10%
海洋プラごみ(重量)に占めるゴーストギアの推定割合
最大100万トン
世界で毎年海へ流出する漁具の推定量/年
回収率50%・再資源化率15%
EUが2025年までに漁具に課した数値目標

海に沈んだ漁網が、誰も操業していないのに何年も魚介類を捕らえ続ける——「ゴーストギア(幽霊漁具)」と呼ばれるこの現象は、海洋プラスチックごみのうち重量ベースで最大1割、外洋の環流域に限れば7〜9割近くを占めるとの推計まである深刻な問題だ。

この問題への対策として世界で広がりつつあるのが、拡大生産者責任(EPR:Extended Producer Responsibility)という考え方である。漁網やロープを作ったメーカーが、使い終えた漁具の回収・リサイクルまで責任を負う仕組みで、EUは使い捨てプラスチック指令に基づき、2025年までに漁具メーカーへ具体的な数値目標の達成を義務づけた。

一方、日本ではまだ漁具に特化したEPR制度は存在しない。水産庁は漁具マーキングや処理指針の策定、回収費補助といった対策を進めているが、生産者に法的責任を課す仕組みには至っていない。本記事ではEPR制度の中身、世界の動き、日本の現状と論点、そして国内ですでに進む漁網リサイクルの実例を一次情報から整理する。

この記事で学べること

  • 拡大生産者責任(EPR)とはどんな考え方か、どこから生まれたか
  • ゴーストギア問題がなぜ深刻なのか、規模はどれくらいか
  • EUが漁具にEPRを義務化した経緯と数値目標、執行の課題
  • 日本の現行制度(漁具マーキング・処理指針)とEUとの違い
  • EPR導入で漁業者・メーカーに何が変わるか、費用は誰が負担するか
  • 国内外ですでに進む漁網リサイクルの実例

拡大生産者責任(EPR)とは何か

拡大生産者責任(EPR)とは、製品の設計・製造を担うメーカーに対し、その製品が使用済みになった後の回収・リサイクル・廃棄までの責任を負わせる政策の考え方である。廃棄物処理の分野で広く使われる「汚染者負担原則(ポリューターペイズ・プリンシプル)」を、製品のライフサイクル全体に応用したものと言える。近年は家電・自動車・電池・容器包装など幅広い分野で採用され、廃棄物政策の主要な手法のひとつになっている。

1990年のスウェーデンから広がった考え方

EPRという概念は、1990年にスウェーデンの研究者トーマス・リンドクビスト博士が命名したのが始まりとされる。環境負荷の高い製品が作られ続ける現状に対し、「製造者が製品の使用後まで責任を持てば、環境に配慮した設計や回収が進む」という発想が土台にある。その後、経済協力開発機構(OECD)が1994年から検討を重ね、2001年に各国政府向けのガイダンスマニュアルを公表したことで、EPRは政策手法として世界的に広まった。

「作ったら終わり」から「捨てるまで責任」へ

従来の廃棄物処理は、自治体や消費者が処理費用を負担する仕組みが中心だった。EPRはこの負担の一部または全部を生産者側に移すことで、①廃棄物処理コストを製品価格に内部化させる、②メーカー自身にリサイクルしやすい設計への転換を促す、という2つの効果をねらう政策手法である。処理費用が価格に組み込まれることで、生産・消費・廃棄の各段階で環境負荷を織り込んだ意思決定が働きやすくなる。

家電や容器包装ではすでに広がる仕組み

日本でも家電リサイクル法・容器包装リサイクル法・自動車リサイクル法・小型家電リサイクル法など、EPRの考え方を取り入れた制度はすでに複数存在する。しかし対象は主に家庭系の製品で、漁業で使われるプラスチック製品——漁網・ロープ・ブイ・かご・浮子(うき)——は、これらの法制度の対象になっていない。海で使われ、海で失われる漁具は、既存の陸上のリサイクル制度の枠組みからそもそも外れているのが実情だ。

国や地域によって法制度の枠組みは異なるものの、EPRという考え方自体は多くの先進国で共有されつつある。漁具のように国境をまたいで使われる製品では、一国だけの制度整備では限界があり、国際的な協調やガイドラインの共有が実効性を高める鍵になる。

漁具に特有の難しさ

テレビや冷蔵庫と違い、漁具は海上という管理の難しい場所で使われ、荒天や漁具同士の絡み合いによって意図せず「紛失」してしまうという特殊性がある。所有者が特定しにくい、国境をまたいで操業する漁船が使う漁具をどの国の制度で扱うか、といった論点もあり、既存のEPR制度をそのまま漁具に当てはめるのは容易ではない。

EPRがねらう3つの効果

  • 処理費用を生産者に負担させ、製品価格へ反映させる(内部化)
  • リサイクルしやすい設計・素材選定をメーカーに促す
  • 自治体・消費者だけに負担が偏る現状を是正する

なぜ漁具にEPRが必要なのか——ゴーストギア問題の規模

海洋プラスチックごみの発生源はペットボトルやレジ袋など陸上由来のものが目立つが、実は漁業活動そのものから流出する漁具の量も無視できない。荒天による流失、漁具同士の絡み合いによる紛失、老朽化した漁具の意図的な投棄など、原因は一つではない。

海洋プラごみの1割を占める「幽霊漁具」

国連環境計画(UNEP)が2009年にまとめた推計では、放棄・紛失・投棄された漁具(ゴーストギア)は世界の海洋ごみのうち重量ベースで約10%を占めるとされる。さらに2017〜2022年に行われた複数の調査では、外洋の環流域に集積する大型プラスチックごみに限ると、その重量の70〜86%をゴーストギアが占めるとの報告もある。陸に近い沿岸部と、外洋の環流域とで内訳が大きく異なる点は、この問題の広がり方を理解するうえで重要だ。

年間最大100万トンが海へ

海洋保全団体などの推計によれば、世界で毎年海に流入するプラスチックごみは少なくとも64万トン、そのうち漁具は年間50万〜100万トンにのぼるとされる。世界の漁業活動の規模を考えれば、この数字は決して大げさなものではない。

日本近海でも他人事ではない。水産庁は漁業由来のプラスチックごみが沿岸生態系に与える影響を継続的に調査しており、「漁業系海洋プラスチック影響調査」として毎年度報告書をまとめている。ゴーストギア問題は特定の海域だけの課題ではなく、日本の漁業現場にも直結するテーマである。

なぜ漁具はここまで長く漂い続けるのか

漁網やロープの主な素材であるナイロンやポリエチレンは、耐久性を高めるために作られているため、海水中でも容易には劣化しない。世界自然保護基金(WWF)などの分析では、こうした素材は自然環境下で数百年単位の時間をかけてようやく細片化が進む可能性があるとされる。一度海に残されれば、漁網は何十年にもわたって「幽霊漁」を続け、魚類・海鳥・ウミガメ・海洋哺乳類を絡め取り続けてしまう。関連する被害の実態はゴーストギア(幽霊漁具)とは?海に残る漁網が今も魚を獲り続ける問題と対策で詳しく解説している。

研究が明らかにする被害の広がり

GGGIやWWFがまとめた事例集では、アザラシ・イルカ・クジラなどの海洋哺乳類が漁具に絡まって身動きが取れなくなる「混獲」の事例が世界各地から報告されている。生きたまま漁具に絡まった個体は、成長とともに食い込んだロープや網が体を締め付け続け、長期間にわたる衰弱の末に死に至ることも少なくないとされる。

海中を漂うゴーストギア(幽霊漁具)のイメージ
海中で分解されずに漂う漁具は、何年も生物を絡め取り続ける

ゴーストギアが引き起こす被害

  • 魚類・海鳥・ウミガメ・海洋哺乳類の混獲・窒息・衰弱死
  • サンゴ礁など海底生態系の物理的な破壊
  • 漁業資源そのものを意図せず獲り続けてしまう「幽霊漁」
  • 漂流・漂着による船舶航行の障害や漁業被害の連鎖

