44%
取扱天然水産物のうち「優れた管理」評価(約60万トン・第2回調査)
1,802t
MSC認証ラベル表示の家庭用食品などの取扱数量(2024年度)
15%以上
2030年度に目指す認証水産物を含む売上比率の目標

スーパーの冷凍食品売り場に並ぶスケソウダラのフライ、缶詰のサケ、養殖のブリ。その一尾一尾が「海の資源をきちんと管理した漁業・養殖から来たのか」を、私たちはふだん意識しません。しかし世界の水産資源は、国連食糧農業機関(FAO)の評価で持続可能とされる割合が長期的に低下傾向にあり、水産物を大量に扱う企業ほど、その調達が海の未来に与える影響は大きくなります。

日本を代表する水産・食品大手のマルハニチロは、自社が取り扱う天然水産物の「資源状態」を外部の科学的手法で評価し、その結果を数値で公開するという、国内ではまだ珍しい取り組みを続けてきました。優れた管理がなされている資源がどれだけあるのか、逆に改善が必要な資源がどれだけ残っているのか。良い面だけでなく課題も含めて開示する姿勢は、サステナブルシーフードを考えるうえで示唆に富みます。

この記事では、マルハニチロの資源評価公開、MSC・ASC認証水産物の拡大、国際イニシアチブSeaBOSへの参画などを、誇張も批判もせず中立的に整理します。特定企業を持ち上げる記事ではなく、「水産大手が資源管理をどう考え、どこまで情報を開示しているか」を通じて、私たち消費者が持続可能な選択をするための視点を得ることが目的です。

この記事で学べること

  • 水産大手が「取り扱う魚のどれだけが持続可能に管理されているか」を数値で公開する意味
  • SFPのODP手法(FishSourceの5スコア)による4段階の資源評価の読み方
  • MSC・ASC・BAP・MELといった水産エコラベル(GSSI承認認証)の違いと役割
  • SeaBOSや資源アクセス強化など、企業が漁業の川上に関与する国際的な動き
  • 「Needs improvement」「Not scored」という改善課題を企業自身が開示する透明性の価値
  • 消費者が売り場でサステナブルな水産物を選ぶための具体的な手がかり

なぜ今、水産大手のサステナブルシーフードが問われるのか

「サステナブルシーフード」とは、水産資源の状態や海洋環境、そこで働く人々に配慮して漁獲・養殖された水産物を指す言葉です。単に「エコな魚」という意味ではなく、その魚を獲り続けても資源が枯渇しない管理がなされているかという点が核心にあります。世界的に見ると、水産物の需要は人口増加と健康志向を背景に伸び続ける一方、漁獲圧の高い資源では過剰漁獲が問題になってきました。

国連食糧農業機関(FAO)は「世界漁業・養殖業白書(SOFIA)」で、生物学的に持続可能な水準にある海洋水産資源の割合が長期的に低下していることを繰り返し警告しています。獲りすぎによる資源の崩壊は、いったん起きると回復に長い年月がかかり、漁業者の生活や食文化そのものを揺るがします。この構造は乱獲による資源崩壊のメカニズムを知ると、より立体的に理解できます。

SDG14「海の豊かさを守ろう」と企業の役割

国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標14「海の豊かさを守ろう」は、過剰漁獲やIUU(違法・無報告・無規制)漁業の終息、海洋汚染の削減などを掲げています。この目標の達成は各国政府だけでは難しく、水産物を世界規模で調達・加工・販売する企業の行動が鍵を握ります。大量に魚を扱う企業が持続可能な調達へ舵を切れば、その影響はサプライチェーンを通じて漁業の現場まで届くからです。

日本は世界有数の水産物消費国であり、私たちの食卓は国内外の多様な漁場に支えられています。だからこそ、日本の水産大手がどのような資源管理の哲学を持ち、どこまで情報を開示するかは、国内の食文化だけでなく、遠く離れた海域の資源の未来にも影響します。『魚を食べる国』としての責任を果たすには、企業任せにするのではなく、消費者もまた資源管理への関心を持つことが求められます。この記事で企業の具体例を掘り下げるのは、その関心の入り口をつくるためでもあります。

この記事の前提となる考え方

  • サステナブルシーフード=資源・環境・人権に配慮して獲られた/育てられた水産物
  • 水産大手の調達方針は、漁業現場の管理水準に大きな影響を与える
  • 「良い取り組み」だけでなく、企業が課題をどこまで開示しているかが重要

