75%
世界の主要な食用作物のうち、送粉者に少なくとも部分的に依存する割合(IPBES 2016年評価)
約4,700億円
日本の農業が1年間に受け取る送粉サービスの経済価値。うち約7割は野生の送粉者によるもの
76%
ドイツの自然保護区で27年間に減少した飛翔昆虫の総重量(PLOS ONE掲載の長期調査)

リンゴ、イチゴ、メロン、カボチャ、アーモンド、コーヒー——私たちの食卓を彩る作物の多くは、花から花へ花粉を運ぶ小さな生きもの「送粉者(ポリネーター)」がいなければ、十分な実りを得られません。生物多様性版のIPCCとも呼ばれる政府間組織IPBESの評価によれば、世界の主要な食用作物の75%以上が、収量や品質の面で送粉者の働きに少なくとも部分的に依存しています。

その主役がハナバチです。ミツバチだけでなく、マルハナバチや単独で暮らす野生のハナバチまで、世界には約2万種ものハナバチが知られ、日本にも400種前後が生息しています。ところが今、この「見えない働き手」たちの減少が世界各地で報告されています。ドイツの自然保護区では27年間で飛翔昆虫の総重量が76%も減り、無脊椎動物の送粉者の4割以上が絶滅の危機に直面している可能性も指摘されました。

この記事では、送粉者が食と生態系に果たす役割を数字で確かめたうえで、減少の実態と原因、世界と日本の対策、そして私たち一人ひとりが今日からできることまでを、一次情報に基づいて丁寧に見ていきます。

この記事で学べること

  • 送粉者(ポリネーター)とは何か、なかでもハナバチが特別に重要とされる理由
  • 世界の食料の75%以上・日本の農業約4,700億円分を支える「送粉サービス」の実像
  • 世界と日本で送粉者がどれくらい減っているのかを示す代表的な調査データ
  • 減少を招く主な原因——生息地の喪失・農薬・気候変動・外来種と病気
  • EUや日本の対策の現在地と、家庭や買い物の場面で実践できる送粉者の守り方

送粉者とは何か——花粉を運び実りをつくる生きものたち

送粉者(そうふんしゃ、ポリネーター)とは、花の花粉をおしべからめしべへ運び、植物の受粉を助ける動物の総称です。植物は自分では動けないため、多くの種が花の蜜や花粉という「報酬」を用意して動物を呼び寄せ、その体に花粉を付けて運んでもらう仕組みを進化させてきました。花の色や形、香りの多様さは、送粉者との1億年以上におよぶ共進化の産物です。

送粉のしくみ——蜜と引き換えに命をつなぐ

ハナバチが蜜を求めて花にもぐりこむと、体の毛に花粉が付着します。次の花を訪れたとき、その花粉がめしべの先に触れることで受粉が成立し、果実や種子ができます。1匹のミツバチは1日に数百から数千の花を訪れるといわれ、この地道な往復が、果樹園の実りや野山の草花の世代交代を支えています。受粉が不十分だと、実がならないだけでなく、形のいびつな果実や小さな果実が増え、品質も落ちてしまいます。

世界に約2万種——ハナバチだけではない送粉者たち

送粉者と聞いてまず思い浮かぶのはミツバチですが、実際にはずっと多様です。世界には約2万種のハナバチ類が知られ、日本にも400種前後が生息しています。さらにチョウやガ、ハナアブなどのハエ類、甲虫、そして熱帯ではハチドリやコウモリまでもが花粉を運びます。

  • ミツバチ類——セイヨウミツバチとニホンミツバチ。集団で暮らし、養蜂や花粉交配(ポリネーション)に広く使われる
  • マルハナバチ類——丸くて毛深い体で低温でも活動できる。トマトの「振動受粉」が得意で施設栽培に欠かせない
  • 単独性ハナバチ類——ヒメハナバチ、ハキリバチ、マメコバチなど。巣を1匹で営む野生のハチで、種数では圧倒的多数派
  • ハチ以外——チョウ・ガ・ハナアブ・甲虫など。ハチが苦手な天候や時間帯を補完する重要な脇役