EUで漁具EPRが義務化された経緯

こうした被害の大きさを踏まえ、最も具体的な制度化に踏み出したのがEUである。他の地域に先駆けて、漁具メーカーに法的な回収・リサイクル責任を課す枠組みを整えた。

使い捨てプラスチック指令(Directive (EU) 2019/904)

EUは2019年に採択した「使い捨てプラスチック指令(Single-Use Plastics Directive, Directive (EU) 2019/904)」の中で、プラスチックを含む漁具について拡大生産者責任制度を設けることを加盟国に義務づけた。同指令はDirective 2008/98/EC(廃棄物枠組み指令)の第8条・第8a条に基づき、漁具メーカーに使用済み漁具(破損品・寿命品に加え、操業中に回収された紛失漁具も含む)の回収・適正処理の責任を負わせる内容になっている。

回収率50%・再資源化率15%という数値目標

指令は海に面する加盟国に対し、プラスチックを含む廃漁具について国内の最低年間回収率を設定するよう求め、2025年までに回収率50%・リサイクル率15%という具体的な数値目標を課した。実施状況は加盟国からEUへ報告する義務があり、将来的にはEU全体で拘束力のある回収目標を設定する布石とされている。

誰が「生産者」として費用を負担するのか

指令における「生産者」には、漁具メーカーだけでなく、EU域内で漁具を市場に投入する輸入業者も含まれる。多くの加盟国は、製品ごとのリサイクルのしやすさに応じて負担金を増減させる「エコモジュレーション(環境配慮型賦課金)」の仕組みを取り入れており、リサイクルしにくい素材・構造の漁具ほど生産者の負担が重くなるよう設計されている。

禁止ではなく「責任を果たさせる」アプローチ

使い捨てプラスチック指令は、ストローやカトラリーなど一部のプラスチック製品については流通そのものを禁止する一方、漁具については禁止ではなくEPRによる回収・リサイクルの義務化という異なるアプローチを取っている点も特徴だ。漁具は代替が難しく安全性・性能面の要件も高いため、「作らせない」のではなく「作った後の責任を果たさせる」制度設計が選ばれたと言える。

執行の壁——制度はあっても徹底されていない現実

もっとも、制度が存在することと実効性が伴うことは別問題だ。2026年に欧州議会へ提出された質問書では、漁具EPRの執行や、過去に海へ残されたままの漁具(レガシー廃棄物)への是正が追いついていない現状が指摘されている。加盟国からの正式なデータ報告期限は2027年とされ、現時点では国ごとの取り組みにばらつきがあるとみられる。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
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国連プラスチック条約交渉における漁具の扱い

漁具EPRの議論は、EUや各国の国内法にとどまらない。国連で進む「プラスチック汚染に関する国際条約」の交渉でも、漁具は主要な論点の一つとして扱われている。

INC(政府間交渉委員会)とは

国連環境計画(UNEP)のもとで、法的拘束力のある国際条約の策定を目指す政府間交渉委員会(INC)が2022年から開催されている。しかし各国の立場の違いから交渉は難航しており、2026年2月にジュネーブで開かれた再開セッション(INC5.3)でも実質的な条文交渉には至らず、チリのフリオ・コルダーノ大使が新議長に選出されるにとどまった。次回交渉の日程・開催地は本記事執筆時点で未定である。

漁具を独立条項として扱うかどうかが争点に

交渉テキストの草案では、漁具・養殖資材のライフサイクル全体を対象にした条項が焦点の一つになっている。設計・マーキング・紛失時の報告・寿命を迎えた後の処理や回収といった要素を、独立した条項として盛り込むかどうかが議論されている。Ocean Conservancyなどの団体は、漁具のトレーサビリティ強化、過失を問わない紛失報告制度の義務化、プラスチック製漁具・養殖資材を条約の全条項の対象に含めることを求めている。

日本の立場——高野心連合への参加

日本政府は、条約策定交渉における「高野心連合(HAC: High Ambition Coalition to end plastic pollution)」への参加を表明している。日本は交渉の場で、2040年までに追加的な汚染をゼロに近づける野心を持つべきだと主張し、プラスチックのライフサイクル全体の各段階で汚染抑制の措置を講じる方向性を支持してきた。日本国内でも企業連合が発足し、野心的な条約の実現を政府に求める動きが出ている。漁具EPRのような具体策が条約にどこまで書き込まれるかは、今後の交渉の進み方次第だ。

条約の発効には各国の批准が必要であり、交渉がまとまった後も国内法整備までには相応の時間がかかる見通しだ。漁具EPRのような具体策がどこまで盛り込まれるかは、今後の交渉の行方とあわせて注視していく必要がある。

国際条約交渉のポイント

  • 2022年発足のINCで法的拘束力のある条約を協議中(2026年時点で継続中)
  • 漁具・養殖資材を独立条項として扱うかが焦点
  • 設計・マーキング・紛失報告・回収までを対象に含めるかが争点

世界に広がる提言と支援の枠組み

EU以外でも、国際機関や自然保護団体が漁具EPRの導入と、その前提となる漁具のトレーサビリティ確保を後押ししている。

FAOによる漁具マーキングのガイドライン

国連食糧農業機関(FAO)は2018年、「漁具マーキングに関する自主的ガイドライン」を採択した。漁具に識別情報を付与することで、紛失時の追跡や回収を容易にし、責任の所在を明確にする狙いがある。漁具の所有者を特定できる体制は、ゴーストギア対策だけでなく、EPR制度を機能させるための土台にもなる。日本が進める漁具マーキングも、このFAOガイドラインの考え方に沿った取り組みの一つだ。

IUCN(国際自然保護連合)の政策提言

IUCNは2021年に公表したポジションペーパーで、漁具とロープへのEPR導入を明確に提言している。生産者が製品ライフサイクル全体に責任を持つことで、漁具の紛失・投棄を減らし、リサイクル可能な素材への転換を進められるとしている。

WWFが示すEPR設計の論点

自然保護団体WWFは2024年の報告書で、漁具EPRを実効性あるものにするための設計要件(明確な回収目標、透明な費用負担、漁業者が使いやすい回収拠点の整備など)を整理している。制度を作るだけでなく、現場の漁業者が実際に漁具を持ち帰りやすい仕組みにすることが鍵だと指摘する。

EPR制度を機能させる鍵は、法制度を作ることそのものではなく、漁業者が使用済み漁具を実際に持ち帰りやすい回収拠点を整備できるかどうかにある。

― WWF「Extended Producer Responsibility for Fishing Gear」(2024)

ノルウェーの先行事例——Nofirと預り金制度の実験

EU加盟前から独自に取り組みを進めてきたのがノルウェーだ。2008年に設立されたNofirは、使用済みの漁網・ロープを全国規模で回収・リサイクルする仕組みを構築し、所有者が分からない漁具についても持ち込めば回収・再資源化される体制を整えている。さらにノルウェーの漁業・養殖業研究基金(FHF)は、ロブスター用の籠(トラップ)など使わなくなった漁具を持ち帰った漁業者に金銭的な還元を行う「預り金(デポジット)制度」の実証事業を後押ししており、金銭的インセンティブが漁具の陸揚げ率を高められるかを検証している。

GGGI(グローバル・ゴーストギア・イニシアチブ)の役割

Ocean Conservancyが主導するGGGI(Global Ghost Gear Initiative)は、世界各地で漁具の回収・リサイクルの実証プロジェクトを進め、寿命を迎えた漁具の受け皿となる仕組みづくりを支援している。EPR制度と現場の回収インフラを両輪で整えることが、ゴーストギア対策の実効性を左右する。

世界各地で行われる漁具回収プロジェクトのイメージ
国際団体と地域が連携した漁具の回収・リサイクル実証プロジェクトが各地で進む

日本の現状——回収の仕組みはあるが「生産者責任」はまだ

では日本の状況はどうか。EUのような法的なEPR制度はまだないが、いくつかの対策はすでに動いている。

漁具マーキングによるトレーサビリティの確保

水産庁は、放棄・紛失した漁具の所有者を特定しやすくする「漁具マーキング」を、全国の沿海40都道府県・延べ468の漁業種類で実施している。漁具に識別情報を付けることで、紛失時の回収や責任の所在を明確にする狙いがある。前述のFAOガイドラインに沿った取り組みであり、将来的にEPR的な制度を検討する際の基盤にもなりうる。