海洋温暖化という新たな変数

資源管理を難しくしているのが、海の環境そのものの変化です。海水温の上昇は魚の分布や産卵のタイミングを変え、これまでの漁場や漁期の常識を崩しつつあります。日本近海でも、獲れる魚種の交代が各地で報告されています。詳しくは海洋温暖化が漁業に与える影響で解説していますが、こうした不確実性が高まるほど、科学的なデータにもとづく資源評価の重要性は増していきます。

世界の水産物需要の増加と持続可能な資源割合の低下を示す概念的なフラット図解
需要は伸び、持続可能な資源には余裕がない。この緊張関係がサステナブル調達を後押しする。

つまり、水産大手にとってサステナブルシーフードは単なる社会貢献ではなく、将来にわたって魚を仕入れ続けるための事業継続そのものと直結しています。資源が枯渇すれば原料が手に入らなくなるため、資源を守ることが自社の存続条件になる——この視点が、近年の水産企業の取り組みを理解する出発点になります。

『安ければいい』では立ち行かなくなった調達

かつての水産物調達は、いかに安く大量に仕入れるかが競争の中心でした。しかし過剰漁獲によって資源が細れば、供給が不安定になり価格は乱高下し、最終的には仕入れそのものが成り立たなくなります。加えて、投資家がESG(環境・社会・ガバナンス)の観点で企業を評価するようになり、取引先の小売や外食も持続可能な調達を求めるようになりました。資源管理に無関心な企業は、市場からも金融からも選ばれにくくなる——こうした外圧が、水産大手を動かす現実的な力になっています。

国際的にも、EUをはじめとする輸入国はIUU(違法・無報告・無規制)漁業に由来する水産物の締め出しを強めており、漁獲の正当性を証明できないと輸出入の障壁になります。持続可能性は倫理の問題であると同時に、市場に参加し続けるための資格へと性格を変えつつあるのです。日本の食卓を支える水産大手が資源評価や認証に投資する背景には、こうした構造変化があります。

『資源管理』は誰の仕事か

本来、漁獲枠の設定などの資源管理は国や地域の漁業管理機関の役割です。しかし管理が十分に機能していない海域も世界には多く、そこに関与できるのが、世界中から魚を集める大手企業や国際イニシアチブです。国の規制と企業の自主的取り組みは、補い合う関係にあります。

マルハニチロとはどんな会社か

マルハニチロ株式会社は、漁業・養殖から加工、物流、販売までを幅広く手がける日本有数の水産・食品企業です。冷凍食品や缶詰、練り製品などの家庭用食品でも知られ、私たちの食卓と海をつなぐ位置にいます。原料となる水産物を世界各地から調達しているため、その調達方針が及ぼす範囲は非常に広くなります。

長期ビジョンに掲げた「海と生命」

同社は長期ビジョンとして「For the ocean, for life(海のために、生命のために)」という方向性を打ち出し、水産資源の持続可能性を経営の中核に据える姿勢を示してきました。魚を扱う企業だからこそ、海の健全さが事業の土台になるという考え方です。こうしたビジョンは、後述する資源評価の公開や認証水産物の拡大といった具体的な行動に落とし込まれています。

区分主な事業内容サステナビリティ上の論点
天然水産物(漁業)スケソウダラ、サケ、カツオ・マグロ類などの漁獲・調達資源状態の管理・過剰漁獲の回避
養殖ブリ、カンパチ、クロマグロなどの養殖餌・環境負荷・認証取得
加工・家庭用食品冷凍食品、缶詰、練り製品など原料トレーサビリティ・認証原料の使用
マルハニチロの事業と、それぞれで問われるサステナビリティの論点。
漁業・養殖・加工・販売がつながる水産サプライチェーンのフラット図解
海から食卓まで一気通貫だからこそ、川上の資源管理が事業全体に効いてくる。

コーポレートブランドの刷新

同グループは近年、海洋の持続可能性を軸としたコーポレートブランド「Umios(ウミオス)」を掲げ、サステナビリティ関連の情報発信を強化しています。ブランドや呼称は移り変わっても、取り扱う水産物の資源状態をどう管理し、どこまで開示するかという本質は変わりません。本記事では、企業名としてなじみのある「マルハニチロ」を中心に表記します。

同業他社との比較で見ると

水産大手の取り組みは1社だけを見ても評価しにくいものです。競合であるニッスイの調達方針をまとめたニッスイの持続可能な調達と読み比べると、業界全体がどの方向へ動いているかが見えてきます。

『川上から川下まで』を持つ強みと責任

マルハニチロの特徴は、漁業・養殖という原料の生産から、加工、物流、家庭用食品の販売までを自社グループ内に幅広く抱えている点です。これはサプライチェーンの各段階に自社が関与できることを意味し、資源管理の方針を現場まで浸透させやすいという強みになります。一方で、扱う水産物の種類や量が膨大なため、そのすべてを持続可能な状態にすることは容易ではなく、大きな責任も伴います。

たとえば、天然のスケソウダラやサケ、養殖のブリやカンパチ、遠洋で獲れるカツオ・マグロ類など、魚種によって資源の状態も管理の主体もまったく異なります。ある魚は科学的な漁獲枠管理が行き届いていても、別の魚はデータそのものが乏しい、ということが同じ企業のなかで併存します。だからこそ、魚種ごと・調達源ごとに状態を測り分けて開示するという発想が意味を持ちます。次の章で見る資源評価の取り組みは、この複雑さに向き合うための仕組みといえます。

食卓に最も近い家庭用食品を持つことも重要です。冷凍食品や缶詰といった商品に認証原料を使えば、消費者は特別な知識がなくても持続可能な選択に触れられます。企業の調達方針が、売り場での『選びやすさ』に変換される——この橋渡しができるのは、加工・販売まで手がける総合企業ならではの立ち位置です。

取扱天然水産物の「資源評価」を公開する取り組み

マルハニチロの取り組みのなかでも特徴的なのが、自社が取り扱う天然水産物の資源状態を第三者的な手法で評価し、その結果を数値で公開している点です。多くの企業が「認証商品を増やしています」とアピールするのに対し、同社は「取り扱う魚全体のうち、どれだけがきちんと管理された資源から来ているか」という全体像を示そうとしています。

SFPのODP手法という物差し

評価に用いているのは、国際NGOのサステナブル・フィッシャリーズ・パートナーシップ(SFP)が運営する「オーシャン・ディスクロージャー・プロジェクト(ODP)」の手法です。ODPは、水産企業が自社の天然水産物の調達源と、その環境パフォーマンスを自主的に開示するための国際的な枠組みで、2015年にSFPが立ち上げました。マルハニチロは、SFPが提供する漁業データベース「FishSource」の5つのスコアを用いて、取り扱う天然水産物を4段階に分類しています。

ODP・FishSourceとは

  • ODP(Ocean Disclosure Project)=水産物の調達源を自主開示する国際枠組み(SFP運営、2015年開始)
  • FishSource=世界の漁業・資源の状態をスコア化した公開データベース
  • 5つのスコアで「資源が健全か」「管理が機能しているか」などを総合評価

4段階評価の結果(第2回調査)

同社が公開している第2回調査(2021年度の取扱実績を対象、2022年度に実施)の結果は、次のようになっています。取扱天然水産物のうち「Well managed(優れた管理がなされている)」が約44%・約60万トンで、その大半はスケソウダラを中心にMSCなどの認証を取得した漁業由来です。次いで「Managed(一定レベルの管理がなされている)」が約27%・約37万トンでした。

評価区分意味割合数量(概数)
Well managed優れた管理がなされている約44%約60万トン
Managed一定レベルの管理がなされている約27%約37万トン
Needs improvement改善を要する約15%約20万トン
Not scoredデータ不足で評価不可約14%約19万トン
マルハニチロが公開する天然水産物の資源評価(第2回調査・2021年度対象)。数値は公表資料にもとづく概数。
天然水産物の資源評価4区分の割合を示すドーナツ型グラフのフラット図解
良好な資源が7割を占める一方、改善が必要・評価不能の資源も約3割残る。

課題を隠さず開示する意味

注目すべきは、良い評価だけでなく「Needs improvement(改善を要する)」約15%・約20万トン、「Not scored(データ不足で評価不可)」約14%・約19万トンという、いわば都合の良くない数字まで公開している点です。企業がこうした課題を自ら開示することは、外部からの批判材料になり得る一方で、透明性の高さを示す行為でもあります。改善すべき対象を可視化しなければ、そもそも改善は始まりません。

獲りすぎや管理不足を「見えない化」せず、データとして示すことは、サステナビリティを掛け声で終わらせないための第一歩になる。

― 資源評価の情報開示が持つ意義について

こうした自主的な情報開示が広がる背景には、消費者や投資家、取引先が『実態の伴わない環境アピール(グリーンウォッシュ)』に厳しい目を向けるようになったことがあります。美しいスローガンを掲げるだけでは信頼されず、検証できる数字で語れるかどうかが問われる時代です。資源評価をパーセンテージとトン数で示すマルハニチロの開示は、この要請に対する一つの答え方だといえます。もっとも、開示された数値をどう読み解き、改善の速度をどう評価するかは、受け手である私たちの側にも問われています。

同社は第1回調査を2020年度(2019年度実績が対象)、第2回を2022年度に実施し、2023〜2024年度には各事業部署やグループ会社へ評価結果を個別にフィードバックしたうえで、2025年度に第3回調査を進めているとしています。一度きりの調査で終わらせず、定期的に測り直して改善につなげるという継続性が、この取り組みの実効性を左右します。

『Not scored』が投げかける宿題

4つの区分のうち、特に考えさせられるのが約14%を占める「Not scored(データ不足で評価不可)」です。これは『管理が悪い』のではなく、そもそもその資源の状態を判断できるだけの科学的データが存在しないことを意味します。世界の漁業のなかには、資源量の調査が行われていない海域や魚種が数多くあり、評価しようにも材料がないのです。企業がこの区分を正直に示すことは、『分からないものを分からないと認める』誠実さの表れでもあります。

データ不足の資源を減らすには、企業だけでなく、調査を担う研究機関や各国政府の協力が欠かせません。マルハニチロが後述する国際イニシアチブや漁業改善に関わる背景には、こうした『評価の空白』を埋めたいという動機もあります。評価できる範囲を広げること自体が、サステナビリティの前進だといえます。

資源評価のPDCAサイクル(調査・開示・改善)を表す循環型のフラット図解
測って、開示して、現場に返して、また測る。この循環が改善の実効性を担保する。

資源評価の公開が持つ3つの価値

  • 改善すべき資源を特定できる(見えないものは直せない)
  • 消費者や投資家が企業の本気度を測る材料になる
  • 業界全体に『開示が当たり前』という規範を広げる

MSC・ASC認証水産物を拡大する狙い

資源評価と並ぶもう一つの柱が、水産エコラベル認証を受けた水産物の拡大です。認証は、第三者機関が「持続可能な漁業・養殖である」ことを審査して与えるお墨付きで、消費者が売り場で持続可能な選択をするための分かりやすい目印になります。

MSCとASCの違い

代表的なのが、天然漁業を対象とするMSC(海洋管理協議会)認証と、養殖業を対象とするASC(水産養殖管理協議会)認証です。MSCの「海のエコラベル」は、資源が健全に保たれ、生態系への影響が抑えられ、漁業が適切に管理されているかを評価します。ASCは養殖に伴う水質汚染や餌の持続可能性、労働環境などを評価します。

  • MSC認証:天然の漁業が対象。資源・生態系・管理体制の3原則で審査
  • ASC認証:養殖が対象。環境負荷・餌・地域社会・労働などを審査
  • CoC認証:加工・流通の各段階で認証品が混ざらないよう管理する仕組み
  • MEL・BAP:日本発のMEL、米国発のBAPなど、GSSIが承認した認証も存在

GSSI(世界水産物持続可能性イニシアチブ)とは

乱立しがちな水産認証の信頼性を国際的にそろえるため、GSSIが一定水準を満たす認証を「承認」しています。マルハニチロはMSC・ASC・BAP・MELなどGSSI承認認証の調達を進める方針を示しており、複数の認証を横断的に活用しています。イオンのトップバリュのMSC・ASC商品のように、小売側の需要とも連動しています。

取扱量と2030年目標

マルハニチロはMSC認証商品の取り扱いに向けた検討を2006年から始め、ホタテやベニザケ、スケソウダラなどを扱ってきました。2024年度には、MSC「海のエコラベル」を表示した家庭用食品などの取扱数量が1,802トンに達しています。さらに同社は、MSC・ASC・BAP・MELといったGSSI承認認証の水産物の調達を進め、2030年度までに水産製品・水産物を含む全製品の売上に占める割合を15%以上へ高める目標を掲げています。

MSCブルーラベルとASC認証を象徴する抽象的なエコラベルアイコンのフラット図解
天然はMSC、養殖はASC。対象が違う2つの認証が、サステナブル調達の両輪になる。

世界初のASC認証養殖

養殖分野では、同グループがブリで2018年4月に、カンパチで2019年7月にASC認証を取得しており、カンパチのASC認証は世界初とされます。近年はブリ・カンパチ養殖でASC基準とのギャップ調査や自主管理基準の策定、国内複数漁場の監査を進め、環境負荷を抑えた養殖への転換を図っています。養殖は天然資源への漁獲圧を和らげる手段としても注目されますが、餌や環境負荷という別の課題を伴うため、認証による裏付けが重要になります。

認証があれば万全、ではない

認証は持続可能性を保証する強力な仕組みですが、審査基準や対象範囲には限界もあります。認証品の割合が全体の一部にとどまる段階では、「認証を取っているから安心」と単純化せず、企業全体の資源評価や改善の進捗と合わせて見ることが大切です。

認証を『取る』ことと『使う』こと

認証水産物を広げるうえでは、漁業・養殖の現場が認証を取得する努力だけでなく、加工・流通・小売の各段階でも認証を『維持する』仕組みが必要です。その要になるのがCoC(Chain of Custody=加工流通過程の管理)認証で、認証された魚と認証されていない魚が途中で混ざらないよう、履歴を追跡・管理します。せっかく持続可能に獲った魚も、途中で管理が途切れれば店頭でエコラベルを表示できません。認証は『取る』だけでなく『チェーン全体で使い切る』ことで初めて意味を持つのです。

また、認証取得には審査費用や現場の改善コストがかかります。大手企業がまとまった量で認証品を扱うことは、コスト負担を分散し、認証漁業を経済的に成り立たせる後押しにもなります。需要が増えれば、認証を目指す漁業者も増える——市場のこうした循環が、認証制度そのものを支えています。イオンのプライベートブランドでの認証拡大のような小売の動きと、水産大手の供給が噛み合うことで、売り場の認証品は着実に増えてきました。

養殖の拡大には、天然資源への漁獲圧を和らげる期待が寄せられます。世界の水産物供給に占める養殖の割合はすでに漁業に匹敵する水準まで伸びており、今後の食料供給の柱と目されています。ただし養殖にも、餌となる小魚の資源問題や、いけす周辺の環境負荷、病気対策など固有の課題があります。だからこそ、環境や労働への配慮を審査するASC認証のような裏付けが、養殖の持続可能性を担保するうえで重要になるのです。

国際連携で漁業の川上に関与する

資源管理は1社の努力だけでは完結しません。同じ海を利用する漁業者や各国政府、科学者との協働が欠かせないため、マルハニチロは国際的なイニシアチブにも参加しています。その代表格が「SeaBOS(シーボス)」です。

SeaBOSという枠組み

SeaBOS(Seafood Business for Ocean Stewardship=海洋管理のための水産事業)は、世界の主要な水産企業と、海洋・漁業・持続可能性を研究する科学者が連携して2016年に発足した国際イニシアチブです。科学的知見にもとづく戦略で、持続可能な水産物の生産と健全な海洋環境の実現を目指し、SDG14「海の豊かさを守ろう」への貢献を掲げています。マルハニチロは発足当初から参画し、同社の当時の社長がSeaBOSの初代議長を2018年9月から2020年10月まで務めました。

SeaBOSの主なテーマ

  • IUU(違法・無報告・無規制)漁業の撲滅とトレーサビリティ向上
  • 海洋プラスチックや気候変動といった海洋課題への対応
  • 科学者と企業が対等に協働する『サイエンス・ビジネス連携』
  • SDG14の達成に向けた企業横断のアクション

IUU漁業とゴーストギアという共通課題

SeaBOSが力を入れる分野の一つが、IUU漁業のリスク低減です。たとえば西アフリカ地域では、現地の科学者や団体と協力してサプライチェーンのトレーサビリティと透明性を高める取り組みが進められてきました。違法な漁業は資源を枯渇させるだけでなく、正規の漁業者の生活も脅かします。あわせて、放置された漁具が海を漂い続ける問題も見過ごせません。海に残された網やロープが引き起こす被害はゴーストギア(幽霊漁具)問題で詳しく扱っています。

世界地図上で水産企業と科学者が連携する国際協力をイメージしたフラット図解
資源管理は国境を越えた協働が前提。企業単独では届かない現場に、連携で関与する。

こうした国際連携は、成果がすぐに数字で見えにくい地道な活動です。それでも、企業が漁業の川上(漁獲現場やその管理)にまで関与しようとする姿勢は、調達先を選ぶだけの受け身の対応から一歩踏み込んだものといえます。海の資源は共有財産であり、フリーライド(ただ乗り)が横行すれば全員が損をする——この構造への理解が、業界協働を支えています。

競合企業が同じテーブルにつく意味

SeaBOSが興味深いのは、ふだんは市場で競い合う水産大手どうしが、海の持続可能性という一点で同じテーブルにつく点です。資源の枯渇や違法漁業は、一社だけが対策しても解決しません。ある企業が持続可能な調達を徹底しても、別の企業が管理の緩い資源を買い続ければ、海全体の圧力は下がらないからです。『抜け駆けしても意味がない』課題だからこそ、協働が合理的な選択になる——これが業界横断イニシアチブの存在理由です。

科学者が主体的に関わっている点も特徴です。企業の善意や勘ではなく、資源量の推定やリスク評価といった科学的知見にもとづいて優先課題を決めることで、取り組みの説得力と実効性が高まります。海の環境変化については海洋熱波(マリンヒートウェーブ)のような新しいリスクも次々と明らかになっており、こうした知見を企業活動に取り込む回路として、科学者との連携は重みを増しています。

IUU漁業を減らすために企業ができること

  • 漁獲から加工・流通までのトレーサビリティを確保する
  • 調達先の漁業が合法かつ管理された漁業かを確認する
  • 産地や漁法の情報を消費者に開示する
  • 国際イニシアチブや現地団体と連携して監視を強める
科学者と水産企業が協働して海洋データを分析する国際イニシアチブのフラット図解
科学の知見と企業の実行力が結びついたとき、資源管理は現場で機能しはじめる。

資源アクセスとトレーサビリティの強化

持続可能性を高めるうえで、企業が原料の入り口をどう確保し、その履歴をどう追跡するかも重要なテーマです。マルハニチロは、漁業権や加工拠点そのものを取得することで、資源へのアクセスと管理の主体性を強めてきました。

スケソウダラの資源アクセス

同社は2022年2月、米国のアイシクル社からスケソウダラの加工施設と漁船9隻を譲り受け、ベーリング海のスケソウダラ漁獲枠のうち一般枠全体で約27%のシェアを獲得したとしています。ベーリング海のスケソウダラ漁業はMSC認証を取得した代表的な持続可能漁業として知られ、資源が科学的に管理された漁場へのアクセスを確保することは、安定した原料調達とサステナビリティの両立につながります。スケソウダラは、ちくわやかまぼこ、白身フライなど日本の食卓に深く根づいた魚でもあります。

ベーリング海のスケソウダラ漁業が『優れた管理』の代表例とされるのは、厳格な漁獲枠の設定と、混獲を減らす漁法、独立した科学調査による資源量のモニタリングが機能しているためです。同じ魚でも、管理の行き届いた漁場から獲るのと、規制の緩い海域から獲るのとでは、海への影響がまったく異なります。『どの魚を』だけでなく『どの漁場から』調達するかが、資源評価の結果を大きく左右するのです。加工拠点や漁業権を自社で持つことは、この調達源のコントロールを強める手段でもあります。

取り組み内容サステナビリティ上の意味
加工拠点・漁船の取得(2022年)米アイシクル社の加工施設と漁船9隻を譲受MSC認証漁場への安定的なアクセス確保
資源評価の定期実施第1回2020・第2回2022・第3回2025年度改善対象の可視化と進捗管理
認証水産物の拡大2030年度に売上比率15%以上を目標消費者への分かりやすい持続可能性の提示
資源の入り口・評価・出口をつなぐ一連の取り組み。

栄養と持続可能性を結ぶ発想

同社は2024年に、栄養プロファイリング(食品の栄養価を科学的に評価する手法)にもとづく2030年の売上目標を設定したと報じられ、これは水産大手として日本初とされます。持続可能に獲った魚を、健康的な食としてどう届けるかという視点は、資源管理と食生活を一本の線でつなぐ試みです。海の恵みを守ることと、人の健康を支えることは、本来切り離せません。

魚は良質なたんぱく質やDHA・EPAといった健康に役立つ栄養素の供給源として、世界的に重要性が見直されています。人口が増え続けるなかで、限られた海洋資源から健康的な食をどう持続的に供給するかは、食料安全保障の観点からも大きなテーマです。資源を守ることと、栄養ある食を届けることを両立させる——この難題に企業がどう向き合うかは、私たちの食卓の未来を左右します。安く大量にではなく、持続可能に、そして健康に。その転換が水産大手に求められています。

トレーサビリティが支える信頼

認証や資源評価が意味を持つのは、どの魚がどこで獲られ、どう流通したかを追跡できる仕組み(トレーサビリティ)があってこそです。加工段階で認証品と非認証品が混ざらないよう管理するCoC認証は、その最後の砦になります。食品ロスの削減も含めた資源の有効活用は水産物の食品ロス問題とも密接に関わります。

QRコードやラベルで魚の産地から流通までを追跡するトレーサビリティのフラット図解
どこで獲れた魚かをたどれること。それが認証と資源評価を支える土台になる。

『使い切る』こともサステナビリティ

持続可能性は、獲り方だけの問題ではありません。せっかく持続可能に獲った魚を無駄にせず、まるごと使い切ることも、資源への負荷を減らす立派な取り組みです。加工の過程で出る魚のアラや、形が不揃いで市場に出にくい魚を有効活用すれば、同じ漁獲量からより多くの食料と価値を生み出せます。こうした発想は未利用魚の活用とも通じ、資源を『増やせない』なら『無駄にしない』という現実的な解につながります。

また、家庭に届いた魚が食べきれずに捨てられれば、そこまでの漁獲・輸送・加工にかけた資源とエネルギーがすべて無駄になります。企業が持続可能に調達した魚を、消費者が食べ切ってこそ、サプライチェーン全体のサステナビリティが完結します。『どう獲るか』と『どう使い切るか』は一続きの課題であり、企業と消費者の双方に役割があるのです。

獲る量を管理し、獲った魚を余さず使い、食卓で食べ切る。この三つがそろって、はじめて『持続可能』の名に値する。

― 水産サプライチェーンの全体最適について

消費者にできること:売り場での選び方

ここまで企業側の取り組みを見てきましたが、サステナブルシーフードは消費者の選択があってはじめて広がります。需要がなければ、企業が認証水産物を増やす動機も弱まるからです。難しく考えなくても、日々の買い物のなかでできることがあります。

ラベルを一つの手がかりにする

最も分かりやすいのが、MSCの「海のエコラベル」やASCの認証マークが付いた商品を選ぶことです。青いMSCラベルは天然魚、ASCマークは養殖魚が持続可能な基準を満たしている目印になります。缶詰や冷凍食品、寿司ネタなど、身近な商品にも認証品は増えています。完璧を目指す必要はなく、選べるときに選ぶという姿勢の積み重ねが市場を動かします。

  1. MSC・ASCなどの認証ラベルが付いた商品を、選べるときに手に取る
  2. 旬の魚や、資源に余裕のある魚種を意識してみる
  3. 食べきれる量を買い、家庭での食品ロスを減らす
  4. 企業のサステナビリティ情報(資源評価の公開など)にも目を向ける

今日からできる小さな選択

  • スーパーで青いMSCラベル・ASCマークを探してみる
  • 外食チェーンの認証メニュー(回転寿司などでも拡大中)を選ぶ
  • 『安いから大量に買う』より『食べきれる分を選ぶ』を意識する
  • 気になる企業のサステナビリティページを一度のぞいてみる

情報開示を『評価する目』を持つ

マルハニチロの資源評価公開のように、企業が課題も含めて数字を出す取り組みは、消費者がその企業の本気度を測る材料になります。逆に、耳ざわりの良い言葉ばかりで具体的な数値や第三者評価が乏しい場合は、実態を慎重に見極める必要があります。こうした実態の伴わない環境アピールを見抜く視点は、あらゆるSDGs商品に共通して大切です。海洋資源全体を守る枠組みは海洋保護区(MPA)の考え方も参考になります。

スーパーの売り場で認証ラベル付きの水産物を選ぶ消費者をイメージした写真的ビジュアル
特別なことをしなくていい。売り場での小さな選択が、持続可能な漁業の追い風になる。

水産大手の取り組みと、消費者一人ひとりの選択は地続きです。企業が持続可能な調達を進め、消費者がそれを選び、その需要がさらに企業を後押しする——この循環が回り始めれば、海の資源を次の世代へ引き継ぐ可能性は確実に高まります。くら寿司の天然魚プロジェクトのように、外食産業でも消費者に近い場所で持続可能性を打ち出す動きが広がっています。

『少し高い』の意味を考える

認証水産物は、審査や管理のコストがかかるぶん、同じ魚種の非認証品よりわずかに高くなることがあります。この価格差を『割高』と感じるか、『持続可能な漁業を支える負担』と受け止めるかで、選択は変わってきます。もちろん、家計に無理をしてまで選ぶ必要はありません。ただ、その価格差の一部が、資源を守り漁業者の暮らしを支える仕組みに回っていることを知っておくと、日々の買い物の見え方が少し変わるはずです。

海の恵みは、私たちが思う以上に多様な生き物のつながりの上に成り立っています。魚だけでなく、藻場やサンゴ礁、干潟といった生態系が健全であってこそ、豊かな漁場は保たれます。たとえばブルーカーボン生態系である海草藻場は、多くの魚の産卵・生育の場でもあります。一尾の魚を選ぶことは、その背後にある海の生態系全体とつながっている——そんな想像力が、サステナブルシーフードをより自分ごとにしてくれます。

『中立に見る』ためのチェックポイント

  • 具体的な数値や第三者評価が示されているか(言葉だけでないか)
  • 良い成果だけでなく、課題や未達も開示しているか
  • 取り組みが一度きりでなく、継続・改善されているか
  • 認証の割合が全体のどの程度かを把握できるか

まとめ:資源管理の『見える化』が問いかけるもの

マルハニチロのサステナブルシーフードの取り組みは、認証水産物の拡大という分かりやすい成果だけでなく、取り扱う天然水産物全体の資源状態を評価し、良い数字も悪い数字も公開するという透明性に大きな特徴があります。良好な資源が約7割を占める一方で、改善を要する資源やデータ不足で評価できない資源も約3割残るという現実を、企業自らが示している点は注目に値します。

SeaBOSのような国際連携や、MSC認証漁場への資源アクセス、世界初のASC認証養殖など、その活動は漁業の川上から食卓まで広く及びます。もちろん、これらは特定の企業を礼賛するための材料ではありません。大切なのは、水産企業が資源管理をどう考え、どこまで情報を開示しているかという物差しを持ち、私たち自身が売り場での選択に生かしていくことです。

健全な海と持続可能な漁業を次世代へ引き継ぐイメージの写真的ビジュアル
測り、開示し、選ぶ。その積み重ねが、豊かな海を次の世代へつないでいく。

この記事のまとめ

  • マルハニチロはSFPのODP手法で天然水産物の資源状態を評価し、結果を数値で公開している
  • 第2回調査では約44%(約60万トン)が『優れた管理』、一方で改善を要する・評価不能も約3割
  • MSC認証ラベル商品は2024年度に1,802トン、2030年度に認証を含む売上比率15%以上を目標
  • ブリ・カンパチのASC認証(カンパチは世界初)やSeaBOS参画など川上への関与も進む
  • 消費者は認証ラベルを手がかりに選び、企業の情報開示を評価する視点を持つことが大切

海の資源は、私たちが食べ続ける限り向き合わなければならない有限の恵みです。企業の情報開示を『見える化』の努力として受け止め、その一歩先で自分にできる選択を重ねること。それが、豊かな海を未来へつなぐいちばん確かな方法になります。

参考文献・出典

  1. 国連食糧農業機関(FAO) – 世界漁業・養殖業白書(The State of World Fisheries and Aquaculture: SOFIA)
  2. マルハニチロ株式会社(Umios) – サステナビリティ|生物多様性と生態系の保全(資源評価結果の公開)
  3. マルハニチロ株式会社(Umios) – サステナビリティ|SeaBOSの取組み
  4. Sustainable Fisheries Partnership(SFP) – Ocean Disclosure Project(ODP)について
  5. Marine Stewardship Council(MSC) – 「サステナブル・シーフード」とは/MSC認証の特徴
  6. 環境省 – 環境ラベル等データベース|MSC『海のエコラベル』
  7. SeaBOS(Seafood Business for Ocean Stewardship) – 海洋管理のための水産事業イニシアチブ 公式サイト
  8. Sustainable Japan – マルハニチロ、栄養プロファイリングに基づく2030年売上目標設定(2024年)

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