日本の2種のミツバチ——セイヨウミツバチとニホンミツバチ

日本で「ミツバチ」と呼ばれるハチには2種がいます。明治時代に養蜂のため導入されたセイヨウミツバチは、蜜の収集力が高く扱いやすいため、養蜂と花粉交配の主力です。一方、在来種のニホンミツバチは野生の樹洞などに巣をつくり、寒さや在来の天敵スズメバチへの対抗手段(集団で包み込んで熱で倒す「熱殺蜂球」)を持つなど、日本の環境に深く適応しています。ニホンミツバチは里山の花々の重要な送粉者でもあり、その存在は日本の生態系の豊かさのバロメーターといえます。

マルハナバチだけの特技「振動受粉」

トマトやナス、ブルーベリーの花は、蜜をほとんど出さず、花粉を筒状の葯(やく)の中に閉じ込めています。この花粉を取り出せるのが、マルハナバチの「振動受粉(バズ・ポリネーション)」です。花にしがみつき、飛翔筋を震わせて体ごとブルブルと振動させることで、葯の穴から花粉を振り出すのです。ミツバチにはこの芸当ができません。トマトの施設栽培でマルハナバチが「代わりのきかない働き手」とされるのはこのためで、マルハナバチ導入以前は、人がホルモン剤処理や電動振動器で一花ずつ受粉作業を行っていました。

ミツバチ・マルハナバチ・単独性ハナバチ・チョウなど多様な送粉者が花畑で活動する様子
送粉者はミツバチだけではない。世界約2万種のハナバチと、チョウやハナアブなどが受粉を支える

ここがポイント

  • 送粉者は花粉を運んで植物の受粉を助ける動物の総称。ハチ・チョウ・ハナアブ・鳥・コウモリなど多様
  • 世界のハナバチは約2万種、日本にも400種前後。野生の単独性ハナバチが種数の大半を占める
  • 花の色や形の多様さは、送粉者との1億年以上の共進化がつくった生物多様性の結晶

世界の食料の75%は送粉者頼み——IPBESが示した数字

送粉者の重要性を世界規模で初めて体系的に評価したのが、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)が2016年に公表した「送粉者・送粉・食料生産に関する評価報告書」です。世界中の科学的知見を集約したこの報告書は、私たちの食が想像以上に小さな羽音に支えられていることを、具体的な数字で示しました。

食用作物の75%以上、野生の花の約90%

報告書によれば、世界の主要な食用作物の75%以上が、収量や品質の面で動物による送粉に少なくとも部分的に依存しています。コメや小麦のような風で受粉する主食穀物は例外ですが、果物、野菜、ナッツ、コーヒー、カカオといった食卓の豊かさを支える作物の多くは、送粉者なしには成り立ちません。さらに、野生の顕花植物(花を咲かせる植物)の約90%も、種子をつくるうえで動物の送粉に依存しています。送粉者が消えれば、農業だけでなく野山の植生そのものが世代交代できなくなるのです。

風媒と虫媒——「主食は無事」でも「食卓の彩り」が消える

植物の受粉には、風に花粉を乗せる風媒と、動物に運んでもらう虫媒(動物媒)があります。コメ・小麦・トウモロコシといった主食穀物は風媒なので、送粉者がいなくてもカロリーの土台は保たれます。しかし、ビタミンやミネラルの供給源である果物・野菜・ナッツ類の多くは虫媒です。つまり送粉者の危機とは「飢餓の危機」というより、食卓から彩りと栄養の多様性が失われていく危機だと理解するのが正確です。この違いを押さえておくと、誇張でも楽観でもない等身大のリスク評価ができます。

経済価値は年間2,350億〜5,770億ドル

IPBESは、送粉者が世界の作物生産にもたらす経済価値を年間2,350億〜5,770億米ドル(日本円で数十兆円規模)と見積もりました。しかも、送粉者に依存する農業生産の量は過去50年間で約300%増加しており、私たちの食料システムは送粉者への依存をむしろ深めています。依存が深まる一方で送粉者が減るという「すれ違い」こそが、この問題の核心です。

作物によって異なる「依存度」——コーヒーもカカオも送粉者頼み

ひとくちに「依存」といっても程度はさまざまです。カカオのように送粉者がいなければほぼ実がならない作物もあれば、リンゴ・アーモンド・スイカ・カボチャのように収量・品質が大きく左右される作物、イチゴのように受粉が不完全だと奇形果が増える作物もあります。朝の一杯のコーヒー、チョコレート、リンゴジュース——送粉者の働きを抜きにすると、私たちの食卓は驚くほど味気ないものになります。逆にいえば、送粉者の保全は「自然保護」であると同時に、食文化と農業経営を守る実利的な投資でもあるのです。

指標数値出典
送粉者に部分的に依存する食用作物75%以上IPBES(2016)
動物の送粉に依存する野生の顕花植物約90%IPBES(2016)
送粉者がもたらす作物生産の経済価値年間2,350億〜5,770億米ドルIPBES(2016)
送粉者依存型の農業生産量の増加(過去50年)約300%増IPBES(2016)
絶滅の危機に直面する可能性のある無脊椎送粉者40%超(地域評価)IPBES(2016)
IPBES送粉者評価報告書(2016年)が示した主要な数字

IPBESとは

IPBES(イプベス)は、生物多様性と生態系サービスについて科学的評価を行う政府間組織。気候変動分野のIPCCの「生物多様性版」に当たり、日本を含む140か国以上が参加しています。2016年の送粉者評価は、IPBESが最初に完成させたテーマ別評価報告書です。

日本の農業と送粉者——年約4,700億円の「見えない働き手」

日本ではどうでしょうか。農業環境技術研究所(現・農研機構)は2016年、日本の農業における送粉サービスの経済価値を初めて全国規模で推定しました。その結果、2013年時点の送粉サービスの価値は約4,700億円。これは日本の耕種農業産出額(約5兆7,000億円)の8.3%に相当します。

約7割は野生の送粉者が担っている

この評価で特に注目すべきは、4,700億円のうち約70%にあたる約3,300億円を、飼育されたミツバチではなく野生の送粉者が提供していると推定された点です。リンゴなどバラ科の果樹、メロンなどの果実的野菜、トマトなどの果菜類で野生送粉者の貢献が大きく、都道府県によっては耕種農業産出額の最大27%を野生送粉者に依存していました。つまり日本の農業は、誰も飼育も管理もしていない野山のハナバチたちから、年間数千億円分の働きを無償で受け取っているのです。

この記事の要点となる3つの数字をまとめた図版
数字で見る:本文で扱う3つの指標

イチゴのミツバチ、トマトのマルハナバチ

施設園芸の現場では、送粉者は「導入する資材」でもあります。イチゴやメロンのハウスでは開花期にセイヨウミツバチの巣箱を搬入して受粉させるのが標準技術で、農林水産省は都道府県や養蜂団体と連携して花粉交配用ミツバチの需給調整を行っています。近年はダニの寄生による病気や自然災害の影響で供給に余裕がなく、需給が逼迫する場面も出ています。

果樹産地には、ミツバチ以外の「地域の働き手」もいます。青森県などのリンゴ産地では、単独性ハナバチの一種マメコバチが古くから受粉に利用されてきました。ヨシの筒を束ねた巣を園地に置くだけで営巣し、雨や低温に強く、リンゴの開花期に集中して働くため、ミツバチを補完する存在として今も現役です。人と野生のハナバチが共同作業する、世界的にも興味深い伝統技術といえます。

トマトの受粉を支えるのはマルハナバチです。1990年代からヨーロッパ原産のセイヨウオオマルハナバチが輸入され温室トマトの受粉に広く使われましたが、野生化して在来のマルハナバチや植物に影響を及ぼす懸念から、2006年に外来生物法の特定外来生物に指定され、環境大臣の許可のない飼養や輸入が規制されました。現在は在来種のクロマルハナバチへの転換が進められています。外来の送粉者に頼ることが、別の生態系リスクを生む——送粉者問題の難しさを象徴する事例です。

ここがポイント

  • 日本の送粉サービスの価値は年約4,700億円で、耕種農業産出額の8.3%に相当
  • うち約7割・約3,300億円は野生の送粉者によるもの。県によっては産出額の最大27%を依存
  • イチゴはミツバチ、トマトはマルハナバチが受粉を担い、需給の逼迫や外来種問題も起きている

送粉者はどれくらい減っているのか——データが示す実態

「ハチが減っている」という話はよく聞きますが、実際のデータは何を示しているのでしょうか。世界と地域の代表的な調査を見ていきます。

無脊椎送粉者の40%超が絶滅の危機に直面か

IPBESの評価によれば、地域レベルの評価が可能な地域では、ハチやチョウを中心とする無脊椎動物の送粉者の40%超が絶滅の危機に直面している可能性があります。鳥やコウモリなど脊椎動物の送粉者でも16.5%が絶滅の危機にあるとされました。ヨーロッパでは野生ハナバチの約9%が絶滅危惧種と評価されていますが、データ不足で評価できない種が半数以上を占めており、実態はさらに深刻な可能性があります。

ドイツの保護区で飛翔昆虫が27年間で76%減

衝撃的だったのが、2017年に科学誌PLOS ONEに発表されたドイツの長期調査です。63か所の自然保護区でマレーゼトラップという捕虫装置を使い、1989年から27年間にわたって飛んでいる昆虫の総重量を測定し続けた結果、季節平均で76%、昆虫が最も多い真夏には82%も減少していたことが分かりました。しかも調査地は開発地ではなく「自然保護区の中」です。気象や土地利用の変化だけでは説明できない規模の減少で、送粉者を含む昆虫全体が静かに消えつつあることを世界に知らせる警鐘となりました。

かつて昆虫でにぎわっていた花畑と、昆虫がまばらになった同じ花畑を対比するイラスト
ドイツの63の自然保護区では、27年間で飛翔昆虫の総重量が76%減少した(Hallmannほか、2017年)

北米ではマルハナバチが絶滅危惧種に

個別の種に目を向けると、危機はさらに具体的です。北米では、かつてごくありふれた種だったサビマルハナバチ(ラスティ・パッチド・バンブルビー)が20年ほどで急減し、2017年、マルハナバチとして初めて米国の絶滅危惧種法(ESA)の保護対象に指定されました。日本でも、寒冷地に適応したマルハナバチ類の分布変化や、里地里山の開発・草地の減少にともなう野生ハナバチの生息環境の悪化が研究者から指摘されています。

飼育ミツバチは世界全体では増えている——それでも安心できない理由

一方で、意外なデータもあります。FAO(国連食糧農業機関)の統計によれば、世界の飼育ミツバチの蜂群数は約1億群あり、1961年から2017年の間にむしろ約85%増加しました。ただし地域差が大きく、アジア・南米・アフリカで増える一方、北米とヨーロッパでは減少しています。米国では2006年秋以降、働きバチが突然巣からいなくなる「蜂群崩壊症候群(CCD)」が多発し、養蜂業に深刻な打撃を与えました。

そして重要なのは、飼育ミツバチは「家畜」であり、人が増やせるという点です。増えているのは人が管理する1種(セイヨウミツバチ)が中心で、種数の大半を占める野生のハナバチたちの減少を補うものではありません。先述の通り、日本の送粉サービスの約7割は野生送粉者が担っています。飼育ミツバチの統計だけを見て「ハチは増えているから大丈夫」と考えるのは危険です。

日本の課題は「データの空白」

日本では、飼育ミツバチの蜂群数は畜産統計で把握されていますが、野生のハナバチの個体数を全国規模で長期に追った調査はごく限られています。送粉サービスの約7割を野生送粉者が担うと推定されているにもかかわらず、その働き手が増えているのか減っているのかを正確に語れるデータが乏しいのです。ドイツの76%減少という数字が世界を動かしたのは、27年間も同じ方法で測り続けた地道なモニタリングがあったからでした。研究機関による調査に加え、市民が観察記録を投稿するシチズンサイエンスの広がりが、この空白を埋める鍵として期待されています。

