2003年10月10日、日本産最後のトキ「キン」が推定36歳で死んだ。この日をもって、日本列島で数千年にわたって受け継がれてきた日本産トキの系統は、完全に途絶えた。それから20年あまり。いま佐渡島の空には、およそ500羽のトキが飛んでいる。
この復活は、奇跡でも偶然でもない。中国から譲り受けたわずか7羽の個体、水田の農薬を半分に減らすと決めた農家、20年以上にわたって巣を数え続けた研究者と住民。人が壊した環境を、人が組み立て直した結果として、トキは戻ってきた。
そして2026年5月31日、石川県羽咋市で本州初の放鳥が行われた。本州からトキが消えた1970年から、実に56年ぶりのことである。この記事では、環境省の「トキ野生復帰ロードマップ2030」をはじめとする一次資料をもとに、絶滅から復活までの全過程と、数字の裏側にまだ残る課題を丁寧に追う。
この記事で学べること
- トキ(Nipponia nippon)の生態と、翼を広げたときだけ現れる「朱鷺色」の正体
- 江戸時代の全国分布から1981年の全鳥捕獲、2003年のキンの死までの絶滅の経緯
- 中国由来のわずか7羽から始まった人工繁殖と、2008年以降の佐渡での放鳥の成果
- 「生きものを育む農法」と認証米制度が、なぜ野生復帰の決め手になったのか
- 遺伝的多様性・分布の偏り・地域の軋轢・人口減少という、いま残る4つの課題
- 2026年の本州初放鳥(石川県羽咋市)と、ロードマップ2030が描く2035年までの道筋
トキという鳥——学名「ニッポニア・ニッポン」の素顔
トキの学名は Nipponia nippon。属名も種小名も「日本」を意味する、世界でも珍しい鳥である。ペリカン目トキ科に分類され、体長は約75センチ、翼を広げると130〜140センチに達する。体重は1.5キロ前後で、オスのほうがやや重く、最大でも2キロ程度だ。
翼を広げたときだけ現れる「朱鷺色」
止まっているときのトキは、ほぼ白い鳥に見える。ところが翼を広げると、風切羽の内側に淡いピンク色が広がる。この色は「朱鷺色(ときいろ)」と呼ばれ、日本の伝統色名にもなっている。色のもとはカロテノイド系の色素で、サワガニなどの餌に由来すると考えられている。秋に羽が生え替わった直後がもっとも鮮やかで、季節によって色の濃さが変わる。
繁殖期になると「黒くなる」不思議
トキには、他の白い鳥にはほとんど見られない習性がある。繁殖期を控えた12月ごろになると、首まわりの皮膚が黒い粉状にはがれ落ち、鳥はそれを自分の体にこすりつけて、頭から背にかけて灰色に染めるのだ。この状態を繁殖羽と呼ぶ。真っ白な鳥が自ら灰色に化粧する——観察する側からすると、季節を告げるサインでもある。
くちばしで泥をさぐる、触覚のハンター
トキの採餌はきわめて特徴的だ。下に湾曲した長いくちばしを浅い水底の泥に差し込み、視覚ではなく触覚で獲物を探り当てる。獲物はカエル、ドジョウ、タニシが中心で、海岸ではカニやエビ、季節によっては昆虫も食べる。植物はほとんど食べない。
この採餌方法が意味するのは単純だが重い事実である。トキが生きるには「浅くて、泥があって、小さな生きものがいる水辺」が必要だ。日本でそれに当たるのは、ほとんどの場合、水を張った水田である。トキが里山の鳥と呼ばれるのは、風流な理由からではない。餌の構造がそうなっているからだ。
日本の伝統色になった鳥
「朱鷺色」は、日本の伝統色名のひとつとして受け継がれてきた。染織や着物の色見本にこの名が残っているということは、かつてこの鳥が、色の名前になるほど身近に見られていたということでもある。学名に二度も「日本」を刻まれ、色の名前にまでなった鳥が、国内でいったん野生絶滅したという事実は、それだけで日本の自然環境がこの一世紀に受けた変化の大きさを物語る。
トキは水田で採餌し、集落近くのアカマツ・クロマツ・コナラ・スギなどの大木をねぐらや営巣木に使う。田んぼと林と人家が近接している——つまり里山という構造そのものが、この鳥の生活圏だった。ロードマップ2030も、トキが自然状態で安定して存続するには、餌場となる水田等と、ねぐら・営巣環境となる大木を含めた生態系ネットワーク全体を良好に保つ必要があると明記している。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学名 | Nipponia nippon(ニッポニア・ニッポン) |
| 分類 | ペリカン目トキ科 |
| 体長/翼開長 | 約75cm/約130〜140cm |
| 体重 | 1.5kg前後(最大2kg程度) |
| 主な餌 | カエル、ドジョウ、タニシ、サワガニ、エビ、昆虫など |
| 採餌方法 | 長いくちばしを泥に差し込み、触覚で探る |
| 主な生息環境 | 水田、湿地、河川敷、里山 |
| 繁殖期 | おおむね2〜7月 |
| 国内の法的位置づけ | 特別天然記念物(1952年)/国内希少野生動植物種(1993年) |
| レッドリスト | 絶滅危惧IA類(CR)/環境省レッドリスト2019 |

トキを理解する3つの鍵
- 翼の内側の淡いピンク=朱鷺色は、餌に由来するカロテノイド色素による
- 繁殖期には自ら首の皮膚の粉をこすりつけ、白から灰色へ変わる
- 浅い水・泥・小動物がそろう水田が生命線。だから農業とセットでしか守れない
江戸の空から消えるまで——絶滅までの100年
環境省の資料によれば、江戸時代のトキは日本のほぼ全域に生息していた。北海道から本州、四国、九州まで、水田と湿地のあるところにはごく普通にいた鳥である。それが100年足らずで消えた。
明治の乱獲——「害鳥」と「美しい羽」
転機は明治維新である。狩猟が自由化されると、トキは二つの理由で撃たれた。ひとつは水田を踏み荒らす害鳥とみなされたこと、もうひとつは羽根が装飾品として高値で取引されたことだ。石川県の資料も、明治以降にトキが猟の標的とされ数を大きく減らしたと記している。
保護鳥に指定しても、減り続けた
1908(明治41)年、狩猟法施行規則によりトキは保護鳥に指定された。それでも回復しなかった。1926(大正15)年の『新潟県天産誌』には、乱獲によって絶滅したと記されている。1952(昭和27)年には国の特別天然記念物に指定されたが、この時点で残っていたのは佐渡島と能登半島のごくわずかな個体だけだった。
ここには、保全生態学が繰り返し確認してきた教訓がある。捕獲を禁じても、生息環境が失われていけば個体数は減り続ける。戦後の農薬普及、圃場整備による乾田化、用水路のコンクリート化は、トキの餌であるドジョウやカエルの生息場所を静かに削り取っていった。
1950年に35羽、1970年に本州から消えた
環境省の集計では、1950年時点の野生トキはわずか35羽。そして1970(昭和45)年、石川県穴水町で保護された最後の1羽「能里(ノリ)」が佐渡島へ移されたことで、本州からトキは完全に姿を消した。
1981年、最後の5羽を捕獲するという決断
1981(昭和56)年、国は重い決断を下す。佐渡島に残っていた野生のトキ5羽をすべて捕獲し、人工繁殖に本格着手したのである。この瞬間、日本の空から野生のトキは消えた。「保護のために野生を終わらせる」という選択は当時から議論を呼んだが、放置すれば数年内に確実に絶えるという判断だった。
2003年10月10日、キンの死
捕獲された個体の人工繁殖は成功しなかった。1995年に「ミドリ」が死ぬと、残ったのはメスの「キン」1羽だけになる。そして2003年10月10日の朝、キンはケージ内で死んでいるのが見つかった。突然飛び立ってケージの扉に衝突したことによる頭部の挫傷が死因とされ、推定年齢は36歳だった。日本産トキの系統は、ここで完全に途絶えた。
なぜ「保護鳥」でも守れなかったのか
- 撃つことを禁じても、餌場である浅い水辺が消えれば個体は維持できない
- 乾田化・用水路の三面コンクリート化で、ドジョウやカエルが激減した
- 少数個体に追い込まれた集団は、繁殖の失敗や事故ひとつで一気に崩れる
- 種の保護は「殺さない」ことより「暮らせる場所を残す」ことのほうが難しい
中国から来た7羽——国境を越えた再生の土台
日本が最後の5羽を捕獲した1981年、中国では正反対の出来事が起きていた。陝西省洋県で、絶滅したと考えられていた野生のトキ7羽が再発見されたのである。この7羽が、のちに日本のトキ復活の土台になる。
1985年の借受けから、1999年の「優優」誕生へ
日本は1985年から中国個体の借受けを始め、1995年からは「日中トキ生息地保護協力事業」として、中国国内の野生トキの生息環境調査・保護にも協力してきた。転機は1999(平成11)年である。中国から贈呈されたオスの「友友(ヨウヨウ)」とメスの「洋洋(ヤンヤン)」のあいだに、日本で初めて人工増殖による雛「優優(ユウユウ)」が誕生した。
日本のトキ全個体の祖先は、たった7羽