具体的には、漁具に船名や許可番号などを記載したタグを取り付ける、あるいは焼き印を施すといった方法が用いられており、紛失時に元の使用者を特定しやすくする仕組みになっている。

「漁業系廃棄物計画的処理推進指針」という土台

水産庁は2020年5月、使用済み漁具の計画的な処理を推進するための「漁業系廃棄物計画的処理推進指針」を策定した。海洋への流出を抑えるため、生分解性プラスチックなど環境に配慮した素材を使った漁具の開発・改良への支援も盛り込まれている。ただし現時点では、コストや強度・耐久性の面で実用化できる生分解性漁具は限られているのが実情だ。

自治体への回収費補助という現行制度

現行制度では、漁業者が操業中に海上で回収したごみの処理費用について、自治体に対し年間最大1000万円を上限に国が補助する仕組みがある。ただしこれは「事後の回収・処理」への支援であり、漁具メーカーに製造段階からの責任を課すEUのEPRとは性格が異なる。補助を受けるには自治体側の申請・運用体制が必要であり、地域による取り組みの濃淡が生まれやすい点も課題として指摘されている。

水産庁が示す資源循環の方向性

水産庁は「漁業におけるプラスチック資源循環問題に対する今後の取組」で、漁具メーカーや原材料メーカーに対し、生産から廃棄時の回収までを見据えた持続可能な漁具製造を求める方向性を示している。ただしこれはEUのような法的拘束力を伴うEPR制度ではなく、事業者の自主的な取り組みを促す位置づけにとどまる。

地域の漁協・自治体による自主的な回収の広がり

法制度を待たずに、地域の漁業協同組合や自治体が独自に回収拠点を設け、使用済み漁具をリサイクル業者に引き渡す取り組みも各地で見られる。こうした草の根の実践は、将来EPR的な制度が導入された際の回収インフラの土台になりうる。

項目EU日本
法的根拠使い捨てプラスチック指令 Directive (EU) 2019/904法的なEPR制度なし(行政指導・補助金・指針が中心)
対象プラスチックを含む漁具全般漁具マーキング対象の漁業種、海ごみ回収費補助の対象自治体
数値目標回収率50%・リサイクル率15%(2025年までに達成)法定の数値目標なし
費用負担の主体漁具メーカー(生産者)自治体(国の補助を活用)
関連制度エコモジュレーション(環境配慮型賦課金)漁業系廃棄物計画的処理推進指針(2020年)
漁具に関するEPR制度の枠組み比較(EU・日本)

日本とEUの違いの本質

  • EU:漁具メーカーに法的な回収・リサイクル義務と数値目標
  • 日本:漁業者・自治体側の対策が中心で、生産者の法的責任は未整備
  • 共通点:漁具マーキングによるトレーサビリティ確保という土台は共通

EPR導入で変わること・論点

漁具EPRが本格導入されれば、漁業の現場やメーカーの製品づくりにも変化が及ぶ。同時に、解決すべき論点も残る。

漁業者・中小メーカーのコスト負担をどう抑えるか

漁具EPRの費用は最終的に漁具価格へ転嫁される可能性がある。とりわけ経営体力の小さい漁業者や中小の漁具メーカーにとって、コスト増は経営を圧迫しかねない。EUの制度設計でも、費用負担の平準化や段階的な導入が論点として議論されている。

リサイクルしやすい漁具設計への転換

EPRが機能すれば、メーカーは「回収・リサイクルのしやすさ」を製品設計の段階から考慮するようになる。単一素材化、分解しやすい構造、生分解性素材の活用など、漁具そのものを変えていく動きにつながりうる。

生分解性素材の漁具開発——エコFADsの例

水産庁の開発調査センターは2018年度(平成30年度)から、サメ類やウミガメ類などが絡まりにくい構造で、かつ生分解性素材で作られた浮魚礁「エコFADs」を考案し、インド洋東部や太平洋中西部の熱帯海域で放流調査を行っている。EPRのような制度が生産者に環境配慮設計へのインセンティブを与えれば、こうした技術開発はさらに後押しされる可能性がある。

