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  • 湿地は酸素の少ない水辺の土壌に炭素を長期間ためるため、気候変動の対策として注目されている。
  • 日本ではマングローブ(2022年)、海草・海藻藻場(2024年)のブルーカーボンが国のインベントリに登録・報告された。
  • 日本の藻場は推計で約33万haから16〜17万haへ半減し、吸収量も約33%減った。
  • 守ることと再生することの両方が必要で、排出削減の代わりにはならない。
約0.2%
浅海域が海に占める面積の割合(炭素貯留速度では73〜79%を占める)
約33%減
日本の藻場のブルーカーボン(約52万→約35万tCO₂/年)
約半減
日本の藻場の面積(約33万ha→16〜17万ha)

湿地や干潟と聞くと、生きものの暮らす水辺を思い浮かべる人が多いかもしれません。じつは、そうした水辺は地球温暖化を和らげる「炭素の貯金箱」としても注目されています。

この記事では、湿地が炭素をためる仕組みと、日本のブルーカーボンの最新状況を、公的機関や研究機関の資料をもとにやさしくまとめます。

数値は推計を含むため、出典と前提を明記しています。

この記事で学べること

  • 湿地が炭素をためやすい理由
  • ブルーカーボンの定義と世界の位置づけ
  • 日本の藻場の面積と吸収量の変化
  • 干潟・マングローブ・藻場の違い
  • 測定の難しさと課題
  • 私たちにできること

湿地はなぜ「炭素の貯金箱」と呼ばれるのか

湿地は、水に浸かった土壌や浅い水域が広がる場所の総称です。湖沼や河川の氾濫原、泥炭地、塩性湿地、干潟、マングローブ林、そして海草や海藻が茂る藻場まで、じつに多様な環境が含まれます。ラムサール条約の事務局がまとめた報告書『世界湿地概況(Global Wetland Outlook)』では、湿地は陸地面積に占める割合こそ小さいものの、生物多様性、水の浄化、洪水の緩和、そして炭素の貯留といった多くの働きを担う生態系として位置づけられています。

なかでも注目されるのが炭素の貯留です。ラムサール条約事務局の資料などによると、泥炭地は陸地の約3%を占めるにすぎませんが、陸域に蓄えられた炭素の約30%を抱えているとされ、これは世界の森林が蓄える炭素の約2倍にあたるという説明もあります。ただし、この数字は推定の方法によって幅があり、「約」「とされる」という前提で読むのが適切です。

貯め込みやすさの秘密は「酸素の少なさ」

森林では、落ち葉や枯れ枝は微生物に分解されて、多くが二酸化炭素(CO₂)として空気中へ戻ります。ところが湿地の土壌は水に浸かっていて酸素が少なく、分解のスピードが大きく落ちます。そのため、枯れた植物に含まれる炭素が分解されないまま、泥の中に何百年、何千年も積み重なっていきます。

  • 水に浸かった土壌:酸素が届きにくく、有機物の分解が遅い
  • 植物の生産力が高い:湿地の植物は成長が早く、毎年大量の有機物をつくる
  • 堆積物が積み上がる:潮や川が運ぶ泥と枯れた植物が重なり、炭素が埋もれていく

海の湿地は「ブルーカーボン」と呼ばれる

湿地のうち、塩性湿地・干潟・マングローブ林・海草藻場・海藻藻場など、海の浅い場所にあるものが貯める炭素をブルーカーボンと呼びます。国連環境計画(UNEP)が2009年に公表した報告書『Blue Carbon』をきっかけに世界へ広まった言葉です。港湾空港技術研究所などの資料によれば、塩性湿地・マングローブ・藻場などを含む浅海域の面積は海洋全体のわずか約0.2%ですが、海洋での炭素の貯留速度では全体の73〜79%を占めるとされています。

水に浸かった湿地の土壌に炭素が積み重なる断面を描いたイラスト
湿地では酸素の少ない土壌に有機物が埋もれ、炭素がたまっていく(イメージ)

このセクションのポイント

  • 湿地は酸素の少ない水中の土壌に炭素を長期間ためやすい
  • 海の浅い場所の湿地や藻場は「ブルーカーボン」と呼ばれる
  • 面積は海のわずか約0.2%だが、炭素の貯留速度では海洋の7割超を占めるとされる

世界の湿地と炭素貯留の現状

世界全体で見ると、湿地の面積は減り続けています。2025年に公表された世界湿地概況の解説によれば、1970年以降、世界の湿地はおよそ22%減少し、面積にして約4億ヘクタールが失われたと報告されています。農地への転用、都市開発、排水、埋め立てなどが主な原因とされます。推計の方法によって減少率は異なり、以前の報告ではより大きな値が示されたこともあるため、数字は「おおよその規模感」として捉えるとよいでしょう。

湿地の種類ごとの特徴

種類主な場所炭素のたまり方
泥炭地高緯度の湿原、熱帯の泥炭湿地林枯れた植物が分解されず、深い泥炭層に長期間たまる
塩性湿地河口や内湾の潮の満ち引きがある草地植物の遺骸と運ばれた泥が堆積して炭素がたまる
マングローブ林熱帯・亜熱帯の河口や海岸根と泥の中に炭素が蓄積する
干潟潮が引くと現れる砂泥の平地微細藻類や河川から運ばれた有機物が堆積する
海草・海藻藻場沿岸の浅い海底海底への堆積に加え、流れ藻が深海へ運ばれる経路もある
湿地・浅海生態系の主なタイプと炭素のたまり方(概要)

壊すと「炭素の放出源」に変わる

湿地が貯めた炭素は、壊されると逆に大気へ戻ります。排水された泥炭地は酸素に触れて分解が進み、大量のCO₂を出し続けます。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、こうした湿地からの排出・吸収を各国が数えられるよう、2013年に『湿地に関する追加的指針(Wetlands Supplement)』を公表しました。マングローブや塩性湿地、海草藻場などの扱い方が整理されたことで、各国が温室効果ガスの報告に湿地を含めやすくなっています。

つまり湿地を守ることには、これ以上の排出を防ぐ効果と、これから吸収を増やす効果の二つがあります。前者は「すでに貯めた炭素を逃がさない」ことで、後者は「再生や造成で新たに貯める」ことです。

日本の湿地・浅海生態系と炭素のゆくえ

日本は長い海岸線を持ち、干潟、塩性湿地、マングローブ林、海草藻場、海藻藻場といった浅海生態系が各地に点在します。ラムサール条約の登録湿地は50か所を超え、釧路湿原は1980年に日本で最初に登録された湿地です(くわしくは釧路湿原の記事とラムサール条約湿地の記事を参照)。

日本のブルーカーボンは国連に報告されている

日本では、国土交通省が主導する検討会のもとで、ブルーカーボンの算定方法が整えられてきました。港湾空港技術研究所(PARI)が2024年12月の研究会で示した資料によると、2022年にマングローブのブルーカーボンが温室効果ガスインベントリに登録され、2024年には海草藻場と海藻藻場も報告されました。同資料は、海草・海藻藻場のブルーカーボンをインベントリへ報告したのは世界初としています。

インベントリとは、国が毎年まとめる温室効果ガスの排出量・吸収量の一覧表です。ここに載るということは、ブルーカーボンが「国の公式な吸収源」として扱われ始めたことを意味します。

日本の沿岸の干潟・藻場・マングローブの分布を示した地図風イラスト
日本の沿岸には干潟・藻場・マングローブなど多様な浅海生態系がある(イメージ)

藻場は30年余りでおよそ半分に減った

PARIの資料では、衛星データや水深・水温・光の条件をもとにしたモデルで、全国の藻場の面積と吸収量が推定されています。その結果、藻場の面積は1990年に約33万ヘクタールだったのに対し、現況(2022年ごろ)では16〜17万ヘクタールと、およそ半分に減ったと推計されました。ブルーカーボンの吸収量も、1990年の約52万トンCO₂/年から現況の約35万トンCO₂/年へ、約33%の減少です。

指標1990年現況(2022年ごろ)変化
藻場の面積約33万ha約16〜17万haおよそ半分に減少
藻場のブルーカーボン約52万tCO₂/年約35万tCO₂/年約33%減少
全国の藻場の面積とブルーカーボンの推計(港湾空港技術研究所ほか、2024年の発表資料より)