注意したいポイント

  • 「飼育ミツバチの増加」と「野生送粉者の減少」は別の話。統計の対象を混同しない
  • 昆虫の長期モニタリングデータはまだ少なく、減少の全体像は過小評価の可能性がある
  • 日本でも野生ハナバチの全国的な個体数データは限られており、継続的な調査が課題

なぜ減っているのか——複合する5つの原因

送粉者の減少に単一の犯人はいません。IPBESは、複数の要因が組み合わさって送粉者を追い詰めていると整理しています。主な原因を順に見ていきましょう。

原因を正しく知ることが対策の出発点

「ミツバチの大量死は電磁波のせい」「原因はひとつの農薬」といった単純化された言説がしばしば流れますが、科学的な評価が一致して指摘するのは、複数の要因が重なり合う複合汚染型の危機だという点です。原因の比重は地域や種によっても異なります。だからこそ、一つの悪者探しではなく、要因ごとに証拠を確かめ、効く対策を積み上げていく姿勢が欠かせません。

①生息地の喪失と餌不足

最大の要因とされるのが、土地利用の変化による生息地の喪失です。草地や里山、農地のあぜ、雑木林が開発や耕作放棄で失われると、ハナバチは巣をつくる場所と、春から秋まで途切れずに咲く多様な花——つまり住まいと食料の両方を失います。単一作物を広大な面積で育てる集約的農業は、開花期の数週間だけ花があふれ、それ以外の季節は「花の砂漠」になるため、野生送粉者には過酷な環境です。日本では田んぼやあぜ道が育む生きものの多様性が知られますが、耕作放棄や圃場整備で草地的環境が減ることは、ハナバチにとっても痛手となります。

②農薬——ネオニコチノイドをめぐる世界の動き

浸透性殺虫剤ネオニコチノイドは、植物の内部に行き渡り、花粉や蜜にも成分が残ります。ハチが致死量に至らなくても、帰巣能力や学習能力が低下することが実験で示され、欧州食品安全機関(EFSA)は2018年、主要なネオニコチノイド3種がミツバチと野生のハチにリスクを与えると結論づけました。これを受けてEUは2018年、イミダクロプリド・クロチアニジン・チアメトキサムの屋外使用を禁止しました。日本では同3成分は禁止されていませんが、2018年の農薬取締法改正で導入された再評価制度のもと、ミツバチへの影響評価を強化した科学的な再評価が順次進められています。農薬の影響は田んぼのトンボ類の減少でも指摘されており、水辺と花畑の両方で昆虫への配慮が問われています。

農薬の問題を考えるとき、「農家が悪い」という単純な図式にしないことも大切です。農薬は病害虫から作物を守り、安定した食料供給を支えてきた技術であり、送粉者への配慮と防除の両立こそが課題です。実際、天敵昆虫や性フェロモン剤を組み合わせて農薬散布を必要最小限にする総合的病害虫管理(IPM)や、ハチの活動しない時間帯・生育段階を選んだ散布など、現場で実践できる工夫は着実に増えています。

③気候変動、④外来種、⑤病気とダニ

  • 気候変動——開花時期と送粉者の活動時期がずれる「フェノロジーのミスマッチ」が起き、寒冷地に適応したマルハナバチ類は分布域の南限から追われつつある
  • 外来種——外来の送粉者や植物が在来種と競合する。日本のセイヨウオオマルハナバチはその代表例で、在来マルハナバチとの競合や交雑が懸念され特定外来生物に指定された
  • 病気と寄生ダニ——ミツバチヘギイタダニ(バロアダニ)はウイルスを媒介しながら蜂群を弱らせる世界的な脅威。飼育ミツバチから野生のハチへ病原体が広がる事例も報告されている

近年は、夜間の人工照明が夜行性の送粉者に与える「光害(ひかりがい)」も注目されています。ガなどの夜の送粉者は花の受粉のいわば「夜勤担当」ですが、街灯や施設の照明に引き寄せられて本来の訪花行動を乱され、夜に咲く植物の受粉が減るという報告が欧州の野外実験から出ています。昼の送粉者だけを見ていては、問題の全体像を見落としてしまうのです。

生息地の喪失・農薬・気候変動・外来種・病気という複数の圧力がハナバチを取り囲む概念図
送粉者の減少は、生息地喪失・農薬・気候変動・外来種・病気が複合して起きる

原因は「かけ算」で効く

これらの要因は単独ではなく相互に作用します。例えば餌不足で栄養状態が悪化したハチは農薬や病気への抵抗力が下がり、気候変動で分布が変わると新しい病原体に出会いやすくなります。だからこそ対策も、農薬規制だけ、保護区だけ、といった単発ではなく、組み合わせで進める必要があります。

送粉者が減ると何が起きるのか——食卓と生態系への影響

送粉者の減少は、遠い自然の中の出来事ではなく、すでに農業の現場で「収量の頭打ち」という形で現れ始めています。

米国では主要果樹の収量がすでに「送粉不足」で制限されている

米ラトガース大学が主導し2020年に英国王立協会紀要に発表された研究では、米国とカナダの131の農場でリンゴ、ハイブッシュブルーベリー、スイートチェリー、サワーチェリー、アーモンド、スイカ、カボチャの送粉と収量の関係を調べました。その結果、リンゴ、チェリー2種、ブルーベリーでは、送粉が足りないために収量が本来より低く抑えられていることが確認されました。注目すべきは、野生のハナバチが飼育ミツバチとほぼ同等の送粉を提供していたことです。送粉者の不足は「将来の懸念」ではなく、すでに起きている生産の損失なのです。

身近な例がイチゴです。イチゴの表面の粒々は一つひとつが果実(痩果)で、その一粒一粒に受粉が必要です。受粉にムラがあると、受粉した部分だけが肥大していびつな奇形果になり、味は同じでも規格外として市場価値が大きく下がります。ハウスにミツバチを入れる最大の理由は、収量よりもむしろ「形の整った売れる果実」を安定してつくることにあります。送粉の質は、そのまま農家の収入と食品ロスの量に直結しているのです。

栄養の質が脅かされる——カロリーではなくビタミンの問題

送粉者が減っても、風で受粉するコメ・小麦・トウモロコシがあるため、人類がすぐに飢えるわけではありません。しかし、送粉者に依存する果物・野菜・ナッツ類は、ビタミンA・C、葉酸、カルシウム、抗酸化物質などの重要な供給源です。送粉サービスの低下は、カロリーの問題である以上に「栄養の質」の問題であり、微量栄養素の不足という形で健康に影響しうると指摘されています。

受粉が「産業」になった世界——アーモンドと出張養蜂

送粉者の希少化は、受粉そのものを巨大ビジネスに変えました。世界のアーモンドの大半を生産する米カリフォルニア州では、毎年2月の開花期に全米から膨大な数のミツバチの巣箱がトラックで運び込まれ、養蜂家にとっては蜂蜜より受粉サービスの貸出料が主要な収入源になっています。しかし、単一作物の花しかない環境への長距離輸送と集中は、ミツバチ自身にとって栄養の偏りや病気の交換というストレスにもなり、「受粉の外注」に頼りきる農業の脆さを象徴しています。

野生植物の9割に波及する生態系の連鎖

影響は農業にとどまりません。野生の顕花植物の約90%は動物の送粉に依存しているため、送粉者が減れば野山の植物の種子生産が落ち、植物が減ればその実や葉を食べる鳥や哺乳類にも影響が及びます。花と送粉者の関係は生態系ネットワークの土台であり、その劣化は森・草原・里山の生物多様性全体をゆっくりと蝕む連鎖の始まりになりかねません。

もし送粉者が大きく減ったら

  • 果物・野菜・ナッツの生産量と品質が低下し、価格上昇や産地の縮小につながる
  • ビタミンやミネラルの供給源が細り、栄養面の格差が広がるおそれ
  • 野生植物の種子生産が落ち、植物→昆虫→鳥獣とつながる生態系全体に波及する

世界と日本の対策——規制・戦略・現場の工夫

危機のデータが揃うにつれ、国際社会と各国は対策を動かし始めています。規制、戦略、そして農業現場の工夫という3つのレベルで見てみましょう。

国際社会——「世界ミツバチの日」と各国の送粉者戦略

国連は2017年の総会決議で5月20日を「世界ミツバチの日(World Bee Day)」に定め、FAOを中心に送粉者保全の啓発を続けています。EUは2018年のネオニコチノイド3成分の屋外使用禁止に加え、送粉者の減少を食い止めるための「EU送粉者イニシアティブ」を進め、英国や米国、フランスなども国家レベルの送粉者保護戦略を策定しています。

日本——みどりの食料システム戦略と需給調整

日本では、農林水産省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」で、2050年までに化学農薬の使用量をリスク換算で50%低減する目標を掲げました。ネオニコチノイドを含む従来農薬に代わる新規農薬の開発や、総合的病害虫管理(IPM)の普及が柱です。また、花粉交配用ミツバチについては農水省が都道府県・養蜂団体と連携して需給情報を集約し、不足地域への融通を調整する仕組みを運用しています。特定外来生物となったセイヨウオオマルハナバチから在来のクロマルハナバチへの転換も、補助事業を通じて後押しされています。

研究の分野でも、送粉者は国際的な優先課題になっています。IPBESの評価を受けて、送粉者に関する各国の政策や研究を共有する国際的な枠組み「送粉者連合(Promote Pollinators)」に多くの国が参加し、送粉者の観測手法の標準化や、農地での保全策の効果検証が進んでいます。「どの対策が、どこで、どれだけ効くのか」を科学的に確かめながら広げる段階に、世界は入りつつあります。

農業現場の工夫——花を絶やさない農地づくり

海外の研究では、畑の縁に野の花を帯状に植える「フラワーストリップ(花帯)」や、生け垣・カバークロップ(被覆作物)の導入で野生送粉者が増え、隣接する作物の受粉が改善することが示されています。あぜ道や休耕地の草花を刈りすぎず残す、開花期の農薬散布を避ける、巣場所となる裸地や枯れ木を残すといった小さな工夫の積み重ねが、農地を「花の砂漠」から「送粉者の回廊」へ変えていきます。ため池やあぜ道といった日本の農村インフラも、こうした回廊の一部として見直されつつあります。

ここがポイント

  • 国連は5月20日を「世界ミツバチの日」に制定。EUはネオニコ3成分の屋外使用を禁止
  • 日本は「みどりの食料システム戦略」で2050年までに化学農薬をリスク換算50%低減する目標
  • 花帯・IPM・在来マルハナバチへの転換など、現場レベルの対策が世界で広がっている

私たちにできること——ベランダから始まる送粉者の保全

送粉者の保全は、広い農地や保護区だけの話ではありません。都市の庭やベランダ、買い物かごの中にも、できることは意外なほどたくさんあります。

「一人が花を数鉢植えたところで」と思うかもしれません。しかし都市の緑は、送粉者にとって思いのほか重要です。海外の研究では、多様な花が絶えない都市の庭や市民農園が、周囲の農地に匹敵するほど多くのハナバチを支える例が報告されています。住宅の庭、ベランダ、学校や公園の花壇が点々とつながれば、都市全体が送粉者の「飛び石の回廊」になり得るのです。

花を植える——「量」より「切れ目のなさ」

ハナバチにとってつらいのは、花が全くない季節が続くことです。春の一時期だけ豪華に咲く花壇より、春から秋まで何かしらの花が途切れず咲いている庭やプランターのほうが、送粉者には価値があります。在来の草花やハーブ類(シソ、ラベンダー、ローズマリーなど)は蜜や花粉が採りやすく、八重咲きに改良された園芸品種よりも一重咲きの素朴な花のほうが送粉者には利用しやすい傾向があります。

暮らしの中の選択

  • 家庭での農薬使用を控えめに——特に開花中の植物への殺虫剤散布は避ける。使う場合も夕方以降など送粉者の活動時間を外す
  • 買い物で応援する——環境保全型農業や有機農業の農産物、国産ハチミツを選ぶことは、送粉者に配慮した生産者への一票になる
  • 「怖がりすぎない」——ハナバチは蜜集めに夢中で、こちらから掴んだりしない限りめったに刺さない。巣に近づかず静かに観察する距離感を知る
  • 観察して記録する——どんなハチがどの花に来るかを記録する市民科学(シチズンサイエンス)は、データ不足に悩む送粉者研究への実質的な貢献になる

「ビーホテル」——巣場所を用意するという支援

餌の花と並んで足りないのが、巣をつくる場所です。単独性ハナバチの多くは、枯れ枝の穴や竹筒、地面の裸地に巣をつくります。竹筒や穴を開けた木材を束ねて軒下に吊るす「ビーホテル(ハチの巣箱)」は、欧州の庭では定番の保全アイテムで、日本のマメコバチのヨシ筒巣はその大先輩にあたります。設置する場合は、雨が当たらない南向きの場所に固定し、数年ごとに筒を更新して病気の蓄積を防ぐのがコツです。刺されるのが心配になりますが、単独性ハナバチは巣を守る習性が弱く、攻撃性はきわめて低いとされています。

この記事のポイントを箇条書きでまとめた図版
この記事のポイント。詳しくは各章で解説している

今日からできるアクション

  • ベランダや庭に、開花期の異なる蜜源植物を2〜3種類植えてみる
  • 開花中の植物への殺虫剤散布をやめ、必要なときは時間帯と場所を選ぶ
  • 5月20日の「世界ミツバチの日」に、家族や友人と送粉者の話題を共有する
  • 花に来るハチやチョウを写真に撮り、種名を調べてみる——観察は保全の第一歩

まとめ——小さな羽音は、食卓と生態系の土台

世界の食用作物の75%以上、日本の農業の約4,700億円分を支える送粉者。その減少は、ドイツの76%減少データや米国の収量制限の研究が示すように、すでに現実の損失として始まっています。原因は生息地の喪失・農薬・気候変動・外来種・病気の複合であり、対策もまた、国際的な規制から農地の花帯、そしてベランダのプランターまで、あらゆる規模で積み重ねるしかありません。次に花にとまるハチを見かけたら、少しだけ立ち止まってみてください。その小さな羽音は、私たちの食卓と地球の生態系を静かに支える、かけがえのない働き手の音です。

この記事のまとめ

  • 送粉者は世界の食用作物の75%以上・野生植物の約90%の受粉を支え、経済価値は年2,350億〜5,770億ドル
  • 日本の送粉サービスは年約4,700億円で、約7割は野生の送粉者が無償で提供している
  • ドイツの保護区では飛翔昆虫が27年で76%減。無脊椎送粉者の40%超が絶滅の危機に直面する可能性
  • 原因は生息地喪失・農薬・気候変動・外来種・病気の複合。EUはネオニコ3成分の屋外使用を禁止
  • 日本もみどりの食料システム戦略で農薬リスク50%低減を目標に。家庭でも蜜源植物と農薬配慮で貢献できる

参考文献・出典

  1. IPBES – 送粉者・送粉・食料生産に関する評価報告書(2016年)
  2. 農業環境技術研究所(現・農研機構) – 日本の農業における送粉サービスの経済価値を評価(2016年プレスリリース)
  3. 農林水産省 – 花粉交配用昆虫について(ミツバチ・マルハナバチの需給と管理)
  4. 環境省 – セイヨウオオマルハナバチ(特定外来生物の解説)
  5. Hallmann et al.(PLOS ONE, 2017) – ドイツの保護区における飛翔昆虫バイオマスの27年間で75%超の減少
  6. Reilly et al.(Proceedings of the Royal Society B, 2020) – 米国主要作物の収量が送粉不足により制限されていることを示した研究
  7. FAO – 世界ミツバチの日(World Bee Day)
  8. 農林水産省 – みどりの食料システム戦略

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