⚡ この記事の要点

海に捨てられた漁網は年間64万トンともいわれる。Aquafil社のECONYL®はこれを化学的に再生し、Prada Re-NylonのバッグやHealthy Seas Socksの靴下、Interfaceのカーペットに生まれ変わらせる。伊藤忠商事と国内2社による量産の動きも含め、循環の仕組みを実例で解説する。

64万トン
世界で年間に海へ放置・流出する漁具の推定量(FAO試算)
2,500社以上
ECONYL®再生ナイロンを採用する世界のブランド数
最大80%
ECONYL®生産で抑えられる温室効果ガス排出量(新品ナイロン比)

高級ブランドのバッグ、スポーツウェアの水着、オフィスの床に敷かれたカーペットタイル。一見なんの関係もなさそうなこれらの製品に、実は海に捨てられた漁網が使われていることがある。原料はイタリアの化学メーカーAquafil社が開発した再生ナイロン「ECONYL®」だ。

海洋には毎年、推定64万トンもの漁具が放置・流出しているといわれる。絡まった魚やウミガメを死なせ続ける「ゴーストギア(幽霊漁具)」は長年の課題だったが、ECONYL®はこれを厄介なごみではなく高品質な資源として扱う仕組みを作った。すでに世界2,500社以上のブランドが採用し、2024年には伊藤忠商事と日本の製網会社2社が再生漁網そのものの量産にも乗り出している。

この記事では、ECONYL®がどのような化学プロセスで漁網をナイロンに戻すのか、誰が海から漁網を回収しているのか、そして実際にどんな商品に生まれ変わっているのかを、実在の企業事例とともに解説する。

この記事で学べること

  • 海に捨てられた漁網が「ゴーストギア」として生物を傷つけ続ける理由
  • ECONYL®が廃棄漁網を新品同等のナイロンへ再生する化学的なプロセス
  • Healthy Seasや伊藤忠商事など、回収から製品化までを担う組織の役割
  • Prada Re-Nylon・Interfaceのカーペットなど実在ブランドでの活用事例
  • 日本の桃井製網・木下製網による再生漁網量産化の現在地
  • 再生ナイロン製品を選ぶときに確認したいポイント

漁網はなぜ「ゴーストギア」として海を脅かすのか

国連食糧農業機関(FAO)の推計では、世界の海には年間およそ64万トンもの漁具が放置・紛失・投棄されている。台風などの荒天で流された網、コストの都合で回収されずに海底に沈められた網、老朽化して引き上げても再利用できない網など、発生の経路はさまざまだ。伊藤忠商事とAquafil社の発表資料では、漁網に限らずロープや浮きなども含めた漁業由来のプラスチックごみ全体で年間約115万トンという数字も示されている。

海で「漁を続ける」漁網

放棄された漁網はナイロンやポリエチレン製で、自然分解にはきわめて長い時間がかかる。海中を漂いながら魚やウミガメ、海鳥を絡め取り続けることから「ゴーストギア(幽霊漁具)」「ゴーストネット」と呼ばれる。詳しい発生メカニズムと国際的な対策の枠組みは、ゴーストギア(幽霊漁具)問題の解説記事でまとめている。

生態系と漁業への二重の被害

  • 絡まった魚類・甲殻類・海鳥・ウミガメが身動きできずに死ぬ「ゴーストフィッシング」が継続的に発生する
  • サンゴ礁に網が覆いかぶさると、光合成が妨げられ白化・死滅につながる
  • 劣化した網はマイクロプラスチックの発生源にもなる
  • 漁業者にとっても、船のスクリューへの絡まりや漁獲量の減少という実害につながる

一つの漁網が放置されると、絡まった生物が死んで腐敗し、それが別の生物を引き寄せてまた絡まるという連鎖が起こることもある。海流に乗って長距離を漂流するため、発生した海域と被害が出る海域が一致しないことも多く、一国だけの規制では解決しにくい越境的な問題でもある。

海中に漂う放棄された漁網(ゴーストネット)と、その周辺を泳ぐ魚の群れ
海中を漂うゴーストネットは、回収されない限り生物を巻き込み続ける

問題が国際的に認知された経緯

「64万トン」という数字の出どころは、国連環境計画(UNEP)とFAOが2009年に共同発表した報告書だ。この報告書が世界で初めて放棄漁具(ALDFG:Abandoned, Lost or Discarded Fishing Gear)を定量的に扱い、単なる漂着ごみとは違う「生物を捕獲し続ける」特殊な海洋ごみとして問題提起した。これを受けて2015年には官民が連携する国際枠組み「Global Ghost Gear Initiative(GGGI)」が発足し、回収・再利用・発生抑制の各段階で取り組みが広がっていった。ECONYL®のような再生素材ビジネスも、この文脈の延長線上にある。

この章のポイント

  • 放棄漁具(ALDFG)は年間64万トン規模と2009年の国連報告書で推定された
  • 2015年発足のGGGIなど、官民連携の国際的な対策枠組みが広がっている
  • 回収した漁網を資源として売れる仕組みが、現場での回収意欲を後押しする

ECONYL®とは何か──廃棄漁網を新品同等のナイロンに変える技術

ECONYL®は、イタリアのAquafil社が開発した再生ナイロン6のブランド名だ。原料になるのは漁網だけではなく、使用済みカーペットの繊維くず、アパレルの裁断くず、工業用のナイロン廃プラスチックなど、廃棄されるナイロン素材全般である。これらを「ECONYL Regeneration System」と呼ばれる工程で処理し、新品のナイロンと同じ品質の糸に戻す。

解重合という化学的な再生プロセス

一般的な繊維リサイクルは、廃材を溶かして再成形する「機械的リサイクル」が中心で、繰り返すほど強度が落ちやすい。ECONYL®が採用するのは化学的リサイクル(解重合)だ。回収したナイロン廃材をいったん分子レベルのモノマーまで分解し、そこから改めて重合してポリマーを作り直す。この方法により、廃材由来であっても石油由来の新品ナイロンと同等の品質を保ち、理論上は劣化なく無限に再生を繰り返せるとされている。

環境負荷の削減効果

指標ECONYL®の効果出典
原油の節約原料10,000トンあたり原油7万バレルを節約Aquafil公表資料
温室効果ガス排出新品ナイロン製造比で最大80%削減Aquafil公表資料
再生の繰り返し理論上、品質を落とさず無限回の再生が可能Aquafil公表資料
ECONYL®の環境負荷削減効果(Aquafil社公表データより)

ECONYL®の原料は漁網だけではない

  • 漁網・養殖ネット(海洋由来)
  • 使用済みカーペットのパイル(繊維くず)
  • アパレル工場の裁断くず
  • 工業用ナイロンの廃プラスチック

Aquafil社について

Aquafil社はイタリア・トレント県を本拠とするナイロン素材メーカーで、もともとはカーペット用ナイロンポリマーの製造を主力としてきた企業だ。長年の研究開発を経て2011年にECONYL®ブランドを立ち上げ、以後は再生ナイロンを軸とした事業展開に舵を切っている。廃材を分解・再重合するための専用プラントをスロベニアとイタリアに構え、世界各地から集めたナイロン廃材を一括して処理する体制を持つ。2025年時点で、ECONYL®ブランドの製品はAquafil社の繊維事業収益の60%以上を占めるまでに成長しており、単なる環境PR施策ではなく主力事業として位置づけられていることがわかる。

「ECONYL Pure」という新しい選択肢

Aquafil社は近年、原料の内訳をさらに絞り込んだ「ECONYL® Pure」という派生製品も展開している。通常のECONYL®が複数由来のナイロン廃材を混合して再生するのに対し、ECONYL® Pureは100%再生ナイロンのみを原料とする点が特徴だ。ブランド側が「原料構成をどこまで細かく開示できるか」を競う流れが生まれており、トレーサビリティの精度は年々高まりつつある。

「網から網へ」を実証する養殖用ネット

Aquafil社は、ECONYL®を100%使用した養殖用ネットを開発し、世界初の「循環型養殖ネット」と位置づけている。従来、漁網は複数の素材や部品が組み合わされているため、使い終えたあとに単一素材へ分別するのが難しく、リサイクルの障壁になってきた。この養殖用ネットは設計段階から再生を前提にしており、耐用年数を終えたあとは他のナイロン廃材と同様に回収し、再びECONYL®として、場合によっては新しい漁網の原料として使うことができる。「回収した漁網からまた漁網を作る」という、この記事で扱う循環の理想形に最も近い事例といえる。

Healthy Seasの回収ネットワーク──北海・地中海からイタリアの工場へ

漁網は海から誰かが引き上げなければ再生の原料にならない。その回収を担う代表的な組織が、2013年にダイビング団体Ghost Diving、Aquafil社、靴下メーカーStar Sockの3者によって設立された非営利プロジェクト「Healthy Seas」だ。北海・アドリア海・地中海を中心に、ダイバーが海底に沈んだゴーストネットを引き上げ、漁業者と連携して劣化した現役の網も回収する。

回収から製品化までの流れ

  1. Ghost Divingのダイバーや協力漁業者が海底・海面のゴーストネットを回収する
  2. 回収した網を洗浄・選別し、Aquafil社のイタリア工場へ送る
  3. 解重合によりECONYL®ナイロン糸に再生する
  4. Star Sock(Healthy Seas Socksブランド)などパートナー企業が製品化する

積み上がる回収実績

Healthy Seasは活動開始の2013年以降、1,300トンを超える漁網・海洋ごみを回収してきた。2021年からは自動車メーカーの現代自動車(Hyundai)ともパートナーシップを結び、回収した漁網由来のECONYL®をIONIQシリーズなど欧州向け車種のフロアマットに採用している。この提携だけで320トン以上の海洋ごみが回収された。

誰が海に潜っているのか

回収の最前線に立つのは、ボランティアのプロダイバーで構成される「Ghost Diving」だ。冷たく視界の悪い北海や、漁船の往来がある沿岸海域での作業は危険を伴うため、専門の訓練を受けたチームが計画的に潜水し、絡まった網を切り分けて引き上げる。回収対象は海底に沈んだ「ゴーストネット」だけでなく、まだ現役だが老朽化して交換される漁網や、養殖用ネットも含まれる。回収した網は種類ごとに選別されたのち、海上輸送でAquafil社のプラントに送られる。

漁業者との協力関係

Healthy Seasの活動は、ダイバーによる海底調査だけに頼っているわけではない。日々操業する漁業者は、劣化して使えなくなった網をどこで交換したかを最もよく知る存在でもある。プロジェクトでは各地の漁業者と協力関係を築き、廃棄予定の網を陸上で直接引き取ることで、危険な海中回収に頼らずに済むケースも増やしてきた。海中でのダイビング回収と、陸上での漁業者からの引き取りを組み合わせることで、回収量と安全性の両方を高めている。

実在ブランドの活用事例──バッグ、カーペット、靴下

ECONYL®を採用する2,500社以上のブランドのうち、廃棄漁網由来であることを明確に打ち出している代表例を3つ紹介する。

Prada Re-Nylon(イタリア)

高級ブランドのPradaは、1980年代から看板素材だったナイロン「Pocono」をECONYL®に置き換えた「Prada Re-Nylon」ラインを展開している。バックパックやトートバッグ、アウターなどが対象で、海洋科学教育プログラム「SEA BEYOND」と連携したカプセルコレクションも継続的に発表している。

Pradaは2019年にRe-Nylonプロジェクトを発表した際、「2021年末までに主要コレクションで使う新品ナイロンをすべてECONYL®へ置き換える」という全社目標を掲げた。高級ブランドが看板素材そのものを再生材へ切り替えると公言した事例として、当時大きく注目された。現在もRe-Nylonは一時的なカプセルコレクションではなく、バッグ・シューズ・アウターにまたがる恒常ラインとして続いている。

このコレクションを見るPrada Re-Nylon|Prada Group廃棄漁網などを再生したECONYL®を使い、看板ナイロン「Pocono」を置き換えたPradaの継続コレクション。🔗 pradagroup.com

Interfaceのカーペットタイル「Net Effect」

商業用カーペットタイル大手のInterface社は、動物保護団体ZSL(ロンドン動物学会)と組んだ「Net-Works」プロジェクトを2012年にフィリピンで開始した。零細な沿岸漁業コミュニティが回収した廃棄漁網を買い取る仕組みを作り、Aquafil社のECONYL Regeneration Systemを通じてカーペット繊維に再生する。生まれた製品「Net Effect」コレクションは、再生素材の含有率が最大81%に達する。

Net-Worksの特徴は、単なる原料調達にとどまらず漁村の生計支援も同時に設計されている点だ。回収した網の買い取り代金は地域の「コミュニティバンク」に積み立てられ、漁業者が低利で融資を受けられる仕組みに使われる。フィリピンで始まった活動はバンタヤン諸島や北イロイロにも拡大し、現在はフィリピンとカメルーンの計27の漁村コミュニティが参加する規模に育っている。廃棄物処理と貧困対策を同時に進める「インクルーシブビジネス」の代表例として、国連環境計画などでも紹介されてきた。

Healthy Seas Socks

オランダの靴下メーカーStar Sockは、Healthy Seasが回収した漁網由来のECONYL®糸とオーガニックコットン(GOTS認証)を混紡し、「Healthy Seas Socks」ブランドとして展開している。2013年の販売開始以降、累計900万足以上が販売され、売上の一部はHealthy Seasの回収活動に還元される。

このブランドを見るHealthy Seas Socks|Star SockHealthy Seasが回収した漁網由来のECONYL®糸とオーガニックコットンを混紡した靴下ブランド。🔗 healthyseassocks.com

現代自動車(Hyundai)のフロアマット

自動車業界での採用例としては、韓国の現代自動車(Hyundai)が代表的だ。Healthy Seasとのパートナーシップを通じて回収した漁網由来のECONYL®を、欧州向けに販売するIONIQ 5・IONIQ 6・IONIQ 9・INSTER・SANTA FEなど複数車種のフロアマットに採用している。座席の下という目立たない部位ではあるが、量産車の標準部品に再生ナイロンを組み込んだ事例として、サプライチェーン全体での採用可能性を示している。

廃棄漁網由来のECONYL®ナイロンで作られたバッグとカーペットタイルのサンプル
廃棄漁網由来のECONYL®は、バッグからカーペットタイルまで幅広い製品に使われている

日本発の動き──伊藤忠商事×アクアフィル×国内製網2社

日本にとっても漁業系プラスチックごみは他人事ではない。WWFジャパンがまとめた報告書によると、日本の海岸に漂着するプラスチックごみのうち、漁具やブイなど漁業由来のものが重量比で5〜6割を占めるという。海に囲まれた漁業国だからこそ、廃棄漁網の再資源化は国内でも切実なテーマになっている。

こうした背景のなか、日本でもECONYL®を軸にした取り組みが進んでいる。伊藤忠商事は2021年にAquafil社と業務提携を結び、2022年には資本参画。そして2024年3月、Aquafil社、桃井製網(兵庫県赤穂市)、木下製網(愛知県西尾市)の3社と共同で、ECONYL®を使用した漁網の共同開発・販売開始を発表した。

「漁業用」だからこそ難しかった再生

アパレルやカーペットと違い、実際に海で使う漁網には高い強度と染色の安定性が求められる。再生ナイロンは繊維が均質になりにくく、これまで漁業用途への展開は難易度が高いとされてきた。桃井製網・木下製網が持つ製網技術との組み合わせにより、石油由来の漁網に劣らない品質の再生漁網が実現し、すでに量産体制が確立されている。

プレスリリースを見るリサイクルナイロンを使用した漁網の共同開発および販売開始について|伊藤忠商事伊藤忠商事・Aquafil社・桃井製網・木下製網によるECONYL®漁網の共同開発と量産体制確立を発表したプレスリリース。🔗 itochu.co.jp

今後の展開

  • 回収した漁網を再び漁網の原料として使う「網から網へ」の循環モデル
  • スポーツギアなど漁業以外の用途への展開も検討中
  • 国内での使用済み漁網の回収体制拡大が今後の課題

製網業の産地が担う役割

桃井製網(兵庫県赤穂市)と木下製網(愛知県西尾市)は、いずれも漁網・ネット製品を専業とする老舗の製網会社だ。日本の漁網産業はこうした地域の専業メーカーが技術を蓄積してきた歴史を持ち、糸の太さや編み方を漁法・魚種に合わせて細かく調整するノウハウが強みとされる。今回の提携は、Aquafil社が持つ再生ナイロンの製造技術と、国内製網会社が持つ「実際に海で使える網に仕上げる」現場の技術を組み合わせた形といえる。回収した漁網を再びナイロン原料に戻し、また漁網として使う循環が実現すれば、国内の漁業系廃棄物処理の選択肢としても意味を持つ。

日本の製網工場でナイロン糸を編み込み、漁網を製造する様子
国内の製網会社が持つ技術により、再生ナイロン漁網の量産体制が確立された

水着・バッグ・カーペット──用途ごとの素材特性

同じECONYL®ナイロンでも、製品によって求められる性能は異なる。用途ごとの特性を整理する。

用途求められる特性ECONYL®が向く理由
水着伸縮回復性、塩素・紫外線への耐性形状回復性に優れ、光沢のある高級感のある生地に仕上がる
バッグ・アウター耐摩耗性、軽さ、防水コーティングとの相性従来のナイロンPoconoと同等の質感を再現できる
カーペットタイル耐摩耗性、難燃性、業務用としての耐久年数ナイロン6ポリマーとして新品同等の強度を確保できる
漁網引張強度、耐候性、染色の均一性国内製網技術との組み合わせで実用強度を達成
自動車内装(フロアマット等)耐摩耗性、防音・防振性、大量生産時の品質安定量産車の標準部品として求められる均一な品質を確保しやすい
ECONYL®が採用される主な用途と求められる特性

なぜ水着ブランドがECONYL®を選ぶのか

水着は伸縮性と塩素・紫外線への耐性が特に重要な製品だ。ECONYL®は化学的再生によって新品ナイロンと同じ分子構造を持つため、機械的リサイクル由来の再生繊維に比べて伸縮回復性が落ちにくい。海外のサステナブル水着ブランドが相次いでECONYL®を採用しているのは、環境配慮と実用性能を両立できる数少ない再生素材だからだ。

「再生素材=性能が劣る」とは限らない

再生素材と聞くと、強度や質感が新品より劣るイメージを持たれがちだ。しかしECONYL®は解重合によって分子構造そのものをリセットしているため、原料が漁網であってもポリマーとしての品質は新品ナイロン6と変わらない。実際にPradaのような高級ブランドが看板素材をそのまま置き換え、Interfaceのような業務用カーペットが長期の耐久性を求める現場に採用している事実が、性能面での信頼性を裏づけている。

お手入れで寿命を延ばす

素材そのものの環境負荷が下がっても、製品が短期間で廃棄されては効果が薄れる。ECONYL®製の水着は真水ですすいでから陰干しする、バッグは防水コーティングの効果が落ちたら早めに撥水スプレーで手入れするなど、一般的なナイロン製品と同じ基本的なケアで寿命を延ばせる。カーペットタイルのように部分交換が前提の製品は、傷んだタイルだけを差し替えられる点も、全体を廃棄せずに済む利点として評価されている。

再生ナイロンの限界と今後の課題

回収コストとトレーサビリティ

海底からの漁網回収はダイバーによる人力作業が中心で、コストと労力がかかる。Healthy Seasのように非営利団体の活動やブランドからの資金支援に支えられている部分が大きく、回収量を急速に拡大するのは容易ではない。また「何%が実際に漁網由来か」を製品単位で追跡するトレーサビリティの確立も、業界全体の課題として残る。

「無限リサイクル」の実際

ECONYL®は理論上、品質を落とさず無限回再生できるとされるが、実際には異素材の混入(ボタンやジッパーなどナイロン以外のパーツ)を選別する工程や、輸送・化学処理にかかるエネルギーが発生する。再生ナイロンだからといって環境負荷がゼロになるわけではなく、あくまで新品ナイロン製造と比べた相対的な削減効果である点には注意が必要だ。

マイクロファイバー流出は再生材でも起こる

見落とされがちなのが、洗濯時に発生する微細な繊維くず(マイクロファイバー)の流出だ。これは原料が新品ナイロンか再生ナイロンかにかかわらず、化学繊維である以上避けられない現象で、下水処理施設で完全には捕捉しきれず海へ流出する場合がある。ECONYL®は廃棄漁網という「すでにある廃プラスチック」を再利用する点では優れているが、マイクロファイバー対策としては、洗濯ネットの使用や専用フィルターの併用など、素材選びとは別の工夫が引き続き必要になる。

「海洋プラスチック」との混同に注意

ECONYL®の主原料は漁網・カーペット・工業廃材であり、海岸で回収したペットボトルなどの「海洋プラスチック(ポリエステル系)」を原料とする別系統の再生素材(アディダス×Parleyなど)とは異なる。素材表示を見るときは、ナイロン系かポリエステル系か、原料が漁網かペットボトルかを区別して確認したい。

価格に反映されるコスト

海底からの回収、選別、長距離輸送、化学的な再生処理という複数の工程を経る分、ECONYL®は一般的な石油由来ナイロンよりも原料コストが高くなりやすい。それでもPradaやInterfaceのように主力素材として採用するブランドが増えているのは、環境配慮を重視する消費者・企業向け市場(B2B含む)が拡大し、ブランド価値の向上分でコスト増を吸収できると判断されているためだ。今後、回収網が広がり量産規模が大きくなれば、コスト差はさらに縮まると見込まれている。

3つのモデルを比較する──NGO主導・企業の買い取り・国内量産

ここまで紹介してきた回収・再生の仕組みは、資金の出所も関わり方もそれぞれ異なる。整理すると大きく3つのモデルに分けられる。

モデル代表例資金・回収の担い手特徴
NGO主導型Healthy Seas × Star Sock非営利団体+協賛ブランドの資金ダイバーが無償で回収。製品売上の一部を活動費に還元
買い取り型インクルーシブビジネスInterface × ZSL「Net-Works」企業が漁村から漁網を買い取り漁村の生計支援とセットで設計。コミュニティバンクを併設
企業提携・量産型伊藤忠商事×Aquafil×国内製網2社商社と製造業の資本・業務提携漁業用途向けに量産体制を確立し、産業として自立させる
廃棄漁網の回収・再生をめぐる3つの代表的なモデル

NGO主導型は少量でも始めやすく啓発効果が高い一方、回収量の拡大は寄付や協賛に左右されやすい。買い取り型は漁村の経済的インセンティブを作れるため持続性が高いが、対象地域を広げるには時間がかかる。企業提携・量産型は規模のメリットを出しやすい反面、採算が取れる回収ルートの確保が前提になる。実際にはこれらは排他的ではなく、Aquafil社という同じ再生技術の受け皿を介して並行して機能している点が、ECONYL®エコシステムの強みだといえる。

どのモデルが「自分ごと」にしやすいか

  • 寄付・協賛で応援したいなら → Healthy Seasのような非営利団体の活動を支援する
  • 製品を通じて貢献したいなら → ECONYL®採用を明記したブランドの製品を選ぶ
  • 国内の産業動向を追いたいなら → 伊藤忠商事・国内製網会社の取り組みに注目する

消費者にできること──再生ナイロン製品の選び方

ECONYL®をはじめとする再生ナイロン製品を選ぶとき、次のようなポイントを確認すると、実際の環境貢献度を判断しやすくなる。

  • 素材タグに「ECONYL®」や「再生ナイロン」の表記と、再生素材の混率(%)が明記されているか
  • ブランドが回収・再生の取り組み内容(提携先、回収量など)を具体的に開示しているか
  • 洗濯表示に従って長く使うこと自体が、生産時の環境負荷を相殺する最も確実な方法であること
  • 使い終えた製品の回収・リサイクルプログラムをブランドが用意しているか

「ECONYL®だから無条件に環境に良い」と単純化せず、どの原料由来か、どの工程まで開示されているかを確認する姿勢が大切だ。ブランドによっては漁網由来の比率を明示せず「再生ナイロン」とだけ表記している場合もある。可能であれば、公式サイトのサステナビリティページで原料構成や提携先(Aquafil社かどうか、Healthy Seasのような回収団体との連携があるかなど)を確認すると、実態に即した判断がしやすくなる。

第三者認証も判断材料になる

再生素材の表記を裏づける第三者認証としては、国際的な繊維業界で広く使われている「GRS(Global Recycled Standard)」がある。原料の再生比率のトレーサビリティに加え、労働環境や化学物質管理まで審査対象に含む認証で、ECONYL®採用製品の一部にもGRS認証マークが付与されている。自己申告の環境訴求と、第三者機関が検証した認証表示は性質が異なるため、パッケージやタグにGRSなどの認証ロゴがあるかどうかも、選ぶときのひとつの目安になる。

廃棄漁網リサイクルの技術面や国際的な回収の仕組み全体については使用済み漁網リサイクル完全ガイドで、アウトドアブランドの活用事例はパタゴニアNetPlusの解説記事でそれぞれ詳しく扱っている。あわせて読むと、素材選びの判断材料が広がるはずだ。

海に沈んだままなら生物を傷つけ続けるだけだった漁網が、ダイバーの手で引き上げられ、化学的な再生工程を経て、バッグや水着、カーペット、自動車の部品として再び日常に戻ってくる。この一連の流れは、海洋ごみ問題を「回収して終わり」ではなく「資源として経済に組み込む」段階へ進めた好例だ。製品を選ぶという小さな行動も、その循環の一端を支える力になる。

参考文献・出典

  1. FAO – 漁具の海洋流出に関する報告(Abandoned, lost or discarded fishing gear)
  2. Aquafil Group – ECONYL®公式サイト
  3. Aquafil Group – 環境・サステナビリティ関連データ
  4. 伊藤忠商事株式会社 – リサイクルナイロンを使用した漁網の共同開発および販売開始について(2024年3月5日)
  5. Healthy Seas – 活動概要・回収実績
  6. Healthy Seas Socks – ブランド概要
  7. Prada Group – Prada Re-Nylonについて
  8. Interface, Inc. – Net-Worksプロジェクトの概要

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア