証」、養殖にはASC認証があり、いずれも混獲を含む環境への影響を抑えた漁業・養殖に与えられます。こうしたラベルつきの商品を選ぶことは、混獲対策に取り組む生産者を消費者が後押しすることにつながります。日本の小売でも取り扱いが広がっており、イオン トップバリュのMSC・ASC認証の記事で具体例を紹介しています。認証は「混獲ゼロ」を保証するものではありませんが、混獲を含む影響を継続的に評価・改善する仕組みが備わっている点に意味があります。
企業の調達方針——ニッスイの事例
水産物を大量に扱う企業の調達方針は、影響が大きいものです。たとえばニッスイは、持続可能な水産資源の利用を重点テーマに掲げ、MSC・ASC認証水産物の活用や、自社グループの天然水産物の資源状態調査を進めています。海外グループ企業と連携し、より環境負荷の小さい漁法の開発に取り組んできたとも公表しています。こうした取り組みは、混獲を含む環境影響を調達段階から抑えようとする一例です。企業が調達基準を上げれば、その基準を満たそうとする漁業が増え、結果として現場の漁法が変わっていきます。消費者・小売・加工企業・漁業者がつながって初めて、混獲対策はサプライチェーン全体で機能するのです。
食べ残さない——投棄を減らす消費
混獲・投棄の問題は、水産物のフードロスとも地続きです。せっかく獲った魚を無駄にしないこと、規格外の魚や利用の少ない魚(未利用魚)を積極的に食べることは、限られた漁獲を有効に使い、獲りすぎの圧力を和らげることにつながります。水産物のロス問題については水産物のフードロスの記事もあわせてご覧ください。
知って、伝える——関心そのものが力になる
混獲は、目に見えにくいために関心が集まりにくい問題です。だからこそ、この問題を「知っている人」が増えること自体が、対策を前へ進める原動力になります。SNSで話題にする、家族との食卓で魚の産地や獲り方を話題にする、子どもと一緒に海の生き物について調べてみる——そうした小さな行動が、消費者の選択を変え、企業や漁業を動かす世論の土台になります。海を回遊するクジラたちがどんな旅をしているかを知れば、彼らを混獲から守りたいという気持ちも自然と湧いてきます。興味のある方はクジラの回遊の謎の記事ものぞいてみてください。
混獲対策は、漁業者や研究者、企業、行政、そして消費者という多くの立場の人が、それぞれの持ち場でできることを重ねて初めて前進します。誰か一人がすべてを解決できるわけではありませんが、逆に言えば、誰もが少しずつ関わることができる問題でもあります。まずは知ること。それがすべての出発点です。
- MSC・ASC認証など、環境に配慮した水産物を選ぶ
- 混獲対策に取り組む企業の商品や情報に関心を持つ
- 未利用魚や規格外の魚を活かし、食べ残しを減らす
- 混獲やゴーストギアの問題を知り、周りに伝える

今日からできる4つの行動
- 買い物でMSC・ASCなどの認証ラベルを探してみる
- 旬の魚や未利用魚を食べ、食べ残しを減らす
- 混獲やゴーストギアについて家族や友人と話す
- 海の保全に取り組む団体の活動を知り、応援する
まとめ——混獲を「見える化」し、減らせる問題に変える
混獲は、世界中の漁業で日常的に起きている、水産業最大級の環境課題です。クジラやイルカは年間30万頭以上、ウミガメや海鳥も毎年数十万の単位で犠牲になり、世界の漁獲の約1割が利用されずに海へ捨てられています。とくにコガシラネズミイルカのように、混獲という単一の原因が種を絶滅の淵まで追い込む例は、この問題の深刻さを物語っています。
一方で、混獲は決して「どうにもならない副作用」ではありません。TEDやサークルフック、トリライン、ピンガー、ロープレス漁具といった工夫は、漁を止めずに被害を大きく減らせることを証明しています。日本の漁業者が生んだトリポールやボトルピンガーのように、現場の知恵が世界の標準を変えることもあります。そして、認証ラベルを選び、魚を無駄にしない私たちの消費行動もまた、混獲を減らす確かな力になります。
この記事のまとめ
- 混獲とは狙っていない生き物が網にかかること。統計より実態が大きい可能性が高い
- 鯨類は年間30万頭超、ウミガメ・海鳥も数十万規模で犠牲になり、世界の漁獲の約1割が投棄される
- 繁殖の遅い絶滅危惧種ほど打撃が大きく、食物網や遺伝的多様性にも波及する
- TED・サークルフック・トリライン・ピンガー・ロープレス漁具で被害は大きく減らせる
- 認証水産物を選び、魚を無駄にしない消費が、混獲対策の漁業を後押しする
混獲を減らす第一歩は、その存在を「知る」ことです。目に見えにくい海の中で起きているこの問題を一人でも多くの人が理解し、選択と行動に変えていくこと。それが、狙っていない命を守り、豊かな海を次の世代へ引き継ぐことにつながります。
参考文献・出典
- 国際捕鯨委員会(IWC) – Bycatch and entanglement of cetaceans in fishing gear
- 国連食糧農業機関(FAO) – Discards and Bycatch in Capture Fisheries
- NOAA Fisheries(米国海洋大気庁) – Vaquita Conservation and Abundance
- NOAA Fisheries(米国海洋大気庁) – North Atlantic Right Whale — Vessel Strikes and Entanglement
- WWFジャパン – 混獲—解決すべき漁業の環境課題—
- 水産庁 水産研究・教育機構 – 国際漁業資源の現況 海亀類(総説)
- 水産研究・教育機構(FRA) – トリポール―日本の漁業者が生み出した海鳥混獲回避手法―
- バードライフ・インターナショナル東京 – 海鳥に安全な漁業を目指して 世界の取り組みと解決策
- Marine Stewardship Council(MSC) – 混獲とは? 混獲を防ぐための管理方法
- ニッスイ – 天然水産資源の持続的な利用・水産エコラベル
※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア