⚡ 30秒でわかる答え

  • 日本の藻場は、国全体では約30万トン台のCO2を吸収する小さいが貴重な吸収源です。世界で初めて海草・海藻藻場の吸収量を合わせて国に報告しました。
  • Jブルークレジットは藻場の吸収量を認証して取引できる制度で、2025年度には52件が認証されました。
  • 藻場は減少傾向で、磯焼け対策と再生が同時に必要です。クレジットは排出削減の補完策です。
約35万t
2022年度の藻場等の吸収量(国報告・約)
52件
2025年度のJブルークレジット認証プロジェクト
約半減
1990年ごろから近年の藻場面積(推計)

日本の沿岸の藻場は、どれだけCO2を吸収しているのでしょうか。約35万トンという国の報告値、Jブルークレジットの仕組み、藻場再生の現場を、公開資料に基づいて整理します。

藻場は「海の森」と呼ばれ、魚を育て、水を浄化し、炭素を貯めます。しかし磯焼けなどで減少が続いています。

この記事では、数字の読み方と制度の課題までを、中学生にもわかる言葉で解説します。

この記事で学べること

  • 藻場(海藻藻場・海草藻場)のしくみとちがい
  • ブルーカーボンとしてCO2が残る経路
  • 日本の藻場の吸収量と面積の推計
  • Jブルークレジットの流れと認証の広がり
  • 磯焼けの原因と藻場再生の方法
  • 制度の課題と私たちにできること

藻場とは何か:海の中の「森」と「草原」

藻場(もば)とは、浅い海底に海藻や海草が群落をつくっている場所のことです。陸の森林や草原にたとえられ、コンブ・ワカメ・アラメ・カジメ・ホンダワラ類などの海藻が茂る「海藻藻場」と、アマモ・コアマモ・リュウキュウスガモなどの海草が茂る「海草藻場」の二つに大きく分けられます。

両者は名前が似ていますが、しくみは違います。海藻は根をもたず岩などに「付着器」で張り付く藻類で、主に岩礁域に広がります。一方の海草は、砂や泥の底に根を張って花を咲かせる被子植物で、砂泥域に広がります。どちらも光合成によって海水中のCO2を取り込み、魚介類の産卵場・稚魚の隠れ家・餌場として沿岸生態系を支えています。

藻場が果たす四つの役割

  • 生き物のゆりかご:アイナメ、メバル、イカ類、アワビやサザエなどが産卵・成育の場として利用します。
  • 水質の浄化:成長の過程で窒素やリンを取り込み、海水の富栄養化をやわらげます。
  • 波の緩和:群落が波のエネルギーを弱め、底質の巻き上げや海岸浸食を抑えます。
  • 炭素の吸収・貯留:光合成で取り込んだ炭素の一部が長期間海に留まります。これが本記事の主題です。

藻場の分布と日本の特徴

日本は南北に長く、親潮と黒潮がぶつかる海域をもつため、北海道のコンブ場から本州中南部のアラメ・カジメ場、南西諸島の海草藻場まで、多様な藻場が育ちます。この多様さは、日本のブルーカーボン(海洋生態系に取り込まれる炭素)を考えるうえで大きな強みであり、同時に全国の面積や炭素量を把握する難しさの原因にもなっています。

日本沿岸の海藻藻場と海草藻場を断面で比較した図解
海藻藻場(岩礁)と海草藻場(砂泥)のちがいのイメージ

ブルーカーボンのしくみ:藻場はどうやってCO2を貯めるのか

ブルーカーボンとは、2009年に国連環境計画(UNEP)などの報告書で提唱された、海洋生態系に吸収・貯留される炭素のことです。陸上の森林が蓄える炭素を「グリーンカーボン」と呼ぶのに対し、海の生態系が蓄える炭素に「ブルー」の名前が付けられました。詳しい全体像は、ブルーカーボンとは?の記事でも解説しています。

