0.1%
海草藻場が占める海底面積の割合(UNEP)
20%
海草藻場が育む世界の主要漁業の割合
約7割
1960〜1990年に日本で失われたアマモ場

夏の浅瀬をのぞくと、水中に細長い緑の葉が一面に揺れている光景に出会うことがあります。イネの葉によく似たその植物はアマモ。海藻ではなく、花を咲かせて種子をつくる、れっきとした種子植物です。アマモが群生してつくる「アマモ場」は、古くから漁師たちに海のゆりかごと呼ばれてきました。

その呼び名は詩的な比喩ではありません。国連環境計画(UNEP)などが2020年に公表した報告書『Out of the Blue』によれば、海草藻場が占める面積は海底のわずか0.1%にすぎないのに、そこは世界の主要漁業の20%にとって稚魚の育つ場所になっています。ジュゴンやアオウミガメの食卓であり、海底に堆積する炭素の1割以上を担う炭素の貯金箱でもあります。

ところが日本では、1960年から1990年頃までのあいだにアマモ場の約7割が姿を消しました(環境省)。この記事では、アマモ場がなぜこれほど多くの命を支えられるのか、その仕組みを生物学的に解きほぐしながら、失われたものと取り戻す試みまでを、環境省・水産庁・UNEPなどの一次情報をもとにたどっていきます。

この記事で学べること

  • 「海草(うみくさ)」と「海藻(かいそう)」がまったく別の生きものであること
  • アマモ場がなぜ稚魚の隠れ家・産卵場として機能するのか、その物理的な仕組み
  • アマモ場に暮らす魚・イカ・葉上動物など、多様な生きものの顔ぶれ
  • 海草が水をきれいにし、海底を安定させ、炭素をためこむ働き
  • 日本と世界でアマモ場が失われてきた経緯と、生物多様性への影響
  • モニタリングや市民活動など、藻場を見守り取り戻すための取り組み

海草とは何か──海に戻った「花咲く植物」

アマモ場の話を始める前に、どうしても片づけておきたい混同があります。「海草」と「海藻」は、まったく別の生きものだということです。読みが同じ「かいそう」なので、区別するときは海草を「うみくさ」と読むこともあります。

海藻と海草はまったく別の生きもの

ワカメ、コンブ、ヒジキ、ホンダワラ──ふだん食卓にのぼる「海藻」は、藻類の仲間です。根・茎・葉の区別がはっきりせず、体の表面全体から水中の栄養を吸収し、岩に「根」のように見える付着器でしがみついています。花は咲かせず、胞子で増えます。

いっぽうアマモをはじめとする海草は、被子植物──つまり陸上の草花と同じグループです。水産庁は海草を「海中で一生を過ごす海産種子植物」と定義しています。地中に伸びる地下茎を持ち、根から養分と水分を吸収し、細長いで光合成をします。アマモの葉には5〜7本の葉脈が平行に走っていて、イネ科の草によく似た姿をしています。実際、アマモは単子葉類の草本です。

この違いは見た目の話にとどまりません。植物の進化史をたどると、生命はいったん海から陸へ上がり、そこで根・茎・葉と花・種子という仕組みを獲得しました。海草は、その陸上植物のうちの一部がふたたび海へ戻ったグループだと考えられています。海に帰ったあとも、花を咲かせ種子をつくるという陸で身につけた性質を手放さなかったのです。

項目海草(アマモなど)海藻(ワカメ・コンブなど)
分類被子植物(種子植物)藻類
体のつくり根・地下茎・葉の区別がある区別がなく全体が葉状体
ふえ方花を咲かせ種子をつくる/地下茎でも増える胞子でふえる
生える場所砂泥底に根を張る岩や石に付着器でつく
栄養のとり方根から吸収+葉で光合成体表全体から吸収+光合成
代表的な藻場アマモ場ガラモ場・アラメカジメ場・コンブ場
海草と海藻の違い(水産庁「藻場の種類」などをもとに整理)

花を咲かせ、種子で増える

アマモの花は、派手さとは無縁です。花びらも萼(がく)も退化して、雌しべと雄しべだけが残った小さな白い花を、葉鞘に包まれた花枝の中に咲かせます。水中で受粉するため、色や香りで虫を呼ぶ必要がなく、その代わりに糸のように細長い花粉を水流に乗せて運ばせるという独自の方法を発達させました。

受粉が済むと、米粒ほどの黒い種子が実ります。この種子には興味深い性質があり、発芽するには一定期間、低い塩分にさらされることが必要だと知られています。河川からの淡水が流れ込む内湾こそがアマモの故郷だという事実が、種子の性質にも刻まれているわけです。

アマモは種子だけに頼りません。地下茎を横に伸ばして分枝し、そこから新しい株を立ち上げることで、群落をじわじわと広げていきます。一年で枯れる「一年生」の集団と、地下茎で越冬する「多年生」の集団が場所によって使い分けられていて、この二段構えが、波や高水温にさらされる沿岸で生き延びる戦略になっています。

アマモの体のつくりを示す図解。葉・葉鞘・地下茎・根・花枝と種子の位置を示している
アマモの体のつくり。地下茎と根で砂泥をつかみ、細長い葉で光合成する

日本の海草──アマモからウミショウブまで

世界には約70種の海草が知られています。日本沿岸にはそのうち16種ほどが分布し、アマモ科(アマモ、コアマモ、タチアマモ、スガモなど)、シオニラ科(リュウキュウアマモ、ウミジグサなど)、トチカガミ科(ウミショウブ、ウミヒルモなど)の3つの科に分かれます。

顔ぶれは地域によってがらりと変わります。本州の内湾ではアマモとコアマモが主役で、北海道の沿岸では波あたりの強い岩礁にスガモが帯をつくります。いっぽう南西諸島のサンゴ礁の礁池(イノー)では、リュウキュウスガモやウミショウブといった熱帯性の海草が絨毯のように広がり、そこがジュゴンの採食場になってきました。

ここがポイント

  • 海草は藻類ではなく、花を咲かせ種子をつくる被子植物
  • 陸に上がった植物が、ふたたび海へ戻った進化の産物
  • 日本沿岸には16種ほどが分布し、北のスガモから南のウミショウブまで顔ぶれが変わる

なぜアマモ場は「海のゆりかご」と呼ばれるのか

水産庁はアマモ場を「波の静かな内海・内湾域の砂泥域に繁茂する海草」から成る藻場と定義し、その役割を「産卵場や幼稚仔魚の保育場を提供する」と説明しています。では、なぜ砂の海底に草が生えるだけで、そこが命を育てる場所になるのでしょうか。理由は大きく3つあります。

葉が作る三次元の森

何もない砂泥の海底は、生きものにとって「平らな砂漠」です。隠れる場所も、卵をくっつける場所も、餌となる小さな生きものが暮らす足場もありません。ところがそこにアマモが生えると、海底から水面に向かって高さ1メートル前後の葉の層が立ち上がります。

平面が立体になる──この変化が決定的です。葉の一枚一枚が壁になり、天井になり、止まり木になります。生態学ではこれを「生息場所の複雑性(ハビタット複雑性)」が上がると表現します。複雑な構造をもつ環境ほど、そこに暮らせる種類も個体数も増えるという関係は、陸上の森林でも海中の藻場でも共通して見られる法則です。同じ面積でも、平屋よりマンションのほうが多くの住人を収容できるのと似ています。

隠れ家としての価値──捕食からの避難所

生まれたばかりの稚魚にとって、最大の脅威は捕食者です。体が小さく泳ぎも遅い時期に外洋を漂えば、あっという間に食べられてしまいます。アマモの葉が密生した場所では、大型の魚は体が引っかかって自由に泳ぎ回れず、視界も遮られます。稚魚だけが通り抜けられる隙間が無数にある空間は、体の小さい者にとって圧倒的に有利な戦場なのです。

しかも、葉の色と模様は稚魚のカムフラージュを助けます。ヨウジウオやタツノオトシゴの仲間が、細長い体を葉と平行に立てて漂う姿は、その典型です。葉に擬態した姿かたちそのものが、アマモ場という環境が長い年月をかけて生きものを形づくってきた証拠でもあります。