その後も個体の提供は続き、2018(平成30)年10月には「楼楼(ロウロウ)」と「関関(グワングワン)」の2羽が来日した。環境省の「トキ野生復帰ロードマップ2030」は、この事実を率直に記している——日本の飼育下および野生下のトキは、中国から提供されたわずか7羽のファウンダー(友友、洋洋、美美、華陽、溢水、楼楼、関関)の子孫である。
| ファウンダー | 備考 |
|---|---|
| 友友(ヨウヨウ) | 1999年に中国から贈呈。国内初の人工増殖個体「優優」の父 |
| 洋洋(ヤンヤン) | 1999年に中国から贈呈。「優優」の母 |
| 美美(メイメイ) | 初期の主要繁殖個体。血縁の寄与が大きい系統のひとつ |
| 華陽(ホアヤン) | 血縁占有度が相対的に低く、優先的な繁殖の対象とされてきた |
| 溢水(イーシュイ) | 同上。系統の希少性が高い |
| 楼楼(ロウロウ) | 2018年10月に来日。子孫が少なく優先的にペアを組ませる方針 |
| 関関(グワングワン) | 2018年10月に来日。同上 |
同ロードマップは、この構成が「環境変化や病気に対して集団としての耐性が低い可能性がある」と明記し、地理的に離れた複数の飼育地での分散飼育や、子孫の少ない楼楼・関関を優先的にペアリングする方針を打ち出している。数が増えても、遺伝的な出発点の狭さは消えないからだ。
中国は45年で1.2万羽へ、韓国でも再導入が進む
再発見の地・中国では、その後の保護が大きな成果を上げた。中国の政府系メディアの報道によれば、2025年末時点で世界のトキ個体群は1万2千羽を超え、生息域は2万平方キロメートル以上に拡大、中国国内では15の省・自治区・直轄市で安定的な個体群が形成されている。洋県の国家級自然保護区は1990年代以降、国内7省へ300羽以上の繁殖個体を供給し、日本と韓国にも個体を送り出してきた。
トキは現在、日本・中国・韓国の3か国にのみ生息する。いずれも絶滅寸前の状態から飼育繁殖と野生復帰によって回復してきた種であり、環境省も両国との情報共有を進める方針を示している。トキの復活は、最初から国際協力の物語だった。
一次情報を確認するトキ|自然環境・生物多様性|環境省トキ保護増殖事業の経緯、放鳥の実績、ロードマップなどを掲載する環境省の公式ページ。一次資料へのリンクもここから辿れる。🔗 www.env.go.jp
2008年9月、佐渡の空へ——放鳥という長い実験
環境省は2003(平成15)年に「佐渡地域環境再生ビジョン」を関係者と協議してまとめ、その目標を段階的に達成するための行程表として「トキ野生復帰ロードマップ」を定めた。そして2008(平成20)年9月25日、佐渡島で第1回の放鳥が行われた。オス・メス各5羽の計10羽が、ハードリリース方式(順化ケージから直接放す方式)で空へ放たれた。1981年の全鳥捕獲から27年ぶりに、日本の空にトキが戻った瞬間である。
2012年——「36年ぶりのヒナ」という転換点
放鳥は「飛ばして終わり」ではない。放した個体が野外で生き延び、ペアをつくり、子を巣立たせて初めて個体群になる。最初の数年、野生下での繁殖はうまくいかなかった。2010年・2011年の巣立ち率はいずれも0%である。
転機は2012(平成24)年だった。放鳥個体6羽がつくった4つの巣から、野生下では36年ぶりとなる8羽のヒナが誕生し、38年ぶりの巣立ちに至った。この年の巣立ち率は18.8%。数字としては低いが、「野外で世代がつながる」ことが初めて証明された年になった。
2016年、野生生まれ同士のペアが子育てを始めた
さらに大きな節目が2016(平成28)年である。両親ともに野生下で生まれ野外で育った個体どうしのペアが、初めて繁殖に成功した。人の手を一度も借りていない世代が、次の世代を残し始めたということだ。そして2018(平成30)年には、野生生まれの生存個体数が、放鳥個体の生存数を上回った。個体群の主役が入れ替わった年である。
目標は2年前倒しで達成された
ロードマップの目標も次々に更新されていった。「2015年頃に小佐渡東部地域に60羽を定着させる」という最初の目標は達成され、続く「トキ野生復帰ロードマップ2020」(2016年3月策定)が掲げた「2020年頃に佐渡島内に220羽を定着させる」という目標は、2018年6月に2年前倒しで達成された。2019年10月16日時点の集計では、野生下推定433羽・飼育下179羽。2008年からのこの時点までに、放鳥は計21回・のべ364羽に達している。
有精卵率7%から77%へ——個体群が「学習」していった10年