炭素が海に残る三つの経路

藻場が取り込んだ炭素がすべて長く残るわけではありません。炭素の行き先は、おおまかに次の三つに整理できます。

  • 海底への埋没:枯れた葉や切れ藻が海底に堆積し、とくに海草藻場では根の周りの泥の中に埋もれて長期間残ります。
  • 深海への運搬:流れ藻や切れ藻が沖合へ運ばれ、深い海に沈んで分解されにくい状態になります。
  • 難分解性の溶存有機炭素:海藻が放出した有機物の一部は、微生物に分解されにくい形で海水中に長く留まります。

一方で、食べられたり、分解されたり、波で打ち上げられたりした分は、短い期間でCO2として大気に戻る可能性があります。このため「藻場の生産量=貯留量」ではなく、実際に長期間残る割合をどう見積もるかが、算定の中心的な課題です。

海草藻場と海藻藻場の貯留のちがい

海草藻場は砂泥底に炭素を埋める力が強く、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の湿地ガイドラインでも、マングローブ・塩性湿地とならんで算定方法が示されています。これに対して海藻藻場は、岩礁に生えるため海底に埋まる量が少なく、IPCCのガイドラインでは算定方法が示されていません。それでも日本は、海藻藻場の貯留効果が大きい可能性に着目し、独自の研究を積み重ねてきました。

項目海草藻場海藻藻場
主な生育場所砂泥底の浅場岩礁・転石帯
代表的な種アマモ、コアマモ、スガモ、リュウキュウスガモコンブ、ワカメ、アラメ、カジメ、ホンダワラ類
炭素の主な行き先海底堆積物への埋没切れ藻の沖合への運搬、溶存有機炭素
IPCCガイドライン算定方法が示されている算定方法は示されていない
二つの藻場の炭素貯留のちがい(概要)

ここがポイント

  • 藻場の炭素は「取り込んだ量」ではなく「長く残る量」で評価される。

日本の藻場によるCO2吸収量はどれくらいか

日本は2024年4月に国連へ提出した温室効果ガスインベントリ(排出・吸収量の報告書)で、世界で初めて海草藻場と海藻藻場の吸収量を合わせて算定・報告しました。環境省や国土交通省の検討会資料によると、2022年度分として約35万トンのCO2吸収量が示されています。その後、算定の精査や改訂にともなって数値は更新されており、2023年度分では約34万トンと整理されています。

数字をどう読むか

日本の年間のCO2排出量は約10億トン規模です。約35万トンという吸収量は、その0.03〜0.04%ほどにあたります。つまり、藻場だけで日本の排出を大きく相殺できるわけではありません。ブルーカーボンの価値は、排出削減の代わりになる点よりも、排出削減とあわせて、沿岸の環境と漁業の価値を高めながら吸収源を維持・拡大できる点にあります。

数値の取り扱いに注意

  • 吸収量は算定手法の見直しや面積データの更新で毎年改訂される。最新値は環境省・国土交通省の公表資料で確認すること。

全国の藻場面積はどれくらいか

吸収量は「面積 × 単位面積あたりの吸収量」で推計されるため、藻場の面積把握が欠かせません。港湾空港技術研究所の資料などでは、全国の藻場面積は1990年ごろに約33万ヘクタール、近年は16〜17万ヘクタールと見積もられ、およそ半減したという整理があります。ただし、調査の時期や手法が異なる推計を組み合わせているため、厳密な比較には限界があります。

近年は、衛星画像・ドローン・水中ロボットなどのリモートセンシング技術を組み合わせて、面積と分布をより正確に把握する取り組みが進んでいます。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

Jブルークレジットとは:藻場のCO2吸収を価値にする制度

Jブルークレジット(登録商標)は、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が、国土交通省港湾局の「命を育むみなとのブルーインフラ拡大プロジェクト」の枠組みのもとで認証するクレジットです。藻場や干潟の保全・創出によって増えたCO2吸収量を、第三者の審査を経て数値化し、企業や自治体が購入できるようにしています。