アマモの葉のあいだに身を隠す稚魚と、外側を回遊する大型の魚を対比した図
密生した葉のあいだは、体の小さい稚魚だけが自由に動ける避難所になる

流れをやわらげ、稚魚を留める

3つめは物理的な働きです。アマモの群落は水の流れを受け止め、内部の流速を大きく下げます。環境省の資料も、藻場が「波や潮流による水の流動をやわらげる」ことを指摘しています。流れがゆるむと、遊泳力の弱い稚魚や浮遊してきた卵・幼生がその場にとどまりやすくなります。

同時に、流れがゆるめば水中の細かい粒子(プランクトンの死骸や有機物のかけら)が沈みやすくなり、藻場の内側に餌となる有機物が溜まります。隠れ家であるだけでなく、食べ物が自然に集まってくる食堂でもあるわけです。守られて、しかも餌が豊富──稚魚がここで育つ理由としては、これ以上ないほど十分でしょう。

「ゆりかご」を成り立たせる3条件

  • 立体構造:平らな砂地が高さ1m級の葉の森になり、住める空間が何倍にも増える
  • 避難機能:大型捕食者が入りにくく、小さい者ほど有利な隙間ができる
  • 流れの減衰:卵や幼生がとどまり、餌となる有機物も沈み溜まる

アマモ場に集まる生きものたち

実際にアマモ場をのぞくと、どんな生きものに会えるのでしょうか。日本各地の調査から見えてくるのは、魚だけを数えても数十種、無脊椎動物まで含めれば数百種規模という豊かさです。しかも、その利用のしかたは種類によってまるで違います。

魚たち──メバル、ウミタナゴ、ヨウジウオ

アマモ場の常連としてよく名前が挙がるのが、メバルウミタナゴキュウセンクロダイシロギスマハゼといった沿岸の魚たちです。広島市似島のアマモ場再生地でも、メバル・キュウセン・ウミタナゴといった魚が出現したことが報告されています。

利用のしかたには3つのタイプがあります。第一に、一生をアマモ場で過ごすタイプ。ヨウジウオやタツノオトシゴ、アミメハギなどが該当し、葉に擬態しながら葉上の小動物をついばんで暮らします。第二に、子ども時代だけを過ごすタイプ。メバルやクロダイの稚魚はアマモ場で育ち、体が大きくなると岩礁や沖合へ出ていきます。第三に、餌を食べに通ってくるタイプ。成魚のクロダイやカレイ類が、藻場に集まる小動物を狙って回遊してきます。

この「一生型・保育型・来訪型」という重層構造こそが、アマモ場の種数を押し上げている大きな理由です。一つの場所が、住民にも保育園にも食堂にもなっている、と言い換えてもいいでしょう。

アオリイカの産卵場

アマモ場の主役級を一つだけ挙げるなら、アオリイカを外せません。アオリイカは産卵のために沿岸の浅場へ寄り、アマモやホンダワラの茎に白い房状の卵嚢(らんのう)を産みつけます。産卵期は4〜9月と長く、盛期は5〜7月です。徳島県の研究資料によれば、日本のアオリイカは少なくとも3タイプに分けられ、藻場など沿岸浅場で産卵する通称「シロイカ」型は、卵嚢ひとつに5卵前後を収めます。

海草の茎は、しなやかで折れにくく、しかも一定の高さで揺れています。卵嚢を波でもみくちゃにされず、かつ新鮮な海水が絶えず当たる──孵化までのあいだ卵を安全に守るには、これ以上ない足場です。アマモ場が減った地域で、切った木の枝を束ねて海底に沈める「イカシバ」という人工産卵礁が漁業者の手で設置されてきたのは、失われた足場を人の手で補う試みにほかなりません。

アマモの茎に産みつけられたアオリイカの白い卵嚢
アマモの茎に産みつけられたアオリイカの卵嚢。しなやかな海草は理想的な産卵基質になる

葉の上の小さな住人──葉上動物

アマモ場の生物多様性を語るうえで見落とせないのが、肉眼ではやっと見える程度の葉上動物(ようじょうどうぶつ)の世界です。アマモの葉の表面には、まず珪藻などの微細藻類が薄い膜(付着藻類、エピファイト)をつくります。それを食べるヨコエビ、ワレカラ、巻貝の仲間、小型のエビ類が葉にびっしりと取りつき、さらにそれを稚魚がついばむ、という食の連鎖が葉一枚のうえで完結しています。

この小さな住人たちには、もう一つ重要な役割があります。葉の表面の付着藻類を食べ取ることで、アマモ自身が受け取る光をきれいに保つのです。付着藻類が厚くなりすぎるとアマモは光合成できず衰弱してしまうため、葉上動物はいわば海草の「掃除屋」として、藻場全体の健康を支えていることになります。生きものが場所に守られ、同時に場所を守り返す──この相互依存が藻場という生態系の本質です。

生きものアマモ場での使い方利用のタイプ
ヨウジウオ・タツノオトシゴ葉に擬態して定住し、小型甲殻類を食べる一生型
メバル・クロダイ稚魚期の隠れ家・成育場保育型
アオリイカ茎に卵嚢を産みつける産卵場産卵型
ヨコエビ・ワレカラ・巻貝葉の付着藻類を食べ、葉を掃除する葉上動物
カレイ類・ハゼ類藻場の底で餌となる底生生物をあさる来訪・底生型
アオウミガメ・ジュゴン(南方)海草そのものを食べる大型草食動物
アマモ場の生きものと、その場所の使い方

藻場の食物網──光合成から始まる命の連鎖

アマモ場に生きものが多い理由は、隠れ家があるからだけではありません。もっと根本的に、そこで大量の食べ物が作られているからです。沿岸域の中でもアマモ場は際立って生産力が高い場所として知られています。

浅い海だからこその高い一次生産

アマモが生えるのはおおむね水深1〜5メートル前後の浅場です。光が海底まで十分に届き、河川から流れ込む栄養塩も豊富にある──植物にとってこれ以上ない条件がそろっています。加えて海草は根から堆積物中の栄養分も吸収できるため、水中の栄養が乏しい時期でも光合成を続けられます。

その結果アマモ場は、単位面積あたりで見れば陸上の農地や森林に匹敵するほどの有機物を生み出します。しかも生産されるのはアマモ本体だけではありません。葉の表面の付着藻類、群落内に漂う植物プランクトン、海底の底生微細藻類──藻場という空間は複数の一次生産者が層をなして同時に働く工場なのです。

落ち葉(デトリタス)が支える底生生物

興味深いのは、アマモの葉をそのまま食べる生きものが、日本の温帯域ではあまり多くないことです。アマモの葉は繊維質が硬く、消化しにくいためです。ではアマモが作った有機物はどこへ行くのか──答えはデトリタス(有機物のかけら)という形での流通です。

枯れたり切れたりした葉は海底に落ち、微生物に分解されながら細かく砕けていきます。この過程で微生物の体が付着して栄養価が上がり、多毛類(ゴカイの仲間)、二枚貝、ナマコ、エビ・カニ類といった底生生物にとって上質な餌になります。海底の泥の中でこれらの生きものが増えれば、それを食べるカレイやハゼが集まり、さらにその上位の魚が寄ってくる──落ち葉を起点にした食物網が藻場の下に広がっているのです。

アマモ場の食物網を示す図。海草・付着藻類から葉上動物・稚魚・大型魚へつながる流れ
海草そのものより「落ち葉」と「葉の表面」が食物網の入口になる

藻場の外へ運ばれる恵み

藻場が作った有機物は、その場に留まるだけではありません。ちぎれた葉は潮に乗って沖へ、あるいは深みへと運ばれ、藻場から遠く離れた海底の生きものの餌になります。台風のあと砂浜に打ち上げられたアマモの帯が、ハマトビムシなどの餌となり、それをシギ・チドリ類がついばむ光景も、藻場の恵みが陸へつながっている証拠です。

また、アマモ場で育った稚魚が成長して沖へ出ていくこと自体が、藻場から外洋への生物量の輸出にあたります。UNEPが「海草藻場は世界の主要漁業の20%の育成場」と評価する背景には、こうした藻場の外へ広がる効果があります。私たちが食卓で口にする魚のかなりの部分が、人生のどこかでアマモ場の世話になっている、と言ってもおおげさではありません。

水をきれいにし、海底を守る──生物多様性を支える土台

アマモ場の働きは、生きものを直接育てることに限りません。水と海底そのものの状態を良くすることで、間接的に生態系全体を支えています。環境省は藻場について、水中の有機物を分解し、栄養塩類や炭酸ガスを吸収し、酸素を供給するなど「海水の浄化に大きな役割を果たしている」と説明しています。

栄養塩を吸い上げ、赤潮の引き金を減らす

都市や農地から沿岸へ流れ込む窒素・リンは、多すぎると植物プランクトンの異常増殖(赤潮)を招き、その死骸が分解されるときに酸素が奪われて貧酸素水塊が発生します。アマモは根と葉からこれらの栄養塩を吸収し、自分の体に取り込んで固定します。広い藻場が健在なら、それだけ富栄養化の圧力が下がることになります。

ただし注意も必要です。瀬戸内海では下水処理の高度化が進んだ結果、逆に栄養塩が不足する「貧栄養化」が問題になり、ノリの色落ちやイカナゴの不漁が起きました。海はきれいにすればするほどよい、という単純な話ではありません。この「ちょうどよさ」を設計しようという発想については、里海の考え方を解説した記事で詳しく取り上げています。

堆積物を安定させ、水の透明度を保つ

アマモの地下茎と根は、砂泥の中に網の目のように広がって海底をつかんでいます。台風や高波が来ても、根がある場所の砂は舞い上がりにくい。さらに葉が流れをゆるめることで、水中の細かい粒子が沈降しやすくなります。結果として藻場のまわりでは水の濁りが減り、透明度が上がるのです。

これは海草自身にとっても死活問題です。濁った水では光が海底まで届かず、アマモは光合成ができません。つまり「アマモが濁りを減らす→光が届く→アマモが育つ」という正のフィードバックが働いています。裏を返せば、いったん藻場が消えて濁りが増えると、光が届かないので再生も難しくなる、という負のループに反転してしまう。藻場の消失が回復困難になりやすいのは、この構造のためです。

アマモ場がある海と、藻場が失われた海の透明度の違いを対比した図
藻場は濁りを減らし、その透明な水がまた藻場を育てる。失われると逆回転が始まる

炭素をためこむ──ブルーカーボンとしての海草

近年とくに注目されているのが、海草が大気中の二酸化炭素を取り込み、枯れた葉や根といった形で海底の泥の中に長期間ためこむ働きです。マングローブ林・海草藻場・塩性湿地が担うこの炭素貯留はブルーカーボンと呼ばれます。UNEPは、海草藻場が海底面積のわずか0.1%しか占めないにもかかわらず、海底堆積物に毎年埋没する炭素の10%以上を担っていると推定しています。

泥の中は酸素が乏しく、有機物が分解されにくい環境です。そのため陸上の森林のように数十年で炭素が空気に戻ることなく、長い年月にわたって炭素が閉じ込められます。日本では海草・海藻による吸収量を国連へ報告する制度や、Jブルークレジットという取引の仕組みも動き始めました。詳しくはブルーカーボンの仕組みを解説した記事をご覧ください。

アマモ場が果たす4つの機能

  • 生息場所の提供:稚魚の隠れ家、産卵基質、葉上動物のすみか
  • 食物網の基盤:高い一次生産とデトリタスによる餌の供給
  • 水質と底質の保全:栄養塩の吸収、濁りの低減、堆積物の安定化
  • 炭素の貯留:ブルーカーボンとして長期間にわたり炭素を閉じ込める

世界の海草藻場と、それに頼る大型動物たち

視野を世界に広げると、海草藻場は南極周辺を除くほぼ全世界の沿岸に分布しています。UNEP・GRID-Arendal・UNEP-WCMCが2020年の世界海洋デーに発表した報告書『Out of the Blue: The Value of Seagrasses to the Environment and to People』は、その価値をまとめた基本文献です。