野生復帰の難しさは、繁殖データを時系列で眺めるとよくわかる。環境省の集計によれば、野生下の有精卵率は2011年にわずか7%だった。放鳥された個体はケージの中で育っており、野外での求愛・交尾・造巣・抱卵をほとんど経験していない。最初の数年、卵は産まれても受精していなかったのである。
それが2012年33%、2013年40%、2014年71%と急速に上がり、2018年には77%に達した。放鳥個体が経験を積み、さらに野生生まれの個体が繁殖に加わったことによる変化と分析されている。ペア形成数・営巣メス数・巣立った巣数も、次のように増えていった。
| 繁殖年 | ペア形成数 | 孵化率 | 巣立ち率 |
|---|---|---|---|
| 2010年 | 6 | 0.0% | 0.0% |
| 2011年 | 7 | 0.0% | 0.0% |
| 2012年 | 18 | 18.8% | 18.8% |
| 2013年 | 24 | 23.8% | 9.5% |
| 2014年 | 35 | 43.8% | 34.4% |
| 2015年 | 38 | 36.4% | 24.2% |
| 2016年 | 53 | 47.2% | 35.8% |
| 2017年 | 65 | 55.4% | 47.7% |
| 2018年 | 77 | 44.4% | 37.5% |
| 2019年 | 99 | 40.2% | 35.9% |
注目すべきは、孵化率・巣立ち率が2017年をピークにやや下がっている一方で、ペア形成数は増え続けている点である。個体数が増えて密度が高まると、1ペアあたりの成功率は下がる。増えれば増えるほど楽になるわけではない、という現実がここに表れている。
コロニー繁殖という発見
もうひとつ、モニタリングから見えてきた興味深い傾向がある。近年はおよそ半数のペアがコロニー(集団営巣)で繁殖しており、コロニー繁殖のほうが単独巣より巣立ち率が高い。2019年時点で営巣数に占めるルースコロニー営巣数の割合は59%に達している。
集団で営巣すれば、天敵の接近に早く気づける。一方で、営巣林が特定の場所に集中しすぎれば、その林が失われたときの被害も集中する。コロニー繁殖は利点であると同時に、後述する「分布の偏り」というリスクと表裏一体である。
2019年、レッドリストのランクが変わった
個体群の回復は、絶滅危惧のカテゴリーにも反映された。トキは2018(平成30)年5月公表の環境省レッドリスト2018までは野生絶滅(EW)とされていた。しかし2014(平成26)年に野生下で成熟個体が出現して以降、EWの基準に該当しない状況が5年以上維持されたことを踏まえ、2019(平成31)年1月公表のレッドリスト2019で絶滅危惧IA類(CR)に変更された。
「野生絶滅」から「絶滅危惧」への移動は、一般には格下げのように見えるかもしれない。だが保全の世界では、これは数少ない、明確な前進の記録である。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1981年 | 佐渡の野生5羽をすべて捕獲。日本の野生トキが消える/中国・洋県で野生7羽を再発見 |
| 1999年 | 中国から友友・洋洋が贈呈され、国内初の人工増殖個体「優優」が誕生 |
| 2003年 | 日本産最後のトキ「キン」が死亡(推定36歳)/佐渡地域環境再生ビジョン公表 |
| 2008年 | 9月25日、佐渡島で第1回放鳥(10羽) |
| 2012年 | 野生下で36年ぶりにヒナ8羽が誕生、38年ぶりの巣立ち |
| 2016年 | 野生生まれどうしのペアが初めて繁殖に成功 |
| 2018年 | 6月にロードマップ2020の目標(220羽)を2年前倒しで達成/野生生まれの生存数が放鳥個体を上回る |
| 2019年 | 1月、レッドリスト2019で野生絶滅(EW)から絶滅危惧IA類(CR)へ |
| 2025年 | 第32回放鳥として計9羽(ハードリリース4羽・ソフトリリース5羽) |
| 2026年 | 3月にロードマップ2030策定/5月31日、石川県羽咋市で本州初放鳥 |

田んぼが支えた復活——「生きものを育む農法」という発明
ここまでの話には、まだ主役が登場していない。トキを空へ戻したのは環境省でも研究者でもなく、佐渡の農家である。理由は単純だ。放鳥しても餌がなければ、トキは生き延びられないからである。
朱鷺と暮らす郷づくり認証制度
佐渡市は、トキの餌場確保と生物多様性の米づくりという二つの目的を掲げ、環境保全型農業を認定する「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」を立ち上げた。認証米「朱鷺と暮らす郷」の主な要件は次のとおりである。
- 栽培期間中の化学合成農薬・化学肥料を、佐渡地域の慣行栽培基準に比べて5割以上削減する(無農薬・無化学肥料、8割減、5割減のいずれか)
- 水田の畦畔などに除草剤を散布しない
- 「生きものを育む農法」の技術を実践する
- 加入者全員が年2回、水田に棲む生きものの調査を実施する
「生きものを育む農法」の4つの技術
この制度の核心は、精神論ではなく具体的な土木・水管理の技術にある。佐渡市が示す代表的な取り組みは次の4つだ。
- 江(え)の設置……水田の一角に細長い溝を掘り、中干し(夏に田の水を抜く作業)のあいだも生きものが逃げ込める水場を残す
- ふゆみずたんぼ(冬期湛水)……稲刈り後の冬にも水を張り、水田を年間を通じた湿地として機能させる
- 魚道の設置……水田と用排水路のあいだに緩やかな通路をつくり、ドジョウなどが行き来できるようにする
- ビオトープの設置……作付けしていない田んぼに一年中水を張り、生きものの生息場所として維持する
近代の圃場整備は、水はけをよくし機械を入れやすくするために、田んぼから水を抜き、水路を切り離してきた。江も魚道もふゆみずたんぼも、その「切り離し」を部分的に元へ戻す作業である。トキの餌であるドジョウやカエルは、田んぼと水路がつながっていて初めて生活史を完結できる。

初年度256戸・426ヘクタールから始まった
環境省の生態系サービスへの支払い(PES)事例集によれば、この制度には初年度から256戸の農家・426ヘクタールが参加した。手間は明らかに増える。それでも広がったのは、「トキのため」という物語が消費者に届き、認証米に取り組む農家の収入が1俵あたり1,000円程度向上したという実利が伴ったからである。
この構造は、瀬戸内海発の里海という考え方——人が適切に手を入れることでかえって生物生産性と多様性が高まるという思想——と、ほぼ同じ発想に立っている。手つかずの自然に戻すのではなく、人の営みの側を作り替える。
認証米の仕組みを見る佐渡市認証米「朱鷺と暮らす郷」とは?|佐渡市認証の要件、生きものを育む農法の内容、生きもの調査などを佐渡市が公式に解説するページ。🔗 www.city.sado.niigata.jp世界農業遺産「トキと共生する佐渡の里山」
こうした取り組みは国際的にも評価された。2011(平成23)年6月、佐渡は「トキと共生する佐渡の里山」として国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS)に認定された。同時に認定された石川県の「能登の里山里海」とともに、日本初、そして先進国では初の認定である。
佐渡の棚田の多くは、17世紀以降の佐渡金銀山の開発で人口が急増し、海岸沿いや山間部にまで水田を広げた結果として生まれたものだ。鉱山の産業史がつくった風景が、400年後に絶滅危惧種の生息地として評価された——この巡り合わせ自体が、里山という概念のわかりにくさと面白さをよく表している。
世界農業遺産の取り組みを見る世界農業遺産「トキと共生する佐渡の里山」公式サイト2011年にGIAHS認定を受けた佐渡の農業システムと、保全計画・生きものを育む農法の取り組みを紹介。🔗 sado-giahs.jp田んぼで生きものを取り戻す4つの技術
- 江:中干し中も水が残る溝。ドジョウ・カエルの避難場所になる
- ふゆみずたんぼ:冬も水を張り、水田を通年の湿地として使う
- 魚道:田んぼと用排水路をつなぎ直し、生きものの移動を回復する
- ビオトープ:非作付け田を通年の水場として維持する
数字で見る回復——そして残る4つの課題
環境省「トキ野生復帰ロードマップ2030」(2026年3月31日策定)は、現状をこう記している。2025(令和7)年12月現在、飼育下で約170羽に加え、野生下にはおよそ500羽のトキが生息しており、個体数としてはある程度安定フェーズに移行しつつある可能性がある——。
「移行しつつある可能性がある」という慎重な言い回しに、この事業の性格がよく出ている。同じ文書は、直後に4つの懸念を並べているからだ。
課題① 遺伝的多様性の低さは消えない
個体数が増えても、出発点が7羽だという事実は変わらない。ロードマップは「過去に著しく個体数が減少したことから遺伝的多様性が低く、環境変化や病気への集団としての耐性などを考慮すると、できる限り安定的な生息数を確保するとともに、飼育下及び野生下の遺伝的多様性を確保していく必要がある」と明記する。血縁の占有度は友友・洋洋・美美の系統に大きく偏っており、溢水・華陽の寄与は低いままだ。だからこそ、子孫の少ない楼楼・関関を優先的にペアリングする方針がとられている。
課題② 分布の偏りと「密度効果」
佐渡島内でトキの個体数は順調に増えてきたが、分布域は国仲平野と羽茂平野およびその周辺に偏っている。営巣も特定の林に集中する傾向があり、巣の数自体は増えているのに、密度効果によると考えられる繁殖成功率の低下が認められている。生息密度が高まれば感染症リスクも上がる。
実際の繁殖データを見ると、巣立ち率が個体の育ち方によって大きく異なることがわかる。
| ペアの組み合わせ(オス-メス) | 巣立ち率 |
|---|---|
| 人工育雛 - 人工育雛 | 0% |
| 自然育雛 - 人工育雛 | 11% |
| 人工育雛 - 自然育雛 | 27% |
| 自然育雛 - 自然育雛 | 29% |
| 放鳥個体 - 放鳥個体 | 21% |
| 野生生まれ - 放鳥個体 | 38% |
| 放鳥個体 - 野生生まれ | 43% |
| 野生生まれ - 野生生まれ | 53% |
傾向は明快である。親の元で巣立ちまで育つ「自然育雛」の個体のほうが、人が育てる「人工育雛」より野生下での生存率・繁殖成功率が高い。またペアの少なくとも一方が野生生まれであるほど成功率が上がる。ロードマップ2030が「可能な限り自然育雛を基本とする」と定めているのは、この蓄積があるからだ。
見えにくい課題——「繁殖に参加できないメス」
個体数の裏側には、性別ごとの事情もある。足環のある野外個体の集計では、繁殖可能な個体(2歳以上)が増える一方で、2015年以降、繁殖に参加できていないメスが増加していることが確認されている。営巣に適した林と相手が限られていれば、数が増えるほどあぶれる個体が出る。単純な総数だけでは、個体群の健全さは測れない。
課題③ 地域住民との軋轢
見落とされがちだが重要なのがこれである。ロードマップは「稲踏み等に関して地域住民との軋轢が生じることも懸念される」と率直に書いている。トキは水田で採餌する鳥だから、稲を踏む。かつて明治の人々がトキを害鳥と呼んだのと、同じ現象が起きうるということだ。
500羽が住民に受け入れられているのは、20年近い普及啓発と、農家に実利が回る仕組みがあったからである。野生復帰の技術的な難所は繁殖ではなく、地域の合意形成にある——佐渡の経験が示すのはむしろこちらの教訓かもしれない。
課題④ 佐渡の人口減少と高齢化
そして最大の不確定要素が、人の側にある。ロードマップは「佐渡島では人口減少と少子高齢化が著しく、トキの採餌環境となる水田、畦およびビオトープや、ねぐらや営巣地となる里山について、将来的に維持できるかが懸念されている」と述べる。
江を掘るのも、冬に水を張るのも、年2回の生きもの調査も、すべて人の手が要る。耕作をやめる農家が増えれば、トキの餌場は自動的に失われる。この構図は、担い手の高齢化が保全の最大リスクになっている干潟の保全とも共通している。
「増えた」で終わらせないための視点
- 個体数の回復と、遺伝的多様性の回復は別のものさしである
- 分布が狭い範囲に集中すると、感染症や災害で一気に失われるリスクが高まる
- 自然育雛・野生生まれのペアほど巣立ち率が高い=人の手は少ないほどよい
- 保全を続けられるかどうかは、最終的に地域の人口と農業の継続性に規定される
本州へ——2026年5月、能登の空にトキが還った
佐渡でトキが安定して生息できることが確認できたことを受け、環境省は本州等へ生息地を広げる検討を進めてきた。そして2026(令和8)年5月31日、石川県羽咋市で本州初となるトキの放鳥が実施された。ハードリリース方式で8羽が空へ放たれた。
石川県で最後の野生トキ「能里(ノリ)」が穴水町で保護されたのが1970年である。能登の空をトキが飛ぶのは、実に56年ぶりだった。羽咋市の記念式典では、能登の小学生が「トキとつくる能登の未来宣言」を読み上げた。羽咋市で予定された放鳥は計18羽で、5月31日のハードリリース分を除く個体は、ソフトリリース用のケージで2週間ほど過ごしたのち順次放たれた。
なぜ能登だったのか
本州での放鳥地はくじ引きで決まったわけではない。環境省は令和4年度に「トキと共生する里地づくり取組地域」を公募・選定し、選ばれた地域で生息環境の整備を進めてきた。能登は佐渡と同じ2011年にGIAHS「能登の里山里海」の認定を受けた地域であり、水田・湖沼・営巣林が連続する環境が残っている。2024年の能登半島地震からの復興の途上にある地域でもある。
能登の取り組みを見る能登地域トキ放鳥受入推進協議会|石川県能登での放鳥受け入れに向けた生息環境整備、放鳥の経過、トキを見かけたときの対応などを掲載する公式サイト。🔗 www.pref.ishikawa.jp実は、トキはすでに本州へ飛んできていた
本州初放鳥は制度上の節目だが、トキ自身はそれ以前から海を渡っていた。環境省の集計によれば、佐渡から本州への飛来は計25例確認されており、その内訳はオス2羽・メス18羽・不明5羽。圧倒的にメスが多い。
理由は行動の違いにある。未婚のオスは気に入った営巣林に執着し、その場でメスの飛来を待ち続ける傾向がある。一方、未婚のメスはさまざまな営巣林をまわって相手を探す。結果として、島を出て遠くまで移動するのはメスに偏る。北陸から東北まで、佐渡から数百キロ離れた地点でトキが確認された記録もある。
つまり本州での野生復帰は、まったくゼロからの挑戦ではない。トキの側にはすでに分布を広げる行動があり、足りなかったのは受け入れる側の環境と合意だったということになる。
ロードマップ2030が描く到達点
2026年3月31日に策定された「トキ野生復帰ロードマップ2030」は、2030(令和12)年度までの行程表として、次の目標を掲げている。
| 時期 | 佐渡島 | 本州等 |
|---|---|---|
| 短期(2030年度まで) | 野生下のトキが過密にならず500羽程度の生息数が維持できており、かつ遺伝的多様性の著しい低下が見られていない | 放鳥したトキが2つ以上の地域で合わせて50羽程度生息し、そのうち1つ以上の地域で繁殖が確認されている |
| 中期(2035年頃まで) | 同上(500羽程度を維持) | 野生下で生まれた個体を含む個体群が2つ以上形成され、合わせて100羽程度が生息している |
| 最終目標 | 国内のトキが自然状態で安定的に存続できる状態 | 野生下の成熟個体1,000羽以上/複数の地域個体群/個体群間の遺伝的交流/過密にならないこと |
最終目標「成熟個体1,000羽以上」の意味
最終目標に掲げられた1,000羽という数字には、明確な根拠がある。レッドリストのカテゴリー判定基準では、成熟個体数が250羽以上1,000羽未満と推定される場合は絶滅危惧II類(VU)と評価される。つまり1,000羽以上とは、トキが絶滅危惧のカテゴリーから抜け出すラインを指している。
ここでいう成熟個体数は、単なる頭数ではない。野生下で繁殖に成功し、その誕生個体が繁殖齢(2歳)以上まで生存したことがある放鳥個体と、野生下で誕生し繁殖齢に達した個体の合計と定義される。「野外で世代がつながった証拠のある個体」だけを数えるという、きわめて厳格な指標である。
ロードマップ2030は、放鳥の重点を当面本州等に置き、佐渡では必要に応じて島内の分散を図る放鳥を行う方針を示している。また2027(令和9)年度上半期には、島根県出雲市での放鳥が予定されている。トキは、佐渡というひとつの島の物語から、複数の地域個体群をつなぐ全国的な事業へと段階を変えつつある。

私たちにできること——「見に行く」より前にできること
トキの野生復帰は、国の事業であると同時に、地域と消費者を巻き込んだ長期プロジェクトである。最後に、遠くに住む人でもできることを整理しておきたい。
① 見つけても、近づかない
本州で野生復帰が進めば、各地へトキが飛来する例は増えると予想されている。佐渡市や「人・トキの共生の島づくり協議会」は「トキとの共生ルール」を作成し、観察の観点からわかりやすく整理した「トキのみかた」というパンフレットも用意している。基本は、営巣地に立ち入らない・車を停めて長時間観察しない・餌をやらないことだ。繁殖期に人が近づくと、親鳥は巣を放棄することがある。
佐渡島には、野生下のトキに大きな影響を与えずに観察できる「トキのテラス」と「トキのみかた停留所」が整備されている。観察したいときは、まずこうした施設を使うのが確実である。
② 米を選ぶことが、餌場を守ることになる
もっとも直接的な支援は、認証米を買うことだ。「朱鷺と暮らす郷」を買うということは、化学農薬・化学肥料を5割以上減らし、畦に除草剤を撒かず、江や魚道を維持し、年2回生きもの調査をしている田んぼに対価を払うということである。手間の増加を市場が引き受けなければ、この農法は続かない。
干潟でも藻場でも構図は同じで、保全が続くかどうかは、その環境を維持する人の暮らしが成り立つかどうかにかかっている。シギ・チドリの中継地保全と同じく、生きものを守る費用を誰がどう負担するのかという問題が、常に中心にある。
③ 分散飼育施設で会う
佐渡まで行かなくてもトキを見られる場所がある。いしかわ動物園、長岡市トキ分散飼育センター、出雲市トキ分散飼育センター、佐渡市トキふれあいプラザでは、環境省の通知に基づく一般公開が実施されている。さらに2026(令和8)年度中を目途に、多摩動物公園でも終生飼養個体を活用した一般公開を実施する予定とされている。分散飼育は、感染症や災害で飼育個体群が一度に失われるリスクを避けるための備えでもある。
④ 生息環境の整備を支える募金という選択肢
ロードマップ2030は、トキの生息環境の保全・再生について、新潟県によるトキ保護募金を用いた活動支援や、佐渡市によるトキビオトープ整備支援、生きものを育む農法への支援と連携して進めると記している。ビオトープを掘る、魚道を入れる、営巣林を手入れする——こうした作業には資材費と人件費がかかる。
「トキを守る」という行為の実体は、ほとんどが地味な土木と草刈りと調査である。その費用をどこから調達するかという設計が、20年後にトキが残っているかどうかを決める。
⑤ 「戻ってきた鳥」を測り続ける人たちを知る
野生下のトキの行動・繁殖状況・生息環境は、新潟大学、鳥獣保護区管理員、ボランティアの協力を得て継続的に調査されている。野生下で生まれたヒナへの足環装着は年30羽を目標に掲げられており、これによって生存率の把握、個体数の推定、地域個体群間の遺伝的交流の確認が可能になる。
環境省佐渡自然保護官事務所は、公式SNSやウェブサイト、定期刊行物「トキかわら版」を通じて情報を発信している。数字が公開されているということは、失敗も公開されているということだ。巣立ち率0%だった2010年・2011年の記録が残っているからこそ、2012年の8羽が意味を持つ。
この記事のまとめ
- トキ(Nipponia nippon)は江戸時代には全国にいたが、明治以降の乱獲と水辺環境の消失で激減し、1981年に最後の野生5羽が捕獲されて野生絶滅した
- 2003年に日本産最後の1羽「キン」が死亡。現在の日本のトキはすべて、中国から提供された7羽のファウンダーの子孫である
- 2008年9月に佐渡で放鳥が始まり、2012年に野生下で36年ぶりのヒナ、2016年に野生生まれどうしのペアの繁殖成功。2019年にレッドリストは野生絶滅(EW)から絶滅危惧IA類(CR)へ
- 2025年12月時点で飼育下約170羽・野生下およそ500羽。復活を支えたのは農薬5割減・江・冬期湛水などの「生きものを育む農法」と認証米制度だった
- 残る課題は、遺伝的多様性の低さ、分布の偏りと密度効果、住民との軋轢、そして佐渡の人口減少による里山維持の不安である
- 2026年5月31日に石川県羽咋市で本州初放鳥を実施。最終目標は野生下の成熟個体1,000羽以上と、複数の地域個体群のあいだの遺伝的交流の確保
参考文献・出典
- 環境省 – トキ野生復帰ロードマップ2030(2026年3月31日策定)
- 環境省 – トキ|自然環境・生物多様性(保護増殖事業の経緯と最新情報)
- 環境省 – トキ保護増殖事業の取組の概要(個体数推移・繁殖状況・巣立ち率データ)
- 環境省 関東地方環境事務所 – トキ保護増殖事業/2025年トキ放鳥の振り返り
- 石川県 – トキの歴史について/トキの生態について
- 石川県 能登地域トキ放鳥受入推進協議会 – 本州初放鳥に向けた取り組みと放鳥の経過
- 佐渡市 – 佐渡市認証米「朱鷺と暮らす郷」とは?
- 佐渡市 – 「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度のご案内(認証要件・生きものを育む農法)
- 世界農業遺産「トキと共生する佐渡の里山」 – GIAHS認定の内容と保全計画
- 新潟県 – 佐渡トキ保護センター
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