同資料は、減少の原因について、黒潮などによる水温の変化のような直接的な影響に加え、データを得る方法の違いが影響した可能性にも触れています。推計の不確かさを含む数字であることには注意が必要ですが、藻場が減っているという大きな傾向は、各地の磯焼けの報告とも一致します(磯焼けと藻場の記事も参照)。

数字を読むときの注意

  • 藻場の面積・吸収量は衛星データとモデルによる推計で、年や海域ごとの不確かさを含む
  • 同じ資料でも、7つの海区で縮小、日本海南部と四国太平洋では拡大と、地域差が大きい

干潟・塩性湿地・マングローブ・藻場の違い

干潟:生きものと炭素の両方を支える

干潟は、潮が引くと広い砂泥地が現れる場所です。二枚貝やカニ、ゴカイ、渡り鳥など多くの生きものが暮らし、水の浄化にも役立ちます。炭素の面でも、川から運ばれた有機物や微細な藻類が泥に混ざって堆積します。一方で、干潟は戦後の埋め立てで大きく失われてきた歴史があり、保全と再生が課題です(干潟の保全、干拓・埋め立ての記事を参照)。

マングローブ林:熱帯の泥に炭素を閉じ込める

マングローブは、熱帯・亜熱帯の河口などで海水の混じる泥に根を張る樹木の総称です。日本では沖縄県の西表島などに分布し、先に触れたとおり2022年にインベントリへ登録されました。根が複雑に絡み、波を和らげ、稚魚の育つ場所にもなります(マングローブの働きを参照)。

海草・海藻の藻場:面積が広く、吸収の大半を占める

PARIの資料によると、日本の浅海生態系のブルーカーボンのうち、面積の広い海草藻場・海藻藻場が大半を占めるとされています。海藻は根から土に炭素を埋め込むわけではありませんが、枯れた海藻が千切れて流れ藻となり、沖合の深海へ沈んで長く貯留されるなど、複数のルートがあるとされます。資料では貯留のプロセスとして、①海底への堆積貯留、②藻場の外の沿岸域に難分解性の細片として堆積する貯留、③深海貯留、④難分解性の溶存有機炭素(RDOC)としての貯留、の4つが紹介されています。

海草藻場と海藻藻場から炭素が4つの経路で貯留される様子の図解
藻場の炭素は堆積・流れ藻・深海・溶存有機炭素など複数の経路でたまる(イメージ)
この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標
  • 干潟:生物多様性が高く、泥に有機物が堆積する
  • 塩性湿地:河口の草地で、泥と植物の遺骸が積み重なる
  • マングローブ:根と泥に炭素を蓄え、高潮や波を和らげる
  • 藻場:面積が広く、日本のブルーカーボンの大半を占める

湿地の炭素貯留をめぐる課題と見方

「吸収量」は大きくないが、ほかの価値と重なる

日本全体の温室効果ガスの排出量と比べると、ブルーカーボンの吸収量は決して大きくありません。しかし、湿地や藻場は吸収源であると同時に、魚の産卵場、水質の浄化、高潮の緩和、観光や学びの場でもあります。炭素だけで価値を測るのではなく、複数の価値が重なる点に意味があります。

測る難しさ

  • 藻場は水温や食害で変化が早く、衛星だけでは把握しきれない(PARI資料では、藻場の分布把握は理想的には1か月〜1年ごとが望ましいとされ、現状は5〜10年ごと)
  • 炭素が「どこに、どれだけ、どのくらいの期間」貯まるかは、海域や生態系で大きく違う
  • 貯めた炭素が本当に長期間戻らないかの検証は、まだ研究が続いている

気候変動そのものが脅威になる

海水温の上昇や海洋熱波は、藻場の衰退を早める要因になります。藻場が減ると吸収量も減り、地球温暖化を和らげる力が弱まるという悪循環が懸念されます(海洋熱波の記事も参照)。

「湿地を増やせばすぐに温暖化が解決する」わけではない

  • ブルーカーボンは排出削減の代わりではなく、排出削減と並んで進める対策のひとつ
  • 吸収量は小さく、再生や造成にも時間がかかる

日本でのブルーカーボンの取り組み

国と研究機関:算定と見える化

国土交通省、水産庁、環境省、研究機関は、藻場や干潟の分布調査や吸収量の算定手法を整えています。PARI資料では、藻場のブルーカーボンを継続して算定できるよう、自動推定のためのアーカイブシステムの構築が検討されていると述べられています。

藻場の再生・造成と保全活動

全国の漁業者や自治体、市民団体が、ウニなどの食害生物の駆除、母藻の設置、アマモの種まきや移植などを通じて、藻場の再生に取り組んでいます。港湾の護岸や防波堤に藻場の育つ工夫を取り入れる例もあります(アマモ場の再生の記事を参照)。

Jブルークレジット:吸収量を価値にする仕組み

ブルーカーボンの取り組みを、CO₂吸収量に応じたクレジットとして認証し、売買できるようにするのが「Jブルークレジット」です。再生活動の資金を生み出す仕組みとして注目されています(Jブルークレジット市場の記事を参照)。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している
主体主な役割
国・研究機関分布調査、吸収量の算定、インベントリへの報告
漁業者・自治体食害生物の駆除、藻場・干潟の保全と再生
企業・市民クレジットの購入、清掃や調査への参加
日本でブルーカーボンに関わる主な主体

私たちにできること

湿地や藻場は遠い存在に思えますが、近くの川や海、公園の池でも日常的に触れられる場所です。できることを三つに分けて紹介します。

知る・見に行く

  • 近くの干潟や湿地の観察会に参加する
  • ラムサール条約湿地や自然公園を訪れ、生きものや環境を観察する
  • ブルーカーボンやJブルークレジットの情報に関心を持つ

守る・関わる

  • 海岸清掃やアマモ場の再生活動などのボランティアに参加する
  • 地域の湿地や干潟の保全活動、市民科学の調査に協力する
  • 漁業者や自治体の藻場再生の取り組みを応援する

暮らしの選択を見直す

水や土を汚さない暮らし、無駄の少ない食と消費は、結果として川や海の環境を守ることにつながります。エネルギー使用の見直しなど、排出そのものを減らすことも欠かせません。

今日からできる3つのこと

  • 地元の湿地・干潟・海岸を調べて、一度訪れてみる
  • 海岸清掃や観察会などの参加できる活動を探す
  • ブルーカーボンを「排出削減と並ぶ対策」として周りに伝える

まとめ:湿地は小さくても、気候と暮らしを支える

湿地は面積こそ小さいものの、酸素の少ない水辺の環境に炭素を長くためこむ、気候にとって重要な生態系です。日本でもマングローブ(2022年)、海草・海藻藻場(2024年)のブルーカーボンが国連へのインベントリに報告され始めました。一方で、藻場は約33万ヘクタールから16〜17万ヘクタールへと推計で半減し、吸収量も約33%減っています。守ることと再生することの両方が必要です。

関連する話題はブルーカーボン生態系の記事や、陸の湿地を扱う泥炭地と炭素の記事でも詳しく紹介しています。

この記事の要点

  • 湿地は酸素の少ない土壌に炭素を長期間ためる
  • 日本の藻場は推計で1990年の約33万haから16〜17万haへ、吸収量は約33%減
  • マングローブ(2022年)と海草・海藻藻場(2024年)が国のインベントリに登録・報告
  • 吸収源の保全・再生は、排出削減と並ぶ気候対策の一つ

参考文献・出典

  1. 港湾空港技術研究所ほか「全国の海草・海藻藻場の分布・CO2吸収量の推定」(2024年12月) – 藻場面積・ブルーカーボンの推計とインベントリ報告
  2. UNEP「Blue Carbon」(2009) – ブルーカーボンの概念を広めた報告書
  3. ラムサール条約 世界湿地概況(Global Wetland Outlook) – 世界の湿地の状況と価値
  4. IPCC 2013 Wetlands Supplement – 湿地の温室効果ガス排出・吸収算定の指針
  5. 国土交通省 港湾局 – ブルーカーボンに関する取り組み
  6. 環境省 ラムサール条約 – 日本の登録湿地
  7. 港湾空港技術研究所(PARI) – ブルーカーボン研究
  8. 水産庁 – 藻場・干潟の保全

※ 信頼性の高い順に配列:政府機関・学術機関 > 査読済み論文 > 専門機関 > 信頼できるメディア