日本の家電リサイクル法は1998年の制定から20年以上運用されており、リサイクル料金の徴収方法や不法投棄対策など、制度運用上の課題と改善の蓄積がある。漁具EPRを検討する際も、こうした既存分野での経験——料金設定の透明性、回収拠点へのアクセスのしやすさ、違反時の実効性ある担保措置など——が参考になる可能性がある。

誰がどう費用を分担するか

回収拠点の整備・輸送・選別・再資源化には相応のコストがかかる。生産者・漁業者・自治体・国のあいだで費用と役割をどう分担するかが、制度設計の核心となる。

漁業者の理解と協力をどう得るか

制度が実効性を持つには、漁業者自身がメリットを実感できるかも重要になる。回収した漁具を持ち込みやすい拠点の整備や、回収に応じた何らかのインセンティブ設計がなければ、法制度だけでは現場の行動は変わりにくい。WWFの報告書も、漁業者の協力を得られる仕組みづくりの重要性を強調している。

リサイクルしやすい素材で設計された漁具のイメージ
回収・リサイクルを前提にした漁具設計への転換が論点の一つになる

制度設計で問われる論点

  • 中小の漁業者・メーカーへの費用負担の配慮
  • 回収拠点を漁港など現場に近い場所へ整備できるか
  • リサイクルしやすい素材・構造への転換をどう促すか
  • 生分解性素材の実用化に向けたコスト・耐久性の壁

漁網・漁具リサイクルの現場から

EPRのような制度が整う前から、日本国内では廃漁網を資源として再生する取り組みがすでに進んでいる。

廃漁網から生まれる再生ナイロン

資源循環を手がけるリファインバース株式会社は、独自技術で廃棄漁網を洗浄・精製し、再生ナイロン樹脂「REAMIDE(リアミド)」を製造している。同社によれば、廃漁網由来の再生ナイロンはバージン素材に比べてCO2排出量を約85%削減できるという。生産した再生ナイロン樹脂は東レ株式会社にも供給され、ボタンなどアパレル資材への活用が広がっている。

このニュースを見るリファインバース株式会社が東レ株式会社へ、漁網を回収・生産した「再生ナイロン樹脂」の供給を開始廃棄漁網を独自技術で再生ナイロン樹脂「REAMIDE」に加工し、大手繊維メーカーへ供給する事例🔗 atpress.ne.jp

家具にも広がる漁網リサイクル素材

オフィス家具大手のオカムラは、廃漁網などを原料とした再生素材を用いた製品開発「リネット」に取り組んでいる。廃棄物として処理されてきた漁網を椅子やパーティションなどの部材として再利用する試みは、漁具リサイクルの用途が繊維・アパレルだけでなく、家具・建材分野にも広がっていることを示している。

海外にも広がる漁網リサイクル素材

海外に目を向けると、米国カリフォルニアに本拠を置くBureo(ブレオ)社は、チリの漁業コミュニティから廃棄漁網を直接回収し、再生ナイロン素材「NetPlus®」に加工している。同社は100%消費後リサイクル・100%トレーサブルを掲げ、サングラスやスケートボード、パタゴニアのアパレル製品などに素材を供給している。詳しくはパタゴニアNetPlus徹底解説|廃棄漁網が帽子とジャケットに生まれ変わる仕組みを参照。

詳しくは廃漁網リサイクルの記事へ

廃漁網がどのような工程で服や自動車部品に生まれ変わるかは、使用済み漁網リサイクル完全ガイド|再生ナイロンとゴーストギア対策の最前線で詳しく解説している。EPRのような制度がリサイクル素材の安定供給につながれば、こうした事業者の取り組みはさらに広がる可能性がある。

リサイクル素材の広がりと設計へのフィードバック

こうした漁網リサイクルの取り組みは、繊維・アパレル・家具にとどまらず、自動車部品や日用品など幅広い分野への展開が模索されている。リサイクル素材の品質と供給量が安定すれば、漁具メーカー側もリサイクルを前提にした設計へ踏み出しやすくなり、EPR的な制度と技術開発が相互に後押しし合う関係が生まれる。

私たちにできること・今後の展望

漁具EPRは漁業者・メーカー・行政の話に見えるが、消費者にも関わりがある。制度が整うのを待つだけでなく、今すぐできる行動もある。

再生素材を使った製品を選ぶ

廃漁網由来の再生ナイロンやリサイクル素材を使ったアパレル・雑貨・家具を選ぶことは、リサイクル市場の需要を支え、回収・再資源化のサイクルを回す力になる。

ビーチクリーンで漂着した漁具を減らす

海岸に漂着した漁具の回収活動に参加することも、ゴーストギアによる被害を直接減らす行動になる。サーキュラーエコノミー(循環経済)の考え方は、漁具の資源循環を考えるうえでも参考になる。

自治体・地域企業にできること

個人の行動だけでなく、自治体や地域の水産関連企業が果たせる役割も大きい。漁港での回収拠点の設置や、地元の漁業協同組合と連携した処理ルートの確保は、法的なEPR制度が整う前からでも着手できる取り組みだ。すでに国の補助制度を活用している自治体の事例は、他地域が取り組みを始める際の参考になる。

こうした地域単位の実践を横展開できる仕組み——成功事例の共有や、初期費用への補助制度——を整えることも、法制度の議論と並行して重要になってくる。

制度の行方を知っておく

日本でも今後、循環経済関連の政策議論のなかで漁具EPRが取り上げられる可能性がある。EUの制度運用の成否は、日本の制度設計を検討するうえでの重要な参考事例になるはずだ。漁具マーキングや処理指針といった既存の土台がある分、法的なEPR制度への発展は決して非現実的な話ではない。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

この記事のまとめ

  • ゴーストギアは海洋プラごみの重量の最大1割、外洋では最大86%を占めるとの推計もある
  • EUは2025年までに漁具の回収率50%・リサイクル率15%を義務づけるEPR制度を導入
  • 日本は漁具マーキングや処理指針、回収費補助が中心で、法的なEPR制度はまだない
  • リサイクルしやすい漁具設計や、廃漁網の再資源化事業がすでに国内でも進んでいる

参考文献・出典

  1. 水産庁「海洋プラスチックごみ対策(漁業における取組)」 – 漁具マーキング・回収費補助など日本の対策の全体像
  2. 水産庁「漁業における海洋プラスチックごみ問題をめぐる状況と対策」 – 漁業系プラスチック廃棄物の実態と対策資料(令和7年5月)
  3. EUR-Lex「Directive (EU) 2019/904」(使い捨てプラスチック指令) – 漁具の拡大生産者責任制度を規定する条文本文
  4. European Parliament「Enforcement of EPR for fishing gear and remediation of legacy waste」 – 2026年の制度執行状況に関する質問書
  5. IUCN「Position paper: Advocating Extended Producer Responsibility for fishing gear」 – 漁具・ロープへのEPR導入を提言する政策文書
  6. WWF「Extended Producer Responsibility for Fishing Gear」(2024) – EPR制度設計の論点を整理したレポート
  7. Ocean Conservancy「New Report Offers Policy Solutions for … Ghost Gear」 – ゴーストギア対策の政策提言レポート
  8. アットプレス「リファインバースが東レへ再生ナイロン樹脂の供給を開始」 – 廃漁網由来の再生ナイロン事業の実例
  9. 環境省「海洋プラスチック汚染を始めとするプラスチック汚染対策に関する条約」 – 日本政府の交渉方針・高野心連合への参加に関する情報
  10. 国立環境研究所「拡大生産者責任(EPR)の導入と展開~OECDの新たなガイダンスマニュアル~」 – EPRの起源とOECDガイダンスマニュアルの解説
  11. UNEP「Intergovernmental Negotiating Committee on Plastic Pollution」 – 国連プラスチック条約交渉(INC)の公式情報ページ
  12. World Fishing & Aquaculture「Norway's fishing gear clean-up breaks records」 – ノルウェーNofirの漁具回収・リサイクルの取り組み

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