72種の海草が支える世界の沿岸

同報告書によれば、世界には72種の海草が知られています。熱帯のサンゴ礁の裏側に広がる草原から、北欧の冷たい浅い入り江まで、その分布は驚くほど広い。ところが同時に、72種のうち少なくとも22種が減少傾向にあり、記録が始まった1870年以降で世界の海草面積の約30%が失われたとも報告されています。

減少速度の推定は研究によって幅がありますが、複数の研究が年0.9〜7%という値を報告しており、沿岸生態系の中でも急速に失われつつあるタイプであることは共通しています。サンゴ礁や熱帯林ほど世間の注目を集めないまま静かに消えている、という意味で、海草藻場はしばしば「忘れられた生態系」と呼ばれます。

ジュゴンとアオウミガメ──海草を食べる大型動物

海草を直接食べる大型動物として有名なのがジュゴンです。ジュゴンは世界で唯一の完全草食性の海生哺乳類で、食物の90%以上を海草が占めます。研究者が野生個体の代謝を測定した2025年の研究では、エネルギー収支を保つために1日あたり25〜65キログラム(生重量)の海草が必要と見積もられました。成長や繁殖にはさらに多くを要します。

これほどの量を毎日食べ続けられる場所は限られます。ジュゴンの生息が海草藻場の分布と重なるのは必然で、藻場が失われれば個体群は直ちに存続の危機に立たされます。日本では沖縄が北限の生息地とされてきましたが、確認例はきわめて少なく、危機的な状況が続いています。

アオウミガメもまた、成長すると海草や海藻を主食にする草食性のウミガメです。ジュゴンやウミガメの採食は、伸びすぎた葉を刈り取って新芽の成長を促し、群落の若返りを助ける側面もあります。陸上の草原で草食獣が草原を維持するのと同じ関係が、海の中でも成り立っているのです。

熱帯の海草藻場で海草を食べるジュゴンとアオウミガメ
ジュゴンは1日25〜65kgの海草を食べる。藻場の消失は直接その生存を脅かす

世界の漁業を支える見えない土台

UNEPが強調するもう一つの数字が、冒頭でも紹介した「世界の主要漁業の20%が海草藻場を育成場としている」という評価です。とくに東南アジアや東アフリカの沿岸では、海草藻場での小規模漁業が地域の人々のタンパク源と現金収入を直接支えています。国連の世界海洋アセスメントも、海草藻場を保全すべき重要な生息場所として位置づけています。

つまり海草藻場は、気候変動対策(炭素貯留)、食料安全保障(漁業)、生物多様性保全(絶滅危惧種の生息地)、防災(波の緩和と底質安定)という複数の課題に同時に効く数少ない自然資本です。狭い面積で多くの役割を果たすからこそ、失ったときの損失も広範囲に及びます。

失われる藻場と、生物多様性への影響

ここまで見てきた豊かさは、しかし過去形になりつつあります。日本のアマモ場が受けてきた打撃は、世界平均よりもさらに厳しいものでした。

日本で起きたこと──60年代からの激減

環境省の資料によると、日本のアマモ場は1960年から1990年頃までに約7割が消失しました。同じ時期に干潟も約5割が失われています。瀬戸内海に限っても、アマモ場は1960年度から1989〜90年度までに約7割が姿を消しました。

具体的な数字で見ると事態の激しさが伝わります。岡山県備前市日生(ひなせ)町では、1950年頃に590ヘクタールあったアマモ場が、1980年にはわずか12ヘクタールまで縮小しました。実に50分の1です。それと歩調を合わせるように、瀬戸内海の漁獲量は1980年頃のピークから減少を続けています。

何が藻場を消したのか

原因は一つではありません。高度経済成長期の埋め立てと護岸工事は、アマモが育つ遠浅の砂泥底そのものを物理的に消し去りました。生活排水や工場排水による富栄養化と赤潮は水を濁らせ、光を遮り、貧酸素水塊を生みました。海砂の採取や底びき網は海底をかき乱しました。

近年はこれに気候変動が加わります。夏の異常な高水温はアマモを枯死させ、種子の生産を妨げます。さらに、水温上昇で活動が活発になったアイゴやブダイなどの植食性魚類、ウニ類による食害が藻場を丸裸にしてしまう「磯焼け」が各地で深刻化しました。水産庁は磯焼け対策ガイドラインを改訂し、植食性魚類対策の強化を打ち出しています。

要因藻場への作用主な時期
埋め立て・護岸整備生育基盤である遠浅の砂泥底そのものが消失高度経済成長期〜
富栄養化・赤潮濁りで光が届かず、貧酸素水塊も発生1960〜80年代を中心に
海砂採取・底びき網海底のかく乱、地下茎・根の破壊同上
高水温化夏季の枯死、種子生産の低下近年拡大
植食性魚類・ウニの食害葉が食べ尽くされ磯焼けが発生・固定化近年拡大
濁りの慢性化回復に必要な光が確保できず再生が進まない継続的
アマモ場を減少させてきた主な要因(環境省・水産庁の資料をもとに整理)

生きものへの影響は連鎖する

藻場が消えるとき、失われるのは緑の景観だけではありません。稚魚の隠れ家がなくなれば加入量(次世代として漁業資源に加わる個体数)が減り、産卵基質が失われればアオリイカは卵を産む場所を探して彷徨います。葉上動物が住処を失えば、それを食べていた魚も減る。海底の落ち葉が来なくなれば、泥の中の底生生物も痩せていきます。

しかも先に触れたとおり、藻場の消失は濁り→光不足→再生困難という負のループを伴います。埋め立てのように基盤ごと消えてしまえば、そもそも戻す土地がありません。「減った分をあとで植えればいい」という発想が通用しにくい点が、藻場の保全を難しくしています。

アマモ場が失われ砂だけになった海底と、遠くにわずかに残るアマモ
藻場が消えた海底は「水中の砂漠」となり、稚魚も産卵場も行き場を失う

注意したいポイント

  • 日本のアマモ場は1960〜1990年に約7割が消失(環境省)
  • 世界でも1870年以降に約30%が失われ、72種のうち22種以上が減少傾向(UNEP)
  • 藻場の消失は「濁り→光不足→再生困難」の負のループを伴い、元に戻しにくい

見守り、取り戻す──藻場と生物多様性のこれから

厳しい数字が続きましたが、状況は絶望的ではありません。日本には、失った藻場を市民と漁業者の手で取り戻してきた実績があります。

まず「知る」──モニタリングサイト1000

保全の出発点は、現状を継続的に測ることです。環境省のモニタリングサイト1000は、全国の重要な生態系を長期にわたって観測し続ける事業で、沿岸域では磯・干潟・アマモ場・藻場が対象になっています。専門家と地域の調査員が同じ場所を継続的に同じ方法で調べ、調査報告書が公開されています。

地味に見える作業ですが、これがなければ「増えたのか減ったのか」すら分かりません。近年は衛星画像や音響機器、ドローンを組み合わせた広域マッピングも進み、これまで把握が難しかった藻場の分布が少しずつ明らかになっています。

日生の歩み──12ヘクタールから250ヘクタールへ

先ほど「50分の1に減った」と紹介した岡山県日生町は、その後の展開でこそ知られる場所です。1985年に岡山県の水産試験場がアマモの種子採取技術を実用化したのをきっかけに、地元の日生町漁業協同組合が種まきを始めました。わずかに残ったアマモから種を採り、海にまく──その地道な繰り返しが実を結び、アマモ場は2007年に80ヘクタール、2011年に200ヘクタール、2015年には250ヘクタールまで回復しました。

重要なのは、この取り組みが行政主導ではなく漁業者自身が自分たちの海のために始めた点です。アマモ場が戻るにつれてアマモ場に依存する魚介類の姿も戻り、保全が生業に返ってくる循環が生まれました。瀬戸内海は現在「アマモ場再生発祥の地」と呼ばれ、全国のサミットや市民活動へと広がっています。造成の技術や磯焼け対策の詳細は、藻場の再生を扱った記事で解説しています。

アマモの種まきに参加する人々と、育ち始めた若いアマモ
残ったアマモから種を採ってまく。地道な作業が数十年かけて海を変えた

私たちにできること

藻場の保全は沿岸の住民や漁業者だけの仕事ではありません。内陸の暮らしも、川を通じて確実に藻場につながっています。過剰な洗剤や肥料を流さないこと、生活排水への配慮、雨水を土に浸透させる庭づくり──こうした行動は流域からの濁りと栄養塩の負荷を減らします。

また、各地でアマモの種まき・移植体験や藻場の観察会が開かれています。膝までの浅瀬に立って葉のあいだをのぞくと、想像以上の数の小さな命が動いていることに驚くはずです。海のいきものを守るという言葉が抽象論に聞こえるなら、まずはこの「見る」体験から始めるのがいちばん確実な入口だと思います。日本沿岸全体の生きものの豊かさについては、日本の海洋生物多様性を扱った記事もあわせてどうぞ。

今日からできること

  • 洗剤・肥料の使いすぎを控え、川から海への栄養塩・濁りの負荷を減らす
  • 地域のアマモ種まき・藻場観察会に参加してみる(春〜初夏に多い)
  • アマモ場が育てた魚介であることを意識して、産地や漁法を見て買う
  • 海辺で遊ぶときは、浅場の海草を踏み荒らさない・錨を打ち込まない

まとめ──足元の浅瀬に広がる、いちばん豊かな海

アマモ場は、遠い外洋やサンゴ礁のように旅をしなければ出会えない場所ではありません。膝の深さの、どこにでもある穏やかな入り江の海底に広がっています。派手さのないその緑の草原が、海底面積のわずか0.1%で世界の主要漁業の20%を育て、海底に埋まる炭素の1割以上を担い、ジュゴンやウミガメを養い、水をきれいにしている。

海草が藻類ではなく、花を咲かせ種子をつくる植物だという事実は、単なる分類上の豆知識ではありません。それは、いったん陸に上がった生命が海へ戻り、そこで沿岸の生態系まるごとを支える存在になったという長い物語の証しです。そして、その物語の最新章を書いているのは私たちです。日本は30年ほどで7割を失い、日生は30年ほどで20倍に戻しました。どちらも人の手が引き起こした結果でした。

次に浅い海辺に立つ機会があれば、足元の水中をのぞいてみてください。細長い葉が揺れていたら、そこは無数の命のゆりかごです。何もない砂地だったら──かつてそこに何があったのかを、少しだけ想像してもらえたらと思います。

夕暮れの穏やかな入り江と、水面下に透けて見えるアマモ場
穏やかな入り江の水面下。いちばん身近な場所に、いちばん豊かな海がある

参考文献・出典

  1. 水産庁 – 藻場の種類(アマモ場・ガラモ場・アラメカジメ場・コンブ場の分類と役割)
  2. 水産庁 – 藻場の働きと現状
  3. 環境省 せとうちネット – 藻場・干潟の状況(アマモ場は1960〜1990年に約7割が消失)
  4. 環境省 里海ネット – 里海と生態系(藻場・干潟の役割と減少)
  5. 環境省 生物多様性センター – モニタリングサイト1000 アマモ場調査(長期モニタリングの報告書)
  6. UNEP – Out of the Blue: The Value of Seagrasses to the Environment and to People(2020年・海草72種、世界の主要漁業の20%、海底面積0.1%)
  7. UNEP – Five ways often-unheralded seagrasses boost biodiversity(海草藻場の生物多様性への貢献)
  8. 水産庁 – 藻場の保全・創造、磯焼け対策(磯焼け対策ガイドライン)
  9. 日生町漁業協同組合 – アマモ場再生計画(1950年頃590ha→1980年12ha→2015年250ha)
  10. Marine Mammal Science(Lanyon ほか, 2025) – 野生ジュゴンの代謝測定にもとづく1日あたりの海草必要量の推定

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