認証から取引までの流れ

  1. 事業者(漁協、企業、自治体など)が藻場の造成・保全の計画とモニタリング方法を整える。
  2. 藻場の面積や海藻・海草の量を調べ、CO2吸収量を算定して申請する。
  3. JBEの審査・認証委員会が、算定の妥当性を確認して吸収量を認証する。
  4. 認証量に応じてクレジットが発行され、購入希望の企業・団体に取引される。

認証の広がり

制度は2020年度に試行が始まり、国土交通省の資料では、2023年度の認証は29件、認証量2,170.3t-CO2、認証面積1,683.1ヘクタールと報告されています。2025年度(令和7年度)には、JBEが52件のプロジェクトでCO2吸収量を認証し、そのうち26件が新規でした。案件数は年を追って増えている一方、1件あたりの量は数トンから数十トンのものが多く、規模はまだ小さいのが実情です。

年度認証件数備考
2023年度(令和5年度)29件認証量2,170.3t-CO2、認証面積1,683.1ha
2025年度(令和7年度)52件うち26件が新規。認証は年3回(10月・12月・翌年2月)
Jブルークレジットの認証件数の推移(国土交通省資料より)

クレジットの価値

  • 企業は購入によって自社の排出の一部をカーボン・オフセットでき、売上は藻場の維持活動の費用にあてられる。

全国の取り組み事例:漁協・企業・自治体が動いている

Jブルークレジットの現場では、藻場の保全を担ってきた漁業者と、企業・自治体・研究機関の連携が広がっています。ここでは、公開資料で確認できる事例を紹介します。

北海道増毛町:鉄鋼スラグで藻場を造成

日本製鉄は、増毛漁業協同組合と共同で、北海道増毛町で鉄鋼スラグ(製鉄の副産物)を利用した藻場造成を行ってきました。2018〜2022年の5年間に藻場が吸収・固定したCO2として49.5t-CO2の認証を受け、漁業組合と民間企業の共同申請による認証を経たクレジット発行は全国初とされています。同社は続けて北海道泊村、千葉県君津市沖のプロジェクトでも認証を取得しています。

神奈川県:水中ドローンによる計測

神奈川県では、自律航行する水中ドローンで計測した藻場のCO2吸収量が、国内で初めてJブルークレジットとして認められました。人が潜って調べる従来の方法に比べ、広い範囲を効率よく調べられる点が評価されています。モニタリングの省力化は、小規模な漁協が制度を使ううえで鍵になります。

漁業者と企業と自治体が連携して藻場を守るイメージ
漁協・企業・自治体・研究機関が連携する藻場づくりのイメージ

山口県長門市・石狩湾など各地の案件

国土交通省の資料には、山口県長門市の案件で11.9t-CO2、北海道の石狩湾の案件で2.1t-CO2が認証されたことなどが記載されています。案件の多くは数トン〜数十トン規模ですが、全国の海岸で同様の取り組みが並行して進んでいる点が重要です。

藻場再生の方法:磯焼け対策と造成技術

藻場の減少は「磯焼け」と呼ばれる現象として各地で問題になっています。磯焼けは、海藻が著しく減り、岩の表面が石灰藻で白っぽくなる状態を指します。原因は一つではなく、複数の要因が重なると考えられています。

磯焼けの主な原因

  • 植食動物の食害:ウニ、アイゴ、ブダイ類などが海藻を食べつくす。
  • 海水温の上昇:水温上昇で海藻の生育が悪くなったり、植食魚の活動期間が長くなったりする。
  • 栄養塩の不足や変化:海域によっては栄養塩が少なく、海藻が育ちにくくなる。
  • 海岸の改変:埋立てや護岸工事で、藻場が育つ浅場そのものが失われる。

詳しくは磯焼けの原因と対策の記事で解説しています。

主な再生手法

手法内容留意点
ウニ・植食魚の除去食害生物を間引き、海藻が再生する余地を作る継続しないと再び食害を受ける
母藻の設置・種苗の移植胞子を出す海藻(母藻)を置く、育てた苗を植える食害対策とセットが必要
基質の設置藻礁やスラグ製ブロックなど、海藻が付く場所を作る設置場所の水深・光・波の条件が重要
アマモの移植・播種海草の種や苗を砂地に植える波の強い場所では流出しやすい
代表的な藻場再生手法
この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

海草藻場の造成については、アマモ場の再生の記事も参考になります。

課題と限界:クレジットの市場が育つために

Jブルークレジットは先進的な制度ですが、広く普及するには乗り越えるべき課題がいくつもあります。

算定と実証の課題

  • 貯留の不確実性:海藻が切れて沖へ運ばれたあと、どれだけが長期に残るのかは、まだ研究が続いている。
  • モニタリングのコスト:潜水調査は人手と費用がかかる。ドローンや衛星の活用が期待される。
  • 規模が小さい:1件あたりの認証量が数トン〜数十トンで、取引価格や売上が小さい。

藻場そのものが減っている問題

水温上昇によって藻場が衰退している海域では、今ある藻場を守ること自体が難しくなっています。吸収量を増やす以前に、吸収源が失われるのを止めることが重要です。気候変動への対策として、陸上の排出削減を優先し、ブルーカーボンはそれを補う位置づけで考えるのが現実的です。

クレジット利用の注意点

クレジットはあくまで補完的な手段であり、企業が自社の排出削減を行わずにクレジット購入だけで「脱炭素」をうたうことは適切ではありません。また、藻場のクレジットには、地域の漁業・環境へのプラス効果(コベネフィット)が伴う点も、購入時に評価すべきポイントです。

過大な期待は禁物

  • 藻場の吸収量は国全体の排出量に比べると小さい。ブルーカーボンは排出削減の代替ではなく補完策である。
藻場が減る原因と守る取り組みを示す図
磯焼けの海と、再生した藻場のイメージ

私たちにできること:身近な行動と学びの広げ方

藻場の保全は、漁業者や研究者だけのものではありません。市民にもできることがあります。

暮らしの中でできること

  • 地元の海藻・水産物を選ぶ:ワカメやコンブなどの養殖も、海の栄養塩の吸収や藻場の維持に関わっています。
  • 海岸清掃・藻場づくりのイベントに参加する:各地で漁協やNPOが藻場の保全活動を行っています。
  • 学校や地域で学ぶ:ブルーカーボンは環境教育の題材としても注目されています。
  • 自分の排出を減らす:電気や燃料の省エネは、藻場が置かれた環境を守る最も確実な方法です。

まとめ:これからの藻場とブルーカーボン

日本の藻場は、国全体のCO2吸収量としては約30万トン台と小さな規模ですが、生物多様性、水産資源、防災、環境教育など、多面的な価値をもっています。Jブルークレジットは、その価値を「見える化」し、保全を続けるための資金をつくる仕組みとして、年々広がっています。藻場が失われつつある今、守ること・再生すること・評価することを同時に進めていくことが求められています。

この記事のまとめ

  • 日本は世界で初めて海草・海藻藻場の吸収量を合わせて報告した。
  • Jブルークレジットは2025年度に52件を認証し、広がっている。
  • 藻場は排出削減の代わりではなく、補完として育てる。

参考文献・出典

  1. 国土交通省 港湾局 ブルーカーボン関連ページ – Jブルークレジット・ブルーインフラ
  2. 国土交通省 港湾局 資料(認証状況) – Jブルークレジットの認証状況
  3. 環境省 ブルーカーボンの取組 – インベントリ報告と吸収量
  4. 国土交通省 資料(インベントリ・算定手法) – ブルーカーボンの算定
  5. 神奈川県 記者発表資料 – 水中ドローンによる藻場計測とJブルークレジット
  6. 日本製鉄 プレスリリース – 増毛町のJブルークレジット認証
  7. 日本製鉄 プレスリリース(続報) – 新たに3件の認証取得
  8. 環境省 瀬戸内海の藻場・干潟 – 海域別の藻場面積

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